前衛崩壊!?
彩萌が白虎と戦っていた頃、かえでも一足先に玄武と対峙していた。
小難しい書物が山と積まれ、古めかしい本棚にもぎっしりと本が詰まっていた。
四方見渡す限りの本棚。なかは明かり一つ薄暗い。
かえではようやく中を確認して歩きだそうとした時、前方に不敵な笑いを浮かべるへんてこな眼鏡の男に気づいた。
ちょろりと垂らした前髪を撫で付け、手に抱えた書物を誇らしげにしている学ラン男。
「いやああああ」
かえでは思いの丈をぶちまける。
「誰や、お前。うちをどないする気や」
かえでは尻餅をついたまま半泣きに後ずさる。
「恐れおののいたか、天狗娘。何を隠しましょうか、隠すまい。私は四使途の一角、玄武。よりによってお前が来るとは…。まあ、いいでしょう。ダメな奴ほど矯正のしがいがあるというもの…。大人しく捕まるがよい」
「つ、捕まえてどないするつもりや」
「だから、捕らえてだな」
「わかった!!うちが可愛いさかい。あんなこと、こんなことするつもりなんや。むっつりそうな顔しとるもんな…。ほんで散々な目に遭わせたうちの生き血をすすり、ぽいっと捨てるつもりや。そうや。そうに決まっとる。かわいそうなうち。惨めなうち。憐れなうち。」
かえでは地面にうちひしがれたように崩れ落ちる。
「誰がむっつりだ!!この知性溢れる出で立ちをなんと心得る!!私は忙しいのだ。貴様の妄想に付き合っている暇などない。さっさと捕まるのです」
玄武はかえでを捕らえにかかる。すんでのところでかえでは身をかわす。
「べー。誰がお前みたいな変態さんに捕まるかい、あほ。うちかて忙しいんじゃい」
かえでは舌を思いきりだす。
「いい度胸です。私を本気で怒らせないうちにさっさとキチンとあっさりとエレガントに捕まりなさい」
玄武のこめかみがピクリと反応する。
「出口は向こうやな。抜ければ閻魔の城。このまま突っ切ったる」
かえでは妖刀を右手に構えると羽団扇を左手に走りだす。
「待ちなさい!!話はまだ途中です」
玄武が後を追う。
「逃亡者が待て言われて、はいそうですか、って止まるかいぼけ!!うちは絶対捕まらへんよーだ」
かえでは玄武を振り返るともう一度あかんべーをやる。
「小娘の分際で四使途をコケにするとは…。もう許しません。神通力…幻舞楼吐」
玄武の影がかえでの足下に伸びるとかえでは全く前に進めない。
スピードをあげるもその場に留まったまま。周りの景色だけ流れていく。
「どーなってんねん?ルームランナーやないか」
玄武は眼鏡をずりあげながらゆっくり近づく。
「覚悟!!」
「嫌なもんは嫌や!!」
玄武の指先がかえでを掠めるも一足早くかえでがジャンプで避ける。
「ちっ」
玄武は飛び上がったかえでに手をかざした。指先が黒い煙となりかえでに襲い掛かる。
「わっ何か沸いてでとる」
かえでは煙に捕まらぬようにあたふたと逃げ回る。
「逃げ足だけは一人前。青龍に言われたから出てきたもののこれでは本当に時間のむだ。買い被りもいいところ」
業を煮やした玄武が更に頭と足先から煙を追加する。
「あかん!!」
かえでの左手を煙が捕らえる。
「ジエンドです」
玄武が眼鏡をずりあげながら誇らしげに笑みを浮かべる。
ーーー何かを切り裂く音がした。その斬激は煙を裂き、玄武のもとへ。
玄武の頬に一本の線が入り、赤く滲む。
「どうしても先にいかしてくれへんのやらうちかて天狗のはしくれや。派手にやったる」
「そうでなくては甲斐はない」
玄武の目の奥が光る。
「神通力、闇時雨」
玄武の体が完全に闇に溶けきると四方八方へ拡散していく。
油断して頬は斬られたが完全に闇に同化した。もはや斬られる術はない。
玄武は一気にケリをつけようとかえでを狙う。
かえでは黙って膝まづき目を瞑った。神経を髪の先にまで張り巡らせて玄武の次の一手を待つ。
「喰らうのです!!」
雨、霰のように黒い矢のようなものがあらゆる角度からかえで目掛けて襲いかかる。
「気張らなあかん、黒次郎!!」
かえでの掛け声に羽団扇が飛んでくる矢を叩き落としていく。
「そこや!!」
かえでが何かを肌で感じ取り、妖刀を真一文字に差し出した。
肉を切る音がして、闇の中から玄武が転げ落ちてくる。
肩口を押さえた玄武だが、深手ではない。斬られる寸前に体を捩って間一髪避けたのだ。
それでもかえでの刀から迸る斬撃は玄武の体をとらえていた。
玄武はかえでの秘めた力に感嘆した。
しかし、四使徒のはしくれとしてこれ以上手傷を負わされるわけにはいかない。
「神通力、玄武流転」
「何や?」
かえでの頭上に渦巻く闇が現れる。
ーーーかえで目掛けて弾丸のような黒いかたまりが降り注ぐ。
かえでは羽団扇と妖刀で払い除ける。しかし、払い除けた黒い塊は地面や壁にへばりつくと再びかえでに襲いかかる。
上からだけでなく四方八方からの弾丸にかえでは堪えられずに倒れ込む。
いけない!!
かえでが立ち上がろうとしたとき、かえでの後ろに何かが立ちはだかるのを感じる。
しまった!!
玄武の姿を大きくした影の化け物にかえでは羽交い締めにされる。
前からは眼鏡をずりあげながら不敵な笑みを浮かべゆっくりと近づいてくる。
「放さんかい」
かえでは足をばたつかせて抵抗するも更に強く締め上げられる。
「手こずらせて…。さあ、観念しなさい!!」
玄武の黒い妖気は誇示するように更に大きくはねあがる。
かえでの悲鳴が部屋一杯に響き渡った。
項垂れて動かなくなったかえでを満足そうに玄武は眺めた。
一方、朱雀の部屋に飛び込んだにゃー子は戦う気満々で朱雀を威嚇していた。
当の朱雀はアイマスクをしてハンモックに寝転がり、高いびきをかいていた。
相変わらず、ワインレッドのYシャツをお洒落に着こなしている。
「朱雀!!」
「何だよ、月ちょん。ここんとこ忙しかったんだ。寝かしといてくれよ」
頭をかきながら大あくびを一つ。朱雀は上半身を起こした。
「お前、それでも四使徒か!?」
「一応な」
朱雀は大きな伸びをして、ハンモックを一つ揺らす。
「通してもらうぞ」
にゃー子は朱雀の横を通り過ぎようと走り出した。
「ーーーおっとっと…。それとこれとは話が別だ。猫ちゃん。四使徒が侵入者を黙って通したとあっちゃあ、名折れだぜ」
朱雀がにゃー子を威嚇する赤い妖気を迸らせる。
「ならば」
「やることは一つ。手加減はしねえ。覚悟しな」
にゃー子は朱雀の言葉に応えるように自らの白い妖気を天高く巻き上げた。
にゃー子は朱雀に殴りかかった。渾身の右拳を朱雀は避けることなく真正面から迎え撃つ。
「ーーー相変わらず変わらねえ・・・。真っ直ぐな目をしてやがる」
朱雀はにゃー子の拳を平手で受けると押し返すべく力を込めた。
互いの妖気が絡み合い天高く昇り行く。
「ナオトを必ず取り返す」
「だがな、猫ちゃん。真っ直ぐってのは一番怖えんだ。なんせ見境なくなっちまうんだからな。いい悪いの分別もつかなくなっちまう」
朱雀は力で完全ににゃー子を押し返す。にゃー子は上空に回転しながら弾かれ、やっとの思いで岩にかじりつき勢いを止める。
「分別?ならば、朱雀よ。今この地獄の有り様…、これは何と致す。旅から来たわらわでも異常だとわかる有り様であるぞ」
「ありゃりゃ。言ってくれるじゃないの猫ちゃん。閻魔様の御政道が間違いだって言うの?」
「間違いかどうかは知らぬ。しかし、御霊は全て悲しんでおる」
「それを間違いっていうんじゃあないの?捨てては置けない発言だぜ。これだけははっきりしておくがあいつらはみな罪人だぜ」
朱雀が身構える。岩に爪を立てかじりついていたにゃー子が朱雀に跳びかかる。
「罪人ならば人は永遠に苦しまなければならないのか!!」
にゃー子は神通力、「衝」を朱雀に打ち込んだ。朱雀と言えどまともに食らえばその衝撃で肋骨が折れてしまうほどの威力である。
朱雀はすぐさま後方に回転しながら後退する。
にゃー子が降り立った部屋の床は大きく歪むとクレーターのような穴が開いた。飛び散るがれきや土埃が部屋中に舞い上がる。
「人の部屋を派手に壊しやがって・・・。---さっきの話だがそういうところがおまいさんの危険なところなんだ。みんな何でも一括りにしちまう。人それぞれ個性があるように罪人の御霊だって人それぞれ」
「それをただせるのが閻魔であろう」
にゃー子はひくい姿勢で朱雀に突っ込む。すんでのところで朱雀はにゃー子を避けると炎を纏った拳でにゃー子の背中を打ち付ける。
悲鳴を上げにゃー子が床を転がる。
「とどめだ!!神通力、鳳凰大流星」
朱雀が両手を広げると大きな炎の鳳凰が朱雀の背中から湧き上がった。羽を羽ばたかせ、空高く舞い上がるとにゃー子めがけて急降下していく。
にゃー子も必死で空に舞い上がりそれをかわそうとする。
「無駄だよ、猫ちゃん」
朱雀がにやりと笑う。
鳳凰は分散し、にゃー子を四方八方から攻撃してくる。羽団扇のないにゃー子はなす術もなく鳳凰の攻撃をまともに食らう。
時には炎を纏った拳でうたれるように、時には炎のくちばしでついばまれるようににゃー子の体は傷ついていく。
にゃー子はまっさかさまに床に落ち、倒れて動かなくなる。
「こんなもんでへばっているようじゃあ、何も救えねえ・・・。蛇の時と変わらねえ。何一つ奪い返すなんてことは出来ねえよ」
朱雀はポケットに手を突っ込んだままにゃー子の傍に立ち尽くした。そして目を瞑ると大きく一つため息を吐き、目を見開く。
そして、空高く跳び上がると全身に炎を纏い、にゃー子に向かって両手を突き出した。炎は大きな滝のようににゃー子に向かって注がれていく。
にゃー子は動かない体の中で意識だけ取り戻した。仲間の姿が頭をちらつく。
そして、ナオトの姿。
にゃー子はかっと目を見開くと最後の力を振り絞り朱雀目掛けて跳び上がる。
もう後のことは考えていない。にゃー子は頭から突っ込んでいく。
朱雀もそれを迎え撃つ。両手をクロスさせ、ガードの姿勢を取る。避けることは造作もないことだったが朱雀にはにゃー子の思いを受け止めねばならないとする自分に課した勝手な義務があった。
真正面からにゃー子の頭突きを食らう。
神波を纏った渾身の頭突きに朱雀はビリヤードのキューで突かれたボールのように転がりながら空を舞い、岩肌に大の字でぶつかった。
岩肌に亀裂が生じ、音を立てて、崩れ落ちていく。朱雀は大の字でめりこんだまま黙ってにゃー子がうつぶせで倒れこんでいる姿を眺めていた。
額からうっすらと血がにじんでいるのも構わずしばらくじっと見下していた。
「とんだあまちゃんだな・・・。『月千代』。一張羅が台無しじゃないの」
岩肌から抜け落ちた朱雀はお気に入りのスーツの心配をしながら地面に降り立った。にゃー子の首根っこを掴まえるとそのままどこかへ去って行った。




