風神と雷神
彩萌が脱衣と戦っている頃、にゃー子たちは魔界電力の傍まで着ていた。
万里の長城かと思うほど果てしなく延びる会社の外壁。そこから覗く建物は真っ直ぐ天まで届かんばかりであった。
「でかい建物にゃ」
にゃー子は首が痛くなるぐらい見上げた。
「最近出来た地獄の名所なのね」
「何の建物?」
愛梨沙が、ナヨタケに問いかける。
「魔界電力よ」
代わって、薫子が答えた。
「ここからかぐやさんの所へ?」
愛梨沙の目線に静かにナヨタケは頷いた。
「ここには用はないでありんす、さあ…」
姫子の促しに一堂、足を進めようとしたその時。
「いやあ!!」
にゃー子たちは足を止め、耳を澄ます。
ガラスの割れる音と、窓から半身仰け反る女性の姿。
にゃー子の顔色がみるみる変わる。
更に上の階で同じ光景が。今度は、かえでの顔色が変わる。
「かえで?」
愛梨沙の問いかけを無視し、かえではふらふらと建物の方へ近寄る。
愛梨沙も初めてみるような険しいかえでの表情に息を飲み込む。
「止めろ!!」
かえでは建物へと飛び込んでいく。
「ゴメン、みんな。先にいっててくれにゃ」
にゃー子も後に続く。
「先にって…。にゃー子がいなければ始まらないでしょ!!ちょっと戻りなさい、にゃー子!!」
愛梨沙の叫び虚しく二人は建物の中へ消えていく。
「ま、月なら心配ないのね、先にいくのね」
ナヨタケはあくびしながら前へ走り始めた。
薫子も愛梨沙の背中を軽く叩くと無言で走り出す。
メイと姫子が続いた。姫子の背中では相変わらずマユの高いびき。
愛梨沙も仕方なくみんなの後に続いた。
とにかく、ナオトの結婚を止め、式神を解放して自分達の住んでいた世界へ帰らないと…。
愛梨沙は必死で走り始めた。
一方、魔界電力の中へ乗り込んだにゃー子たちは門兵の鬼たちを蹴散らしながら進んでいく。
外から見た窓の場所へ。
長い廊下には倒れている人の山。これでも地獄の中で最も軽い作業場であるというのだから、推して測るべしというほかない。
「あそこだ」
にゃー子が指差した場所では人だかりと鬼たち。
どうやら作業の出来ないものたちをむち打ちしているらしい。
「止めろ!!」
にゃー子が鬼たちを蹴散らしていく。
「うち、上の階いくで」
かえでは横手にある階段妖刀を左手に登っていく。
「わかった」
にゃー子は次々と涌き出てくる鬼たちを片っ端から片付けていく。
窓から放り出された鬼たちが山のようにうず高く積もっていく。
「ええい、忌々しき奴め。閻魔軍に歯向かうとは不届きな奴。風神様と雷神様に連絡じゃ」
鬼の誰かが叫ぶと下端とおぼしき鬼たちが慌てて何処かへ報告に行った。
にゃー子は構わず、その場にいた鬼どもを一匹残らず、こてんぱんに熨すと、窓の外に放り出した。
富士の山並みに積み上がる。
「これでよし…と」
助かったものたちはありがた迷惑の様子で無言で立ち上がる。
「にゃんだ?」
にゃー子は手を払いながら怪訝な面持ちで辺りを見回す。
露骨に溜め息をつく者までいる。
「余計なことをしやがって。俺たちの量刑が重くなってこの先のキツい地獄送りになったらどう責任とってくれるんだ」
「どうって?」
にゃー子は困り果てた。周りの者はにゃー子に噛みついた男の言葉にそうだ、そうだと手を叩く。
「にゃんだ、そんなこと。最初から諦めてたらなにもできにゃいだろ」
「相手は泣く子も黙る閻魔だぞ。それにここには風神と雷神がいる。この先には四使徒だって待ち構えている、無理だ」
男たちはにゃー子を捕らえようとにじりよる。
にゃー子も男たちを睨みながら動向を伺う。
「待ってください!」
さっきまで鬼に窓際で拘束されていた一人の女性が立ち上がる。
「私はこの方にお託しします。あなた方には迷惑はおかけしません。もし、風神がきても、私たちのせいにして結構ですので、今は彼女を責めないでくださいませ」
やつれた若い女性。着物を着ている。やっとの思いで傷だらけの体を起き上がらせ、両手一杯広げ、にゃー子をかばう。
「じゃ、お前らが勝手に逆らって、俺たちに迷惑はかけないって言うんだな。そうしてくれ、俺たちは何にも関わらねえ」
男たちは笑いながら作業に戻っていく。
「やはり、華菜か…」
にゃー子は懐かしげに呟いた。尤も、二人は面識自体はない。
しかし、華菜本人も懐かしげに微笑んでいる。
「先だっては、私の人生を引き継いでいただきありがとうございます」
華菜は頭を下げた。
「いやいや、礼を言われる筋合いはない。わらわの方こそ申し訳なかった。すまん」
にゃー子も頭を下げる。
御霊となり、にゃー子が華菜の人生を生きてくれたことを華菜自身嬉しく感じていたのだ。
あのような惨事で青春を失った後、様々な活躍で華菜を演じきってくれたにゃー子。
一言お礼が言いたい。そう常々考えていたところへにゃー子が登場。
華菜の感慨もひとしおだった。
二人が懐かしんでいるそこへ轟音響かせ、風神が現れた。
見た目は赤鬼や青鬼と変わらない。色だけが黒い。金棒はなく、手に大きな布袋を抱えている。
「反乱というから来てみれば、おなご一人とな?情けない鬼ども…。ーーーん?」
風神はじっとりと何かを見つめ、にやついた。
にゃー子は風神の視線の先を感じとり、風神を呼びに行った部下を仕留め、ズボンを奪い取った。
「太もも、いただきまっす!!」
風神は手に持った布袋をにゃー子に口を向け、両手で押し込んだ。
風はにゃー子のスカートを捲り上げる。しかし、すんでのところで奪い取ったズボンを装着し、事なきを得た。
にゃー子は華菜を安全な場所に置き、風神に向きなおす。
「くそう、あとちょっとだったのに…。何でわかったんだ」
「当たり前にゃ!!そんなやらしい目付きでわからにゃいほうがおかしいわ」
なら、これでも喰らえ」
同じように膨らんだ布袋を押し込む風神。
今度はにゃー子目掛けて大砲のような風が飛んでいく。
にゃー子は咄嗟に避けた。風は壁に当たり、他の部分を傷めず、ピンポイントで丸い穴をあけた。
「おっそろしいにゃ」
にゃー子は穴を確かめながら、呟いた。
「押し出すだけではないぞ」
風神は風袋を両手で持ち、力を両足に込めた。
風袋は轟音と共に周りの物を巻き込みながら引きずり込んでいく。にゃー子はすんでのところで避けた。
風が止み、風神が風袋を逆さにして振ると、飲み込まれた物が小さなガラクタやら破片になりバラバラと地面に落ちた。
「人を飲み込めば灰になるのみ・・・。今度は逃がさん。最大出力で行くからな」
再び風神は風袋を両手に持ち直し、にゃー子に狙いを定める。
にゃー子はひるむことなく風神を睨みつける。
「風が・・・怒っておる」
「はあ?なんだと」
にゃー子のつぶやきに風神は手を休め聞き返す。風を操る最たる神を捕まえて猫又如きが風の講釈を始めたからである。
「もう一遍言ってみろ、化け猫め。わしは風そのもの。そのわしに風がなぜ怒るのじゃ」
そんなバカなことがあるはずがないと風神はにゃー子に重ねて説明を求める。
その時わずかな風が二人の間を駆け抜けたことに風神は気づかない。
「無理にああだこうだと引き回されれば飼い犬とて駄々をこねようぞ。ましてや己の邪心に風を冒涜すればなおさら・・・」
にゃー子には風の気持ちが伝わっていた。神波の力がより自然の力と向き合う能力を高めたのだ。
「わしの意のままなるのがすなわち風。本末転倒であろうが!!化け猫よこれがお前の最期。灰となり散りゆくがいい」
建物を破壊せんとするが如く壁が剥がれ落ち、にゃー子の髪を激しく揺らす。立っていることもできない風の吸い込みはにゃー子をしがみつく壁ごと引き込み袋へと誘う。
「口ほどにもなき奴。これでおしまいじゃ!!」
勝利を確信した風神の声が空いっぱいに響き渡る。だが、弾丸のごとく飛んできたにゃー子の目は死んではいない。風袋に手をかけたところで風が止み、にゃー子の体は止まった。
風神が袋ににゃー子を押し込めようとするがにゃー子の体は動かない。にゃー子は風神の手を払いのけると地面に降り立ち、背筋をのばして風神を下から見据える。
「本当の風の使い方。流れゆく風に身を任せること・・・。それがすなわち風になるということ」
にゃー子は風神の撃ち降ろす拳をわずかな移動距離で避けながら右の手のひらだけを風神の顔に向ける。
その間も続く怒涛の拳により、地面は波のように揺れ、クレーターのような穴がいくつも空いていく。
「神通力、衝!!」
風神の顔が大きくゆがみ、骨にひびの入る音がした。そして、次の瞬間大きな風神の体は一階の天井を突き抜けた。その勢いはとどまることを知らず、二階、三階をも突き破り、四階のかえでの目の前で止まった。
泡を吹き、白目をむいて仰向けに倒れこむ風神。もはや意識はない。
「化け猫ではない・・・。猫又そこが大事なところじゃ」
にゃー子は上を見上げて、そうつぶやいた。
「おっどろいたわ、この黒いんはにゃー子はんの仕業か?」
貫通した穴からかえでが顔を覗かせる。
「おう、かえでか、そっちはどうにゃ?」
にゃー子が下から手を振る。
「今なここにお母ちゃんいたような気がしたんやけど誰もおらんねん・・・」
にゃー子に手を振りかえしたかえでが辺りを振り返った時、後ろから何者かに襲われた。
「う!?」
鋭い衝撃と痛みが背中を襲い、かえでは風神の先の方まで転がって行った。焦げたにおいが鼻につく。
「かえで、どうした?」
上の階の異変いにゃー子が反応しようとしたが雑魚鬼たちが追加されにゃー子はその相手に翻弄される。
転がったかえでは目の前に立ちはだかる黄色い鬼を見上げた。
手をスーツのズボンに突っ込み、ちょび髭を蓄え、サングラスをかけた鬼。
「誰や?」
かえでが問いかけた。
「なーに、陽はまた昇って行くものさ・・・。魔界の者を皆、俺のことをこう呼ぶ・・・。雷神さんとな・・・」
鬼はサングラスを直しながら、にやりと微笑んだ。




