三途の川 彩萌vs脱衣婆!!
激しい唸り声と共に水飛沫をあげる三途の川。
呑み込まれたらひと溜まりもないほどだ。
薫子が側に落ちていた木の枝を投げ込むと、無数の白い腕が伸びてきて、たちまち川のなかに引きずり込んでしまった。
木の枝は二度と浮かび上がることはなかった。
愛梨沙はゴクリと喉を鳴らす。川へ落ちたら一貫の終わり。それを伝えるに充分すぎるパフォーマンスだった。
とはいえ、普通に川沿いを進んでいけば問題はない。にゃー子たちは足場の悪い砂利道をひたすら前へ駆けていった。
ーーーと、もの哀しい風の音があちらこちらから聞こえ出す。
その音は碁石を混ぜ合わせるような音と相まって一層悲しげに響き渡った。
「何の音でしょう?」
メイがいぶかしがる。
「ここは三途の河原でありんす。子供たちの積み石を崩す音と…。恐らく」
姫子の説明が途切れた時、にゃー子たちの目の前に白い着物姿の老婆が現れた。
背のたけが二メートルはあろうかという老婆はザンギリの白髪を振り乱し、赤ら顔に一層シワを寄せ、子供たちが積み上げた石を崩して回る。
その度に子供たちは悲しげに暗い曇天の空を見上げ、声の限りに泣きじゃくっている。
どうやらさっきの風の音は子供たちの泣き声だったようだ。
「ひゃっひゃひゃ。もう少しで積み上がるところだったのに残念だったねえ」
老婆はさも愉快とばかりに泣き叫ぶ子供たちの肩を叩く。
「ひどいわね、なにあいつ。ぶっ飛ばしてやろうよ」
マユが口を尖らせて姫子に訊ねる。
「アイツが脱衣婆。三途の川の渡し賃がない人からは着物を奪い、子供たちには積み石の刑をさせる、閻魔の妻でありんす」
「じゃ、手出しはしないに限るわ。さっさと進もう」
マユはあっさり前言を撤回した。
遠くの方にいる脱衣は、神波を使うにゃー子たちには気づかない。
このまま、気づかれる前に通りすぎるに越したことはない。
確かに脱衣の所業には納得いかないものがある。子供たちも可哀想で仕方ない。
しかし、時間がない。まだ、地獄に入ってすぐなのだ。
それにここは地獄。死んだ人間の魂の存在する場所である。
にゃー子たちは心を鬼にして先を急ぐことを決めた。
「うわあああん!!」
一際耳につく大きな泣き声に、にゃー子たちの足が止まる。
にゃー子たちが振り向くと七人の幼子たちが身を寄せあって震えていた。
脱衣がムチを幼子に振りおろす。
「このウスノロども。さっさと石を積むんだよ!!」
「にゃー子!」
愛梨沙はにゃー子の袖を引っ張った。にゃー子は頑として愛梨沙に従おうとしない。
ーーーそして、もう一人。にゃー子よりも怒りに震える者がいた。
彩萌だ。
彩萌は狐だった頃を思い出していた。神通力を授かった群れでの生活。
蛇に襲われた時、オロチに無惨に食い殺された七匹の子狐の事を思い出したのだ。
自分が救えなかった悲しさ、もどかしさ、悔しさが沸々と甦る。
「ーーーみんな、先に行っててくれないか。ボク、ちょっと用ができたんだ」
彩萌の体の周りを数度、紫の妖気がぐるりと巡り、天に昇っていく。
「用事ってあんた…」
愛梨沙が彩萌を止めようと手を差し出した。その手をにゃー子が静かに握り、引っ込めた。
「彩萌、先に行ってるにゃ」
「にゃー子」
愛梨沙は納得いかないと抗議の意志を示したが、みんなそろって首を振る。
「わかった」
愛梨沙は力強く頷いた。
「負けたら承知しにゃいぞ!!」
にゃー子の応援に彩萌は拳を突き上げ、応える。
「さあ、行くわよ」
薫子の掛け声と共に、にゃー子たちは前へ走り出した。
脱衣の怒号が響き渡る。
「おや?不釣り合いな妖気を感じるねえ…。誰だい」
脱衣婆は子供らをいびるのを止め、彩萌の方を見た。
彩萌は背筋を伸ばし、拳を握り締めたまま、黙って脱衣婆を見据える。
「ほう、神波の使い手かい。敵意剥き出しってことは私に歯向かうつもりかい?悪いことは言わないさ…。私に手を出さない方が身のためだよ。なんせ、私は閻魔の妻だからね」
脱衣婆は胸の辺りで右の掌を上向きにかざした。
掌から白いしゃぼん玉のような物体が風に揺れながら空に舞い上がっていく。
「こてんぱんに伸してやる」
彩萌が肩を回す。
「お前ごときに伸される脱衣ではないわ。私に手を出した時点で反逆者と言うことを知らせただけのこと。叩きのめした後で地獄の釜に放り込んでくれる」
浮遊していたしゃぼん玉のような物体が彩萌目掛けて飛んでいく。
彩萌が素早く避けると跳ね返り、再び彩萌に襲い掛かっていく。
ーーー何かの拍子にぶつかった二つの玉が激しい爆発音と共にくだけ散る。
更に、別の玉は近くの木を捕らえると根っこごと引き抜き、空中を漂うとやがて爆発した。
「危ないしゃぼん玉だな」
彩萌は驚きの表情で木の行く末を見届けた。あんなのに捕まったらひと溜まりもない。
「ひらひらとすばしっこい奴め。これならどうだい!!」
脱衣が皺がれた手のひらを彩萌にかざすと、あとからあとからシャボンのような玉が湧き出てくる。そして、そのまま彩萌めがけて飛んでくる。
「うわ、追加してきやがった」
彩萌は避けながら、反撃の好機を窺う。
ーーーと、子供の一人に玉が当たりそうになる。彩萌は子供を救い上げ、近くにあった石を玉に当てて、爆発させた。
「危ないじゃないか、子供には関係ないだろ!!」
彩萌は声を荒げた。そして、子供を安全な岩場に腰掛けさせると、脱衣に向きなおした。
「関係ないやね・・・。当たろうとどうなろうと知ったこっちゃあないよ。ここに子供のまま来るなんてのは罪なんだ。だからそれ相応の罪を償わなくちゃあならない。生きているうちに苦役の修行を積んでこなかった分の穴埋めなんだから当然さ」
「何だって・・・。もう一遍言ってみろ」
彩萌の妖気が一段と強くなる。
「死にたくて死んだものばかりじゃない。幸せを手にし損なった分、もっと幸せにしてやらなければいけない子だってたくさんいるのに・・・。こんなところでお前に苦役をさせられるなんて、考えただけでも胸糞が悪いよ。ボクは必ずみんなをお前から解放してやる」
彩萌の妖気がうなりを上げて、空高く舞い上がる。
「面白いじゃないか、やれるもんならやってごらんさ」
玉の追加を脱衣は彩萌に投げつける。
「はっ!!」
彩萌が神波を研ぎ澄まし、玉を蹴り飛ばしていく。蹴り飛ばされた玉は遥か彼方で爆発していく。
「おのれ・・・。ん?」
一瞬脱衣が目を離した隙に彩萌の姿が視界から消える。慌てて見回す脱衣の顎に彩萌の鋭い蹴りがクリーンヒットする。
「ぬっ」
脱衣が彩萌を捕まえようと手を伸ばすと、既に彩萌は脱衣の背後にいた。握り合わせた彩萌の両手には紫の妖気が纏い、そのまま脱衣の頭へ渾身振り下ろす。
「ぎゃ!!」
脱衣が堪らず転げまわる。彩萌の攻撃は止まらない。打撃、蹴撃で脱衣を追い詰めていく。
「これでとどめだ!!」
大きく跳ね上がった彩萌は体全体に纏った紫の妖気を脹れあがらせていく。
ーーーと、脱衣は彩萌とは別の方向へ例の玉を放出させていく。にやりと脱衣が笑う。
「どこへ打っているんだい。ボクはここだぞ・・・。ん?」
彩萌が何かに気付いた。脱衣の放った玉は一つに一人ずつ子供たちを閉じ込め空を漂っていく。
「さあ、どうしようかね。お前が私にとどめを刺せばアイツらもただじゃあ済まないよ」
脱衣が静かに立ち上がる。
「お前、汚いぞ。どこまで根性腐ってんだ!!」
彩萌が歯ぎしりしながら、脱衣を睨みつける。
「何とでもお言いよ。私はここを管理する神だ。私に逆らえばどうなるか身を持って教えてやるよ」
脱衣は右手に現れた玉を彩萌に投げつける。右肩に直撃した玉は大きく爆発し、彩萌は地面に落下する。
「くそ!!」
彩萌は肩を押さえながら立ち上がる。
「さて、どうしようかねえ・・・。一つずつ端から爆発させてやろうか。それとも一思いに全部まとめて・・・」
「やめろ!!」
彩萌ははらわたが煮えくり返らんばかりの怒りを言葉に込めた。
「---助ける方法はあるよ。お前があの子たちの代わりにあの玉にはいればいいのさ。そうすれば子供はあの玉から抜け落ちて助かる。その代りお前は爆発の餌食になっていくがね・・・。果たして、全員分お前の体が持つかねえ・・・」
声もなく脱衣は嗤う。
「やってやろうじゃないか」
彩萌はそう言うと近くの玉の中に入り込んだ。中に閉じ込められていた少年が押し出され、彩萌が中に閉じ込められる。
ーーー宙を漂っていた彩萌の玉が爆発する。
たった一回。その強力な破裂に彩萌は全身傷だらけになり、気を失いそうになる。
「もう、おしまいかい?まだ最初の一個だよ」
脱衣が下を向き、肩を愉快とばかりに上下させる。
「効くもんか、こんなもん」
彩萌は首を振りながら立ち上がると次の玉に乗り込んだ。
再び大きく爆発する。
彩萌は何度も立ち上がり、子供たちを救うためこの作業を繰り返していく。
半分ほど過ぎた時点で、這いずることもできなくなった彩萌の意識が飛ぶ。
(かあさ・・・ん・・・)
彩萌は右手を伸ばした格好で河原の砂利にうつぶせのまま倒れこんだ。
「いい様だねえ。三途の河原の番人に逆らおうなんて百万年早いんだよ。もう、起き上がれないんなら地獄の釜にでも放り込んでやろうかね」
脱衣は彩萌の元に歩み寄ろうとした。彩萌の指先が微かに反応する。
助けられた子供たちが身を寄せ合いながら心配そうに彩萌を見守る。
母狐。育ての親。守れなかった仲間。そして、信じあえる仲間の顔が順次に浮かんでは消えていく。
「誰がもうおしまいだって…」
彩萌は四つん這いになりながら脱衣を睨む。
「ほう、まだそんな口が聞けたかい。もっとも、そうじゃなきゃ面白くないねえ…」
「勝手に…。勝手にお前が決めるなよ」
上がる息を整えながら彩萌は立ち上がる。口元の傷口から流れる血を指先で拭う。
「ほほう」
感心とも馬鹿にしているともとれる様子で脱衣は目を細める。
「ボクがボクに課した約束を勝手にお前がおしまいだとか決めるな!!」
彩萌はそう叫ぶとまだ空を漂う子供たちを見据えた。
「絶対ボクはお前たちを解放して見せる!!」
彩萌の言葉に子供たちの表情が明るくなっていく。
「上等だ。まだ半分もあるんだからね。もうお前の体力なんてたかが知れた程度しか残ってないはずだよ。あといくつもつか見物だねえ」
「ーーー全部まとめてこいよ。ちまちま足りないんだよ、刺激が」
「いい度胸だ。望みとあらば木っ端微塵にしてやろう、ほれ!!」
残りの玉が一斉に子供たちを離れ、彩萌を包み込んでいく。
どす黒く淀んだ玉は雷光を伴いながら、更に空高くへ舞い上がった。
「一気にいくよ、覚悟しな」
脱衣の目が銀色に輝く。
ーーー辺りを昼間の如く明るい光が包み込む。爆音が遥か下の地上まで激しく轟く。木々がなぎ倒されんばかりに揺れ、子供たちは吹き飛ばされぬよう身を更に寄せあう。
やがて、いつものように赤く焼けるような空と厚く黒い雲が広がった。
彩萌の姿は見あたらない。
子供たちは言葉を失う。泣き出す子らもいた。
「口ほどにもないねえ…」
脱衣は空を満足げに見上げた。そして、子供らに向き直すと、鬼の形相で静かに歩み寄っていく。
子供たちは緊張でこわばり、下を向いて目を瞑る。
「お前たちも私に逆らったんだ。覚悟しな」
脱衣が舌なめずりをした。
ーーーその時。
脱衣は何者かに後ろから後頭部を蹴り飛ばされた。
脱衣は不意をつかれたため、大きく吹き飛び岩に顔をうちつけた。
「うぐぐ…。誰だい!?」
脱衣の問いかけにショートカットの栗毛を揺らす少女の姿が。
彩萌だった。




