第五章 閻魔編 再会&再開
魔界での二年が過ぎた。にゃー子とナヨタケは七福神と約束した場所へ赴く。
そこにはあの蛇との決戦で散り散りになった仲間たちが集まっている手はずになっていた。
圧倒的な数と力の差に敗北を喫したにゃー子たち。
桜林を取り返し、向こうの世界に戻るためにも今度は負けるわけにはいかない。
にゃー子は約束の場所、魔界の三丁目に到着した。
人や鬼、どくろ、神様が人間の街並みそのものの中を暮している。ただ、人はみな頭に三角頭巾と白装束なのだが・・・。空を飛んで移動する者もいて、ここはまだ比較的穏やかな場所のようだ。地獄とも天国ともつかない中間地。空は赤く、焼けるような暑さと黒い雲。砂漠のような岩肌と地面。
ここで待たされた人は地獄の門をくぐり、いよいよ審判を受ける三途の河原へと通される。そこで天国か地獄行きが決まり、地獄の場合、罪状による振り分けが行われるのである。
「にゃー子!!」
聞き覚えのある声と異質なセーラー服の一団。その後ろにはきらびやかなる衣装の七人の神々。
「みんにゃー!!」
にゃー子はみんなのもとに駆け寄ると愛梨沙から順に片っ端から抱きしめて回った。その肌のぬくもりはちょっぴり冷たい・・・。
「みんな、本当にごめん」
にゃー子は真剣なまなざしでみんなに深々と頭を下げた。みんなは気にすんなと言いながら、笑顔だ。
ーーーの割に、強く握りしめた震えるこぶしがなぜか怖い。
「さあ、ぐずぐずしてる暇はないわよ」
薫子の声に皆引き締まる。
「桜林を助け出してここを脱出しなきゃなんないもんね」
背中にリュックのような黒い光沢を放つ丸いものを背負い、手に掃除用のブラシを持った愛梨沙が続ける。
「リミットまでに出なきゃ僕らも危ない」
右の握りこぶしを左の掌で噛ませた彩萌もにゃー子を駆り立てる。
「いい、みんなここを真っ直ぐ抜けると地獄の門。その門をくぐると地獄。泣いても笑っても後戻りはできないわよ、覚悟はできてる?」
薫子がにゃー子たちに問いかける。皆無言で頷いた。
「いくぞ!!」
にゃー子の掛け声とともに地獄門へ皆走り出す。
七福神は先に結婚式場へ顔パスを利用して乗り込む。姫子がどさくさに紛れて神の顔をして七福神について行こうとするのをマユがすばやく見つけて引き戻す。
「どっちいってんのよ、あんたはこっち」
「ちっ、ばれたんでありんす」
「ダメですよ、姫子。ズルは・・・」
メイが姫子をたしなめて制服の襟をつかんで引っ張っていく。
程なく一行は山のようにそびえたつ地獄門の前に到達した。そこには、開門を待つ人だかり。鬼たちが一人一人をチェックしていた。
「待っていたら日が暮れるよ」
最後尾に並んだにゃー子たち一行は気を揉んでいた。いきなりここで事を荒立てて地獄に入る早々追われる身になるわけにはいかない。かといって彩萌の言うとおり待っていたのではいつになるかわからない。
と、そこへ子分の鬼たちを従えた大きな鬼が人の群れをものともせず、通りの真ん中を我が物顔で通過する。
肌の色からするに青鬼のようだ。
「どけどけ、貴様らのような虫けらどもは三途の河原の裁きを待つまでもなくここで御霊ごと消し去ってくれるわ」
青鬼は肩に携えた黒光りする無数のいぼを持つ金棒を大地を揺るがす轟音と共に振り回す。
「あんにゃろー」
にゃー子は制服の袖口を捲し上げて肩をぐるりと回した。それを見た薫子がにやりと笑いながら手で制する。
「まあまあ、お月さん。アイツらからふっかけてくるからのんびり待ちなさいって。---それに、アイツの相手なら後衛部隊で十分だから・・・」
にゃー子はナヨタケの顔を見た。どうやら、ナヨタケも薫子に賛成らしい。愛梨沙はサッとにゃー子の後ろに身を隠す。
かえでは物足りなそうに剣道の素振りを繰り返している。彩萌は頭の上で手を組みあくびをしている。愛梨沙以外みんな緊張感はない。
ついこの間まで恐れおののいていたというのに・・・。
愛梨沙の気持ちを察したにゃー子とマユが愛梨沙の肩をさする。
「ん?」
前方で人の群れを蹴散らしていた青鬼が鼻をひくつかせながら辺りを見回す。
子分の鬼たちも何事かと青鬼を見上げる。
「ここに~、死人とも生き人ともつかぬ者がいるなあ~」
青鬼は舌なめずりをしながら顔を人の背丈ほどまで降ろし、隅々まで覗き込む。
「しかも…、このニオイ。どこかで嗅いだことがあるニオイだ~」
再び腰を上げるとニオイを確かめるように青鬼は目を瞑り焼けるような赤くどす黒い空へ顔を反らした。
「思い出したぞ…このニオイ」
カッと青鬼は目を見開く。血走った眼球だけが人の群れに注がれる。
唸るような青鬼の声に愛梨沙はにゃー子の制服を背中からぎゅっと掴んだ。
「み~つけた。俺の嫁じゃあないか、ぐへへへへへ」
メイの鼻先に青鬼の金棒が真っ直ぐ振り下ろされる。
「・・・・・・」
何も言わず下を向くメイ。表情が窺い知ることができない。
「怖くて声も出ねえか。ぐへへへ。どうだ、俺の嫁に素直になれば他の奴らの命だけは助けてやろう。ただし、俺の奴隷としてだがな。ぐへへへ」
「---お断りします」
上げないままメイが青鬼の条件を突き放す。
「ほう?じゃあどうする?皆殺しでいいのか」
青鬼が笑いを禁じえないように片眉をあげてメイに問いかける。
「それも願い下げです。あなたを倒して私たちは先に進みます」
メイが青鬼を睨みながら顔を上げた。
一瞬空気が止まったかのような静寂が訪れ、その後、割れんばかりの高笑いがこだました。
青鬼をはじめ鬼たちが腹を抱えて、笑い転げる。
「何を言い出すかと思えば・・・。人間の女が鬼を倒す?しかも、よりによってこの青鬼様を倒すだと?ぐへへへへへ。冗談も大概にしろよ」
青鬼はメイを馬鹿にした態度で見下す。メイは依然ひるむことなく青鬼を見据える。
「私は本気です」
「面白い。ならばサシで勝負だ。後で吠え面かいてもわしは知らんからな」
「どうぞ、殺す気でかかってきてください」
青鬼はピクリと眉を上げると気炎を発し、金棒を自分の遥か頭上に掲げ円を描きながら回し始めた。地鳴りと共に砂塵が巻き上がり、竜巻のような突風が吹き荒れる。
メイは髪をなびかせ、目を瞑ると何事か唱え始めた。
メイの周りには煙が立ち上り、半径10メートルほどを黒く覆い尽くした。
「メイ大丈夫かな・・・」
遠くで見物しながら愛梨沙は独り言のように呟いた。もし負けでもしたらメイが心配で堪らない。
「大丈夫。私が言うんだから間違いない」
薫子は腕組みしてにこやかに戦況を見守る。
ナヨタケに至ってはあくびをしながら横になりポテトチップを頬張って観戦している。
「神通力、防煙・・・」
メイは胸の前で手をクロスさせ静かに目を開く。煙は稲光を伴いゆらりと揺れながら上へと拡大していき、メイの姿を隠していく。
「ぐへへへ。何の術だか知らねえがこんな煙吹き飛ばしてやるぜ」
青鬼は得意の金棒を力任せに振り回した。煙の一部が簡単に吹き飛び、露わになったメイの近くまで青鬼が歩み寄る。
「前に言ったはず。わしにはいかなる属性の神通力も通じないとな。一端に神波を使えるようだが、わしに効くほどの腕力がなければ打撃で攻撃する意味はない。すなわち、後衛であるお前のような術師にかなう相手ではないのだ、俺様は。さあ、おとなしく俺の妻になれ。これが最後通牒だ。返事がなくば叩き潰す」
青鬼は金棒をメイの鼻先に押しやった。
「---かかりましたね」
メイの口元の右端がわずかに上がる。
「何?」
青鬼は自分の体の変化に気付き始めた。体からは汗が噴きはじめ、手足が震えだす。
「この煙は主の意のまま。主が敵と判断すれば相手を敵に・・・。味方と判断すれば相手を味方に・・・。自動的に振り分けて攻撃したり、護ったりしてくれます。煙はあなたを敵とみなしました。あなたはこの煙に触れた時点で体中の神経をあらゆる毒によって蝕まれていく・・・」
「ぐあああ・・・」
目の焦点が合わなくなった青鬼は泡を吹き、のけぞりながら倒れていく。
「そして、完膚なきまで敵を叩きのめす!!」
メイの合図とともに土くれの手が地面から湧き上がり、青鬼の巨体を羽交い絞めにロックし、二つ折りにする。
骨の砕ける音と共に青鬼は悲鳴を上げ、白目をむいたまま動かなくなった。
「神通力・・・、防煙狂。防御は最大の攻撃なり・・・」
メイは青鬼に目もくれず、仲間の元へ歩いて戻ってくる。
子分の鬼たちは信じられない様子であたふたとしていたが親分の敵とこぞってにゃー子たちに襲い掛かる。
薫子と姫子が待ってましたとばかりにしゃしゃり出た。
ほかの者たちはどこからひっぱて来たのかシートを持ち出して、地面に敷いて寝転がり、ナヨタケの持ってきたポテトチップを一緒にかじりだした。
「あんたたち、何やってんのよ!!ものすごい数の鬼がくるじゃないの。遊んでないで片付けなさいよ」
愛梨沙が涙目で訴える。
「まさに鬼のような数だ」
「うまいこと言いました。彩萌さん」
彩萌の冗談に戻ってきたメイが手を叩く。
「笑ってる場合か!!マユも何とか言ってよ、ねえ…、マユ?」
「zzz。。。」
マユはいつのまにかうつらうつらと夢の中。
「これは、しばらく起きへんな」
かえでが落ちていた木の棒でマユの額をつついて確かめる。
「あんたたち、お願いだからまじめにやって・・・」
もう何言っても無理とわかった愛梨沙は泣きながらシートに腰を下ろした。
そうこうしているうちに鬼どもは金棒を振り回し、薫子と姫子を取り囲む。
薫子は術符を空高く放ると、やがて鬼たちめがけ降り注ぐ。姫子は低く構えると左の手の平を鬼に照準を定めるように差し出し、右手を握りこぶしで間合いを計る。
ーーー突如、鬼の足が止まり皆整列して互いの顔を見合わせると今度は鬼同士でけんかを始めた。どうやら、薫子の新しい神通力の技のせいらしい。
「神通力、脳内洗浄。鬼の認識する敵を私たちから鬼同士にチェンジしたの。後は勝手にやってくれるだろうけど」
薫子は不敵に笑いながら鬼の様子を見ている。
「邪魔でありんす。一気にふっとばす」
姫子がタイミングを掴む。
「神通力、スタン銃!!」
地面に打ち込んだ姫子の右手が大きな地鳴りを生み、鬼どもの足元へ到達すると激しい衝撃と共に鬼たちは遥か彼方へと吹き飛んで行った。
「見事!!」
にゃー子は拍手を送る。
「みんな、すごい」
愛梨沙もそれにならって続く。
「にゃあ、あーりん。ずっと気になってるんだけどその背中の黒いランドセルのようなものは何にゃ?」
「僕も気になってた」
「それに手にデッキブラシって、武器ってことはないやろ。それ・・・」
それぞれが興味津々で愛梨沙を眺めまわす。
「私は、この格好でいいのよ…。ただの人間だから。でも、勘違いしないでよ。これでも私なりに二年間頑張ったんだから」
愛梨沙は質問には答えず、自分に言い聞かせるように頷きながら呟いた。
まあ、いいか。先を急ごう」
彩萌に促されて、みんなが門に走る。
「待て!!貴様ら」
全てを蹴散らしたと思っていたにゃー子たちの前にもう一つ大きな山のようにそびえる毛むくじゃらの大男が一体。
赤鬼だった。
「同胞がやられたのを指をくわえて見過ごすわけにはまいらんな。ここを通したとあっては鬼の総代としての名折れ。死してもここは死守する、覚悟してまいれ!!」
まじめさがにじみ出る赤鬼は真剣なまなざしでにゃー子たちを食い止めるべく金棒を振りかざし構える。
一触即発。
にゃー子たちも青鬼より数段強い赤鬼の気迫に緊張する。
ーーーナヨタケがその間に割って入る。
「我々は嵐を止めに来た。その嵐は正義の名のもとにすべてを根こそぎ刈り取っていく」
「結構ではないか・・・。悪を根たやしにする、まさにご政道の極み。閻魔様の理想そのもの」
「しかし、閻魔が悪しきものに操られていたとしたらいかがいたす。お前もこの地獄のありようが様変わりしたのを気付いておろう・・・」
「しかし、それは人が悪ゆえ。今までがぬるすぎたまで。それとも閻魔様が操られている証拠でもあるのか」
「それを今から証明しに行くのだ」
「泥棒をもって縄をなすとはまさにこのこと。笑止千万」
赤鬼はしびれを切らし、金棒を天高く持ち上げた。ーーー同時にナヨタケの脇から何者かが飛び出した。
「ならば、赤鬼、命は貰っていく」
ナヨタケがにやりとし、言い終わるやいなや赤鬼が膝をついて前方に大きく両手をついた。
上空を弧を描きながら何かが飛んでいき、遠くの地面に深く突き刺さった。赤鬼の大事な角であった。
「鬼の命確かに頂戴した」
にゃー子が上空より地上に舞い降りる。
赤鬼は胡座をかくと後ろに体を放り出す形で天を見上げた。
「ぎゃあはっははは…」
赤鬼の高らかな笑いに一同何事かと目を見張る。
「俺としたことが一本取られたわい。確かに鬼にとって角は命。これを取られたとあっては負けを認めぬわけにはいくまい」
「では?」
ナヨタケが赤鬼に問いかける。
「通るがよい。ーーーただし、この先は地獄。俺のように聞き分けのよい者ばかりではない。心して参られよ」
「よっしゃ!!」
にゃー子がガッツポーズを取った。ナヨタケに促されるまま、愛梨沙たちは一斉に門をくぐっていく。
赤鬼は鼻で大きく溜め息をつくとやれやれといった顔つきでにゃー子たちを見送った。
にゃー子たちが進んでいく先には大きくうねる川が流れ、それに沿う形で程なく砂利道が現れた。
岩のような大きな石から小指の爪程の小さな石まで入り交じって無造作に転がっていた。
ここが三途の河原。死んだ者が罪人か否か裁きを受ける場だ。
そして、ここには子供たちが石積みを強要されている。親より先に死んだことがどうやら罪になるらしい。
暫く、進んだにゃー子たちの目の前にもその光景がこれでもかと広がっていた。




