回想 田助3
「そうか、うむ・・。こいつのことなんじゃが、」
そう言って、田助は、懐から一匹の子猫を取り出した。
「一週間ほど前から野良仕事で使っている小屋の下に居ついてな、親ともはぐれたらしい。よく見るとどうも、目を病んでいるようだし、怖がって、エサもろくに食ってはくれん。このままでは弱って死んでしまう。猫よ、お前がこいつを助けてやってはくれまいか。同じ猫なら、猫の気持ちもよくわかろうというものだ。」
目病み。月千代は清兵衛を思い出した。
「どうした、猫、返事を聞かぬとわしは死んでも死にきれん」
田助は、月千代に促した。
「もし、わらわが拒んだら・・・」
「猫よ、野暮なことを言うなあ、おぬし。猫又ともなると、猫も知っている恩や義理や情も解さなくなるのか。この、わらし猫は、放っておけば死ぬと、わしは申しておる。何もお前に犬や鶏を救ってくれとは頼んでおらん。」
「生あるものはいつか滅びる、死んだとしてもそやつの運命。わらわには関係ないこと」
月千代は、やはりこの男命乞いしているのだなと思った。
「おぬしの言うことも一理であるが、このわらし猫は、生きたいと必死じゃ、それがわからぬならよい。」
田助は、そういうと上半身裸になり、大の字になってその場に寝転んでしまった。
「おぬしに話しをしたわしが、馬鹿だった。さあ、喰え。お前なぞ猫又ではない、ただの畜生ぞ、さあ、煮るなり焼くなり好きにせい。」
田助は、ふて腐るように言った。しかし、これから殺されるというのにまったく悲壮感がない。むしろすがすがしい顔で天井を見つめていた。
そんな人間がいるわけがない。人間とは、とかくうそつきな生き物だ。月千代は思った。命乞いした臆病な人間だ、脅せば本音を吐くに違いない。泣きまわるこいつを殺すのも一興だと思った。
月千代は、わざと男の顔のすぐ横に鋭い爪で一撃を加えた。床板にいとも簡単に爪が突き刺さった。
さぞかし、田助は恐怖に怯えているだろう、そう思い月千代はにやりとしながら田助の顔を見た。




