ポプリ編-Ⅲ-
紬が糖子と出会ったのは小学四年生の頃だった。
父親に頼まれて蔵に水あめの缶を取りに行ったところ、古くなった棚が崩れ、そこから小さな桐の箱が転がって来たのだ。
「わぁ、きれい。でも鍵が壊れちゃってる……」
どうやら落ちた衝撃で鍵が取れてしまったようだった。この蔵には何度か手伝いで入ったことはあるものの、こんなきれいな箱があることは知らなかった。
誰もいないことを確認して紬はそっと箱を開ける。
中には砂糖が入っていた。
「どうして砂糖が入って……うわぁ!」
その時だった。強い風が吹き、箱の中にあった砂糖が宙に舞っていった。
いけないことをしてしまったと慌てる紬の前で、砂糖はキラキラと輝き、不思議なことにその輝きの中から一人の女の子が飛び出してきた。年齢からして五歳くらいだろうか。
それこそが糖子だった。
「私は和菓子屋ホシノの守護霊・糖子だよ! 箱から出してくれてありがとう!」
黒い長い髪をなびかせ、豪華な赤い着物を身にまといながら浮かぶ糖子を見て、紬が気絶してしまったのも、今となっては二人の間では笑い話だ。
糖子の姿は紬しか見えないようで、糖子は紬によくなついた。
紬が大学生になった今でも、糖子は変わらず紬の周りを楽しそうに飛び回っている。
問題があるとすれば、周囲から見ると紬が一人で話しているようにしか見えないことくらいだろうか。
「全く……本当誰なんだろう、あんな書き込みしちゃって」
「いいじゃない、お店が繁盛するのはいいことだよ!」
「子供が繁盛って……」
「もう! 見た目は子どもだけど紬よりうーんと年上なんだから!」
「はいはい。そうでした」
紬はパソコンを開いて、口コミサイトを眺めていた。
「また増えてる……」
「どこどこ!?」
「ほらここ。あー、さっきの女子高生ねきっと」
「すごーい! これでまた金平糖売れるね!」
「うーん」
初めのジンクスの投稿以来、金平糖を買った人たちが時たま口コミを書いてくれている。けれど、それは味や品質に関してではなく、お願いが叶いましたと言う書き込みだった。
先輩への告白が成功した、テストでいい点が取れた、昇進が決定した……願い事の内容は実に様々だ。
ただの偶然だろうと思っている紬でも、こうして書き込みを見ると悪い気はしない。
「ホシノの金平糖は甘くてすごい金平糖~」
「ぷは、何その歌?」
「金平糖の歌! 今作った!」
適当なリズムを付けて歌いだした糖子を見て笑いそうになるのをこらえる。
調子が出てきたのかだんだん声が大きくなる。といっても、その歌声が聞こえるのは紬だけだ。
「ねぇねぇ!」
「何?」
「紬は、願い事ないの?」
「え、私?」
突然の質問に、紬は戸惑った。
「今はないかなぁ」
「えー、つまんない!」
「ないものはないんだもん」
「作って作って! 今すぐ作ってー!」
「そんなこと言われてもねぇ」
願い事はない――それは本当だった。大学での勉強も今のところ躓いていないし、人間関係も困っていない。とても充実しているというわけではないけれど、紬は今の緩い感じが心地よかった。