プロローグ 弐
「うぅ・・・・・」
私が目を覚ますとそこは・・・。
「見知らぬ天井ってやつですか・・・」
一体どこなのだろうかここは・・・。病院という考えも一瞬浮かんだが、薄暗く汚れた一室を見渡すとその考えもすぐに否定された。
「っつ!?」
取り敢えず辺りを探索しようと身体を起こそうとするが、身体を起こすことができなかった。それも何らかの薬や病気の影響とかそういうものではなく、なんというか酷い倦怠感のような・・・何年もの間動いていなかった身体を動かそうとした時のような・・・。
ガチャ
「・・・!」
突然扉が開いたと思ったのも束の間、部屋に入ってきた男は私を見るなり血相を変えて出ていってしまった。
「なんだったんだ・・・?」
とてつもなく重い身体をなんとか起こし、今の状況を思案する。
第一に、ここはどこだろうかを考えるが、どうにもここに至るまで過程がまるで霞がかったこのように掴めない。記憶喪失というわけでもないということは何かの事故と考えるのが妥当だが、だとすればこんな気味の悪い場所にいるのはおかしい・・・。
「・・・」
「・・・!」
声に反応し顔をあげるとそこには痩せ細った女の顔が私の瞳を覗いていた。
「おっと、ごめんなさい、あまりにも嬉しくてつい・・・」
そう言うと女はにやけ面を崩さずに私から距離をとった。
「・・・」
女の全身を見て、私は言葉を失った。押せば倒れそうなほど酷く痩せ細った身体、今にも死にそうな目、髪の毛はほとんどないぐらいに抜けおちていた。
「怖がるな・・・、というほうが無理でしょうね・・・」
今の言葉を聞いて私の彼女への印象が変わった。この女、てっきり狂人かと思っていたけど、実はまともな人間なのだろうか・・・。いや、こんなところにこんなナリでいる時点でまともではないか。
「いくつか、いや、いくつも訊きたいことがあります」
「でしょうね、それはこれから話すわ、貴女がどうなったか、そして貴女がどうなるのか」
「・・・」
私は彼女の言葉を待った。そしてついに彼女の口が開かれた。
「貴女は約8年もの間、仮死状態だったの」
・・・は?
頭が真っ白になるほどの衝撃を受ける。だがそんなものはお構いなしと言わんばかりに彼女は話を続ける。
「原因は事故、覚えているかはどうかは分からないけど、今でも知らぬ者はいないほどの大沈没事故。その事故が原因で今世の中は貴女の想像以上の変化しているわ。これが貴女の今まで。理解できたかしら?」
「・・・1つ、いいですか」
「あら、てっきり全く分からないという反応をしてくると思ったけど」
彼女は心底意外だという表情でそう言った。まぁ確かに色々と驚いたが今までの流れで仮死状態というのは見当がついてたし、仮死状態なるくらいなのだから事故というのも頷ける。
「私は何でこんな所で寝ているんですか」
仮死状態の人間が寝ている場所は病院だろう、少なくともこんな薄気味悪い場所ではないだろう。
「貴女は元々ほとんど目覚めないとされていた人間なのよ、だから私達の研究所が引き取ったの。色々貴女に関して研究したいことがあったからね」
「その色々というのは・・・」
「あまり詳しくは教えられないけど・・・そうね、貴女が遭った事故をきっかけに世界が大きく変わったと言ったじゃない」
「はい」
「貴女、魔法って信じる?」
・・・は?何を言っているんだこの女はいきなり、そんなもの・・・。
「ある訳ない、って思ってるわね」
「・・・・・」
「私もそんなのないと思ってた」
彼女は突然右手の人差し指をぴんと立てた。
「でもね・・・」
「・・・・・!」
次の瞬間、彼女の指先からどこからともなく紛れもない火が現れた。最初は手品かと思ったがそれとおぼしき種は見つからない、つまりこれは・・・。
「正真正銘の魔法。これで信じてもらえたかしら?」
「・・・はい」
ここまでされたらもはや信じるしかない、私は彼女の言う魔法を信じることにした。
「この魔法が現れたのがあの事故の直後、しかも魔力の発生源は貴女が倒れていた地下3階貨物室」
「だから私を調べた・・・」
「そういうこと、でも魔力のことをいくら調べても貴女が今目覚めた理由だけはわからないわ」
「なるほど・・・わかりました」
つまり今の私はさしずめ浦島太郎ってことか、彼女にウソを言ってる気配もないだろうし。
「さて、ここからが貴女のこれから」
「・・・」
「貴女には魔導学園という所に入学してもらいます」
「・・・どういうことすか」
私が今までどのような過程で今に至っているかというのは理解できた。だがそれと入学というのは全く繋がりがない。どういうことだ・・・。
「簡単に言うと、実験ね。これ以上は言えないわ。あとこれには何が何でも従ってもらいますから」
・・・なるほど、所詮私は唯のモルモットだったて訳か。やっぱりこいつ等はまともじゃないよ、人の命を道具としか思ってないんだから。
「わかりました。どんな裏があるのか知りませんが入学しましょう、魔導学園に」
「いい返事ね、じゃあさっそくだけどついてきて、・・・立てる?」
「・・・はい、なんとか」
立っているだけでも精一杯な身体を何とか支え、歩き出す。
部屋を出ると、あの部屋よりもさらに暗い廊下に出た。
それから暫く、5分くらい歩くと前方にかすかだが大きな扉が見える。この身体では5分の歩行だけでも汗が出るほどだ、これはこれから骨が折れそうだ。
「ここを出ると魔導学園の地下室に着くわ」
・・・え、ここって魔導学園の一部だったのか。それにしてもこんな怪しい研究所を抱えているとは、これは思ったよりも業が深そうだ。
「これから貴女には困難が幾度となく立ちふさがるでしょう、これはもう確定事項です」
確定なのかよ・・・まぁこんな所のモルモットである私が平穏な学園生活など送れるはずもないか・・・。
そんな私の落胆と共に扉は開いた。中からはここと比べて眩いほどの光が差し込んでくる。
嗚呼、この輝く光の向こうには、どんな世界が待っているのだろうか。