第八楽章 基礎合奏
「こんにちはー」
俺は筋トレの後トランペットの教室へ向かった。
教室にはもう俺以外揃っていた。
「はい!じゃあ今日の予定ねー。まず今からトランペットで基礎練習で次に仮想空間で基礎練。で、10時から基礎合奏でその後曲、あ、1年生は基礎ね。で12時からお昼。はい午前中はこんな感じで午後はまた連絡するね。」
初めて聞く単語があった。
「先輩、基礎合奏、てなんですか?」
「あー言うの忘れてた!ごめんごめん。」
いつものパターンだった。
「えっとね....バンド全体の音を作るための合奏かな、簡単に言うと。まあ戦争学部的にいうと集団戦闘の練習かな。」
なるほど。つまり全体で動くための合奏か。面白そうだ。
初めて他のパートの武器も見れるし。
「2年生は基礎合奏になったらやること1年生に教えてあげてねー」
「「「「はい。」」」」
まあなんとかなるだろう。
今日は外で吹いてみよう。そんなふうに思って俺は外に出た。グラウンドの近くにベンチがあったからそこに座った。
とても気持ちがいい。
涼しい風が吹いていた。もう4月も終わりごろだ。少しずつ暑くなって来ている気がする。
ぱっと顔を上げる。何も無いグラウンドが地平線のように見える。
静かで心地いい空間。よし、今日はここで基礎練をしよう。
遠く見えるグラウンドの端に向かってトランペットを構える。
大きく息を吸い込む。
「おい。」
ぼフォッ!
いきなり方を捕まれ噎せ返る。一体何なんだ...
「...お前が白野光だな?」
そこにいたのは一人の男子。髪は長めで眼鏡をかけていた。
そして虚ろな腐ったような瞳。
「お、俺は小野寺悛。ちょっとお前に聞きたいことがある!」
小野寺....確かパーカッションにそんな奴がいたような。
曖昧な記憶を掘り出しながら対応する。
「確かに俺は白野光だけど....何が聞きたいんだ?俺、お前と初対面な気がするんだけど...」
「えっと..なんて言えばいいか...単刀直入に言うとお前はなんで楽器適正試験の時にあんなに解ったように動けてたんだ?」
1度も話したこともなかった小野寺からこんな事を聞かれるなんて想像もしてなかった。
「あっと..あれは、別に何にもないよ。ただなんか倒したいいかなーって思っただけで....」
「...そうなのか。」
納得してないようだ。考え込んでいる。だけど俺が言えることはない。千夏先輩と約束しているし。
「本当に?何も無いんだな?」
「あ、ああそうだ。」
今はいい言い訳が思いつかない。流して終わらせた方が得策だろう。
「まあいい。俺は別に敵対しようとは思っていない。というか逆に友好的な関係を」
その言葉を独りの俺が聞き逃すわけなかった。
バッと振り向くと即座に手を握り上下に振る。
「なんだよー。それならそうと早く言ってくれよ!俺、白野光!これからよろしく!」
突然の握手にきょとんとしていたが、フッっと意味深な笑いをし、
「俺は小野寺だ。よろしくな!」
と言う。
あ、こいつも俺と一緒だったのか。
俺はこの学校の初めての友を手に入れた。
基礎合奏の時間だ。
あのATM(本当は仮想空間移動用中枢装置というのだが)はあの黒い化物との戦闘だけ必要で、それ基礎合奏はいちいちあそこに行かなくてもいいとの事。
じゃあどうやって仮想空間に入るのだろうと思っていたら、思いもよらぬ方法だった。
仮想空間を創るのだ。
いや、作るというよりは展開する、と言ったほうが近いだろう。
仮想空間は全部で三種類ある。黒いのがいる異世界的仮想空間、射撃練習をする練習用仮想空間、そして合奏や、パート練習などに使用する展開式仮想空間。
この展開式仮想空間は仮想空間展開装置というもので展開できる。
この仮想空間の特徴としては、空間が広くならないということ。それに展開する範囲があること、そして仮想空間での攻撃は外には漏れ出さないこと。そんな感じだそうだ。
「なので普通の仮想空間展開装置では教室ぐらいの広さしか展開できません。なのでこれを使います。」
軍師と呼ばれる先輩が取り出したのは普通のメトロノームの3倍はありそうな巨大仮想空間展開装置だった。
これでコモンホールを覆えるぐらいの仮想空間が展開できるそうだ。
「..仮想空間にログインした方が早くないですか?」
千夏先輩に聞いてみる。ちゃーも同じ考えのようだった。
「んー練習用仮想空間って何もないでしょ?あって射撃場とか練習場。でもそれじゃ実践で意味無いでしょ?あくまで練習用は練習用。」
「どういうことですか?」
「つまり、本当にコンクール、まあ戦部のコンクールの事をみんな『裏コンクール』って読んでるけど。その裏コンの時、フィールドは殺風景な空間じゃない。課題曲や、自由曲によって空間は違うの。その曲調にあったフィールドに変化するの。で、展開式はそういった地形とか天候とかを曲によって変化させることができるの。」
「なるほど。そういう事なんですか。」
「そう、だからこの基礎合奏もフィールドっぽくなるから注意ね!」
千夏先輩が軽くウインクをしながら言ってくる。
....
「基礎合奏を始めます!」
軍師が号令をかける。
と、同時に仮想空間が展開した。半透明で青い、ドーム型の空間がどんどん大きくなる。集まった部員は自然に仮想空間へ。
俺も仮想空間に入った。そこはもうコモンホールではなかった。真ん中の大きな柱はあるものの、床は地面へ、上は空のように太陽が輝いている。無造作に転がった岩。地形は少し高い山なりが幾つか。
「積み上げします。2年以上は1年生に教えてあげてください。」
「「「「「はい。」」」」」
積み上げとは順番に楽器が入っていく典型的な弾合だ。
まずはバスクラリネット。大剣のような武器。バスクラの先輩は大きく軍師へ斬る。地面に叩きつけると波動の様なものが地面をえぐり軍師に目掛けて突き進む。
それに重ねるように、チューバ、ストリングベース、バリトンサックスなどの低音軍が攻撃。
弾はぶつかり、そして重なり一つにまとまっていく。
更に中音、高音、最高音と重ねていき一つの光線となった。
そのまま軍師に衝突、土煙が上がった。
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。コンマスは役職能力、防御があるから。」
コンマスに攻撃が当たった瞬間、仮想空間のような半透明の青いバリアが出現した。
これが能力。
役職や個人に与えられる特殊能力だ。
「低音、厚みがない!トロンボーン、ピッチ合わせて!フルート、音が細すぎる!」
「「『はい!』」」
「もう一度全員一斉に!」
コンマスが手を挙げ振り下ろす。
ドゴォ!!
全員が一斉に弾を出す。だがしかし、1年生の音はコンマスに届く前にほとんど消えていく。
これが基礎合奏。いや基礎合戦。一方的だが合理的な合戦だった。
「ユニゾン練習します!」
次の練習だ。
・ユニゾン練習
クラリネットに音質を寄せる練習。クラリネットがまずB♭~B♭まで攻撃し、次にサックス、ホルン、ユーフォニアム、トロンボーンがクラリネットの動きに合わせて攻撃を開始。
最後にトランペット、低音、フルートが入り、全員攻撃となる。
・バランス練習
低音、中音、高音、最高音の順番でかさね防衛の時の軍全体のバランスを保つ練習をする。
総司令の役職能力、強波動で攻撃。それを防ぐ。
・デイリートレーニング
実際に軍師が指揮を取り、擬似的に対人形式の合戦をする。
相手はレベル1(武器は持っているが攻撃は弱い)黒い人形と戦う。
「基礎合奏を終わります!ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
終わって振り返ってみた。弾は細くて届かなかったし、動きは何をしたらいいかわからず固まっていた。それに照準もデタラメで真っ直ぐに飛ばない。
それに比べて先輩方の動きは見事に連携が取れて圧巻だった。
まだまだだ。そう切に感じた。
そして自分の実力を再確認した。
バスクラリネット 低音属木管式後方型大剣
バリトンサックス 低音属木管式防衛型砲撃大刃
です。