第十一楽章 小町沙月 前編
ええい!もうどうにでもなれ!!
そう思って振り下ろした渾身の一撃は見事に決まった。黒人型が無残に弾け飛ぶ。
呼吸も荒く、動揺していた私は自分が何をしたのかよくわかっていない。
けれど緊張から開放され安堵感に浸っていた。
ぽろり、と1粒の涙が地面に落ちるのが見える。
なんで泣いているのかもわからない。けど何故か涙が溢れてくる。この涙はなんだろう。
私は勝った。この楽器適正試験に。
私は『小町 沙月』。
自由形空間変化部隊だ。
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無理だった。
いやまあ頑張った方だと思う。一応音は出した。まあ音になっていなかったのが事実だが。
何のことかと言うと先日から言っていたコンクール選抜オーディション。
まず先生の前で独りで吹かないといけないことがおかしいと思う。
あんなの吹けるわけない!
なんて負け犬の遠吠えの代名詞とも言える愚痴を心で刻み、教室でぶつくさ嘆いていたのであった。
唯一の救いがちゃーも合格でなかったこと。もしこれで自分だけ落ちていたら絶望とかそういう問題じゃない。
そう考えると落ち着いてきてもう一度自分を振り返る。
何がいけないのか。
昔からことある事にこんなことを考える。そうしないと自分の中ですっきりしないのだ。まあ今回の場合、駄目すぎて考えるまでもなかったが。
基礎練習不足。
まずその言葉が頭をよぎる。もっと真剣に時間を有意義に使って基礎練をしていたらなにか変わっていたのかもしれない。
まあ過ぎてしまったことはしょうがない。いつまでもくよくよしてないで前に進んだほうがいい。
そう思うといてもたってもいられなくなって、練習用仮想空間へ向かうのだ。
「はーい1年生はしゅーごー!!」
足がつんのめり、こけそうになる。何時も何時も、なんでこう絶妙なタイミングで。まるで狙ったかのようだ。
やるせない思いを感じつつ渋々教室に戻る。
「これから譜面を配りまーす。これ、1年生だけで吹くからしっかり練習してねー。」
そこにはいつも通り、にやりと笑む千夏先輩が。
こう毎度されると、流石の俺でもイラッと来る。が、歯向かっても軽くあしらわれるだけなので堪える。
でも心中ではなにかしてやろうと、思っているのだが。
手渡された楽譜は『サンライズマーチ』2005年度の課題曲Ⅳといえばわかる人が多いと思う。
ポジションは2nd。見た感じそんなに難しい曲ではない。音域も高くないし、リズムも単調、などと普通の人なら直ぐにわかる。
だが、楽譜が読めない俺は論外。
なんだこれ?としか言いようのない。小学校時代の経験で音の高さは辛うじてわかるものの、どういう曲かなんて全くわからない。が、
「まあ、なんとかなるか。」
いつも通り、楽観視で片付けるのだった。
とにもかくにも、これが初めての譜面。やる気は十分だ。
早速譜読みから始める。リズムや音、記号を確認するのだ。
と言っても全然何がなんだかわからないので先輩にマンツーマンで教えて貰っていた。
「わかる?八分音符は四分音符の半分だから.....」
なるほどわからん。そんな感想を浮かべつつ楽譜に向かう。
正面のメトロノームはカチカチと鳴っている。それに合わせて手を叩く七海先輩。しかし俺がわからないので先輩も困った顔色のようだった。
取り敢えずリズムをメトに合わせて叩いてみる。
「....違う。」
疲れたように、肩を落としため息をつく先輩。
初めての曲。スタートダッシュはつまずいて転んで、保健室へ運ばれた。
そんな事当の本人は気づくはずもなく。
「先輩?どうしたんですか?」
意図せず追い討ちをかけるのだった。
昼食後に『ショケンカイ』なるものがあるらしいのでコモンホールに向かった。基本的に、曲として吹部で創り、その中で使える曲だけを戦部で使うらしい。すべて使う訳では無いのだ。
この曲『サンライズマーチ』も1年生だけで吹くだけあって、実際の戦闘に使用するには程遠い代物だ。
故に戦部としての活動がしばらくない。
「うおおおおおおお」
衝撃の事実に思わず嘆く。
こうして俺に大きな壁が立ちはだかった。
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突然の光からの暗転。
そして虚無。
慌て狂う民衆。
1粒の涙がこぼれ落ち、私の頬を伝う。
私は
独り。
空を見る。
暗。
まるで嘲笑っているかのように。
目の前。人が居た。
でも人ではない。何か。
私は生きている。
呼吸。
でもそれさえも奪われそうで。怖い。
白、限りなく白。突然の光への驚き。
轟音が。
瞬間、私は助かった。
きっと君はそんな事思ってしたわけじゃない。
でも
ありがとう。
勇気を貰った。吹っ切れた。
『為せばなる』
振り上げた右手を地面に。
波動の様に。
砕け散る。
また涙?
なんで?
わからない。
でも
よかった。
ありがとう。君へ
私は.......だ。
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