第十楽章 『交響曲第3番ドン・キホーテ』 前編
遅れましてすみません。次回からはがんばります。
怒られた。すごく怒られた。
というもの、合奏というのはかなり危険らしいのだ。
下手すりゃ骨折、半身不随、死亡まであるそうな。
仮想空間での肉体のダメージは実体には十分の一程になるらしいが、ダメージを受けないという訳ではない。
「もしかしたら首が飛んでたかもしれないからね!!わかった!!?」
普段は滅多なことでは怒らない千夏先輩が怒鳴るのも仕方がなかった。
「でも....」
「でもじゃない!!危険なんだから!!」
正座させられ、すっかり恐縮してしまった俺達が言い返せるようなことは一つもなかった。
「先輩?練習では多少の疲れはあるかもしれませんが肉体の損傷はないですよ?」
横からそんな事を千里先輩は言う。
「...」
練習での被弾など無縁だったので忘れていた千夏先輩だった。
予定表を見に行くことにした。1日の予定表がコモンホール前の掲示板に貼ってあるのだ。
もうそろそろ昼休みだから午後の予定を確認しよう。なんて軽い気持ちで予定表を見た。
『合奏 1年生も出る』
先生の殴り書きで書かれたその予定表にはこんなことが午後一番に書いてあった。
「え、」
一瞬の戸惑い。しかしすぐに歓喜へと変わる。
好奇心が心の底から湧き上がって来るのを感じる。
___ついに合奏なんだ。
これから幾度もある合奏。でも最初はこんなにも心を擽るものだった。
この頃は楽しかったな。
出る、と言っても1年生は見学という事だ。まあ吹けるなら吹いてもいいらしいが、今日初めて譜面を見た俺達には無理難題極まりない。
今日は大人しく見ていよう。そしてどんなものか確認しよう。
さっきの一瞬じゃわからなかったものを。
そう決めて合奏に挑んだ。
コモンホールは既に仮想空間が展開していた。
中では各自練習したり、はたまた喋ったりとがやがやしている。
ここで配置について確認する。
一番前には最高音属のフルートがいる。フルートは演奏でも最前線の位置にあり、素早い動きで敵陣に攻め込む役割を担っている。
その後ろを高音属が並ぶ。高音属のなかでもクラリネットは要と呼ばれる。戦術や戦況はクラリネットが握っていると言っても過言ではない。
その横にサックス。そして高音属の少し後ろにトランペットがいる。吹奏楽ではトランペットは一番後ろのひな壇に乗っているが、戦争学では基本的に前線にいることが多い。
ここ高音属までが主に攻める部隊だ。
その少し後ろに中音属がいる。中音属は自陣の時は守り、敵陣では攻め、という二面性を持っている。
ただ防御の中心は主に中音属に委ねられる。
その後ろ、一番後ろに低音属がいる。ここは自陣の最終防衛ラインである。故に低音の上手さが勝敗の鍵となる。
低音の後ろには総司令がいる。総司令は攻撃を喰らうことはない、総司令には絶対防御が付いているからだ。ただ、そこには侵食度ゲージが表示される。
いわば、最終防衛ラインにどれだけ敵が侵入したかによって勝敗が決まる。まあ全滅させてしまえばそれまでなのだが。
ルールとしては、敵陣に侵入するか、全滅させるかで勝負するのだ。まああくまで公式戦闘のルールであり実践となるとルールも糞もないのだが。
ざっとまあこんな感じに配置されている。
ちなみに同じパートでもポジションというものが存在する。
ポジションとは俗に言う1st、2nd、3rdとか言うのである。主にファーストは攻め、セカンドは援護、サードは防御と言った感じに別れる。が、セカンドやサードもたまに緊急独奏などがあるので一概にそうとは言いきれないが。
パンパンパンッ!!
コンマスが手を叩く音が聞こえた。と同時に静寂に包まれる。端の方で練習していた者も即座に自分の持ち場に構える。
この『手を叩く』というのは戦部共通の合図であった。静かにしたい時は手を叩く、という行為はもうお決まりだ。
「今から戦闘を始める。」
いつの間にか前に立っている先生が告げる。
「気をつけ!礼!」
「「「「お願いします!!!」」」」
響き渡る懇願の声。え?別に懇願してるわけじゃないって?まあいい。合奏が始まったのだから。
戦闘が始まると先生は前に立つ。その横に見慣れない女性。おそらく大学生だろうと思われる。たしか千夏先輩がコーチにOBの先輩が来るとかなんとか。名前はたしか..『神崎華音』だった気がする。
「ドン・キホーテ、83小節目から。」
先生が指揮棒を構える。
刹那。フルートが動く。踏み込むと同時に目の前まで迫る。
ガキッ!
目にも止まらぬ速さで切り込んだ日本刀集団は謎の白い人型複数に受け止められた。
___何が起きた!?
あまりに一瞬の出来事で目が追いつかなかった。ただフルート達が白い人型に受け止められている。
白人型
華音先輩が出した分身体。役職能力、『指導者』によって。
彼女は卒業生でありながら副司令という役職に就いている。また、先生が音楽教師でないから、音楽に詳しくない。だから軍事技巧主任にもなっている。
白人型は全体の音を聞き分けることの出来るものしか扱えない。まあ生徒一人ひとりに対して同時に戦闘するのだから並の耳ではないだろう。
『そこ、フルートちょっと遅いよ。』
仮想空間の外で椅子に足を組んだまま言う。
茶色に染め、ウェーブのかかった髪。
強い。
そんなイメージを与えさせる態度だった。
「もう一度だ。全くお前らは、出だしがいつも遅いって言われてるだろ。」
先生もそんな事を言っている。
「今ので遅いんですか!?」
驚きを隠せない1年生。おそらく目で追えたものなんていないだろう。
「うーん。ちょっと踏み込むのが遅いかな。」
想像を絶する戦いに俺達は目で見えない光景をただ見ていることしか出来なかった。




