序曲 トランペットによる『宇宙戦艦ヤマト』
...いつのことだっただろう。
あの時俺はなんて感じたのだろう。
詳しくはわからない。もう過ぎたことだ。
あの時の感動はそう簡単に書き表せるものでもないな。あの時確かに感じた。楽しかったという思い。
...いつからだ?こんなに大きな心の穴を感じるようになったのは。寂しい。苦しい。だが今はそんなことも言ってられない。
いつか終わらせねば。
この無意味な戦いを。
この無意味な争いを。
...なんて長い通学路なんだ..長い...辛い。
だけど今日はそんな辛さを無視するかのように期待と楽しみが溢れて止まらなかった。
だって今日からあの憧れの吹奏楽部に。だからもう想像が止まらない。自分がかっこよく吹いている姿を想像してニヤつく。
この至って普通のどこにでもいそうな男、俺の名前は白野 光。吹部に入りたいだけの普通の中学生..のつもりだ。まあまわりからどう思われているかは知らないけど。
ガくんとバスが揺れたかと思うとプシューっと音を立て扉が空いたあるひとつの学校の前で。
「県立楓学園中学校」
校門にしっかりと金色に刻まれたその字を見て俺は胸の鼓動を感じた。
そしてそれすらも楽しみながら自分の今から始まる可能性を信じ、校門をくぐった。
いつもは何にも感じないこの門も今日はおれの心を盛り上げる。おそらく入学式よりドキドキする。早く放課後が来ないかな、といつも以上に感じる。
下足箱に入るとその独特のひんやりした雰囲気に心地よさを感じる。
俺はこの空間が好きだ。マニアックと言われそうだが気にしない。この妙に静かで、少し涼しいこの場所はさらに胸の高鳴りを加速させた。
教室の扉を開けると賑やかな声がひろがる。
一年生が始まったばかりだというのにもうすでに教室は賑やかだ。
俺は自分の席に着き外をぼんやりと眺めた。...そうまだ友達と呼べる友達ができていない。
この学校は中高一貫校だ。だから全員が受験を経て集う。
普通の中学校とは違う。何が一番違うかって?
それは友達がいないことだよ!
ここには知り合いは一人もいない。だからぼっちなんだよね..まあ細かいことは気にしないでおこう。(惨めになるだけだ。)
そんなことより今は体験入部だ、体験入部。楽器はどれにしようか。まだ特に決まってないんだよなあ。まあその場で決めるか。でもなあ....ある程度決めてた方がいいよなあ...
おれは吹奏楽部以外に入るつもりは毛頭ない、だから.吹奏楽部のことしか頭になかった。
なんでそこまで吹奏楽部にこだわるかというと、まず第一に俺は音楽が好きだ。小さい頃からゲームのBGMがとても好きだった。
場面ごとに移り変わる曲調。
そこに魅力があった。次に俺の姉は吹奏楽部であること。姉が吹奏楽やっていてそれでかっこいいと思った。ただそれだけだ。まあ学校は違うのだが。
キーーンコーーンカーーンコーーン
チャイムが聞こえる。もうすぐ授業が始まってしまう。おっと1時間目は数学か。でもこの胸の高鳴りは俺が授業を受けることを拒んだ。
..............................
「...が...であるのでこの問題の答えは.....」
楽器はどうしようかなあ.....うーん...
「ん? おーい、白野。聞こえてるか!」
聞こえてませんけど? でもなあ.....どれもかっこいいよなあ...サックスとかかっこいいよなあ。
「おい!」
「!!! は、はいぃ!」
不意に俺は現実へと強制連行された。
「お前はおれの授業を聞く気がないようだなぁ!えぇ!」
「いや、そ、その、えっと....!」
「まったく、その場に立っちょけ!」
...恥をかいてしまった。周りから笑い声が耳に刺さる。えっと..-6×2だって?簡単じゃねえか。
そんなこんなでやっと放課後だ。
「いぃかぁあ!このかえでがくえんわなあぁ!....」
学校内のちょっとした広場、『コモンホール』で学年終礼が開かれていた。...それにしても長い...早く終わらないかなぁ。
「............ということだ!では学年終礼をおわる!」
やっと終わった。全く待ちくたびれた。30あっただろう。どうしてこの先生は、山村はこんなにもずっと話続けられるのだろう。今世紀最大の謎だ。
「きりーつ、きおつけー、れーい」
「ありがとうございましたあぁ!」
さあ!体験入部だ!
「吹奏楽部に体験入部の人は前の方にあつまってくださあーい。」
この時まだ俺は希望楽器を決めてなかった。まあ決めてなかったことであの楽器と出会えたから。
「こんにちは!今日は体験入部に来てくれてありがとう!今から各楽器がアンサンブルを演奏するのできいてください!」
部長と思われる先輩がそう言うとひとつのパートがあらわれた。
"トランペット"
この楽器と出会った。
「......トランペットは吹奏楽の華形と呼ばれ........」
俺はそのかっこいいフォルムに目が釘付けだった。小さいながらも圧倒的な存在感があるその楽器は、おれの心を奪うのに十分だった。
「今日は宇宙戦艦ヤマトを演奏します!」
ヤマトか...かっこよさそうだ。
案の定その予想は的中した。
それは革命だった。
トランペットの華やかな音が心の奥底へ鳴り響いた。はじけたと思うと広がっていくなにかが俺の心をかき回す。
トランペットの真っ直ぐに飛んでいくその音はまさに宇宙戦艦だ。主旋律の後ろで合いの手を入れる。
そして伸ばしに重ねてのクレシェンドしつつ主旋律がもりあがっていく。裏旋律と主旋律の掛け合いが見事なバランスで一気にサビ前まで持っていく。
低音から始まるサビ前の主旋律 、からのファンファーレのようなヤーマートーのフレーズ。最後にぴったり重なるスタッカート。俺
は息をするのも忘れるぐらい曲の中に入っていた。
"トランペット"
お前に最初に出会えて本当に良かった。
ありがとう。
..............................
「では希望の楽器のところへ移動してくださーい!」
俺はもう迷わない。
俺の吹奏楽への扉がいま開いた。
はずだった。