表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
決戦前夜  作者: 紫乃咲
2/5

駆け出す前の準備運動

 校舎の中は、どこもかしこも慌ただしい状況にあった。

 校門には受付のテントの設営。そして飾り付け。校庭も何かイベントをするのだろう。あちこちで、のこぎりの音や金づちで釘を打つ音が聞こえる。

 廊下をすれ違う生徒の数も、普段とは違う。

 そんな中ナオとリンは、足早に歩きながら職員室へと向かっていた。

 廊下は走らない。これは全国共通の校則なのだ。恐らく。


「……まさかお前が、あんな事言うと思わなかったよ」


 驚いたような、感心したような。そんな息を吐いたのはナオ。


「てっきりタケに、食って掛かる方だと……」

「私だって、ナオがタケに食って掛かるとは思わなかったよ」

「ああ、まあ……つい」

「私まで一緒になってやっても、ラチあかないし」

「…………なるほど」


 逆に、冷静になってしまったパターンだ。それはナオにも覚えがある。

 小さく頷くナオ。


「……立場逆転……って事だな」

「そうね。いつもなら、私を止めるのがナオの役目だもん。男勝りで失礼しました」


 そう言いながらリンは、拗ねたように口を尖らせた。


「や……。別にそう言うつもりじゃ……」


 リンの言葉に、ナオはバツが悪そうに頭を掻く。

 快活で、いつも清々しいリンは、勝ち気な性格も重なってか、入学当初から男子以上に女子に人気がある。まるで宝塚だ。

 勢い余って、男子に食って掛かる事も少なくはない。その被害が教師に及ぶ事すらある。

 その間に入って場を収めるのが、いつもナオだ。

 穏やかな性格と、状況判断による冷静な対応。他者に有無を言わせない説得力。

 ナオの発言……対応には、誰も逆らう事が無い。リンとてそれは、例外ではない。

 いつからだろう……リンの保護者は、ナオ。

 いつの間にかそれが、公然の事実となっていた。



 渡り廊下を通って、別の棟へ。階段を下りて、真っ直ぐ廊下を歩けば職員室だ。

 二人の気持ちが逸る。

 そんな中……ナオの隣で、リンは弱弱しく俯いた。


「ごめん」

「……どうした?」

「勢いで、あんな事言っちゃって……」

「ああ。いや? イケメンだったぜ?」


 軽く笑いながら、ポンとリンの肩を叩く。

 と……、リンの肩が小さく震えていた。


「……リン?」

「……間に合わなかったら……どうしよう……」

「……そん時ゃ、タケの所為だな」


 不安げに揺れるリンの声。ナオは軽く息を吐きながら笑うと、リンの背中をポンと叩いた。


「心配すんな。これはお前の責任じゃないし、お前は一人じゃない」

「ナオ……」

「ほら。入るぞ」


 既に二人は、職員室の前まで到着していた。ナオはリンに一声掛けると、職員室の扉をガラリと開いた。







「……ああ、まあ。事情は分かった」


 職員室。ナオとリンの話を聞いているのは、文芸部顧問の三原正義だ。担当教科は現代文。

 通称は残念ながら、特に無い。

 ナオは三原に肝心の言葉をぶつけた。


「印刷室。何とかなりますか?」

「……ちょっと待ってろ」


 ナオの声に三原が立ち上がり、何処かへ行く。その間、二人は三原の机の前で待ちぼうけだ。

 ざわついた校舎の中にあるにも拘らず、何処となくこの空間は静かな日常を保っていて、逆に違和感を覚えてしまう。

 リンが、気持ちを落ち着かせる為か、静かに息を吸って……吐いた。

 その仕草に、ナオの表情が笑みを作る。


「……大丈夫だって」

「うん……」


 小さな会話。程なくして三原が戻ってくる。リンが勢い込んで三原に声を掛けた。


「先生。どうでした?」

「……今な。来校者向けのパンフレット印刷してるんだよ。それが終わるのが、四時ぐらいらしい」

「四時か……今三時だから一時間待ち……」


 ナオの呟く声に、三原が頷く。


「で、四時から始めて……。まあ、一枚だけだから一時間くらい? 終わるの五時として、そこから製本だぞ。……間に合うか?」

「間に合わせます。他のモノは全てまとめて、そのページだけ差し込めば……」

「……そうだな。その部分だけだから、今までより時間は使わないか。……よし。印刷室の利用申し込み……書いとけ。俺が申請しといてやる」

「──有難うございます!」


 ナオと三原の会話に再び割り込む形でリンが謝辞を。

 酷く輝いた瞳で笑顔を浮かべていた。

 リンの大きな声は、静かな職員室に響き渡る。

 一斉に注目を浴びるリン。途端に顔を赤らめて、俯いた。

 職員室が、小さな笑いに包まれる。


「……利用申込書取ってきます」


 仄かに赤い顔を隠すように俯きながら、リンが職員室の脇に固めてある利用申込書を取りに行く。

 その様子を、ナオは笑みを湛えたまま見送っていた。


「相変わらず良いコンビだな。お前達」

「そっすか?」

「ああ、お前の保護者っぷりは半端ない。今だって、日下部一人で来させるのが心配で、ついて来たんだろ?」

「いや……俺、一応部長ですし」

「印刷室の利用許可貰うだけなら、日下部一人でも良かっただろう。あいつだって副部長だぞ」

「そりゃまあ……そうですけど……」


 何か企みでもあるような……含んだ笑みを向ける三原に、ナオは薄く頬を染めながら視線を逸らす。

 程なくして、リンが用紙を持って戻ってきた。


「先生っ。書いてきました」

「お。……よし、今から出してくる。許可証は後で部室に持って行ってやるから、お前達は部室に戻って、作業してろ」

「有難うございます。よろしくお願いします」


 リンから受け取った用紙を持ったまま、三原はすぐさま動き出す。その背中に向かって二人は深々とお辞儀を向けた。







「作業進んでるか?」


 その言葉と共に文芸部部室に入って来たのは、勿論ナオとリンだ。

 机に向かっていた一同が、一斉に二人に注目する。

 ユカが、声を掛けた。


「順調よ。そっちは?」

「四時から印刷できる。後で三原が、許可証持って来てくれるって」

「ああ、良かったあ」


 ナオの声に、ユカが安堵の声。

 他の皆も安心した様に息を吐いた。


「タケ。原稿は?」

「出来たよ。まあ、ルビ直すだけだから? チョイチョイってね」


 リンの投げた言葉を、タケが軽く受け流す。

 相変わらず付け足される余計な言葉に、リンが落胆しながらも、原稿の置いてある机に歩み寄った。訂正されている文字に、軽く頷き


「じゃあ、四時前にこれ持って行くから。それまで休憩無しで頑張ろう」

「はいっ!」


 リンの声に、大きな声を返したのは一年生コンビ。

 その弾む音に、リンは小さく笑う。

 そうして、ナオとリンも席に着き、黙々と止めてあったホッチキスの針を外していく。


「ホッチキス外した部誌は、何処置いてんの?」

「ああ、あっち。問題のページを外して、二つに分けて重ねてるよ」

「了解」


 ナオの問い掛けに、ユカが指差しながら説明を。

 その指先を追いかけながら場所を確認すると、ナオは頷いた。


「ねえ、でもクラス企画の方もあるんでしょ? こっちばかり居て大丈夫?」

「えっ? 日下部先輩クラス企画も参加するんですか? 部活持ちの人は、クラス企画免除でしょ?」

「うん。……普通はそうなんだけどねえ」


 ユカの問い掛けに、一年生部員の二人が、驚いたようにリンを見つめた。

 声を掛けたのはシンだ。

 シンの言葉にアユが同意するように、コクコクと数回頷きを。

 一年生の様子に、困ったように苦笑するリンを、フォローするように、アユが二人に言葉を掛ける。


「どうしても、リンでないとダメなんだって。お願いされちゃうと断れない性格だからねえ」

「クラス企画って、何をするんですか?」

「演劇」

「ええっ!? 先輩劇に出るんですか? 俺見たいっす」

「いや……来なくていいから」


 シンの弾む声に、リンが視線を逸らす。明らかにぎこちないその仕草に、アユが首を傾げた。


「劇……って、何するんですか?」


 アユの問い掛けには、ユカが返事を。


「ロミオとジュリエットだって」

「じゃあ、先輩ジュリエットですか?」

「いや……」


 シンの声に、瞳を逸らしたままのリンが、小さく否定の声を漏らした。


「まさか……」

「……そ。ロミオ」


 答えを返したのはユカだ。

 その声に、アユが勢い良く立ち上がった。

 胸の前で両手を組み、キラキラとした眼差しをリンへと向ける。


「……見ます! 何が何でも見に行きます」

「ああ……」


 その表情は見なくても分かる。

 リンは、聞こえてくる輝く声に前髪を掻き上げながら、項垂れた。


「……じゃあ、ジュリエットは誰が……?」


 シンが、まるで謎解きをするように顎に指先を添えながら問い掛ける。

 その声に、ユカが楽しそうにチラリ……視線を流した。

 視線の先……追いかけるように一年生が眼差しを動かしていく。


「ほらそこ。喋ってばかりいないで、手を動かせ。手」


 そこには、はにかむような表情で、黙々と作業を進めるナオが居た。

 二人の表情が一瞬固まる。


「…………えええぇっ! 西條先輩がジュリエットなんですか!?」

「……まさか、この部室に主役が揃っているとは……」


 叫ぶシン。

 瞳をパチクリさせながら口元を掌で覆うアユ。

 一年生二人は、ナオとリンを交互に見遣った。


「あれ? でも西條先輩と日下部先輩クラス違いますよね?」

「ああ。なんか今回二組と三組合同なんだって。部活の生徒多くて、人数揃わないとかで」

「成程……。そんな事があるんですねえ」

「見ものだよねえ……」


 ユカとシンが、話題に花を咲かせている中……ナオとリンは、黙々とホッチキスの芯を抜いていく。慣れて来たのか、手際も良くなっているようだった。

 机には、作業の終わった部誌が、どんどんと積み上がっていく。


「……で。どうなの? そっちの練習は参加しなくて良いの?」


「通し稽古があったと思うけど……。五時くらいだったかな。スケジュールの都合で前後すると思う」


 ユカの問い掛けに答えたのはナオ。

 リンは、黙々と作業を続けていく。積み上がった部誌を、別の場所に移動させるために立ち上がった。

 ……すると、視界の端……部室の前を通る人影を見つける。

 許可証を持ってきた三原だろうか。

 リンは、そちらへと視線を向けたまま立ち止まる。


「え。五時って、印刷終わる時間じゃん。その時間に二人抜けるのかよ」


 不満げに声を上げたのはタケ。

 部室の扉が開いたのはその直後だった。


「じゃあ、その時間は俺達が手伝いに来るよ」


 落ち着いた低い声。視線がその場所へと一斉に集中する。



 とりわけ、リンの瞳が大きく開いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ