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二人の世界side翔

 二人の世界side千恵の続編です。もちろん、前回の話を知らなくても、読めます。前回の話と会話は全く一緒でも、立場が翔から。

 不思議な少年、レンが巻き起こす願いの物語です。

二人の世界 side 翔』


誰にも笑いかけず、ずっと無表情な彼女は何を考えているのか、分からない。

 ちらりとこちらに視線を向けた彼女が何かを言いたそうにしている。

「あれ、どうしたの? 稲葉さん」

「どうもしない」

 彼女、稲葉千恵いなばちえに俺、稲葉翔かけるは近寄っていく。

 俯いてしまった彼女の表情を短く切り揃えられた髪が隠した。

 俺と彼女は同じ顔をしているのに正反対だ。



    ♪



 俺と彼女が兄妹だと知ったのは中学三年生の時。それまで別居していた両親が突然、よりを戻して一緒に住むことになった。兄妹でも、俺たちは特に顔が似ていた。

 その前にも彼女に会いに行ったことがある。

 中学一年生の時、同じ名字の奴が隣町にいると知った。 男なのか女なのか、上なのか下なのか、何も知らないまま気ままに会いに行った。

 ただ同じ苗字と同じ顔をしている、という手がかりだけだ。見つからなくても良いと思っていた。

 けれど、案外単純に見つかった。

 駅の辺りをふらついていたら彼女が駅のベンチに腰かけているのが目に入った。

「稲葉ってさ、お前?」

「え、……あ、はい」

 こんなにすぐに見つかるとは……。

 後で聞いたら彼女も気にはなっていったらしい。

「ふーん……」

 髪を腰辺りまで伸ばして俯きがちな彼女。笑えば美人だろうに、と思った。

 その日は、それで帰った。

 そのあとも何度か会いに行ったけれど、声はかけなか った。

 彼女はいつも俯きがちに歩いていた。

「千恵です。よろしく」

「翔」

 同居することになって、初めて彼女の名前を知った。

 同じ高校を受験すると知って、一緒に勉強するようになった。

 彼女に優しくするようにした。怖がらせないように、仲良くなれるように……。そしたら笑った顔も見られると思った。

 けれど普通に話が出来るようになっただけで、彼女の笑顔を見たことはなかった。

 一緒の高校に通うようになって、彼女は髪を切った。俺より少し長いくらいのショートカットになった。

 理由を尋ねても教えてはくれなかった。



   ♪



 生徒会の仕事で帰りが遅くなった、ある夏の日のことだ。辺りがオレンジ色に染まっていく中、少年が立っていた。

「こんにちはぁ」

「こんちは」

 少年、というには声が高い。まだ声変わりをしていないのか。それにしては大人びた顔をしている。

 女の子みたいに身体の線が細い。年齢はよく分からない。もしかしたら俺よりも年上かもしれない。ま、それは置いといても、真っ黒な髪は目立つだろうな。普通の黒なら、その辺の奴もそうだけど、ちょっと違う気がする。夕日さえも吸い込んでしまう黒、漆黒……。ちょっと怖くなる。

「僕、レン。君は?」

「あ、あぁ。稲葉翔だ。よろしくな」

「うん」

 レンと名乗った少年は俺と並んで歩き出した。のんびりとした歩みで、すごく長いこと歩いている気分になる。

「翔は何か願いが叶うとしたら、何を願う?」

「願い?」

「うん。お金持ちになりたい! とか結婚したい! とか」

「うーん。そうだな……」

 レンの唐突な質問に俺は困ってしまった。

 ふと思い浮かんだのは彼女のことだった。

「ま、焦らないで気長に考えてよ。また来るから」

「え?」

 のんびりと歩いていたのに、いつの間にか家に着いていた。辺りを見回してもレンはどこにもいなかった。



    ♪



次の日の朝、彼女は一緒に登校することを嫌うので彼

女より早めに家を出る。

「ちーちゃん、今日も生徒会の仕事があるから先に帰っててな」

「うん」

 俺は家で二人の時は彼女のことを「ちーちゃん」と呼ぶ。学校では普通に「稲葉さん」と呼びわけている。

 両親がよりを戻したは良いけれど、共働きだから家に帰っても誰もいないことが多い。彼女には寂しい思いをさせてしまっている。

「ちーちゃんだって」

 家から出るとレン君がそこにいて、にやにやとしている。昨日は夕日のせいだと思ったけれど、レン君の瞳は真っ赤だった。紅色の瞳なんて、カラコンでもしているのだろうか。

「な、なんだよ」

 友人にも誰にも言ったことないことを聞かれて思わず赤面してしまった。

「誰にも言うなよ?」

「えぇーどうしよかっなぁー」

 レン君は俺が困っているのを楽しんでいるかのようだ。

「ねぇ、ねぇ。ちーちゃん笑うと美人? 紹介してよぉ」

「……笑うと美人なんだろうな。笑ったとこ、見たことないんだ」

 学校へ向かう道すがらレン君は他愛もない話をするように、彼女について尋ねてくる。

「笑ったとこ、見てみたくない?」

「まぁな。笑わせたいよ」

「それが、翔の願いだね」

「まだそんなこと言ってるのか? レン君、意外と子供っぽいんだな」

「ねぇ僕がその願い、叶えてあげるよ」

 はぐらかそうとした俺の言葉をレン君は無視して話を続ける。

 どうしても、その話をしたいようだ。

 俺は……俺は、どうしたいんだ?

「いや、この願いは自分で叶えるよ」

 レン君は俺の言葉ににこやかに頷くとどこへともなく去っていった。



     ♪



 ガコンと大きな音がして俺は机に足をぶつけたことに気が付いた。

「ったぁー」

「翔、もう帰れば?」

「稲葉先輩、大丈夫ですか?」

 放課後の生徒会の仕事をやっているときのことだ。

 彼女に何と言って頼もうか、そればかり考えている。今日、何度ぶつかっただろうか……。

「悪いな」

 他の生徒会メンバーに言われるまま、先に帰ることにした。





「ちーちゃん?」

「あっ……」

 校門の前で佇む人影に声をかけると、やっぱり彼女だった。

「待っててくれたの? ありがとー」

 近寄っていつも通りの笑みを浮かべる。彼女は俺と目を合わせずに俯いたままだ。

「うん……話したいことがあって……」

「え? あ、実は俺も……。本当はさ、仕事まだあったんだけど手につかなくて帰されちゃった」

「そう……」

 俺と彼女は兄妹だ。だから考えまで似てきたのだろうか……。

 ずっと校門の前で立ち話をしている訳にもいかず、どちらから話始めるか、考えているとふとあの場所が思い浮かんだ。

「あのさ、行きたいとこがあるんだけど」

「良いよ」

 二つ返事で彼女は何のためらいもなく俺についてくる。

 信頼、はされているんだろうな。

 彼女の短い髪を夏の終わり、秋の始まりの風が揺らしていった。





 俺達がやって来たのは、初めて会った場所の駅前だった。

 あの時と同じようにベンチに腰かける彼女の隣に俺も腰を下ろした。

 少し落ち着いた所でレン君のことから切り出すことにした。

「……俺さ、この前から変なやつに会ってさ。それで何か、願いがどーのこーのうるさいやつで、でもそいつのお陰で勇気が出たっていうか……」

 言葉を選びながらレン君のことを話してみる。彼女はずっと俯いたままだけれど、俺の話を聞いていてくれているみたいだ。

「……私もだよ」

「え?」

 今、なんて?

「私も不思議な人に会ったの」

 不思議な人? 不審者か? 彼女は危なかったのか?

「怪しいと思ったんだけど……」

 だったら逃げて! 警察に連絡しなくちゃ。心の中でツッコミを入れながらも、俺は彼女の話を聞く。

「でも私の本心に気がつけたの」

あぁ、なんだ。……レン君のことか。

あいつは不思議なやつだ。確かに怪しい。でも彼女に

とってプラスになったなら、レン君と会ったのは良かったんだろうな。

「翔君の本心が知りたい」

 唖然としてしまった。

 初めてかもしれない、名前を呼ばれたの。

 いや、そんなことより俺の本心? いやいや、そんなことではすまないけれど……。

 そんなの、決まってる。俺はずっと前から、会った時から……

「俺は……ちーちゃんの笑顔が見たいんだ」

変わらない。

 彼女の笑顔が見たい。そうして俺は優しくなれた。

「嫌な女」

 ポツリと彼女は呟く。

 俺は気にさわる言い方をしてしまったのだろうか……。俯いている彼女の表情を髪が隠してしまって分からない。

「そんなことないよ! 俺はさ、ちーちゃんの笑顔を見るために優しくなれたんだ。ちーちゃんの、ために……」

 尻すぼみに小さくなる。

 彼女が俺の方を少し上目遣いに見ながら……笑っていた。ぎこちないけれど、それは確かに彼女の笑顔だ。



     ♪



あぁ、あの気持ちはそうだったんだ。

彼女に会った時から抱いていたこの気持ちはそうだったんだ。


俺は千恵に恋をしている。


二人の世界 side 翔

 おわり

 こんにちは、はじめまして無月華旅です。毎月20日更新の話が、だんだん「オバケウサギ」で確定されつつありますね。もちろん他の話も更新していけたらなって思っています。……学校生活が忙しくならなければの話なんですけど。

 この二人の世界、本当は千恵と翔は双子設定だったんです。直したつもりですが、直ってなかったら後日訂正しておきます。私の書く話ってやけに双子の話が多いんですね。レンも双子ですし。だから今回は、双子じゃなくてもいいかって思ったんで変更しました。ただ、似ているところはありますね。二人ともレンの紅い瞳を「カラコンか」っ思っているところとか。

 話のストックがなくなってきたので、また頑張って書いていこうと思います。

 最後になりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。また次話で会えますことを。

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