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二人の世界 side千恵

 妖怪が見える不思議な少年、レンが巻き起こすお話。今回は少し複雑な兄妹のお話。遠くにいた相手が近くになったとき、またはその逆のとき、自分の気持ちに気づくのかもしれません。

 無表情の裏側に隠されていた本心。

『二人の世界 side 千恵』


誰にでも優しい人は嫌いだ。

ほら、今も目の前でニコニコと愛想を振りまいている。

……私には誰にでも優しい彼の本心が分からない

「あれ、どうしたの? 稲葉さん」

「どうもしない」

 彼、稲葉翔いなばかけるは私、稲葉千恵いなばちえに寄ってくる。

 彼は誰にでも優しい。だから誰にでも好かれる。

 高校二年生にして生徒会長を務めるまでに至る。勉強も出来る。顔も悪い方ではない。

 どうして兄妹なのに、こんなにも違うのだろうか……。



     ♪



 私が彼のことを知ったのは中学生の時だ。

 その頃の彼は、まだ誰にでも優しい訳ではなかった。もちろん、私にも。

「稲葉ってさ、お前?」

 突然、ぶっきらぼうに声をかけてきたのは彼の方。

「え、……あ、はい」

「ふーん……」

 私たちの両親は別居していて、私は父に彼は母に育てられていた。

 彼も自分に兄弟がいるなんて知らなかった、と言うのは後で聞いた。最初の会話はこれだけだった。同じ「稲葉」という名字が珍しかったようだ。違う学校なのに、わざわざ会いに来たのだから。

「隣町の学校に千恵と一緒の名字の人がいるんだよ」とは、私も聞いていて気にはなっていた。

 それが中学一年生の時。中学三年生になって、父が母に会わせてくれる、という話しになった。その時に私たちは、自分たちが兄妹で、これから一緒に住むことを告げられた。兄妹といっても、生まれが4月と2月だから学年は一緒だった。

「千恵です。よろしく」

「翔」

 このとき、初めと彼の名前を知った。互いに自己紹介を済ませたけれど、まるで他人だった。……彼が同じ高校を受験することを知って、頑張って二人で合格して。

 私に出会ってから彼はだんだん優しくなった。何故そうなったのか何て私には分からない。初めは私に優しくなった。勉強を二人でするようになって。それから高校受験でみんながギスギスしていく中で彼だけは丸くなっていった。不思議だ。


一緒の高校に行けることになって、私は腰まである髪を切ることにした。

兄妹なんだから、髪型を合わせたら彼と似るんじゃないかと思った。

結果として、そうだったけれど私が彼と同じになれる訳ではなかったのだ。



     ♪



 ある夏の日の夕方のことだ。もうすぐ夏休みだけれど学祭の準備で少し帰りが遅くなった。夏なので日は長いけれど、もう辺りは朱色に染まっている。

「こんにちはぁ」

 どこか間延びした感じで横から声をかけられた。ちょうどそこには公園があって、少年のような少女のような、どちらか区別がつきにくい子がいた。

 少女のように声が高いけれど、大人びた顔は少年を思わせる。目につくのは一際黒い、その髪だった。純粋な黒よりも黒い。夕日さえ吸い込みそうな……。それによく見ると、瞳も真っ赤だ。紅色の瞳……。カラコンでも、しているのだろうか。

「僕はレン」

 一瞬、何を言われたのか分からなくてきょとんとしてしまった。

「名前、教えて?」

 レン君ににっこりと微笑みかけられて、顔の近さに慌てて退いた。

「稲葉千恵……です」

「ちーちゃんだぁ」

「え?」

「ちーちゃんって呼んでいい?」

「良い、けど」

 なんで、レン君が知っているのだろう。その呼び方は彼が家で私を呼ぶときの……。

「ちーちゃんは、何か願い事、ないの?」

 悪戯を考えている時の子供みたいにレン君が私の顔を伺う。

「願い事?」

「うん。お金持ちになりたいとか別荘が欲しいとか……」

「……」

「子供に戻りたいとか空を飛びたいとか世界滅亡とか」

「……」

 何をいきなり言い出すんだろう。私の疑心を知りもせずレン君は楽しそうに例を挙げていく。

「猫を育てたいとか……両親が仲良くなってほしいとか……彼の本心を知りたいとか」

「っ! なんで……」

 知ってる……この子は彼のことも私のことも知っていながら声をかけたんだ。

 もう日は沈もうとしていて、頭の上からは夜が顔を出している。レン君の髪がよりいっそう黒光りする。ひんやりとした汗が一筋頬を伝った。この子、何者?

「ちーちゃんの願い事は?」

「私の……願い事」

 ニコニコと笑っているレン君を怖いと思ったら、私の足はいつの間にか走り出していた。

 レン君は追いかけて来なかった。



     ♪



 次の日。彼は私と一緒に登校するのが嫌みたいだから、いつも先に行ってしまう。

「ちーちゃん、今日も生徒会の仕事があるから先に帰っててな」

「うん」

 彼はいつも通り私に優しく笑いかける。……なんだか嘘臭く見えてしまう。彼が行ってから朝食の食器を片付けて自分も家を出る。

「ねぇ、ちーちゃん」

 家の鍵をかけているときに、声をかけられて思わずぎょっとなって、鍵を取り落としてしまった。昨日の今日で、またレン君に会ったのだ。ちゃりんと鍵とコンクリートが小さな音を立てた。

「何なの? ストーカー? 警察呼ぶよ?」

「そんなに警戒しないでよ」

 ばっと振り向くと家の柵の上に座ったレン君が目につく。ニコニコと昨日と変わらない笑顔を私に向ける。

「単なる夢だよ。僕と会うことは」

「夢? でも私はちゃんと起きてる……」

「うーん……確かにそうだな……」

 しばらくうんうんとレン君は唸る。そして、頭の上の何もないところを撫でている。怪しさが増した。

「そうだ! 陽炎みたいなものだよ! 分かった?」

「……だから?」

「本気にしないでってこと。でも半分は本気だよ?」

 ちりんと鍵につけた鈴が小さくなった。私は鍵を拾い上げて、家の錠をかける。

 レン君のことを無視して学校へ向かう。レン君はひょいっと柵から飛び降りると私のあとについてくる。

「……僕のことは無視しても良いけど、自分の願いは無視しちゃダメだよ?」

「……自分のことくらい自分が一番、わかってるよ」

 レン君は不思議そうに私の顔を覗き込む。その近さにやっぱりどきっとしてしまう私は薄情だと思った。

「なら良いよ」

 レン君はそう言い残すとどこへともなく去っていった。





 彼のことが気になったのは、血縁関係にあると知らず、同じ苗字と意識して……初めて会った時からだと思う。辺りは静かに暗闇に包まれ始めている。

 私は彼が生徒会の仕事を終えるまで校門で待っていた。少し肌寒くなってきて秋の訪れを感じる。

「ちーちゃん?」

「あっ……」

 彼は一人だった。だから私に「ちーちゃん」と呼び掛けた。

「待っててくれたの? ありがとー」

「うん……話したいことがあって……」

「え? あ、実は俺も……。本当はさ、仕事まだあったんだけど手につかなくて帰されちゃった」

「そう……」

 歩き出すでもなく、なんとなくその場に留まって立ち話をする。彼が仕事に手につかなくなるくらい私に話したいことって何だろう。私のせいで怒られたりしないかな……。

「あのさ、行きたいとこがあるんだけど」

「良いよ」





 彼に連れられて、やって来たのは、初めて彼と出会った駅前だった。

 あの時と同じようにベンチに腰かける私の隣に彼も腰を下ろした。

「……俺さ、この前から変なやつに会ってさ」

 危ない人だろうか。変な人といえば、私もレン君に会っているので何も言えない。

「それで何か、願いがどーのこーのうるさいやつで、」

 ……レン君のこと? 彼もレン君に会っていた? それならレン君が彼のことも私たちの家のことも知っていてもおかしくない。……そうだったんだ。

 彼は照れたようにいつもの笑みを浮かべている。

「でもそいつのお陰で勇気が出たっていうか……」

「……私もだよ」

「え?」

「私も不思議な人に会ったの。怪しいと思ったんだけど……でも私の本心に気がつけたの」

 彼は何も言わない。そう、誰にでも優しい

「翔君の本心が知りたい」

 唖然としている彼の顔。もっと知りたい。泣いた顔も怒った顔も……笑顔や優しさで隠さないで。

「俺は……ちーちゃんの笑顔が見たいんだ」

 ……は? え、私って笑ったことなかったの? 彼の笑顔はよく見るのに私は笑顔を返したことがなかったの?そうなんだ……。私ってなんて……

「嫌な女」

 ポツリと呟いただけなのに、彼は聞き逃さなかった。

「そんなことないよ! 俺はさ、ちーちゃんの笑顔を見るために優しくなれたんだ。ちーちゃんの、ために……」

 尻すぼみに小さくなっていく彼の言葉。ちゃんと笑えたかな。ぎこちないかもしれないけれど……。





 私も、あの時からそうだったんだ。

 私は翔君に恋してる。


二人の世界 side千恵

 おわり



 はじめまして、こんにちは。無月華旅です。今回は兄弟のお話です。「side千恵」にしているので、もちろん「side翔」もあります。次回、投稿する予定です。「side翔」を読み返してみたら「やっぱりこいつら兄妹だな」って思いました。

 この話を書いていて思うのですが、最近は人間付き合いばっかりだなとか、恋のお話が多いなとか……。せっかく「妖怪が見える」っていうアビリティがあるんだから妖怪と関わっていく話も書けたらなって思います。

 最後になりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。次回、「side翔」でお会いできますことを。

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