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天狗の足音  作者: 逸取 生
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第十話 『クダ憑きの娘 二』

   第十九代 時家五郎右衛門の話


 二十世紀初頭、日本が大国ロシアとの戦争を行った際、迫凪榮一郎という男が製鉄所や炭鉱、製糖会社の株の売り買いを機に多くの富を得た。

 そうだ貫二、迫凪映子の──お前の同級生のちょうど五代の祖に当たる人間だ。

 株でもうけた金を資金に、迫凪家は旧西山津村に『山津商会(やまづしょうかい)』を設立し、そこに居を構えた。山津商会は村より北に位置する鉱山の経営権を獲得し、鉱山操業へと身を乗り出していった。

 経営は順調だった。だが成功者は(ねた)まれる。榮一郎は成金男爵と()()されたという。爵位も金で買ったものだろうと噂され、榮一郎の息子と娘、二人の子に対するやっかみや屋敷への嫌がらせも度重なった。


 元来、西山津界隈では急激に富を築いた家に対しての恐れが異様に強かった。帝都から来た迫凪家を周辺住民はよそ者として一層警戒し、『クダ憑きの家』だと吹いて回った。クダ狐というあやかしが憑いているから、尋常でない富が迫凪家にもたらされるのだという理屈だった。

 とはいっても迫凪家が西山津一帯の経済に貢献しているのも事実だ。山津商会のおかげで、ガス灯すらなかった周辺の小さな村々にも電気が引かれることになった。

 一方で鉱山の廃水汚染や労働者増加による治安悪化など、住民の不満は溜まるばかりだった。

 これは経営者が山津商会に変わる以前よりの問題だったが、矛先は迫凪家に向いた。

 

 村人たちのやるせない思い、行き場のない怒りが爆発したのは一九〇九年のことだった。

 迫凪家の敷地の一角から火が上がった。放火だった。火は瞬く間に燃え広がり、屋敷は全焼した。逃げおおせた者もおらず、たまたま上京中だった榮一郎とその娘を除き全員死亡した。

 焼け跡から運び込まれた遺体は皆、骨までが灰になっていたという。

 火をつけたのは誰なのか、今でもわかっていない。だが周辺の民の間ではその犯人は人ではなくクダであると、まことしやかに(ささや)かれた。 

 迫凪家はクダに(ささ)ぐ対価が足らず、身を滅ぼした。

 その話は近隣の村々を駆け巡り、旧山津町の時家にまで届いた。


 当時の時家五郎右衛門は事件直後に行方不明となった榮一郎と娘を保護すべく帝都中を探し回った。

 だがやっと見つかった榮一郎は既に廃人と化しており、山津商会の経営権も他へと引き渡していた後だった。

 唯一心身ともに無事だった娘は五郎右衛門の助けを拒否し、闇へと消えていった。彼女はクダ使いとして夜な夜な帝都を駆け巡ったとも、または魔道に堕ちたとも聞くが、その後のことは誰も知らない──。



 ※



 話を終えた曾祖父に、貫二は引っかかっていたことを尋ねた。


「曾祖父ちゃん、クダ憑きというのは周りの勝手な噂だったのだろう? なぜそこで娘がクダ使いになっているんだ?」


 ふむ、と頷いた曾祖父は貫二を見上げて言った。


「噂が結果的に事実を作ってしまったんだよ貫二。あまりにクダのことを言われたためか、迫凪家の娘は思い込みの果てに本物のクダ使いになってしまった。コマーシャルと同じだよ。何遍も同じことを言われると、人はその言葉を無意識のうちに脳の奥に刷り込んでしまう」 

「刷り込み……」

 

 映子のことを考えた。

 親戚からずっと『クダ憑き』だと言われ続けた彼女。

 その彼女が持つ得物、筒。クダ使いが持つといわれているものだ。だが映子はあの中にクダが入っているなど、ひと言も言っていない。

 護身具。貫二は映子からそう説明を受けた。

 それに貫二が見たところ、映子の持つ筒は竹ではなく金属製だ。その金属の筒を彼女は何本も持ち合わせている。

 映子の手の内全てを知るわけではないが、とてもクダ狐の入る容器とは思えない。

 でも待てよ、と貫二は考え直した。

 実際に二度、貫二はその目で見ていた。映子が紅色の筒を(ふる)い、燃えさかる(ほのお)を放つところを。

 

「あの筒……火薬でも入っているのかと思ってた。けど単に俺が()()()()()だけなのかな」

「ん?」


 ひとりごちた貫二に、曾祖父は妙な顔をした。


「いや、実は俺たち水泳部員で、この数か月の間に二回ぐらいバケモノ退治をしたんだよ」

「なるほど、聞こうか」


 曾祖父は身を乗りだしてきた。


「まず三か月前──六月に、水泳部の男子部室でバカでかいゴキブリが出たんだ。枕ぐらいのサイズで──」

「ゴ……いや、まて。もうその話は聞いた気がする」

「そうだっけ?」

「そうだ、とにかく手短に伝えてくれ」

 

 引きつった顔の曾祖父に、貫二は話を端折って伝えた。


「最終的に俺たち二年で退治したんだけど、そのときにも迫凪さんは筒から焔を出して、()()を消し炭にしていた」

「けが人は出なかったのか?」

「うん、守が頭打って気を失っていたぐらいかな」

「かわいそうに」

 

 曾祖父は心底(あわ)れむ顔をしている。貫二は同意した。


「そうなんだよ、あいつ絶対ショック受けるだろうからって今でも皆で黙ってるんだけど、その……守が食われかけてさ、アレに」

「げ……」 


 二の句が継げない曾祖父を見て、貫二は後悔した。すまなそうにして膝をつき、曾祖父の様子をうかがう。


「ごめん曾祖父ちゃん、こんな話やめときゃよかったな」

「ああ全くだ聞きたくなかった、恨むぞ貫二。大体クダ使いの話をしていたんじゃ儂は。それで? 迫凪の娘は他にも何か退治したのか?」

「ああ、夏合宿のとき、校内に乱入したイノブタのバケモノを仕留めてたかな。でもそれはどっちかっていうと鉄吾がやったんだけどさ」

「ほお、あいつがねえ」

 

 曾祖父は意外だといわんばかりの顔をして言った。


「で、お前さんはそのときに何をしてたんだ、前に渡した(よろい)(どお)しはどうした?」 


 五月末、貫二はこの蔵で曾祖父から小刀を渡されていた。

 錆びだらけのなまくら刀だが、『伝家の宝刀』だと聞いて貫二は大事に携帯していた。こちらの方が母が渡してきた黒い羽根よりよほど幸運のお守りと言えるが仕方が無い。母はこの刀の存在を知らないのだから。


「いつも鞄に入れて持ってるよ。俺は基本、作戦係。うちの部には水陸関係無しにガンガン前に出る奴が何人かいてさ、その一人が迫凪さん」


 曾祖父はため息をつくと、試すような目で貫二を見上げた。


「お前さん、教えた(まじな)いも忘れてるんじゃないのか?」

「いや、ちゃんと覚えてるって。曾祖父ちゃんのも、昔、別の子から教わったのも──どっちも唱えると、不思議としばらく声が出なくなるけど」


 曾祖父は貫二の喉から、蔵の奥に視線を移した。貫二もつられて奥を見た。ただの虚空だ。暗闇が広がるばかりで何もない。

 ぼそりと曾祖父が声を発した。

 

「貫二、もし次にバケモノとやり合うことがあるなら今度こそ前に出ろ。女にばかり戦わせていたら格好つかん」

「もちろんそのつもりでいるよ」

 

 でも、と貫二は続けた。本心からの言葉だった。


「俺、映子の強さも信じてるんだ。仲間として」

「仲間か……」

 

 暗闇の中を見つめていた曾祖父の横顔は、どこか寂しそうに見えた。



 ※ ※ ※



「──家君、時家君、ボーッとしてるけどあなた、大丈夫?」

「え?」


 飛びかけていた意識を戻すと、貫二の目の前に鈴木がいた。

 そのまま鈴木は、貫二の額に手を当てて首を傾げた。


「熱はないみたいね、寝不足?」

「あ、すいません、全く寝てないってわけじゃなくて……飯食って少し気が緩んでるだけです」


 微かに漂う花の香りを吸い込んだ。

 近い距離で見る鈴木の顔。左目の下に泣きぼくろがある。

 年齢不詳に思えるのはこのせいか? 

 貫二は映子を見た。

 鈴木を見たまま口に手を当て、何かを考え込むようにしている。貫二の視線にも気付かない。

 

「いずれにしても詳しい話は準備室の方でしましょう──迫凪さんも、ほら」


 呼ばれた映子は「あっ」と小さく声を上げてから、取り繕うように髪を払った。


「先生、私コーヒー淹れてきます。昼の貸し出し受付も終わりましたし、眠気覚まし用に」

「ありがとう、じゃあお願いするわね。カップは()()、よろしくね」


 鈴木と舞に続いて奥へと行こうとする貫二を、映子が引き留めた。

 二人が消えるのを待ってから、映子は小声で言った。


「ねえ貫二君、あなた鈴木先生と前にどこかで会わなかった?」

「いや? A組の誰かのお母さんか?」

「……やっぱりいい、今の忘れて」 


 使えない奴、という視線を向けられた気がした。

「何だよ」と貫二が口を開くよりも先、険しい顔をした映子は給湯室へとさっさと入っていってしまった。

お久しぶりです、間に合わずなろうコンタグは削除しました。すみません。


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