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あくる日、人は蘇る

作者: こもん

蝉の鳴き声が閉め切った窓の隙間から漏れてくる。陽光がカーテンの隙間から僕を差してくる。けれど僕はそれを意にも止めない。


何故なら、僕は空気イスをしているからだ。これはせめてもの贖罪なのだ。


もし仮に地球の裏側でデスゲームをやっていたら、だれかが世界を救おうとしていたら、どうして僕はイスに座って悠々自適にゲームができようか。どうして赤い服を着た土管工と共にカートレースで一位を目指せようか。


報われない人の気持ちや理不尽な目に合っている人の思いを少しでも分かつために僕はこうして空気椅子をしている。これが偽善で有ることも分かっている。ただのエゴなのかもしれない。


そして僕はもうかれこれ72時間ほど一位をとれていない。これは世界一位を取るまでゲームをやめないと誓ったあの日からもう3日も過ぎている事になる。


足の感覚はとうに失った。本当に自分が空気イスをできているのかも分かりはしない。


あぁ飯が食いたい。部屋の鍵を閉めてバリケードを作ってから1度しか飯を食っていない。


けれど飯を食う訳にはいかない。絶対に対戦者が現れる瞬間を見逃してはいけない。これは一瞬で勝敗を分つ試合なのだから。真剣な勝負だから


半刻ほど過ぎた時、のっぺらぼうのゴーストが勝負を挑んできた。ルールは一万周を先に回り切った者の勝ち。なんだこれは、ゲームのバグか私の目がイかれたか。そして拒否を選択することは不可能だった。


レースが始まる。どうやらのっぺらぼうとの一対一らしい。


百周目に差し掛かった時にイライラが募った僕はコントローラーを投げ捨てようかと思った。けれどそれは空気椅子をしている僕を何か否定してしまう気がした。諦めは悪な気がした。


僕は結局投げ捨てることすら出来やしなかった。いや本当に出来なかったのかもしれない。


何百時間、何千時間が経っただろうか。レースは最終のラップに入る。今までずっとのっぺらぼうは僕の前を走っている。もう空気イスをやめようとしてももうやめられない。体はとうに骨と皮だけになり、ミイラと化して固定された。そうなのだ。夢なのだ。きっと夢なのだ。だからきっとこの勝負にも勝てるはずだ。


無意識の内に土管工を最短のルートで走らせ、最後のコーナー手前でアイテムを掠め取る。とうに干からびたはずの心臓の鼓動が聞こえてくる。これが夢だと教えてくれる。


大丈夫、大丈夫だから。これは夢だから


ルーレットが回り、無敵のスターフルーツで止まる。


そうだ、ここでは俺が無敵なのだ。


アイテムを消費して最後の直線でブーストをかける。のっぺらぼうの背中が目前に迫る。未だアイテムの効果は切れない。


始めて横に並んだ。


ゴールまであと数十メートル。あと数メートル。


時は無限に引き延ばされ、永遠にも感じられる。カートは横並びから変化しない。なぜ終わらないのだ。なぜ進まないのだ。夢ならばなぜこんなに苦しいのだ。


焦りは積もり、願いへと変化を遂げる。ここでコントローラのボタンを離すことが出来たのならばどれほど救われるのだろうか。どれだけの後悔を生むのだろうか。


乾いた手でアクセルボタンを更に押し込む。意味がないのは分かっている。


けれどカートは少し加速したようにも感じた。


一寸の差で赤い土管工が先にゴールラインに届いた。気のせいだろうか、1位の土管工が笑って喜んでいる気がする。

気のせいだろうか。視界が霞む。


あぁ、ようやく勝てた。ようやく前に進めた。


ーーーーー見知った天井だ。僕はいつの間に寝ていたのだろう。のそりと起きあがって、ゲームの電源を切った。窓までゆっくりと歩を進めた。閉め切ったカーテンを震える手で開けた。ギラギラとした陽光が僕を差してくる。蝉は喧々しく鳴いていた

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