E3-5:vs木鬼
今は使われていない、プレハブの放送室。
みすぼらしいその一室の真ん中に、この寂れた空間には似合わない黒いソファーがどんと置かれている。
そしてその上に、当たり前のように腰掛けている女が1人。
「おせえよ馬鹿。どこほっつき歩いてたんだ」
彼女の開口一番は、そんな罵声だった。
「なら集合場所とか先に言っとけよ! 朝とかシカトしたくせに!」
俺はカッとなってつい反論する。
だって仕方のないことなのだ。
今朝木村先生が『また放課後にね』と言ったから、とりあえず放課後保健室に向かったのだ。
けれど保健室は閉まっていて、先生は留守。
職員室で他の先生に聞いたところ、6限目の体育の時間に骨を折る大怪我をした生徒がいたらしくその付き添いで先生は郊外の病院にいるのだとか。
それで仕方なく教室に戻ってみたのだが、瑞葉の姿もなく。
途方に暮れた俺はとりあえず教室に残っていたクラスメイトに瑞葉の居場所を聞きまわったのだが知っている奴などいなかったわけで。
「わざわざ校内に残ってた連中にまで聞き歩いたんだぞ!! 最終的にはタローさんにまで聞いたんだぞ!?」
瑞葉の居場所はそのタローさんに教えてもらった。
ちなみにタローさんというのは校舎4階の男子トイレにたまにいる若い兄ちゃんだ。
「大体なんでこんなとこにいるんだよ。ここもう使われてないんだろ?」
部室棟の1番端っこにぽつんと置かれているこのプレハブ。
少し前まで職員室横の放送室の機材入れ替えの際に仮の放送室として使われていたらしいが、今はその役目を終えているはずなのだ。
「使われてないから私が使ってるんだろ」
脚を組んだ瑞葉は堂々とそう言った。
既にこの部屋は瑞葉のものと化しているらしい。
「それは流石に横暴じゃ……」
「久城のくせに難しい言葉使うな?」
「おま、どんだけ俺のこと馬鹿だと思ってんだよ!?」
すると瑞葉はふと考える素振りを見せてから真顔で答えた。
「私が見てきた人間の中で1番馬鹿だと思ってる」
……真顔で答えなくていいしそんなの。
俺がへたりとその場に座り込むと同時に、後ろの扉がカラリと開いた。
「お待たせー! いや参ったなーほんとごめんねー」
まるで飲み会に遅れてきたかのようなノリで入ってきたのは他でもない木村先生だった。
「ん? どしたの久城君、骨抜かれたように座り込んじゃって」
「……どうせ俺は骨なしの馬鹿ですよー」
薄青のカーペットにのの字を書く俺。
そんな俺を無視して瑞葉はすくりと立ち上がった。
「とっとと奴をおびき寄せるぞ」
「でも瑞葉さん? 久城君を囮にするって言ってたけど具体的にはどんな風に?」
先生の問いに瑞葉はさらりと答える。
「縛る」
……って。
「ちょっと待てぇ!! なんだよ縛るって、おい!?」
俺が思わずツッコミを入れたときにはなぜか既に瑞葉の手にはロープらしきものが握られていた。
「おい保健医、久城を押さえろ」
「はいはーい」
後ろからガシリと先生に肩を掴まれる。
「って先生! 何協力してんですか!?」
「ごめんね久城君。今後私がこの町で商売していくにはやっぱ瑞葉さんの言うことは聞いておいたほうがいいのかなーと思うのよ」
さめざめといった風に先生は言うが明らかに声色は愉しんでいる。
「殊勝な心がけだな。さてどう縛り上げるか」
「はいはーい! 私的には亀甲縛りとか生で見てみたいなー」
「いきなり高度な縛り方希望すんな。ちょっと待ってろ、今やり方探す」
ポケットから携帯を取り出し片手で検索し始める瑞葉。
「やめんか変態どもーー!! うわああああん」
* * *
紺碧の空にかかる灰色の雲。
それしかない。というかそれしか見えない。
「――鬼に食われたら絶対あいつの前に化けて出てやる」
俺の恨み言がぽつんと校庭に響く。
……何が悲しくて夜中に朝礼台の上に磔にされなきゃならんのかッ!!
しかもなんか結局ぐるぐる巻きだし!
瑞葉の奴意外と不器用だよな!?
「…………」
虚しい。
俺がここに縛られてから一体どれくらいの時間が経過したのだろう。
小1時間くらいは経った気がする。
「なあー」
もういいんじゃないかなー、と後ろの植え込みに隠れているであろう瑞葉と木村先生に呼びかけようとしたそのとき。
「見ツケタ」
異質な声が降ってきた。
「!!」
次の瞬間、俺の上に覆いかぶさるように降りてきたのは隻腕の木鬼。
間違いなく昨日の鬼だ。
つーかなんでこいついちいち俺に覆いかぶさるんだよ!?
とその時、横からぐんと何かが伸びてきて木鬼を捕らえようとした。
瑞葉の手だ。しかし
「っ」
鬼は素早くそれを回避。どうも逃げ足は速いらしい。
「ち! ちょこまかと!」
瑞葉が茂みから出てくると同時に、その爪で俺のロープをブチリと切った。
鬼が現れれば俺の拘束を解く――もともとそういう約束だったのだ。
「ハハッ」
木鬼はそんな笑い声を上げたかと思うと、昨日と同じように残っているほうの腕を瑞葉のほうへと伸ばした。
腕はそのまま蔓になり、瑞葉の腕へと絡みつく。
しかし勿論瑞葉は涼しい顔をしている。
「こっちの腕も無くしたいのか?」
そう言って彼女が腕に力を篭めようとしたその時
「舐メンナヨ」
「!!」
鬼の、昨日瑞葉が千切ったほうの腕が蔓となり彼女に向かって伸びた。
「ッ!?」
その腕が巻きついた先は彼女の左腕。
鬼の腕でもなんでもない、普通の人間の腕だった。
「……ぁッ」
「瑞葉ッ」
あれはやばい。
あんなのに締め付けられたらそれこそ腕が千切れちまう……!!
が、俺が飛び出す前に別の人影が前に出た。
――木村先生だ。
「金斬、任せた!」
「合点承知!」
すると素早い動きで何かが鬼の蔓の腕を断ち切った。
「!?」
鬼は驚いて後退する。
木村先生の側で宙に浮いているのは……小人?
「昨日瑞葉さんに言われたからねー。仕事のときは妖の一体でも取り込んでおけって」
先生はそう言ってそれの頭を撫でた。
「子ども扱いすんなやい!!」
その小人――金髪の、少年のような容姿をしている――は、木村先生の扱い方を突っぱねつつも頬を赤く染めていた。
照れているのだろう。
「……貴様、『木』ノ属ノクセニ『金』ノ妖ナドドウヤッテ手ニ入レタ」
鬼の問いに、先生は不敵に笑って答える。
「私に憑いてたくせに知らないの? リースよリース。情報と交換で、ね」
リース? リースってあの賃貸借?
じゃああの小人……妖は誰かから借りてきたってことか?
「妖の貸し借りとは、最近の輩はなかなか洒落たことをしやがるな」
瑞葉も完全に拘束から解かれて、木鬼をにらみつけている。
両腕を斬られた鬼は先生と瑞葉に挟まれた形になった。
誰がどう見てもこれで詰み。
……の、はずだったんだが。
「!」
ぼけっと突っ立っていた俺を、木鬼の眼が鋭く射抜く。
「ぁ」
瞬間、まるで頭をズンと突かれたかのような衝撃を覚えて思わず俺は後ろにのめった。
そして。
「しまっ」
瑞葉か先生か、むしろ両方の声だったような気もするがそんな声が聞こえたと同時に、俺の意識はブツリと切れた。