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E3-4:レッツレッスン手鞠先生Ⅱ

 1限目の開始を知らせるチャイムが鳴る。

 グラウンドではどこかのクラスの奴らがぱらぱらと準備運動を始めていた。


 そんな様子を傍目に、木村先生は伝言用の小さなホワイトボードを抱えて俺に向き直った。

「なんだかんだ言っても、世間には2種類の人間がいるの」

「はあ」

「見える人と見えない人よ」

「先生、そのフレーズどっかのゲームで聞いた気がします」

 確か大きなモンスターを狩るゲームで猫が喋ってました。

「瑞葉さんと私、そして君は要するに見える人なのよ」

 先生は俺のツッコミを無視して喋り続ける。

「でも私たちと君の間には大きな壁――違いがあるようね」

「違い、ですか」

「君の両親は見えないんじゃない?」

「……そう、っすねえ。見えるなんて聞いたことないしそんな素振り全然ないっす」

 すると木村先生は「やっぱり」、と頷いた。

「君が覚醒型って言ったのはそういう意味よ」

「……つまり、遺伝とかそんなんじゃなくて、ぱっと急に見えるようになる奴のことっすか?」

「んー、まあそうねえ。でも覚醒型の子達だって生まれつき見える子や本当に幼い時分に何らかのきっかけで見えるようになる子がほとんどよ。君みたいに10代を越えてからって例は稀だと思うわ。少なくとも私の周りでは初めて聞いたわね」

 ……そういえば、そんなことを前にも言われたかもしれない。

「まあとにかく、見えるようになっちゃったものは仕方ないしね? 今更元に戻るっていうのは無理な話よ」

「はあ」

 俺が気の抜けた返事を返すと木村先生はどこか眉をひそめた。

「……というか久城君の場合、その点はもう克服してる感じね? 物心ついてから見えるようになるってのは結構辛いんじゃないかと思ったけど」

「はは、まあその辺はもう諦めました」

 思わず頭をかく。俺の能天気さに呆れたか、先生も詮索を諦めたように息を吐いた。

「まあその辺りはおいおい聞くとするわ。とにかく君は無知だからね」

 そこまで言ってまた先生はふと考え込む。

「……いえ、もしかするとこれは意図的なのかしら」

 明後日の方向を見て難しい顔をしている先生。


「せんせー、早く次教えてください」

 俺がせがむとはいはいと彼女は再び向き直った。

「でね、私の場合は父が覚醒型だったみたいで、その血を受け継いだみたいなの。だからもともとそういう家系ってわけじゃないのね」

 ふむふむと頷く俺。

「歴史のない家はコネも経験もないからそういう面では仕事にしにくいのよ。だから父は極力普通に生活してたみたいだけど、私は昨日言ったみたいにバイト程度にちょっとだけ働いてるの」

「はい先生。昨日たまたま見た映画で公務員はバイト禁止って言ってました」

「そんな法律もあったかしらねー」

 先生は笑って流した。

「要は職務専念義務の問題でしょ? 通常業務に支障が出てない限りは問題ないわよ」

 先生は得意げにそう言うが。

「……支障、出てませんでした? 昨日」

「うっ」

 先生はそのバイト中に鬼に憑かれて昨日の事件を起こしたことになるわけで。

「…………意外と痛いところを突くわね久城君」

 先生はまるで幽霊のように髪をだらりと垂らして落ち込んでいる。

「え、いや別に突きたくて突いたわけじゃないんすけどね!?」

「……そうなの?」

 先生は潤んだ瞳で俺を見つめてくる。


 ――う。


 その眼が昨日の『お・ね・が・い』を想起させて思わず腰を引いてしまった。

 が、それを好機ととったのか、先生は一瞬蠱惑的な笑みを浮かべる。

「ねえ、標君?」

 先生はすっと椅子から身を乗り出してくる。

「昨日の件は本当に悪かったと思ってるわ……。保健室の窓だってポケットマネーで修繕したし、実害が及んだのは君だけ……」

 伏目がちに、それでも先生は迷わず俺の首筋にその細い指を添えてきた。

「君が許してくれたらいいんだけど……どうしたら許してくれるかしら」

 先生の指は探るように俺の弱点――鎖骨に向かって伸びている。


 そ、それ以上触られたらまた変な声がッ!

 それだけはいやぁッ!!


「わかりましたわかりました! 許しますし責めたりしませんからそれ以上指下ろさないでぇッ!」

「あらそう? 良かった」

 先生はぱっといつもの笑顔に戻って浮かせていた腰を元の椅子に戻した。

「…………うう」

「それにしても鎖骨が弱いなんて久城君ってば可愛いのねー」

「……もうどうとでも嗤ってください。げっそり」

 俺は本当にげっそりと俯いた。

「あら、褒めてるのに。ちょっと触っただけで感じてもらえるなんて久城君の彼女になる子はきっと幸せねー」

 オッサンですか先生。

 ていうか

「それ褒め言葉なんすか? 聞き方によっては現状俺には彼女がいないということを皮肉っているようにも聞こえるんすけど」

「だっていないんでしょう?」

「なぜそれを!? 俺そんなにモテない顔してますか!?」

 結構本気でショックを受けながら叫んだのだが、先生はへらりと笑った。

「君の『気』には混じり気がないからねー。きっとそうだと思ったのよ」

「……『気』?」

 先生はコクリと頷いた。

「ついでだしその話に移りましょうか」

 そう言って先生は脇に置いていたホワイトボードを再び抱える。

 そこには『木、火、土、金、水』の5つの漢字が書かれてあった。

「これが五行よ」

「はあ」

「万物はこの5つの元素から出来ているっていう中国の思想なんだけどね、私たちの間では属性の意味で用いることが多いわ」

「属性? ゲームとかでよくあるあの属性っすか?」

「そうそう。私の場合木の属性を持っているの。そして君からも同じ気を感じる」

「木、ですか」

「勿論属性を持たない『無』の人もいれば、複数の属性を持ち合わせて『混沌』となっている人もいるし、例外は多々あるんだけどね」

「へえー……。あ、じゃあ瑞葉は?」

 すると先生はくすりと笑った。

「ほんとに久城君は瑞葉さんのことが気になるのね」

「だからそういうんじゃなくて!」

 先生はひとしきり笑った後、言った。

「彼女の属は『滝』」

 ん? 滝?

「それ五行の中になくないっすか?」

「これが典型的な例外のひとつね。瑞葉さんの家は昔からこの神木町一帯を裏で治めていた主の家なの。私の家と違って古い古い歴史を持った伝統のあるお家なわけ」

「はあ」

「瑞葉の家ももともとは『水』の属だったんでしょうけど、その血を濃くして力を強めていったんでしょうね。つまり一般的に言う『水』の属とは一線を画す力を持っているの。だから属も名を変えて『滝』」

「……超・水、って感じっすか」

「むしろハイパー・水って感じね」

 ……ハイパーか。すごいな。


「でもそれとあの腕となんか関係あるんすか?」

 俺が率直に尋ねると、先生は曖昧な笑みをこぼした。

「私も本人から直接聞いたわけじゃないから詳しくは知らないの」

 ……むぅ。この顔は何かしら知ってるけど言わないつもりの顔だな。

「本人に聞けってことっすか?」

「まあそれが1番手っ取り早いんじゃないかしら。でもあんまり女の子の身体の話にズケズケと踏み込んじゃ駄目よ?」


 ……う。

 そんなこと言われたら訊きづらい。

 ていうか、俺が訊いてもあの瑞葉が答えてくれるとは限らない。

 むしろ答えてくれない可能性のほうが高い気がする。


 俺の思考を表情から読んだのか、先生は苦笑した。

「……まあ、あれが鬼の腕なのは確かね」

「鬼、っすか」

「そういえばその話の途中だったわね。鬼にも色んな種類があると言ったでしょう? さっき言った五行の属を司る鬼が典型的な五鬼なんだけど」

「ああ、昨日瑞葉が言ってた『木鬼』って、木の鬼ってことっすか」

「そうそう。木鬼はもともと森に棲む妖精って説があるくらい悪戯好きでね。昨日みたいに勝手に人間に憑いたりするのよ」

 まるで他人事のように言う木村先生。

 昨日のことは忘れたいというのが本音なのかもしれない。

「火鬼は地獄を起源とするって説が色濃いわね。そのせいか霊や強い念に惹かれやすいとか」

「なんか物騒っすね」

 いやいや、と先生は首を振る。

「まだ火鬼はマシなほうよ。小物だったら近くの霊を払えば消えてくれることもあるみたいだし。五鬼の中で1番厄介だと云われているのは実は土鬼なの」

「土の鬼、っすか。イメージ的に地味な感じがするんすけど」

 すると先生は少し声を落として皮肉げに、なおかつ脅すように言った。

「あら、そんなこと言ったら土耶つちやに殺されるわよ?」

「つちや?」

「この辺りに住んでる土行の古い家。今じゃもう大分廃れてるみたいだけどプライドだけはやたら高くて何かしら幅を利かせてくるのよねー」

 先生は心底鬱陶しそうにそうぼやいた。

 どうやら個人的な恨みが何かしらあるらしい。

「おっと話が逸れたわね。とにかく土鬼は凶暴で、私みたく戦闘経験に乏しい若輩なんかは出会ったらまず逃げろと言われてるくらいよ。若気の至りで果敢に挑んで散っていった同胞が多いんでしょうね」

「へ、え……」

 具体的にそう言われるとなんだか恐ろしい気がしてきた。

 顔が蒼くでもなっていたのか、先生が慌てて付け足す。

「心配しなくても現代じゃあそうそう土鬼になんて遭遇しないわよ。盛者必衰――力が強いものほど廃れやすいってことね」

「はあ……」


 でも、少しだけ引っかかることがあった。

 昨日、あの木鬼がこぼした言葉。


『……何故ダ。土ノ匂イガスルノニ』


 やっぱり土って、言った気がする。

 それって……


「おっと。そろそろ1限目も終わりね」

 先生がそう呟いた途端、チャイムが鳴り響く。

 と同時に遠くから地響きのような音が聞こえてきた。

 木村先生に虜にされた奴らが競うように保健室へ向かってきているのだろう。

「先生、ありがとうございました!」

 俺はすちゃりと立ち上がる。

 これ以上長居したら先生のファンに睨まれる……というより袋叩きにされそうだ。

「どうも。また放課後にね」

 先生は笑顔で俺を見送った。


ほとんど会話ですみません。説明はいつも苦手です。

明日ももしかしたら更新するかもしれないです。いつもありがとうございます。

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