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エピローグ

 神木の町に百鬼が集いかけたあの夜から、はや2週間が経とうとしていた。


 けど俺はあの日以来、瑞葉とまともに喋れていない。

 というのも、あの日以来家の都合か何かで彼女は午前中しか学校に現れなかったのだ。


 今日になってようやく、瑞葉はフルで登校した。

 ――そんなめでたい日だというのに。


「では追試を始める。これで赤点をとった者には、もれなく7月考査までの毎日放課後補習がついてくるので覚悟するように」


 バーコード――もとい三田先生の言葉とともに、一斉に紙がめくられる音がする。

 俺も慌ててテスト用紙を表にした。


 ……うわっ、いきなり一問目から分からねえ!

 っていうかなんで俺こんな日に小テストの追試!?

 瑞葉と放課後デートの企みが台無しだよ馬鹿!


「……おい久城、ちゃんと勉強してきたのか? まあお前は5月考査の点数もひどかったから、いっそ補習でみっちり教えてやりたいところだが」

 バーコードが小声で俺に話しかける。


 いや、そんなこと言われてもね!?

 5月のテストとかぶっちゃけ木村先生との特訓やら瑞葉のことやらで何にも勉強してなかったから!

 そして日頃の小テストの点数も低空飛行な俺はついに今日数学の追試を受ける羽目になったのだ。


「せ、先生冗談きついっす! 大丈夫っすよ!」


 冷や汗をかきながらシャーペンを握りしめる。

 一応、この追試のために昨日は猛勉強した。

 だってこれから毎日放課後補習とか、地獄すぎる。

 そもそも今の状況がひどすぎる。

 何度も言うぞ、なんでよりによって今日が追試?

 神様ひどすぎる!


「集中しなさい少年。大体一夜漬けで勉強する時点で準備不足です」

 肩に乗っているセキがぼそりと呟いた。


 ――うるへーー!


 心の中で涙を流しながら、必死にテスト用紙に向かった1時間後。


「採点結果は明日知らせる。では解散」


 ガタガタと周りの奴らが席を立つ。

 俺は立つ気力すら残っていない。

「……さよなら俺の放課後……」

 頭の中で由紀さおりの夜明けのスキャットが流れ出した。

「普段から勉強していないからそういうことになるんですよ。自業自得、ほら、さっさと立ちなさい」

 ぺんぺんとセキが俺の腰を叩いた。

「……わかったよ。……あーあ、もう瑞葉帰っちまってるだろうなぁ」

 ゆるゆると教室を出ると。

「あ」

 隣の教室の扉から、ちょうど土耶が出てきた。


 土耶も、あれ以来ずっと学校を休んでいたはずだ。

 クラスの女子たちが心配していたので知っている。


 土耶は少し気まずげに、俺に軽く会釈した。

 あれ以来初めてこいつに会ったが、なんだか少しだけ、奴の纏っている空気が和らいでいる気がした。

「お前の姉ちゃん、具合どうだよ」

 俺が尋ねると、土耶は少し目を丸くした。

「……まだ入院中だが、意識ははっきりしている。もともと頑丈だったから、もうしばらくで退院できるはずだ」

 土耶はそう言うと、少しはにかんだ。

「へえ。良かったな」

 なんだろう。土耶の奴、良い意味で少し隙が出来たというか。

 あの完璧すぎる所作ではなくなった。今までのこいつはやっぱり何か被っていたんだろう。

「……君は、すごいな」

 突然、土耶がそんなことを言ったので今度は俺が目を丸くした。

「へ?」

「いや、俺も、零も、君や瑞葉にひどいことをしたのに、君は俺たちの無事を『良かった』と言えるのかと思って」

 自嘲気味に土耶が言う。

 そりゃあ俺だって、特にあの女にはやたらボコられたし、痛い思い出しかないけど。

「誰も鬼にならなくて良かったなって思ってるだけだよ、俺は。ほんと、良かった」

 そう言って笑うと、土耶は安堵したような笑みを見せた。

「俺も、今ならそう思えるよ。俺、他人はもっと遠い存在だと思ってたけど、今回の件でその考えを改めた。もう一度俺は自分の道を見直すつもりだ。だから、リセットの意味で生徒会長の座も今月いっぱいで降りようと思って……」

 いるんだ、と彼が言いきる前に

「そんなの嫌ですッ!」

 いつの間にそこにいたのか、土耶の後ろから副会長の瀬戸愛華が叫んだ。

 その後ろには、彼女に振り回されているのか辟易顔の倉井がいる。

「瀬戸君?」

「わ、わたしッつづる様が会長じゃなきゃ嫌です! つづる様ほど会長に相応しい人はこの学校にはいないんですから!!」

 泣き出しそうな勢いで、彼女はそう叫んだ。

 というか、ほんとに泣きだした。

「……あー、私も? 会長の人となりとかはあんまり知らないけど、会長としての仕事ぶりは尊敬してますよ」

 後ろで照れを隠すように眼鏡をいじりながら倉井がもごもごと言う。

「……二人とも……ありがとう」

 土耶が柔和に笑うと、瀬戸がぶわっと顔を赤くした。

 そして

「わ、わたし! つづるさまが! す、すすす」

 多分、すきです、と言いたいんだろうが、瀬戸愛華はそこで石のように固まってしまった。

「……え?」

 微動だにしない彼女を、倉井が前から覗き込む。

「……あー。この子立ったまま気を失ってるわ」

「マジで!?」

 なんて器用なやつなんだ!?

「もともとこういう子だし。……まあ、言いたいことは分かってくれたかい、生徒会長?」

 分厚い眼鏡を外し、倉井が土耶の顔を覗う。

 土耶は困惑気味に、けれど小さくうなずいた。

「土耶。ここまで言ってもらってるんだしさ、会長やめることないんじゃね? お前の居場所、ちゃんと学校にもあるじゃん」

 俺が言うと、彼は目を細めて、照れをはぐらかすようにくしゃりと髪をいじった。

「……ああ、そうみたいだ」


「――さて、この子どうやって運ぼうかね」

 倉井がよっこいしょと瀬戸を背中に寄りかからせる。

「俺運ぶぞ?」

 腕を伸ばし掛けたところで、倉井が手を振った。

「いいよいいよ、この子胸無駄におっきいし。それよりオオカミ、はやく行きなよ。あの子多分痺れ切らしてるよ」

「へ?」

 倉井がやれやれと指で上を指す。

「――屋上。いたよ」

 その言葉で、ようやく意味が分かった。

「おう! ありがとな!」

 俺は嬉々として廊下をダッシュする。


 途中、手鞠先生とすれ違った。

「ちょっと久城くーん、廊下は走らないのー」

「走らずにはいられないんで!」

 じゃ! と敬礼し再びスピードを上げる。

「熱いわねー」

 先生の冷やかす声が背後で聞こえた。




 屋上へと続く階段を登り切り、扉を開ける。

 そこには夕暮れの気配をほのかに感じさせる空の色が広がっていた。

「…………」

 視界の範囲で人の姿はない。

 となると

「みずはー?」

 建屋の上を仰ぎながら、彼女の名前を呼んでみる。


 ……返事はない。


「ふむ」

 仕方ないので、えっちらほっちらと壁面の簡易梯子を登ってみる。

 すると

「……やっぱいた」


 彼女は建屋の上で縮こまるように眠っていた。

 俺は彼女の前にしゃがみこむ。


 さて、この眠り姫をどう起こそうか。


「チュー? それともオオカミらしく襲っちゃおうかなー」

「どっちも犯罪だやめとけ童貞」


 びっくりするほど早い反応が返って来た。

「起きてるなら返事くらいしてくれよ」

「お前が戯言言うまでガチで寝てたんだよ」

 そう言う今ですら上体も起こさないで。

「……瑞葉、もしかして怒ってる?」

「は?」

 うわ、めっちゃ不機嫌な声で「は?」って言われた。

「いや、俺さっきまで数学の追試でさ。瑞葉とすぐ喋りたかったんだけど……」

「別にお前を待ってたわけじゃないよ」

 ……じゃあなんでこんな屋根のないとこで寝てるんですか。

「待ってたって言ってくれたら喜ぶのに」

 そう言って俺もその場に尻を置く。

 吹き抜ける風が微妙に冷たい。

 瑞葉は相変わらずそっぽを向いたまま寝転がっているが。

「………………待ってた」

 ぼそりと、そう呟いた。

「………………」


 ……ああ、もう。

 ほんとに、こいつは。


「! ちょ、」

 ふて寝していた瑞葉の肩に手を伸ばし、強引に彼女の上体を起き上がらせる。

 彼女の両肩を掴む形で、ようやく面と向かうことができた。

「ありがとな! 待っててくれて。すげー嬉しい」

 笑うと、彼女は照れを隠すように視線を横に泳がせた。



 日が随分と傾いている。

 もうしばらくすれば日も落ちるだろう。

「なあ瑞葉。具体的には、どうやったら俺は樹にならなくてすむんだろう」

 眼下に広がる神木の町を見て、彼女に問う。

「お前の力で、新しい御神木を生み出して育てるしかないだろうな。……ただ、その芽が御神木として機能する前に鬼やら何やらに食われる可能性は高い」

 彼女が立ち上がる。

「……死亡率の高い魚の稚魚を立派になるまで育てる感じ?」

「お前にしたら上手い喩えだ。まあ、難易度は高いだろうな。時間はかかるし、ここにはいろんなものが集まってくるから」

 ……要は茨の道、か。


 俺も彼女に倣って立ち上がる。

「強くなるよ、俺。強くなって、樹が立派に育つまで、樹とこの町を守る。……できれば、瑞葉と一緒に」

 すると、傍らの彼女はふと笑んだ。

「ひとりで強くなれると思うなよ、ひよっこ。仕方ないから面倒見てやるよ」

 その言い草に俺も笑う。

 俺はそっと彼女に手を差し出した。

「俺が死ぬまで、隣にいてくれる?」

「……死ぬまでって……スケールでかいな」

 瑞葉が困ったように眉をひそめたが

「瑞葉が最初に言ったんじゃないか。『私が死ぬまで……」

「わかったから言うな」

 顔を赤くして恥じる彼女が可愛らしい。

 そうして、彼女は一呼吸おいて

「――いいよ」

 そう呟いた。


 喜びが胸にこみ上げて来て、そのまま彼女の手を握った。

「瑞葉、たこ焼き食べに行こう」

「は?」

「食べさせあいっこしよう。大丈夫、ちゃんと瑞葉の分は冷ますから」

「いや、そういう問題じゃなッ!?」

 言いかけた彼女をお姫様抱っこして、少しだけ脚力を強化して建屋から飛び降りる。

「ちょ、きゃ!」

 短い悲鳴とともにきゅっと彼女の細い腕が俺の首に回った。


 ……っていうかさっき瑞葉「きゃ」って言った?

 ……やばい。可愛い。


「よっと」

 無事着地し、このまま彼女を降ろすべきなのだろうが。

 せっかくなんかぎゅって感じで密着してるし

「……もったいないからこのまま下にイダッ」

 思い切り頭をはたかれた。

「馬鹿言ってないで降ろせ変態オオカミ」

「はいはい」

 そっと彼女を降ろす。

 すると


「!」

 くんとネクタイを引っ張られて、彼女の顔がぐっと近づく。

 唇が、触れる


 ――のかと思いきや。


「ひゃん!?」


 突然の刺激に思わず身体が反る。

 瑞葉の冷たい手が俺の鎖骨をきゅっと抑えていた。

 初めてではないのに相も変わらず変な声を出してしまった自分にびっくりする。


 そのまま、つ、と線をなぞるように彼女の指がスライドする。それも、ゆっくりと。丁寧に。


 駄目だ、心拍数上がって来た。

 ていうかまだ触るの!?


「あ、の! 瑞葉さん!?」

 声が上ずっていて情けない。

 でもだって仕方ないじゃん!? 俺の鎖骨の感度やばいんだよ!!

 しかも相手が彼女なら、なおさら。


 泣きそうな顔で彼女を見る。

 すると

「さっきの仕返し」

 ふ、と可笑しげに笑って彼女は言った。


 ……ああちくしょう。

 なんか幸せじゃないかよ。


「鎖骨禁止! ほら、はやく行くぞ! たこ焼き屋さん閉まっちまうからな!」

 きゅっと彼女の手を取り、引っ張るように歩き出す。

 すると、彼女もその手をやんわりと握り返してくれた。



 もうすぐ夜がやってくる。

 どこかでまた、心鬼が生まれ、邪鬼が闊歩するのだろう。

 きっと、戦いの終わりは見えないままだ。


 眠り姫の夢は終わってしまった。

 けど、この先がたとえ茨の道でも、俺は前を見て進んでいく。


 今度こそ、自分の力で強くなる。

 きっと色んな人に支えられて、失敗して、涙して、感謝したりするんだろう。


 そんな道も悪くない。

 怖くない。


 精一杯生きよう。この身が尽きるまで。

 そうしたらきっと、この運命の恋を、真実だと証明できる。


 茨の道を歩んだ先、どんな景色が待っているのか、今から本当に。


「楽しみだな、瑞葉!」


ついに、完結しました。

今回はわりとガチで恋愛ものとして書きましたがいかがでしたでしょうか。

3年前から長い間お付き合いくださった皆さん、本当にありがとうございました。

最初のほうこそほんとに終わりが見えない連載でしたが、こうして秋におしりに火がついて本当によかったなと思います(涙)。

こうして無事完結できたのも、地道に読んでくださった皆さまのおかげです。


ここで長々と語るのもあれですし、語りはあべかわのサイトで語っていますので、お付き合いくださる方はこちらのURLからどうぞ。

http://akayane.iza-yoi.net/ibaraomake.html(PCサイト)


それから、私の勝手な恒例になっておりますアフターエピソードもまた近々書きたいと思っていますので、書き上がりましたらこちらの欄と活動報告でお知らせさせていただこうかなと思います。

割と今作は糖分控えたので(割とね)爆発するかもしれません。

というわけで私の脳内ではまだ終わっていませんが、これにてイバラヒメは完結です。本当に本当にありがとうございました!


またどこかでお会いできることを祈りつつ。

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