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E3-3:レッツレッスン手鞠先生

 端的に言えば、神木町は田舎だ。

 町という位置づけだが、面積、人口という点では隣の市とほとんど差異はない。

 そも、何をもって都会と田舎を区別するのかは案外難しいところだが、こと神木町においては空気が田舎だったりする。

 山に近く、海に近く、しかし決して大都市から離れているわけではなく、むしろ電車を使えばものの1時間で政令都市に遊びに行けたりもする。

 つまるところ、この町自体にはこれといった特徴がないというのがその空気の原因だったりする。


 まあ、それはあくまでも『表』の話だが。



 そんな、どこか寂れた空気が漂う神木の夜道を、ひとりの少女が歩いていく。

 紺色のセーラー服、漆黒の髪は夜の闇に溶けきっており、僅かに袖から覗く手と顔の白さが浮き彫りになっていた。


 その白さに惹かれるように、もしくはその強い闇に惹かれるように、彼女の前方にふらりと2つ、人影が浮かび上がる。

 身の丈は決して大きくない。

 子供のようにも見えるその人影。


 ――否、それは人ではなく鬼だった。


「また心鬼か。どこから湧いてやがる」

 少女はまるで虫でも見るかのような目でその異形を見、盛大に顔をしかめた。


 鬼は構わず、彼女のほうへとゆるゆると寄ってくる。

 その動きは非常に緩慢で、まるで出来の悪いロボットだった。


 少女――瑞葉茨乃は一片の躊躇いもなくその鬼の顔面を蹴飛ばす。

 間髪いれずその隣の鬼にも一発食らわせ、両者を昏倒させた。


 が。

「!?」

 すぐにまた、ゆるゆるとその2匹の鬼は立ち上がり始めた。

 これに一瞬ひるんだ彼女に、それでも鬼は構わず寄り付いてくる。

 その様子はまるで、盲目的に母を求める幼児のようでもあった。


「……ッ、触るな!」


 反射的に、彼女は自らの右腕を使っていた。

 それは振るわれたと同時に異形の凶器と化し、まとわりついた鬼2匹の身体をへし折るように薙いでいた。


 鬼は完全に消滅。

 彼女はそれを見届けて、憎憎しげに腕を下ろした。


「…………」

 鋭い視線で、空を仰ぐ。


 星は、ぼやけて見えなかった。




 * * *

 朝は、嫌いなはずだった。

 けど今朝はなんだかいつもより目覚めがいい。

 ここまで気持ちいいとむしろ二度寝したくなってしまう……が、そんなことしたら遅刻するのでやめておいた。


 いつもより早めに登校すると、隣の席の脇谷が心底驚いたような顔をした。

「お前がこんな時間に来るなんてめっずらしーこともあるもんだな? 槍でも降るんじゃね?」

「相変わらず失礼な奴だな。俺だってたまにはお目目パッチリな日があるんだよ」

「ほーう?」

 そんな他愛のない話をしていたら、ふと教室に入ってきた女子生徒と目が合った。

 瑞葉だ。


 俺はいそいそと彼女のほうまで駆けていく。

「おい瑞葉! お前何の説明もなしにさっさと帰んなよな!?」

 開口一番俺がそう言うと、彼女は鬱陶しそうに俺を睨んだ。

 と同時に周りの奴らも驚いたような、それでいて好奇の目でこっちを見てくる。

「……ぅ」

 視線が痛い。

 そしてトドメは彼女のそっぽ。

 あからさまにシカトされブレイクハートした俺はそのまま廊下に飛び出した。



「なんなんだよあいつ!」

 ぷりぷりと腹を立て目的もなくずかずかと廊下を歩いていると、なぜか保健室前に辿り着いてしまった。

 まあ、保健室は1階の1番奥にあるから真っ直ぐ歩けばここに辿り着くことになる。

「…………」

 そういや保健室はちゃんと元通りになったんだろうか、なんてことが少し気になって俺はそっと扉に手をかけた。

 人の気配がしなかったので鍵がかかっていそうだったのだが、予想に反して扉は易々と開いた。


 朝の保健室。

 いつもとなんら変わりない光景。

 昨日割れてしまった窓ガラスも、どういう手を使ったのかすっかり元通り――というか新しいものに換えられている。

 昨日の1件など、これでは誰も窺い知ることは出来ないだろう。


「……て」

 ふと視線を奥のベッドに移すと、見えたのは脚。

 肌の色を受け少し茶色がかって見える黒のストッキングが、その美脚をより艶めかしく魅せる。

 その脚だけでベッドに寝転んでいるのが誰だか分かってしまった。


「……木村先生、朝からこんなとこで寝てていいんすか」

 朝日を受け、白く輝くベッドの上に横たわるのは天使、もしくは女神のような木村先生。

 俺が近づいて声をかけても、彼女はまだ夢の中らしく、むにゃむにゃ何か呟いている。

「こーうちょーせーんせー。ぐふふ」


 ……こうちょうせんせい? ぐふふ?


 今の木村先生は普段では決して見せないような緩みきった顔をしている。

 それこそ恋人にしか見せない一面、みたいな。


「こっちむいてよーう」

 先生の寝言はまだ続いている。

 夢の中で校長を振り向かせようとしているのだろうか。


 というか、うちの校長は来年定年、それにしても老け顔のしわしわなおじいちゃんだったりする。


 まさか木村先生って、そういう趣味なの、か……?


「ああん待って!」

 その声と共に、先生は飛び起きた。


「…………」

「…………」

 目覚めの意識ははっきりとしているのか、先生は俺を見て固まっている。


 そして数秒経った頃

「あら、おはよう久城君」

 いつもの営業スマイルに戻った。


「先生って、熟年趣味だったんすか」

「!?」

「ぐふふって」

「ぐふふ!?」

「言ってましたよ」

「そ、そんなことっ」

「こーうちょーせーんせーって」

「あああ言っちゃ駄目!! それは私のトップシークレット!!」

 手で顔を覆ってガックリとうなだれる木村先生。


 ……ふ、これで昨日の借りは返したな。


「久城君たら意外とイケズね」

 そう言って拗ねる先生はお世辞抜きで可愛かった。

 これで熟年趣味というのだから勿体無い。

「そんなこと言ったら先生だって意地悪っすよ。昨日のこと何にも教えてくれなかったし」

 すると先生はやれやれと軽くその髪をかき上げた。

「仕方ないなー。じゃあここで軽くレッツレッスン?」

「え、いいんすか? やった」

「オーケイオーケイ。プリーズシッダーン」

 そんな適当なノリで先生の講義は始まった。




「で、何を知りたいの?」

 木村先生は先生専用の背もたれ付きの椅子に腰掛け直し、向かいの丸椅子に座る俺を見据えた。

「全部」

「あら、欲張りさんね」

 先生はそう笑いつつもどこか投げやりな表情を一瞬垣間見せた。

 実は先生も瑞葉と同じで相当な面倒くさがりだったりするんだろうか。

 が

「じゃあ最初からねー。まず鬼の存在からかしら?」

 本当に知りたいところから喋ってくれるあたり、やはりお人よし……というか面倒見がいいのだろう。

「ひとくくりに鬼って言っても、現代じゃ色んな種類があるの」

「はあ」

「私に憑いていた木鬼は古から存在する妖に近いものね。まあ、五行の名を冠する鬼はそれぞれ起源こそ違えどカテゴリ的には同じに割り振ってもいいと思うわ」

「はい先生」

 すちゃりと挙手する。

「なあに、久城君」

「既にわけわかんねえっす。『ゴギョウ』ってなんすか?」

「ググれ」

 先生は笑顔でばっさりそう切り捨てた。

「ひどッ!?」

「あーもーほんと久城君て初心者ね。何の心得もないの? 鬼が見えるのに?」

 先生は大きく溜め息をついた。


 ……ああ、そうか。

 鬼ってやっぱり、普通の奴には見えないんだ。


「私としてはむしろどうして君がそんなに無知なのか知りたいくらいよ」

 先生はぼそりと、独り言のように呟いた。


 ……そんなこと言われてもなあ。

 知らないものは知らないんだし。


「俺、見えるようになったのはほんとつい最近なんすよ」

 正直に言う。隠しても仕方のないことだ。

「つい最近って、どれくらい?」

「ほんの1年とちょっと前くらいっす」

 俺がそう答えると先生は目を丸くした。

「……それは、確かに最近ね……」

 彼女は顎に手を当ててなにやら難しい顔で考え込んでいたが

「――そういうことなら仕方ないわね」

 どこか諦めを含んだ声でそうこぼしたかと思うと。

「君は今、腹痛を訴えている」

「へ?」

「あまりにもお腹が痛かったのでベッドに横になりながら木村先生の子守唄を聞いていました、と担任の先生には言っておくのよ?」

「はあ」


 そういうわけで俺はこの1時間、先生からある種の裏知識を教授してもらうことになった。


ぼちぼちとか言って連日更新とかなんかもう気分で更新してますすみません。不定期ですがどうぞよろしくお願いします。

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