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E9-7:零Ⅱ

 俺が自分の力を知ったのは、まだ幼い頃だった。

 親には見えないものが俺には見える。他人にはできないことができる。

 ただそれを理解してくれたのは姉だけだった。

 姉はそれを、「見えないふりをしていなさい。できないふりをしていなさい」と言った。


 俺は姉ほど利口じゃなかったんだろう。

 見えるものを見えないと、出来ることを出来ないと否定することができなかった。

 だから白い目で見られた。


 俺の周りで起きる不吉な出来事は、全部俺のせいにされた。

 両親は気味悪がって俺を養子に出してしまった。


 縁組先は、由緒正しい家だった。

 義父は最初に会ったときからしかめっ面で、とても子供が好きそうには見えなかった。

 一方、義母はいつも笑っているような朗らかな人で、こんな俺にも優しく接してくれた。

 俺はその人をすぐに好きになった。


 引き取られ、数年経てば、自分がどうして土耶の家に引き取られたのかいやでも理解できた。

 歴史ある土耶の家には、後継者がいなかったのだ。

 俺は土の属の力を見込まれて養子に選んでもらったらしい。

 俺はそれを知ったとき、心の底から嬉しかった。

 故郷で疎まれ続けた自分を必要としてくれる場所があったのだと。

 土耶を囲む家からは、養子をとったことへの非難もあったことは知っていた。

 けれど義父は俺を家に置きつづけ、義母は俺に知識を教えてくれた。

 この家は俺を必要としてくれているのだと。


 ……けど、そんなことで喜んでいられたのもつかの間だった。


 俺が席をはずしている間の、両親の会話を聞いてしまったのだ。


「……あの時は血迷って養子を取ったが、間違いだった。やはり土耶の血を継ぐ者にこの家の家督を継がせなければ土耶の威厳は保てない」

「ですが……あの子は……綴は頑張っていますよ? 貴方の期待に応えようと」

「いくら期待に応えようとあがいても、所詮は他人の子……。そもそも、お前が子を宿せなかったのがことの発端なのだ、分かっているな?」


 この会話があってしばらくして、優しかった義母は土耶の家を出ていった。

 俺を置いて、出て行ってしまったのだ。

 俺はその日から、義父の土耶継を内心軽蔑し続けた。


 奴が神木の地に現れた最後の土鬼を飼い慣らそうと画策し失敗したときも、内心では嗤ったものだ。

 けれど、その後すぐに奴が死んだことで、俺の肩には不要な重圧がのしかかった。


 あの男は、最期の最期に俺に遺言を残していたのだ。

『土耶の再興を』


 ――馬鹿らしい。

 俺のことを見限っておきながら、なんだってそんな遺言を残すのだと。


 結局俺は、その遺言に囚われたのだろうか。

 他にすべきことも見つけられないまま、俺は土耶の家督を継いだ。


 そう、結局こんなことになるのなら、やはり土鬼は手に入れておくべきだった。

 所詮凡人の俺には、なんの手札もないのだ。

 そうひとりで頭を抱えていた時、現れたのが零だった。


 土耶家の縁者から、俺を補佐するよう派遣されたのだと彼女は言った。

 名前以外の素性を、彼女は一切語らなかった。

 言動も、反応も、ロボットのように機械的で変わった女だった。


 けど俺は一目見た時から薄々気づいていた。

 彼女は俺の、故郷の姉だと。



 ** *

「情けない面だな、土耶。あの化け物を家族だって言うんなら、家族が化け物のままでいいっていうのか、お前は」

 綴を前に、茨乃が言う。

 彼は拳を握りしめた。

「うるさい! 零は、俺のために鬼になったんだ! 俺が今更あいつに何を言えっていうんだよ……!」

 茨乃はその言いぐさを聞いて腕を組む。

『……姫様? どうしました?』

 闇里がおそるおそる茨乃に尋ねる。

「……殴るっつったけど殴り殺してやりたくなったわ」

『やっちゃえば?』

『姉さん!! けしかけないでくださいよ! 姫様が殺人犯になっちゃうでしょ!?』

 闇里の悲鳴は無視して茨乃は綴の懐に入り、胸ぐらを掴んだ。

「!」

「……お前さ、鬼になって喜ぶ奴がいると思うか?」


 茨乃の問いに、綴は答えられない。

 だってそんなことは、分かり切っている。

 人間であるのならば、そんなことは。


「私はあいつのこと、ほとんど知らない。けど、どんだけあいつがお前のこと大事にしてるのかくらいはもう分かってる。なんでお前は分かんないの? 居場所って、場所だけじゃないだろ」

「…………ッ、……!」

 涙を流し歯を食いしばった綴を、茨乃は一発ぶん殴る。


 綴は地に倒れこんだ。





 ** *

 身体が満足に動くことを確認して、俺は鬼に駆け寄った。

『貴方は拳を打ち込むだけでいい。その後は僕がなんとかします』

 セキの言葉を信じ、鬼に近づくが

「!」

 瑞葉みたいに俊敏に動けるならともかく、俺みたいなのろまにそうも容易く鬼が間を許してくれるはずもなく、剛腕が振るわれる。

 体勢を低くしてそれをなんとかかわし、隙を覗う。

 しかし鬼は次々と猛攻を繰り返し、なかなか懐に入らせてくれない。


「こうなったら……」

『脚に気を流して脚力の上昇を図る、などは考えないように。神経を壊してしまえば貴方の将来が暗くなります』

 言う前にセキにダメ出しされた。

『貴方の息吹きの力、他に使い道があるはずですよ』

「他の使い道?」


 想像する。

 あの鬼の懐に飛び込む方法を。

 そう、飛べれば早いのだ。


「飛ぶぞセキ!」

『は!?』


 土に手をあて、命の線――植物の根をたどる。

「息吹け!」

 次の瞬間、地面がぐんと盛り上がった。

 足元に現れたのは二つに折れ曲がった巨大な芽。

 それは一気に開いて双葉となり、俺の身体を宙に弾き飛ばした。

『貴方の飛ぶって!』

 鳥の矜持が許さないのか、セキが文句を垂れたが無視する。

 宙に飛んだだけでは鬼の懐には届かない。

 それどころか鬼は無防備な俺に向かって、好機とばかりに腕を振るった。

 もう一手、ポケットに忍ばせていた型紙を取り出す。

 再度足元に、サメの式神を呼び出した。

「セキ、いくぞッ」

 サメの頭に一旦着地、鬼の腕をかわすと、そのままサメの背を蹴って、無防備になった鬼の胸部に跳ぶ。


「てめえもいい加減目ぇ覚ませッ!!」


 渾身の、最後の一撃。

 俺の拳は鬼の胸部を抉った。


 鬼は衝撃で後ろに倒れる。

 そのまま、鬼の身体にひびが入った。

 そして

「――――!」

 黒い瘴気が、そこから噴き出る。


「久城っ!!」


 瑞葉の声がやけに遠くで聞こえた時、俺の目の前は既に真っ黒に染まっていた。


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