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E9-3:終末ノ場所Ⅲ

 

 俺たちが広場に駆け付けた時目に入ったのは、膝をついてうずくまる鬼と、それに刀を振りかざそうとする白い女の姿だった。


「待って!! 姉さん!!」

 反射的にか、闇里が憑依を解いて弾丸のごとく飛び出した。


「闇里!?」

 小夜と鬼の間に、闇里が割って入る。


「茨乃姫様を殺さないでくださいっ!」

 闇里がぼたぼたと涙をこぼしながら叫ぶ。

「……ッなんであんたが出てくんの!? あの親父、どんだけ血迷ったわけ!?」

 小夜は刀を振るいたくても振るえないようだった。


 聞けば、小夜と闇里は対の精霊で、片方が大怪我をすれば、片方も無事では済まない――そんな関係なのだそうだ。

 だから瑞葉の親父さんは小夜を動かすために闇里を人質にしていたらしいが、その縄を先刻解いたらしい。

 小夜に瑞葉を殺させないために。


「人は迷うものです。姉さんも迷ったから、こんな時間になるまで茨乃姫様に追いつけなかったんでしょう?」

 闇里の問いを、小夜は笑って捨てた。

「馬鹿ね。時間がかかったのは他に群がる鬼どもをいくつか蹴散らしてきたからよ。……大体、今更その子は助けられないわよ。すべがないのはあんたも分かってるんでしょう」

 そう言って彼女は白刃を弟に向けた。

 しかし、その時

「!! 闇里、うしろ!」

 彼の背後でうずくまっていた鬼が、咆哮とともに立ち上がった。

「ち!」

 小夜が闇里の腕を引っ張り横に投げる。

 起き上がり、振り下ろされた鬼の爪を、小夜が刀で受け止めた。

「……ほら! 限界みたいじゃない……!」

 細い刀では鬼の腕力を止めきれないのか、小夜は一旦刀を横に振り、間を稼ぐように後ろに跳んだ。


「瑞葉ッ!」

 俺の声に、鬼が反応する。


 こちらを振り向いた鬼の左目が、じわじわと赤くなっていっているのが分かる。

 あれが完全に赤くなったとき、瑞葉の意識は完全に鬼に乗っ取られてしまうのだろう。


「馬鹿! もう遅い!! 無暗に声を掛けるな!!」

 小夜はそう言うが、

「瑞葉!! 俺、全部思い出したんだ!! だから一緒に行こう? お前が行きたいところ、全部……!」

 少しでも言葉が届けばと、俺は声を張り上げた。

 しかし、鬼の目の変色は止まらない。

「瑞葉ッ!!」

 彼女の名を呼ぶ声は、鬼の咆哮で掻き消された。


「っ!」

 鬼の背からバリバリと、その皮膚を食い破るようにさらに棘が生えてくる。

 鬼の身体はさらにひとまわり大きく肥大し、そして。

「……みず、は……」

 鬼の両目が、完全に炎の色を灯した。


 ――途端、一気に禍々しい空気が周囲から集まってくる。

「……ッ」

 窒息しそうなほど濃い瘴気に、思わず膝が崩れそうになった。

「久城さん!」

 闇里が再び俺に憑依する。そのことによって少し体調がマシになった。


「――もう、完全に成ってしまったわ。土鬼に」

 小夜の声に、一片の悲嘆が垣間見えた。

『…………』

 闇里は言葉すら発しない。


 鬼はしばらく無言で佇んだ。

 そして、


『――――ククク、ハハハハハッ』


 歪な声で、高笑いを始めた。


「――――!」

 さっきまで彼女を宿していたソレが発する異質な声に、思わず息を呑む。


 ひとしきり笑った後、鬼は俺たちを見てニタリと口をゆがませた。


『――ヨウヤク、沈ンダカ。ガキト思ッテ油断シテイタガ、ナカナカシブトイ女ダッタナ』


 土鬼が、喋っている。

 その事実にこの場の誰もが沈黙した。


『久シブリの外界ダ! 存分ニ暴レサセテモラオウ!』

 土鬼はそう言って、歓喜の咆哮を上げた。

 それに呼応するように、黒い瘴気が竜巻のように吹き上がる。


 憑依しながらも闇里が泣きじゃくっているのがひしひしと伝わってきた。

 が

「……………まだ、だッ」

 俺は拳を握る。

「まだ俺はあきらめない! お前から絶対に瑞葉を取り戻す!」


 瘴気に囲まれていく鬼に向かって俺は駆けだす。

「ちょ、馬鹿!? 死ぬわよ!」

 小夜の制止を無視して鬼との間合いを詰めるが

「!?」

 土鬼を守るように、どこからともなく子鬼が数体現れる。

『久城さん、百鬼夜行の片鱗です、気をつけてッ!』

「――邪魔するなぁッ!!」

 拳で鬼を殴り飛ばす。

 なおもまとわりついてくる鬼を蹴飛ばし、振り払った。

「瑞葉を返せッ」

 しかし、土鬼はニタリと笑ったまま臨戦態勢をとる。

 低く構え、そしてこちらに跳躍した。

「!!」

 赤い眼光が走る。

 鬼のスピードに、こちらの身体能力が追い付かない。

 瞬く間に鬼は俺のすぐ前方に現れた。

『人間風情ガ』

「ッ」

 衝撃に備え自然と歯を食いしばる、が、

 ドス、と鬼の腕に刀が刺さり、鬼は呻き声を漏らして横に跳ねた。

「役立たずは退けって言ってんのよ、お下がり!」

 刀を投げたのは小夜だった。


 彼女はそのまま鬼に詰め寄り蹴りを仕掛ける。

 首筋を蹴られた鬼は大きく体勢を崩した。

 そのまま彼女は容赦なく鬼の上に乗り、腕に刺さった刀を引き抜く。

 そしてそのままそれを喉元に振り下ろそうとしたのだが。

「!」

 土鬼が纏っている黒い瘴気から、子鬼が飛び出し彼女の邪魔をした。

「ッ、なんなのこいつ……!」

 彼女が子鬼に気を取られている間に

『姉さん!』

 土鬼の腕が小夜の身体を強打した。

「――ッ」

 地に転がる彼女に、追い打ちを掛けようと土鬼がその牙で仕掛ける。

『「やめろッ」』

 闇里の気持ちとシンクロしたのか、身体が一瞬軽くなった。


 土鬼の脚にしがみつく。

 鬼は忌々しげに脚を払った。

「つッ」

 身体は簡単に地に叩きつけられる。


『チョコマカト、シツコイ奴等ダ。……今更、アノ女ヲ取リ出セルトデモ思ッテイルノカ?』

 土鬼はそう言って、俺の胸ぐらを爪の先で引っ掛けて持ち上げる。

『無駄トイウモノダ、人間。水ハ我ガ土ニ濁サレル定メ。意識ハ確カニ生キテハイタガ、女ノ身体ハ徐々ニ我ノ糧トナリ、トウノ昔ニ朽チテイタノダ』

「……鬼の言うことなんか信じるかよ!」

 しかし鬼は笑う。赤い眼を細めるようにして、嫌らしく。

『オ前は見テイタハズダゾ? アノ女ハ二度、命ヲ捨テタノダ。ソレデモ回復シタノハ、我ノ力ガアッタカラコソ。他ニ何ガアルトイウ?』

「…………ッ」


 確かに俺は見た。

 瑞葉の身体が吹き飛んだところを。

 けどあれは、彼女が思い込んでいたような、おぞましいものじゃなかった。

 そう、むしろ、何かに加護されているような――そんな回復だったのだ。


『――久城さん、それって、もしかして……』

 闇里が思いついたように何か言いかけたが

『ソンナニアノ女ガ大事ナラ、オ前モ早々ニ冥土ニ送ッテヤロウ!』

 鬼の手が俺の身体を掴み締め上げる。

「――ぐ、ぁッ」


 骨が軋む。

 内臓が凹む。

 血が止まる。


「……世話が焼ける男共ねッ」

 小夜が水弾を鬼の頭に発する。

 弾は弾け、鬼の頭を水で覆った。が

『効カヌ!』 

 鬼は頭を振り払うだけで水の塊を四散させた。

「ち……闇里!!」


 小夜の声に反応し、闇里が再び憑依を解く。

 次の瞬間、俺の身体は鬼の締め上げから解放された。


「……っ!?」

 鬼の手から離れ、身体が地面に落ちる間際、俺の目の前に現れたのは巨大な蛇。

 双頭の、巨大な白蛇だった。


 蛇は鬼の喉元に噛みつき、その巨体を持って鬼の身体を締め上げる。


『……双蛇ノ大妖……、人間ゴトキニ下ッテイルトハ嘆カワシイナ』

『下っているわけではない。無力な人間が憐れで可笑しいだけだ』

 白蛇の言葉を聞いて、鬼はなお嗤った。

『ハハハハッ! 妖モ堕チタモノヨ! ヤハリ鬼デナケレバ務マラヌ! コノ世ヲ混沌トサセルノハ、最後ノ土鬼タル我ノ務メ!! 驕リ高ブッタ人間共ニ粛清ヲ!!』

 鬼のその声とともに、瘴気がまたさらに濃くなった。

 そして、また子鬼がいくつも生まれていく。

『……底なしの生産機か貴様は……!』

 わらわらと身体に寄りつく子鬼たちを、白蛇は身体をくねらせ忌々しげに振り払った。


『――久城さん』

 白蛇の声とは別に、闇里の声が穏やかに頭の中に響く。

『貴方がやろうとしていることは、間違いじゃありません。茨乃姫様は、必ずあの鬼の中に生きておられます』

 明確に、闇里は断言した。

「……どうして?」

『瑞葉家がどうして「滝」の名を持っているか、貴方はご存じないでしょう。水行は「命の泉」、その上をいく「滝」には、二つの命があるのです』

「二つ……? 死を一度回避できるってことか?」

『姫様自身もきっとご存じなかったことでしょう。その身に鬼を封印し、前途が暗くなったあの時、姫様のお父上と姉上は、それぞれの命をひとつずつ、姫様にお与えになった。この意味がお分かりですか?』

 命を、ひとつずつ?

 じゃあ、瑞葉は

「あと一度、死を乗り越えられる?」

『茨乃姫様自身が、「生きたい」と願えばきっと』



 鬼の牙が白蛇の身体に突き刺さり、蛇が悲痛な声を上げた。

 相当な深手だったのか、蛇の姿が解け、姉弟の身体が力なく地に崩れ落ちる。

「小夜! 闇里!」


『ヤハリ腑抜ケタモノダ。古代ノ霊モココマデ堕チタカ』

 土鬼は悦に入ったように牙をむいてくっくと笑う。

『サア、人間。オ前ハドウヤッテ殺ソウカ。頭カラガイイカ、ソレトモ臓物はらわたカラ食ラッテヤロウカ』

 ギロリと、凶悪な眼を俺に向ける。

「……ッ」


『サア、我ニ喰ワレテ糧トナレ!!』


 鬼が牙をむいて迫る。

 闇里が憑いていない以上、俺の脚はもう動かない。


 ――ザクリ。


 いつか見た光景がフラッシュバックする。


 まるで猛獣。

 獲物の息が絶えるまで牙を立て続ける狩り。


 鬼は俺の首筋にその牙を立てた。


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