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E1-5:オヤスミ

 学校に潜む悪鬼は瑞葉が身を挺して滅ぼした。

 けど、まだ終わってはいなかった。


「……?」

 屋上から階段を下るとき、俺は違和感を覚えた。

 妙に辺りが静かだったのだ。

 悪鬼に呼び寄せられていた心鬼、邪鬼がここまで一気に四散したとも考えにくい。

「……これは」

 瑞葉が眉をひそめた。


 強い鬼に引き寄せられていた子鬼たちは、その強大な鬼が急に消えたとき、どんな行動をとるのか。

 答えは、代わりとなる『強いもの』に群がるのだという。

 悪鬼が心鬼を餌として食らうのと同様に、心鬼などの子鬼も強い者の力を食らいにいくのだ。


「校庭に行く。気配が強くなった」

 瑞葉が走りだした。

「! 待てよ瑞葉! さっき無理したばっかなのに……!」

 普通に考えて無茶だろう。

 彼女はついさっき、瀕死の重傷を負ったのだ。

 鬼の力で再生したとはいえ、ダメージがないはずがない。



 校庭に出た時、おぞましいものを俺たちは見た。

 邪鬼と心鬼、それらが纏わり、ねじれ、ひとつのものに成ろうとしていたのだ。


『モウ、会エナイノ』


 微かに聞こえた、か細い声。

 それが何の声か分からないまま、一気に黒い邪気が膨れ上がった。


「……!!」


 先刻の、形を成さない黒い澱のような悪鬼とはまた違う。

 悪意というより、悲しみの塊。

 それは、今度こそ明確な感情とともに、鬼の形を成していた。


「……これはもう、悪霊だな」

 瑞葉が嘆息気味に言う。

「悪霊!? どうすんだよこれ!?」

「鬼を取り込みすぎてる。元の霊体ごと断つしかないが……」

 瑞葉が再び鬼の腕を顕現させる。

「! 瑞葉、それ……」

 先刻の爆発の影響なのか、鬼の腕は火傷を負ったかのようにひどく爛れていた。

「今の武器はこれしかないんだ。お前はさがってろ」

「でも!」


 相手が悪鬼とどう違うのか、理屈は俺には分からないが、少なくとも目の前の悪霊はあの悪鬼と同等、もしくはそれ以上の負の力を持っている。

 今の瑞葉では真実、敗色が濃い。


 しかし、彼女はふと言った。

「……約束、ちゃんと守れよ」


 瑞葉は膨れ上がった悪霊に、果敢に挑んでいった。


 瑞葉の鬼の腕はやはりダメージを受けているらしく、自在に操れるはずの質量と体積をコントロールすることすらできていなかった。


 案の定、瑞葉はいいように翻弄されている。

 彼女の身体は、何度か地に投げ伏せられた。

 けれど彼女は何度も立ち上がる。


 満身創痍になっていく彼女を見て、俺は自分が安易に口にした他愛もない約束たち――彼女を縛るしがらみを、ひどく後悔した。



 ――違う。

 俺が叶えたかったのは、こんなことじゃない。


 誰かに必要とされたかった。

 誰かに欲しいと言われたかった。

 けど、そんな自己満足のために人が傷つくんじゃ、月子先生のときと何も変わらない。


 俺は、俺の力で、大事なものを守らなきゃ意味がない。

 そのための力だ。

 誰かのための力だ。

 俺は、俺の力で、彼女を、救いたい……!



 そうして何度目か、瑞葉が地に膝をついたとき、悪霊は好機とばかりにその不吉な腕を振りかぶった。


「……や、めろぉッ!!」


 馬鹿な選択だった。

 対抗するすべなんてひとつも持たない俺が、こんなモノに敵うはずなんてなかった。

 それでも、ただ見ているだけなんてできなかったのだ。


「……ッ!!」


 身体に走ったのは、痛みよりも衝撃。

 小さな悲鳴が、すぐ後ろで聞こえた気がした。


 じわりと、生温かいものが肩口から染み出てくる。

 視線をふと落とせば、黒い爪が俺の肩に深々と突き刺さっていた。


「……ッ、」

 息が上手くできなくなる。

 太い血管をやられたのか、血が溢れる感覚が止まらない。

 いや、それすらも段々と薄らいで、目の前が白くなっていく。


「久城っ!」


 瑞葉の悲鳴じみた声で意識が少しだけ引き戻される。


「お前っ、何やって……!」


 俺って馬鹿だなあ、なんて、こんな時まで後悔した。

 悠長にこんなこと考えている暇なんてないのに、瑞葉の泣きそうな声を聞いただけで、早まった自分を後悔する。


 ……本当に、俺はいつも後悔ばかりだけど。

 それでも俺は


「……守りたいん、だよ……!」


 指先の感覚が溶けていく。

 だというのに、身体が妙に熱い。

 心臓が死に急ぐように力強く脈打つ。

 胸が痛いほどに。


 肩口から、腕へと流れる血に、俺はとてつもない力を感じた。

 その血が、指先へと到達する。


 俺は悪霊の爪を血まみれの掌で掴んだ。

 悪霊は驚いたように動かない。


 イメージは浸食。

 土を掴み、大地を締め上げんばかりの生命力で、この塊の悪を蹂躙する。


「――――――――!!」


 喉が、言葉にならない雄叫びを上げた。





 後のことは、うっすらとしか覚えていない。

 悪霊は消えた。

 けど、俺の身体の熱はとれなかった。

 意識も朦朧としたままだった。


 目が曇ってしまったのか、瑞葉の顔も、よく見えなくなっていた。

「……、無茶を……!」

 瑞葉は苛立ちを隠さない声で、必死に俺の肩を押さえていた。

 妙な話だが、不思議と血は止まっているのだ。

 だから、瑞葉が抑えているのはもっと別の物。

「ダメだ、止まらない……! このままじゃお前の器が壊れる」


 器が壊れる……?

 ああ、月子先生が言ってたな。

 壊れたら、死んだも同然なんだっけ……。


「……っ、おい馬鹿! 何やりきった顔で寝てんだよ!! 約束守れって言っただろ!!」

 ……そうだよ俺。瑞葉をちゃんと、いろんなところに連れて行かなきゃ……駄目なのに。

 遊園地とか、カラオケとか……他にもいっぱい楽しいとこ、あるし……。

「……いきたいなあ、瑞葉と」

 死にそうな喉から、掠れた声がこぼれ出る。


「…………! だったら」


 唇に、何かが当たった。

 感覚が鈍っていてうまく表現できないけど、初めて知る感覚だった。

 温かくて、やわらかい。

 もしかすると、これは。


「――お前の力、私が預かる。私が死ぬまで、お前は、私のものだから」

 瑞葉の声が、やけに近くで聞こえた。


 何かがこぼれ出る感覚が、一気に消え失せた。

 意識はいまだ朦朧としているが、身体の熱は、段々と収まっていく。

 彼女が、どうにかしてくれたようだ。


 どうやら俺は、約束を果たせるらしい。

 そのことが何よりも、嬉しかった。


 けど

「……久城。お前の記憶も、もらっていくな」

 瑞葉は小さくそうささやいた。


 記憶を?

 どういう意味だ?


「記憶があると、またお前の力が暴走するだろう。お前の器が完成するまで、鬼には関わらないほうがいい」


 なんだよそれ。

 じゃあ、俺、お前との約束を、守れないじゃないか。


「い、や、だ……!」

 俺は反射的に腕と脚に力を込めて逃げようとした。

 けど、目は効かないし、身体も満足に言うことをきいてくれない。

 這いずるようにして必死に動いたが、ほんの少ししか移動できなかった。


「――小夜」

 人の気配がひとつ、増えた。


「コレ、やっちゃっていいの?」

 知らない女の声がする。

 まるで虫を殺すかのような言い振りに、抵抗したくても叶わない。


 瑞葉が歩み寄ってくる。

 そしてゆっくりと、俺の前にしゃがみこんだ。


 決してはっきりと彼女の表情が見えたわけじゃない。

 けど

「――オヤスミ」

 そう俺に告げた彼女は、間違いなく泣いてしまいそうな顔だった。


 決別するように彼女が立ち上がる。

 次の瞬間、俺の胸は鋭い衝撃に撃ち抜かれた。


 記憶を奪う、精霊の銃弾。


 俺はその一撃で、こんなにも大事なことを、いとも簡単に忘れてしまっていたのだ。

……がプロローグと、話が遡ったりしましたが次から元の時間軸に戻ります。

いよいよ佳境ですね(涙)勢い止まらぬうちに頑張って書ききろうと思います。

いつもありがとうございます。

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