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E3-2:放課後デンジャーⅡ

「? ?」

 いよいよ意味不明な事態になってきた。


 放課後保健室で木村先生が襲ってきたと思ったら、突然先生は鬼になるし。

 そしたらいきなり瑞葉が『ド馬鹿共が』とか言いながら乱入してくるし。


 ……て。


「ド馬鹿『共』ってことは俺も入ってるのか!?」

「当然だド間抜け」


 ……ド間抜け……。


 俺がショックを隠せないでいると、ふと鬼がベッドから降りた。

 鬼は瑞葉と対峙するように間合いを取る。


「オ前ハ……何者ダ?」

「寄生虫に名乗る筋合いはない」

 挑発とも取れる瑞葉の発言に、それでも鬼は笑みを浮かべた。

「オ前ガ言エタコトカ?」


 ……?


「お喋りな虫だな。とっとと失せろ」

 瑞葉はそう言い放って右腕を前にかざした。

 するとその腕は急速に形を変え、人間のものとは到底思えない異形の腕へと化す。


 それに驚いている暇もなく、

「ハハハッ」

 今度は鬼が高笑いを上げてその腕を瑞葉のほうへと伸ばした。

「!!」

 鬼の腕は植物のつるのようなものと化して瑞葉の腕に巻きついた。

 瑞葉はそれを引きちぎろうと腕を引いたが、しなやかで丈夫そうなその蔓はびくともしない。

 それどころかミシミシと音を立てて彼女の腕を締めつけ始めた。

「……ッ!」

 彼女の顔が段々と険しくなっていく。


「瑞葉!!」

 駄目だ。声は出せても身体が全く動かない。

 さっきの紅茶に何か仕掛けがしてあったんだろう。

 なんでグイっといっちゃったかなあ俺!?


 が。

「……こ、のクソがッ!!」

 綺麗な顔に不釣合いな罵詈を彼女が吐いたかと思うと、その異形の腕が僅かに肥大化する。

 と同時に絡んでいた蔓が音を立てて千切れ、弾けた。

「――何!?」

 鬼は驚いて一歩後退する。

 千切られた自らの腕を見下ろし、

「……何故ダ。土ノ匂イガスルノニ」

 そう呟いた。


「身の程を知れよ、木偶が」

 瑞葉はトドメといわんばかりに鬼の懐へと飛び込む。

 その大きな掌で鬼の顔を掴もうとしたその瞬間――

「!!」

 ふと鬼の姿が元の木村先生のそれに戻った。

 糸の切れた人形のようにその場に崩れる先生の身体。

 瑞葉はそのまま彼女の下敷きになった。

 そして。

「待てこのッ!」

 彼女の身体から抜け出たらしい鬼は瑞葉を嘲笑うように天井に張り付いてから、保健室の窓ガラスを派手に割って外へと飛び出していった。



 静まり返る保健室。

「――ッ、逃がした」

 瑞葉のいかにも不機嫌な舌打ちと声がぽつりと響く。

「あ」

 気がつけば、俺の身体に自由が戻っていた。

 ぱっとベッドから起き上がり、瑞葉と木村先生の下へ駆け寄る。

 すると瑞葉が面倒くさそうに木村先生を押しのけて起き上がるところだった。


「な、なあ、木村先生はなんだったんだ? さっきの鬼にとり憑かれてたのか?」

 ごろんと床に倒れている木村先生は、穏やかな顔で眠っている。見る限りではいつもの先生だ。

「大方仕事中にヘマでもしたんだろ。最近の輩は精霊も持たずに単体で動くからこういうことになる」

 瑞葉はまるで木村先生を叱咤するようにそう吐き捨てた。

「仕事中にヘマ? 精霊?」

 さっきから分からないことばっかなんだから分かるように説明してくんないかな。

「知りたいんならこの女に直接聞けこのアホ」

 瑞葉はそう言ってどかりと手近にあった先生専用の椅子にふんぞり返った。

「アホってなんだよアホって!!」

「わざわざ忠告してやったのにとっとと帰らないバカをアホと呼んで何が悪い」

 ……忠告?

「――あ」

 放課後、俺の机の上に置いてあったメモ。

「『早く下校しろ』って、あれお前のメモだったのか!?」

 彼女は無言でくるりと椅子を一回転させた。

 無言ということは肯定なのだろう。

「なんであんなメモ……。お前、先生が鬼に憑かれてるって前から知ってたのか?」

「憑かれること自体珍しいことでもなんでもない。特にこの女に憑いてた木鬼は人に寄生するのを好むからな」

「ええ!?」

 それってヤバくないか!?

「まあ、木鬼には害意のない奴らが多いし、しばらくして飽きたらすぐに出ていくような奴らだから特に気にしてなかったんだが」

「だが?」

 促すと、瑞葉は俺を鋭い視線で射た。

「お前があの鬼に興味を持たれちまったせいでこんな面倒なことになったんだ」


 ……なんだそれ。


「っていうかなんだよ! 俺が悪いみたいな言い方すんなよ!」

「別にお前の存在を否定してるわけじゃねえよこのタコ。だからわざわざ早く帰れって忠告してやったんじゃねえか」

 ……う。

「で、でもなあ!? 名前も理由も書かれてないのにいきなり『早く下校しろ』なんて言われても」

「口ごたえすんな」

 ギロリと、すごい勢いで睨まれた。


 ……なんか今の瑞葉、言葉からして乱暴だけど、それにしてもちょっと機嫌悪すぎるんじゃないか?

 鬼に逃げられたのがそんなに悔しかったんだろうか。


 そんな時。

「……――ん?」

 床に倒れていた木村先生の目が、うっすらと開いた。

「……あら?」

 緩慢な動きで、先生は上体を起こす。

「先生、大丈夫っすか?」

 思わず声を掛けると、彼女はゆっくりと俺を見、瑞葉を見、倒れたドアと割れた窓ガラスという悲惨な保健室の状態を見回した。

「……あー。やっちゃったか」

 そしてがっくしとうなだれる先生。

 ていうか先生、胸の谷間が見えてま

「ぶッ」

 横から側頭部を蹴飛ばされ俺の身体はずしゃりと床に突っ伏した。

 蹴ったのは他でもない瑞葉だ。

「この色ボケが」


 ……なんか、瑞葉、まじで、怖い。


「おいそこの巨乳。一応何があったか説明しろ」

 養護教諭とはいえ仮にも先生を『巨乳』呼ばわりする瑞葉に、それでも彼女は笑って答えた。

「あははー。瑞葉さんなら大体察しがついてると思うけどバイト中にちょっとトチっちゃったみたいで、鬼に身体を乗っ取られたのよねー」

 やけにざっくばらんな感じだが、先生と瑞葉は親しいんだろうか?

「これに懲りたらせめて妖の1体くらい引き込んでおけ。自分の始末は自分でつけろ」

 瑞葉は偉そうにそう言うと、椅子から立ち上がった。

「はいはい分かりましたー。てことはあの木鬼は瑞葉さんがやっつけてくれた感じ?」

 彼女の問いに、瑞葉はピタリと動きを止める。

「……あら? もしかして逃がしちゃったか」

 すると瑞葉は先生に向かって怒り始めた。

「お前の身体が邪魔だったんだよ! 特にその無駄にでかい胸!!」

「あははー、瑞葉さんだってあと数年すればもうちょっと大きくなるわよー」

「余計なお世話だ!!」


 ……うーん。

 確かに瑞葉はまだ発展途上な気がす


「ぐへふッ!?」

 なぜか再び蹴飛ばされる俺。


「――とにかく。あの鬼が調子に乗る前に片付ける必要がある。そもそもお前のヘマが原因なんだから協力してもらうぞ」

 瑞葉は木村先生にそう言い放った。

「瑞葉家のお姫様にそう言われたら仕方ないわねー」

 やれやれといった感じに先生も立ち上がる。


 そんな2人をぼけっと床に倒れたまま眺めていると

「おい久城。お前もだ」

 ガシリと瑞葉に首根っこを掴まれた。

「……は?」

 そのまま無理やり立たされる。

「あの鬼は恐らくお前を狙ってくる。無闇に探すよりお前をエサにしたほうが早い」


 ふーん……

 って!!


「ふざけんな! エサってなんだよエサって!」

「エサはエサだ。つまり囮」

「それくらい分かってるよ! なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだよ!」

「お前にも落ち度はあるからな」

「知るかッ!」

「久城のくせに生意気だ」

「どっちが生意気だよ!?」

 ガミガミ喚いていると。


「あーあーもう、駄目よ瑞葉さん。お願いごとをするときは、ちゃんとそういう態度を取らないと」

 さっきまで鬼に身体を乗っ取られていたというのに、木村先生はやけに落ち着いた様子ですっと俺の前に出た。

 そして。

「ねえ標君……今回だけ私に免じて協力してくれないかしら」

 どこか潤んだ瞳で俺の顔を覗き込み

「お・ね・が・い」

 耳元で、甘くそう囁いた。

「……!」

 耳朶にかかる優しい吐息に思わず背筋が震える。


「……う、ういっす……」

 流れで返事をしてしまうと

「フフ、良い子ね」

 先生は俺の頭をも軽く撫でた。

「く、くすぐったいですって!」

「あらやだ照れてる? かーわいー」


 ああ俺もてあそばれてる!?

 ……って!


「……………」

 ギロリと。

 瑞葉の、生ごみを見るかのような視線が痛い。刺さるほど痛い。


 けれど先生はそんな彼女にたじろぐことなく

「さて。流石に今日は向こうも警戒して仕掛けてはこないでしょう。このまま解散でいいかしら?」

 そう提言する。

「いや、それは……」

 瑞葉が慌てたように何か言いかけたが

「ん? 何か問題があるの? 出来ればこの保健室、今夜のうちに修復しておきたいんだけど」

 木村先生の言葉に瑞葉は渋い顔をしつつ

「……別に」

 そう吐き捨てて、保健室を出て行く。

「あ、おい瑞葉!」

 俺が呼び止めても彼女は立ち止まることなく、すっと廊下の闇に消えていった。


「行っちまった……」

 結局、この事態がなんだったのか彼女の口から1つも説明を受けていない。

「ふふ、巻き込まれちゃったわねー」

 傍らの先生がどこか面白そうにそうこぼしながら、流しに置いてあったゴム手袋をはく。どうやらガラスの破片を片付けるらしい。

「先生、瑞葉のことなんか知ってるんすか?」

「ん? そうねえ、知り合いってわけじゃないんだけど瑞葉家っていうとこの辺り一帯のアレだからねえ」

「アレ?」

「そう、アレ。私みたいなフリーランスでも一応気を遣うのよねー」

 手際よくちりとりで破片を片付けていく先生。

 俺も慌てて掃除道具入れからモップを取り出し、自分がこぼしてしまった紅茶を拭く。

「フリー……って、なんすか?」

 俺がそう尋ねると、先生は心底驚いたように目を丸くした。

「あれ。久城君知らないの? まったく?」


 いや、何を知らないのかも俺はさっぱり分からないんだけどね?


 俺のぼけっとした様子から何かを悟ったのか、先生は少し難しげな顔をした。

「……なるほど。君は覚醒型なわけね」

「はい?」

「まあその辺りはどうでもいいか」

「いやよくないっすよ、なんすか先生まで瑞葉みたいに」

 すると彼女はくすりと笑った。

「教えてくださいよ、気になるじゃないっすか。さっきの鬼といい瑞葉の腕のことといい」

 俺が懇願すると、そうねえと先生は少し逡巡してから俺に告げた。

「私はフリーの何でも屋、瑞葉さんは桃太郎ってとこね」

「はい?」

「そのままの意味よ。最近公務員のお給料も減りに減ってるからねえ、内緒でバイトしてるの」

「バイト?」

「軽い除霊とか、たまに恋占いもやるわねー。あとはその手の仲間に情報を売ったりとか」


 そ、そっち系のバイトですか。


「で、瑞葉さんは生粋の桃太郎。鬼を退治するのがお勤めってことねえ。……まあ彼女の場合あれだけど……」

「さっきからアレアレってなんなんすかもう!」

「そんなに気になるの? もしかして久城君、瑞葉さんみたいな子が好みとか?」

「そ、そんなんじゃなくて!」


 俺が赤面して吼えると、先生はさらに可笑しげに笑うだけだった。

 ……恐るべし木村先生。普段から男に囲まれてるだけあってあしらい方に隙がない。


「今日はもう遅いから帰りなさい。気をつけて帰るのよ」

 有無を言わせぬ強引な笑顔で見送られ、俺はしぶしぶ学校を後にした。


更新遅くてすみません。ぼちぼち進めていきたいと思います。読んでくださっている方々、ありがとうございます。

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