E8-7:廃墟にてⅣ
その爆発は一瞬だった。
爆風で、部屋の壁は随分と破損していた。
あたりは塵だらけで白煙が上がっている。
俺の身は、どうやらセキが守ってくれたらしい。俺の傍らに、小鳥の姿の彼女が力なく倒れていた。
こんな惨状を、前にも一度、俺は見たことがある。
瑞葉の身体が人形のように転がるのを、俺は見ている。
――けど、今回は違った。
煙が晴れると、そこにあったのは半壊した鬼と、佇む人影。
棘のように鋭利で、歪なシルエット。
右腕は完全に鬼のもの、右半身もほぼ鬼の外皮に覆われている。
今、彼女の身は、その半分以上が異形と化していた。
「……そこまで来れば時間の問題、だな」
部屋の隅にいつの間にか退避していた土耶が、感情のない声で言った。
すると彼女はその声に反応するかのように、その巨椀を土耶のほうへと伸ばした。
「綴様!」
スーツの女が土耶を抱えてその腕をかわす。
その時、瑞葉の赤い右眼が、一瞬俺を見た気がした。
「……ず、は」
手を伸ばしたいのに、身体がひとつも動かない。
「――――」
瑞葉は背を向けて走り出した。
爆風でへしゃげた入口を風のようにくぐり抜けて、その姿は一瞬で見えなくなった。
** *
廃墟のホテルを望む山中。
すっかり腰が抜けて動けないでいる愛華を愛子が介抱していると、廃墟から爆発音が上がった。
「こ、今度は何―!?」
すっかり臆病になっている愛華は愛子の腕にひしっと捕まる。
尋常じゃない事態に愛子も押し黙っていると、廃墟から黒い影が飛び出した。
「!?」
その異形は、まるで建物から逃げだすかのように跳躍。
図らずしも、愛子と愛華の前に現れてしまった。
「~~~~ッ!?」
恐怖が最高潮に達した愛華は一瞬で気絶した。
「……お、鬼……!?」
血の気が引いていくような感覚の中、愛子はそれを凝視した。
鬼も彼女を凝視する。
右の赤眼は、凶悪に彼女を睨みつける。
少しでも隙を見せれば、襲われそうな緊張感。
愛子の心拍数は限界に達していた。
その時、林の中でキラリと白いものが一瞬光った。
鬼はそれに反応するかのように、愛子らから注意をそらした。
ザッと茂みを駆けていく鬼。
その一瞬の横顔に、愛子は既視感を覚えた。
** *
静まり返ったリネン室。
「……零、追うぞ」
「御意」
土耶と女の声だけが、遠くで聞こえる。
……ああ。
結局俺は、また。
また、何も、出来なかったのか。
「…………」
身体はひとつも動かないのに、涙だけは流れるらしい。
「……綴様!」
聞こえていた女の声が一段、張りつめた。
次の瞬間、地面がガタガタと揺れ始める。
何が起こっているのか分からない。
ただ、聞こえたのは
「このままでは崩れる恐れが。早く脱出を」
「……、この鬼もしぶといじゃないか」
そんな2人の会話。
「あれはどうされます」
「……見捨てるのも救いだろう」
それきり、2人の気配は消えた。
しばらくすると揺れが収まった。
代わりに、重い足音が迫ってくる。
濁った視界に映ったのは、あの黒い鬼だった。
さっきの揺れは、こいつが再生するときに発生したらしい。
鬼の爪が、ゆっくりと俺に迫る。
身体が動かない以前に、抵抗する気力すら起こらなかった。
……終わるのか。
そう、思ったとき。
「――くたばるのはまだ早いだろ?」
俺の前に、その人は現れた。
白い刃のようなもので、その人は鬼の腕を斬り落とす。
不完全な再生だったのか、それだけで鬼は再びボロボロと崩れ始めた。
上がる土煙。
それを背に、その人は凛と2本の足で立っていた。
幻かと、思った。
けど、見間違うはずがない。
「……月子、先生……?」
ボロボロの俺を見て、彼女は複雑に微笑んだ。
** *
おもむろに、小夜はソファーから立ち上がった。
食器を片づけていた闇里に、ただ一言彼女は告げる。
「行くわ」
その一言で、闇里はすべてを理解した。
「…………」
物憂げに俯く彼の前を素通りし、小夜はベランダへと出る。
湿った空気をはらんだ夜空。
風に、不穏な気配がいくつも混じっている。
「……もう集まりかけてる」
強大な鬼の気配につられて、小さな鬼たちが集まってくるのだ。
「残念だったわね、闇里。あんたは別の結末を期待してたんでしょうけど」
背後にいる弟に、彼女は語り掛けた。
「……期待、というか。僕は運命だと思っていました」
闇里の声は低い。
彼は茨乃によく懐いていた。
小夜が鏡に封じられていた間も、闇里だけは茨乃の父に無害と認められて、小間使いのように茨乃の世話をしていたのだ。
「あんたの直感もたまには外れるってわけね。あのガキはまだ早すぎたのよ」
――この事態があと数年先だったなら、あるいは。
そんな仮定に思いを馳せたことを馬鹿らしいと笑い、小夜はベランダの柵の上に立った。
「……さて、役目を果たしに行きましょうか」
ご、ゴールは見えているのに道のりが遠い……
遅筆ですみません、ありがとうございます(涙)。