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E8-5:廃墟にてⅡ

 セキの力を借りた拳は想像以上の破壊力で、主はもちろん、周りにいた霊も巻き込んで吹き飛ばした。

 一瞬で訪れた静寂。


 けど、俺がもっと驚いたのは

「…………」

 瑞葉が目を丸くしていることだった。


「……どーだった? 満点?」

 ついに左足に力が入らなくなって、その場にずるりとしゃがみこむ。

「……ああ、想像以上だ」

 瑞葉は何とも言えない表情で苦笑すると、俺と目線を合わせるように膝をついた。

「……ほんと、お前はよくやったよ。あの時に比べたら随分成長した」

「あの時?」

 ――あの時って、どの時?

 そう尋ねる前に、瑞葉の手が自然と伸びる。

 そのまま俺の頭に乗せるのかと思えば、右腕を伸ばしてしまったことに気づいたらしく、瑞葉は気まずげに手をおろした。

「…………褒めてくんないの?」

「……!」

 つい口をついて出た、挑発にも近い『おねだり』に、瑞葉は面食らったような顔をしたが

「…………ガキかよ」

 観念したのか左手を伸ばして俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「へへ」

 思わず笑いがこみ上げる。

「頭撫でられたくらいで嬉しそうにすんな!」

 瑞葉は赤くなって吠えたが、そうは言われても、嬉しいもんは嬉しい。


「……で、立てそうか?」

 咳払いをしながら瑞葉が立ち上がる。

「んー、まだ無理っぽい。これって時間が経ったら治る感じか?」

「だろうな。けどさっきの主の呪いは短時間じゃ解けないだろ」

 ……わー。呪いなんだ、これ。

「じゃあしばらくここで座ってるしかないかー。……頼むから置いてくなよ」

 一応念押しで瑞葉に言っておく。

「……わかったよ、ったく」

 彼女も待ち時間に付き合ってくれるらしく、もう一度その場にしゃがみこんだ。


 しばらく、そんな穏やかな時間が続くと思っていた。

 ……けど、そいつらは急に、現れた。



 ** *

「……ねえ、一体どういうことなの!? なんでこんなことになってるの!?」

「こっちが知りたいですよ! いいから黙っててくださいよ副会長!」

 木の陰で、2人の少女がコソコソと喚き合っている。

 彼女らの視線の先には、古びた廃墟がある。

 随分以前に廃業したラブホテルだ。

「つ、つづる様にまさかこんな性癖があったなんて……うっ、私気を失いそう……」

 大げさに頭を抱える瀬戸愛華。

「ちょ、こんな林ん中で倒れないで下さいよ!? 流石の私もこんな山道副会長負ぶってなんて帰れませんからね!?」

 愛子は本気で吠えた。


 なぜ彼女らがここにいるかというと、愛華のただの思い付き――学校を休んだ生徒会長宅に押し掛け、無理やりお見舞い&看病をする――目的で愛子を巻き込み会長宅を訪れたところ、病に伏しているはずの土耶綴本人が付き人の女性を連れて外出するところに出くわしたのである。

 その様子が気になって尾行したら、こんな辺鄙なところまでついて来てしまったというオチだ。

 しかも、2人が入っていったのがラブホテルの跡ともなると、ことは尋常ではない。

「……副会長、もう帰りません? 時間も遅いですし……帰り道やばいですよマジで」

「け、けどぉー! やっぱり気になるじゃない!」

「じゃあ後ついて入ります?」

「い、いや! 見たくないわ!」

「じゃあ帰りましょ」

「ええッここまで来てそれもちょっと……ああんでもやっぱり怖いわ!」

「~~……」

 行ったり来たりの愛華の優柔不断さに、散々連れまわされている愛子の堪忍袋は限界を迎えた。

「ああもう! 行くか行かないかハッキリしなよ! 大体あんた、自分が心底惚れてる相手のこと信じてないわけ!? あんだけ言っときながらあんたの気持ちってそんなもんなの!?」

 ……言ってしまってから、つい地の口調で叫んでしまったことに気づく愛子。

 愛華のほうはというと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 愛子はしまったと我に返ったが、自身の裏稼業について愛華は知っているはずだった。それを思えば、今更口調が荒くなろうが問題はない。

 けれど愛華は相当肝を冷やしたのか、

「……愛子ちゃんこわい」

 そう呟いて木の陰に隠れた。

「こわいって何さこわいって! さあほら、ここまで来たんならとっとと行くよ!」

「きゃあ! ちょっと引っ張らないでー! まだ決心がーー」

 そうこうしていると。

「!?」

 突然、あたりの音が静止した。

「……な、なに?」

 木のざわめきも、鳥や虫の声もすべて、音がなくなる。

 時間が止まってしまったのではないかと錯覚するほどの静けさだ。

「……あ、愛子ちゃん、なんかここ気味悪くなってきてない? やっぱり帰ろ……?」

 愛華がついに折れてその場にしゃがみこんだ。

「…………」

 愛子には霊感なんてものはない。

 けれど、妙にどす黒い気配を、あの廃墟から感じ取った。

 以前踏み込んだ洋館と似た空気――いや、それ以上の嫌な気配だ。

「……何が起こって……」

 けれど愛子の足も動かなかった。

 まるで本能が、あの建物へ向かうのを止めているかのようだ。

「…………本気でまずいってか……」




 ** *

 地から盛り上がるように現れたのは、粘土の作り物のような子鬼たちだった。心鬼と形は似ているが、完全な実体を持っている。

「なんだこいつら!? こいつらもここにいたのか!?」

「…………」

 瑞葉は答えず、ひどく冷めた眼をした。

 無言で鬼の腕を顕現させると、手近な鬼を殴打する。

 鬼は声を上げることなくバラバラと砕けた。

 しかし

「……!」

 砕けたそれは、地に落ちるとすぐに破片が集まって、再度鬼の形を形成する。見た目だけじゃなく性質まで粘土らしい。

「小賢しい手を使ってくるんだな。器の底が知れるぞ」

 瑞葉はそう悪態づいた。

「出て来いよ土耶」

 瑞葉がそう呼ぶと、廊下の暗闇から人影が現れた。

「――こんな場所で男と逢引とは、瑞葉のご令嬢もなかなか良い趣味をお持ちのようだ」

 冗談めかしたセリフに、一切の感情は篭っていない。

 突然の来訪者に俺はただ茫然としたが、瑞葉は驚いてすらいなかった。

「そろそろ動くと思ったよ。遠部の一派が鞍替えしたと聞いた。……私には関係ないが」

「耳が早いな。君はとうにお父上から見放されているものだと思っていたが」

「事実だよ。だからお前はここに来たんだろ?」

 瑞葉と土耶の会話に入り込むすきもない。

 なんだって瑞葉はこんな奴と悠々と喋ってるんだ!?

「話が早くて助かる。で、どうだ。鬼になる覚悟はできたのか?」

「おい!! 勝手に話進めんな!! 瑞葉は鬼になんかならない!」

 するとようやく土耶は俺のほうを見た。

「君が何をしたところで回避策はないだろう。既に彼女は鬼と同化していて、浸食されている。むしろ、そうだな。彼女の中に鬼がいるからこそ彼女は今、生きながらえているんじゃないか?」

「…………」

 瑞葉は何も言わない。ただ、土耶に問いかけた。

「ひとつ訊くが。お前はそこまでしてこの地をそんなに手にしたいのか?」

「俺が手にしたいのは支配じゃない」

 土耶は即答した。

「古い家に生まれ、そのしがらみを疎む君には分からないだろうな。俺には任された責任がある」

「健気なことだな、土耶。そこまで縁組先に尽くすのか? 先代の一件で既に神木の旧家の心は土耶から離れている。これから先お前がどう足掻いても未来はないだろ」

 瑞葉が挑発にも近い言葉を投げると、土耶は笑った。

「君も遠部と同じことを言うんだな。俺は土耶家に囚われているんじゃない。この『力』にだよ」

 土耶の掌から、泥のようなものが溢れだす。

 それらは地に落ちると、子鬼の形を成して這いずった。

「君は生まれるべくして瑞葉家に生まれたのだから、覚醒型の苦労は分からないだろう? 霊能者に縁遠い地の、何の変哲もない家庭に生まれた俺は、この力のせいで気味悪がられてそれはもうひどい扱いを受けたよ。だから、後継者として俺を引き取ってくれた先代には感謝している。俺に居場所を与えてくれたという点ではな」

「……結局お前もこの地に縛れるんだな」

 瑞葉が呟くと、土耶は首を振った。

「この地が俺の居場所だ。けどお前たちとは違う。この地の古い権力者は今の神木の状況をよしとして胡坐をかいているだけだろう。俺は土鬼を復活させて、かつての結界の代わりにする。精霊と鬼のバランスを保ち、この地に平穏をもたらすんだ」

 しかし瑞葉も首を振って否定する。

「……土耶。お前のしようとしていることはエゴだよ。結局お前は、お前なしでは回らない世界を作りたいだけだ。……かつての土耶の先代と同じ思想だ」

「……!!」

 それを聞いた途端、土耶の顔色が変わった。

 それまではあくまでも冷めた表情だったものが、一気に人間らしくなっていく。

「……俺が、あの男と同じ、か……。……やっぱりそうなのかよ」

 困惑と落胆、そして激情。そんな感情を土耶は初めて露わにした。

「……もういい。誰にも理解してもらえないんだな。言っただろう、俺は土耶家に忠義を尽くしているんじゃない。むしろ人間としてのあの男は大嫌いだった。あんな男と一緒にされるのは御免だ」

 土耶の鋭い目に、一瞬狂気が混じる。

「あいつと俺、何が違うか今から示そう。瑞葉茨乃、お前が未来を見ることは叶わないだろうがな」

 土耶が腕を上げる。

「――――来い」


先月更新できなかったので、近日次話アップします。クライマックスに向けて転がりますよー。

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