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E8-4:廃墟にて

 日もすっかり暮れ落ちた夜。

「遅い」

「わりい! バーコードに捕まっちまったんだよ!」

 マンションのエントランス前で仁王立ちしている瑞葉に俺は早速頭を下げた。

「何時とかって言ってなかったじゃん? だから早めに出ようと思って掃除さぼろうとしたらちょうどそのタイミングでバーコードと出くわして……」

 うだうだと説教された上に罰として備品倉庫の掃除をさせられてしまったのである。

「……あのハゲー、用事があるって言ってんのに信用しねえし……」

「日頃の行いのせいだろ。まったく……」

 瑞葉はため息を吐いてから歩き出した。

「あ、おい、もう行くのか!?」

 一応いろいろ準備は持ってきてるけどバタバタしたせいでまだ心の準備が出来てないんだけど!?

「しばらく歩く。ついてこないと迷子になるぞ」

「ええ!?」

 迷子になるって一体どこまで歩く気だよ!?



 案の定、瑞葉の『しばらく』は相当な距離だった。

 郊外にさしかかり、周りは林でより真っ暗。木の根っこのせいか道の舗装もガタガタで足元も悪い。

 確かこの道路は昔の国道だったはずだが、歩行者はもちろんのこと車の1台すら通らない。

「……なんか俺、着く前にへばりそう」

「軟弱」

 一方の瑞葉は慣れたようにてくてくと歩いていく。

「瑞葉、疲れねえの?」

「別に」

 彼女は短く答えてただただ進む。

「……」

 足を止めると本当に置いて行かれそうなので、とりあえず彼女を追いかける。


 それからしばらく道路を歩いていると、右手のほうに建物の影が見えてきた。

 暗くてよく見えないが、まったく明かりが点いていないところを見ると廃墟らしい。

 瑞葉はそちらのほうへと歩いていく。

「ここだ」

 その建物の敷地の入り口付近で瑞葉は立ち止った。

 テーマパークのような、まさに入口然としたアーチ状の門が寂しげに構えている。

 その奥に佇む建物は、そこそこ大きなコンクリート製のもので、窓の数から部屋が複数あるのが見受けられる。

 けれどアパートなどではなさそうで、どちらかというと宿泊施設。

 ……ていうか。言ってしまうと。

「瑞葉、ここってラ」

「モーテル」

「いや、ラブ」

「モーテルだ」

 瑞葉はそうやって否定するが、それが否定になっていないことを悲しいかな俺は知っている。

「日本では、連れ込み宿のことをモーテルと呼ぶ妙な文化があるそうですね。今では死語に近くなっているそうですが」

 頭の上のセキが言った。

「…………」

「…………」

 つーか『連れ込み宿』が一番直接的な言い方だよな。

「ここがなんだろうがどうでもいい。ここは随分前に潰れたホテルなんだが」

 ホテルって言っちゃってるよ瑞葉。

「昔からどうにもろくでもないものが集まりやすくてな。たまにガス抜きが必要な場所なんだよ」

「……へえ。じゃあ瑞葉は、ここには何度も?」

「変な目で見んな! 仕事だ!」

 ……とか言いながら少し取り乱している彼女が面白い。

 でも、まあ。確かにここはあんまりいい場所ではなさそうだ。少し頭痛がする。

「……ほんと、ある意味ムードのある場所だな」

「言った通りだったろ。とりあえず今日は中の霊を祓う」

 ……んん?

「霊を祓うってどうしたら? 俺お経とか読めないよ?」

「んなもん習わせた覚えはねえよ。ここに集まってくるような霊は意識のない、脆い存在だ。それこそ心鬼みたいに殴ってやりゃあ消える程度のな」

「お、おお! じゃあ早速このグローブの出番ってことだな!」

 既に身につけていた例のグローブをかざす。

「別にそれでもいいし、他のもんを使ってもいい。霊を祓うのに必要なことは、見えているか見えていないかだ。見えない奴が偶然霊を殴ったとしても、それは殴ったことにはならない」

「へえ、そうなのか」

 知らなかったな、それは。

「行くぞ。お前の今の実力を見せてみろ」

 瑞葉が建物の扉のほうへ歩いていく。

「よーし、見てろよ!」

 気合を入れて、俺も後に続いた。




 建物の中は、意外にもかなり整然としていた。

 通る部屋通る部屋、ベッドはもちろんのこと家具などは一切残っていない。

 このホテルのオーナーはわりとしっかりしていたのだろう。綺麗に出ていっている。

 ……別に何かを期待していたわけではないけどね!?

「もっと想像を掻きたてる器具などを期待していたのですけどねー。残念です」

「お前が言うなよ!」

 セキの独り言に思わず突っ込んでしまった。

「おい。ここからが本番だぞ」

 瑞葉が俺たちをたしなめつつ、急に立ち止る。

 その先にはひとつのドアがあって、プレートには『リネン室』と書かれている。

「……リネン室ってなんだっけ」

「シーツとか保管しとく場所。ここがこの建物の中で一番濃い。理由はまあ、よくある話なんだが、ここで首を吊った従業員がいて」

「あ、うん、いい。そういう話はいい。とりあえず、ここに集まってる霊をどうにかしたらいいんだよな?」

 ホラーな話はノーサンクス。

 意を決して、ドアノブに手をかける。

 …………ああ、でもやっぱり足が微妙に震えてきた。

「お前、結構ビビリだよな」

「武者震いだよ!」

 ったくもう! かっこよく行かせてくれよ!

 ドア開けるタイミング逃したじゃん!

「……別に見栄張らなくてもいいのに」

「見栄張ってるわけじゃねえけど!」

 言ったら軽く鼻で笑われた。

 が

「……実を言うと私もあんまり霊は得意じゃない。だから別に強がらなくていい」

 瑞葉がほんと急に、そんなことを優しく言うもんだから、

「……じゃ、じゃあなおさら俺がビビるわけにはいかねえだろ」

 思わずそんなセリフを吐く。

「……」

「……、……!」

 言った後で超恥ずかしくなって、勢いでドアを開けた。


 リネン室の空気は、明らかに淀んでいた。

 こりゃあ確かに、『ガス抜き』とやらが必要だろう。

 悪意というよりも失意に近い、重苦しい空気が頭上にのっかっていて、気を抜くとすっと気絶しそうだ。

「少年、いますよ」

 セキの忠告に、気合を入れ直す。

 前方、スチール製の棚の奥に微かに人型をした何かがいる。

 それは緩慢な動きで、ふとこちらに気づくと、

「!!」

 まるで野球ボールのように飛びかかって来た。

「うぉっとぉ!?」

 構える前に反射的に避ける。

 無様に避けた俺とは対照的に、瑞葉は無駄のない動きで軽く後退していた。

「こいつらは心鬼と違って動きが速い。うまく立ち回れ」

 うまく立ち回れって、それアドバイスになってないよ!?

「わっ」

 油断するとすぐにボールのように飛んでくる。

 なんというか、既に人型ではなく火の玉に近いというか。

「……っ、これじゃ拳が当たんねえな!」

 どうするよこの状況。まさか相手がこんなボールみたいなのとは思ってなかったし。

 今手元にあるのは先生から追加で貰った属性護符、わら人形、式神セット。

 駄目だ、どれもこの状況には向かない。

 ……ボール、ボール、ボールっつったらもうバットしか思いつかねえよ!

「!」

 視界の端につっかえ棒のようなものが転がっているのが見えた。少し細いが仕方ない。

「よッ」

 ボールをかわしながらなんとか棒を手に取る。


 式神の原理で、棒切れに気を流し込む。

 式神用の紙と違って気の伝導速度は遅いが、それでもはっきりと力が流れたのが分かった。


「きます!」

 セキの声が聞こえた直後、ボールが真っ直ぐに飛んでくる。

「あい、よッ!」

 手ごたえあり、だ。


 スカンとボールを打ち返すと、それは壁に当たって消滅した。

「ふむ、なかなかのスイングです」

「はっは、球技は全般苦手だけどバッティングセンターにだけは昔よく通ってたんだよ俺」

 今はいない野球バカの親父に少しだけ感謝する。


 ……でも、あれ? 他の霊の姿が見えない。

 こんなに濃い空気なら、もっといるはずなのに。


「……久城、上!!」

 見かねたのか、瑞葉が声を張り上げる。

 とっさに見上げると、

「!!」

 おぞましいほどの数の浮遊物がそこにあった。

 どれもこれも、同胞を打ち叩いた俺に敵意を見せている。

 …………吐きそうだ。


 当然、相手がそんな間を待ってくれるはずもなく、ひとつふたつと浮遊霊はボールの形になっていき

「……や、ばい」

 悪寒を感じる暇すら僅かで、数十ありそうなそれらが一斉に俺を目がけて降ってくる。

「ッ!!」

 必死に跳んで集中砲火を避けるも、奴らは本当にボールのように跳ね回るので、うちのいくつかが脚や腕に当たった。

「!?」

 存外に、痛みはない。

 けれど逆に、痛覚……いや、感覚がなくなった。

 霊に触れられた場所が徐々にだるく、重たくなってくる。

「ここにいる霊はほぼ怨念の塊です。触れれば毒でしょう」

「先に言ってくれよ!」

 くそ、左足が効かなくなってきた。

「多勢に無勢ならこいつだ!」

 ポケットに忍ばせていおいた式神を呼び出す。

 木村先生との試験でも突貫力を見せてくれたホオジロザメ君だ。こいつなら体積もでかいし、ボールが飛んできても俺の盾になってくれるはずだ。

 が。

「?」

 サメを前にした途端、ボールの形をとっていた霊たちが人型に戻っていった。

 まるでさっきのボール騒ぎが嘘のように静まり返り、整然としている。

 けどどうも、サメに恐怖を示したというわけでもなさそうだ。

「……まずいな」

 背後で小さく瑞葉がそうこぼした。


 一体何が、と問う前に、それは現れた。

「……、」

 ゆっくりと、天井から生えてきたというか、降ってきたというか。

 整然と並んでいる霊たちに敬われるかのように、そいつは堂々と俺たちの前に降り立った。

ぬしだ」

 瑞葉の言葉を聞く前に、本能的に理解した。


 他の霊よりも一回り大きく、纏う空気も黒ずんでいるそれは、恐らくこの場所の主。

 夜の静寂を邪魔しに来た俺たちに、どうやら制裁を加えるつもりらしい。


 ……ていうか、顔が怖え。

 どこのヤクザのおっさんだよって顔だ。


「想定外だ。ここは私が……」

 瑞葉が前に出ようとしたが、腕で制止する。

「今日は俺の、実戦だろ」

「……! けどお前、足……」

 確かに足が効かなくなってきてはいるが、この程度で退くのは男がすたる、

「いいから見てろって」

 根拠のない自信……虚勢かもしれないが、俺はそう言い切って瑞葉を後ろに押し戻した。

「サメ! 行くぞ!!」

 号令とともに、サメが主に特攻する。


 この霊に式神だけでは対抗できないのは十分承知だ。

 案の定、主はサメの突進を腕一本で止めた。


「散れ!」

 式神に指令を出す。

 サメは白い煙幕をまき散らかして霧散した。

 サメの体積が大きかった分、視界が一気に真っ白になる。


「セキ!」

 呼ぶと、セキが拳に舞い降りる。

 膨大で透明な気が腕に流れていく。


 視界はゼロ。

 でも気配は分かる。


「そこだッ!」


 晴れる霧、迎え撃つように現れた主の顔面に、精一杯の拳を打ち込んだ。


……毎度のことですが遅くなりました。この先、わたくしの気合とか終わらせる勇気とか色々なものと戦っていくのでより遅筆になるかもしれませんが、見守っていただけると幸いです。いつもありがとうございます。

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