E8-2:お見舞いプリンⅡ
ミニテーブルを挟んで、床に座る。
手持無沙汰なので早速プリンの箱を開け、向かいの瑞葉の前に1つ置く。
ポンポンのプリンは少し縦長の、牛乳瓶を模したボトル型だ。
「今日はずっと寝てたのか?」
「……まあ」
「よく寝れたか?」
「お前が入って来たのに気づかない程度にはな」
……すみませんでした。
「お詫びじゃないけどもうひとつプリンやるよ! 俺の分いいから!」
さらにもう1つプリンを瑞葉の前に押し出すと、彼女は妙に神妙な顔をした。
「どした? 冷えてるうちに食ったほうが美味いぞ? 朝から何も食べてないんだろ?」
「……いや、その」
どうも今日の瑞葉は歯切れが悪い。
「?」
よくよく彼女の視線の先を注視してみる。
視線の先は未開封のプリン。
「……あ」
そうだった。
「蓋、開けるな?」
言うと、彼女は申し訳なさそうに溜め息を吐いた。
ここのプリンの蓋はシール式で、恐らく今の瑞葉の腕じゃ力加減が難しくて開けた瞬間中身が吹っ飛ぶ可能性が高いのだろう。
身体を伸ばして再びプリンのボトルを手に取る。
シールをめくると、とてもやわらかそうな乳白色のプリンが見えた。
確かに美味そうだけど、ボトルの口が小さいせいでちょっと食べにくそうだ。
「――なあ瑞葉」
「なんだよ」
「手、貸そうか?」
「……は?」
瑞葉はいぶかしげに眉をひそめた。どういうことか伝わっていないようだ。
「いや、だからプリン食うの。腕使いにくいんだろ?」
「…………!?」
瑞葉が俺の提案の意味を理解して固まっている間に、俺はひょいと付属のスプーンの袋を破る。
そのままプリンを持って、彼女の隣にずいっと寄ってみた。
「!?」
たじろぐ彼女の逃げ場は背後のベッドで閉ざされている。
「遠慮すんなって」
俺は満面の笑みで、一口分のプリンをすくって彼女の前に差し出した。
……ふっふっふ。
これはこの間のアツアツたこ焼き地獄の仕返しでもあるのだー!
覚悟しろよ瑞葉―!
「……、」
「……」
…………て。
いや、なんか瑞葉が真っ赤だぞ。
赤くなりすぎて目までちょっと潤んでる、し。
なんかそんな反応されると逆にこっちが恥ずかしくなってきたというか、なんだか妙に心拍数が上がってくる。
妙な緊張で乾いてくる喉に、不思議な感覚がせり上がってくる。
叫びたいような、言葉にしたいような、でも声にはならないこの感じ。
……そうか。俺は嬉しい、のか。
こんな俺の馬鹿な行動で、彼女の心が動いてくれることが。
「……なに笑ってんだよ」
彼女が非難じみた視線を向けてくる。が、頬が紅潮しているせいでいつもの迫力はほとんどない。
というか、むしろ可愛い。
……なんて言えば間違いなく蹴り飛ばされるだろうからやめておく。
「まあそう恥ずかしがらずに食えって。瑞葉だって俺の口にぼこぼこたこ焼き突っ込んできただろ? 弁当だって食わしてくれたじゃん」
「……っ、するのとされるのとはまたべつんッ!?」
すまん瑞葉。押し込んだ。
このパターン、デジャヴを感じるなあ。
でもこれくらいしないと瑞葉は食べてくれそうにないしなあ。
まあ、今回はプリンだし、熱くないから大丈夫だよ、な……?
「…………」
そっと彼女の唇がスプーンから離れる。
……間近で見てるせいもあるがなんだかその動作にドキリとした。
「美味い?」
取り繕うように尋ねると、彼女は顔を隠すようにそっぽを向いた。
「……んな食べ方じゃ味しない! お前にやる!」
まるで拗ねたような言い方が可笑しくて、つい調子に乗ってしまう。
「いいのかー? ほんとに食っちまうぞ?」
「勝手にしろ!」
「じゃあほんとにもらうぞ? わーい、瑞葉と間接チューだー」
すると瑞葉が流石に吠えた。
「もう1個スプーンあったろ! そっちで食えよバカ!!」
振り返った瑞葉は想像以上に必死で、からかって悪かったかなと思った反面、キュンときてしまった俺はもうダメかもしれない。
……てか俺ってこんなにSっ気あったっけ?
むしろ今覚醒しちゃった?
なんだか自分でもよく分からないが、ここまで来るとさらに調子に乗ってしまうダメな俺がいた。
「ほーら、早く食べないと俺の口に入っちまうぞー?」
さらにすくったプリンをふらふらと宙で揺らす。
完全に小学生みたいな真似をしている俺に対して、普段なら冷静に突っぱねるはずの瑞葉も今日はなんだかむきになっていて
「ッやめろアホ変態かお前!?」
ばっと身を乗り出して腕を伸ばしてきたのだが
「!」
右腕を使うのはまずいと思ったのかとっさに引っ込めたせいでそのまま身体が衝突。
「う、ぉ?」
プリンとスプーンで両手が塞がっていた俺も腕で支えることが出来ずに、そのまま後ろにひっくり返った。
――どさり。
「…………」
「…………」
突然訪れた静寂。
さっきまでの戯れが嘘みたいに、俺も彼女も沈黙した。
思わず魅入られる、澄んだ漆黒の瞳がすぐそこにある。
距離が、近い。というかほぼゼロだ。
額をぶつけなかったのが奇跡なくらい。
身体にのしかかる彼女の重さがリアルで、昨日の抱擁とは全く感覚が違う。
……重みのせいか、緊張のせいか、少し、胸が苦しい。
俺の表情を読み取ったのか、瑞葉はすぐに起き上がろうとした。
ほっとしたのもつかの間、
「……ぅひゃあ!?」
予想だにしていなかった刺激に変な声を上げてしまった。
瑞葉の左手が俺の鎖骨を撫でたのだ。
「……、変な声」
瑞葉はしたり顔でくすりと笑ったのち、何事もなかったかのように座りなおした。
「…………」
やっぱだめだわ俺。瑞葉には敵わねー。
そうこうしている間にすっかり冷めてしまった紅茶を飲んでいると、瑞葉がふと切り出した。
「久城。明日の夜、家に来い」
……。
「よ、夜!? なんで!?」
思わず紅茶を吹きそうになった。
「変な想像すんな。前に言っただろ、お前の実戦は私が監督するって。明日お前を実戦向きの場所に連れてってやる」
……あ、なんだそれか。
「でも瑞葉、体調大丈夫なのか?」
「大丈夫だから誘ってんだよ」
まあ、彼女がいいっていうなら行くけど。
「あ、聞いてくれよ! 俺今日、先生に試験パスしたご褒美に霊体を触れるようになるグローブ貰ったんだ」
言うと、瑞葉は少し呆れたような顔をした。
「それ、喜ぶ奴なんていないだろ、普通。大抵そういうのを相手にする奴は術で対応するし、むしろ使いどころが難しいっつーか……」
「そうか? 俺は嬉しいぞ! だって実体化してない鬼とか殴れるわけだろ?」
「…………まあ、そうだな」
瑞葉は少し顔を背けた。
「?」
なんだろう。瑞葉の奴、なんか照れてる?
「んじゃあ、明日また来るからな。それまでちゃんと休んでろよ?」
立ち上がりざまにそう言うと
「お前こそ万全の状態で来いよ。練習とはいえ実戦だからな」
そんな忠告が返ってきて思わず苦笑する。
「もっとムードのあるとこに出かけたかったなあ」
「ある意味ムードのある場所だよ」
まあ、そうなんだろうけどさ。
本当に部屋を出ていく間際、俺はぴたりと立ち止った。
……大事なことを聞いていない。忘れていたわけじゃなくて、少しの間、意識しすぎないように、考えなかっただけ。
この部屋に入る前の緊張が戻ってくる。
無理に言わなくてもいい。このまま帰るのもありだ。
けど、確かめずにはいられないのも俺だった。
「……なあ、瑞葉?」
あえて振り返らずに声をかける。
「ん?」
瑞葉は自然に返してきた。
――よし。今言え俺。今しかないぞ覚悟を決めろ!
「昨日、俺が言ったこと、覚えといてくれな」
それだけ言って、脱兎のような気分で部屋を出た。
実際小走りになっていたかもしれない。
情けないことに、言い終えた後になって心臓が破裂しそうに暴れている。
けど言ったぞ俺、言ったからな!
昨日の俺の告白、念押ししたからな!
……彼女はちゃんと返事をくれるだろうか。
いや、別に期待をしているわけじゃないんだけど。
「…………」
くそ、顔が熱い。
「あれ久城さん? もうお帰りですか?」
リビングで闇里と出くわした。闇里は俺の顔を見るなりぎょっとする。
「お、お顔真っ赤ですけど大丈夫ですか? 具合悪いとか?」
「ち、違うよ! 邪魔したな! さらばじゃ! うははは!」
「え、あ、ほんとに大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だからー!」
半ば逃げるようにして、俺は瑞葉の家を後にした。
今話は前話と対なので早めに出したかったこともあり早めに更新しましたがほぼストックがなくなるという事態……。細い命綱です。
あとこの話の直後、標が部屋を出ていった後の茨乃さんの様子を簡単な2P漫画にしました。よろしければどうぞ↓(PC用サイトのページです)
http://akayane.iza-yoi.net/e8-2ss.html