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E8:お見舞いプリン

 案の定、瑞葉は今日も欠席で。

 昨日の疲れで俺は授業の大半を寝て過ごし、音楽の時間までも立ったまま居眠りしだした俺を逆に心配した教師が保健室で寝るように指示した。


「うん、まあ、そりゃあ疲れてるでしょうね」

 保健室に来た俺を見るなり、木村先生は笑顔でそう言った。

「昨日、あれから瑞葉さんのところに行ったんでしょう?」

「ええ、まあ……」

 くったりと先生の前の丸椅子に座る。

「で? 何かあったの? なかったの?」

 愉しげに笑みを含む先生に「なんもないですよ」と言いかけた矢先に

「ありました。それはもう大きな声で愛の告白が」

 どこから現れたのかセキが言った。

 先生は一瞬目を丸くしたが

「そう! ついにやったのね久城君!!」

 次の瞬間には大いに嬉しそうに俺の手を握ってブンブンと振った。

「せ、せんせ!?」

「いやー、いつするのかと気が気じゃなかったわよほんとにもー。今どきの子ってなんでそんなに探り探りなのかしらね」

 ……もしかして。

「先生知ってたんすか? 俺が瑞葉のこと好きなの」

「ブフッ!」

 ……先生、今ガチで吹きましたね。

「失礼。けど君の態度見て分からないほうが難しいわよ?」

 ……まじか。

「まあ良かったじゃない。それでその後どうなったの? 彼女のほうからは何もなかったの?」

 先生は嬉々としてそう尋ねてくるが

「い、いや、何もなかったっていうか、返事微妙だったし、普通に家に送り届けてきただけっすけど……」

「…………」

 先生が一気にしらけた。

「そんなガッカリしなくてもいいっしょ!? つーか何期待してたんすかそのカオ!」

「……ああ、うんそうね。君たちってなんていうか、もどかしい人たちだったわね……」

 しゃくしゃくと先生は頭を掻いた。

「ところで先生、俺今日瑞葉ん家に見舞いに行こうと思ってるんすけど、女子の見舞いの品って何がいいんすかね? やっぱ菓子系?」

 すると先生は再び目を輝かせた。

「ナイスガッツよ久城君! ちなみに見舞いの品なら駅裏のポンポンのプリンがおススメよ!」

「へー。じゃあそれにする」

「あそこのプリン、主婦にも人気だからねー、放課後だとちょっと危ないかも? いっそこのまま早退しちゃったら? 今日に限っては先生が許すわ! むしろ行きなさい!」

 先生、もしかして寝不足でテンション高いのか?

「……でもまあ、お言葉に甘えようかな……」

 どうせこのまま午後の授業に出ても余計に居眠るだけだろうし、それなら瑞葉の様子見に行ったほうがいいし。


 ……ごめん月子先生。

 俺は悪い子になりました。


「あ、そうだ久城君!」

 教室に鞄を取りに帰ろうとした俺を、先生が呼び止めた。

「昨日ハプニングがあって渡しそびれてたもの、今あげる」

 先生はそう言って、机の足もとから小さな紙袋を持ち上げた。

「それは?」

「ご褒美よ、ご褒美。この間言ったでしょ? マークを探しだせたらご褒美あげるって」

「……ああ!」

 そう言えばそうだったな! でもやっぱご褒美ってのは物なんだな?

「ふふ、もっとやらしいご褒美想像してた?」

「し、してませんよ!」

 ……いかん、やっぱり先生には筒抜けか。

「まあそういうのは瑞葉さんに譲るとして」

「や、むりっしょ」

 俺のツッコミを先生は華麗にスルーして、紙袋の中身を俺に手渡した。

 そのご褒美はというと。

「グローブ?」

 フィンガーレスタイプの、黒一色のグローブだった。

 今どきのものにしてはかなりシンプルだが、肌触りが滑らかで高級感がある。

「もちろんただのグローブじゃないわよ? 繊維に呪術式が細かく織り込まれていて、それをつけると、なんと! 誰でも霊体に触れることが可能になる代物よ!」

 ……え。

「す、すげー! 先生すげー! 俺こういうの欲しかった……んだと思います!」

「ふ、ふふ、そんなに喜んでもらえるなんて思わなかったわ」

 先生は逆にたじろいでいた。

「でもこういうのって高くないんすか? ほんとに貰っていいんすか?」

 言ってみればこれは、幽霊がこちらのものに触れられない理を逆の立場から可能にしてしまうものなわけで、そんな道具が安いわけがない。

「ああ、いいのよ。それ私が誕生日にかこつけて無理やり貰ったものだし」

「……は、はあ」

 ……あげた人、先生に貢いでないか? 大丈夫か?

「も、貰いますからね! 返しませんから!」

「はいはい。好きに使っていいわよ」

 先生がニコニコと送り出してくれるので安心して貰うことにした。




「よしよし、プリンもギリギリ買えたし、絶好調だな」

 先生が教えてくれたケーキ屋さんはやっぱり人気だったようで、プリンの在庫残り4つのところをギリギリセーフで購入することができた。

「それにしても嬉しそうですね。午前中死んだように寝てたくせに」

 セキが相変わらず突っついてくるが

「やー、だって良いもんも貰ったし?」

「あのグローブですか。そんな代物貰って喜ぶ人間も少ないと思いますが……」

「だってこれがあったらさ、……ほら、」

「?」

 えーと……なんだっけ。ほら。


『心鬼と違って邪鬼は実体化してないから、お前の拳じゃ届かないんだよ』


「そう、邪鬼も殴れるし。役に立てるだろ?」

「……まあ、そうですね」

 呆れるようにそれだけ言って、セキはぱっと俺の肩から飛び立った。

「おーい? お前一緒に行かないの?」

 空高く舞い上がっていく彼女。

「お邪魔でしょうから僕は先に戻ります。せいぜい紳士でいるように」

「はあ!? 俺はいつだって紳士だし!?」

 そんな声を上げていたら通りすがりの主婦に変な目で見られた。

 ……セキの奴……余計な気を回しやがって。

 1人じゃかえって瑞葉ん家に上がりにくいじゃねえかよぉ!!




 ……とまあ、泣き言を言っても始まらないのでしぶしぶ瑞葉のマンションまで1人でたどり着く。

 ていうか瑞葉、部屋にちゃんといるかな。


 相変わらず緊張しながらエレベーターで最上階へ。

 もともと住人が少ないのか、昨日も今日も全く他の住人と出会わないまま、目的地に辿りつく。


 部屋の前で深呼吸すること15秒。

「……よし」

 思い切ってインターホンを押そうとしたその時

「いらっしゃいませ久城さーん!」

「!?」

 ガチャッと目の前の扉が開いて闇里の笑顔が広がった。

「ま、まだ押してないのに……!?」

 あまりにも良いタイミングだったので心臓がバクバクしている。寿命縮んだぞこれ!!

「いや、ふと玄関前を通りかかったときちょうど久城さんの気配をドアの向こうに感じたので」

 悪びれもなく闇里は笑う。

 ……どいつもこいつも、俺の心の準備ができるまで待ってくれよ……。

「瑞葉いるか? 一応見舞いなんだけど……」

 手に提げていたプリンの箱を示すと、闇里の目がぱっと輝いた。

「あっ、ポンポンの袋ですね! 中身はやっぱりプリンですか?」

「お前も知ってるのか?」

 ちょっとびっくりして尋ねると、闇里はこくこくと頷いた。

「ええ! そこのプリン、昔から茨乃姫様のお気に入りだったんですよ。美味しいですもんねー」

 ……おお。先生ナイスチョイス……!

「姫様は今日は1日お部屋で休まれてます。どうぞ上がってください。お部屋まで案内します」

「え、い、いいのか?」

「訊いたら駄目って言われると思いますから敢えて訊かない方向でいきますね」

「あ、そう……」

 ……だいじょぶか? これ地雷踏むんじゃないか?


 リビングから続く段ボールの山の前を通り過ぎ、廊下の突当りが瑞葉の部屋らしい。

 まだ躊躇いがある俺とは違って、闇里はやたら潔くその部屋の扉をノックした。

「茨乃姫様ー、おやつを持ってきましたー」

 扉の向こうからは返事がない。

「ポンポンのプリンですよー」

 相変わらず、返答はなし。

 これはもしかすると……

「開けますねー?」

「ちょ!?」

 止める間もなく闇里が扉を開けてしまった。


「…………」

 部屋には、厳かで、静かな空気が広がっていた。

 半ば予想はしていたが、瑞葉はベッドで寝ていた。


「ノックで起きないなんて姫様にしては珍しいですね」

 あくまでのほほんとしている闇里に対して、俺は気が気じゃない。

 人が寝てるときに勝手に部屋に入るのはどうかと思うしそれも女の子の部屋だからな!?

「起こすの悪いし俺帰るわ」

 小声でそう言ってそそくさと外に出ようとすると

「あ、待ってください久城さん! 帰るのはもう少し待ってください!」

 闇里がひしっと俺の服の袖を引っ張った。

「な、なんで!?」

「なんでもです! 僕お茶入れてきますから、ここで待っててくださいね!! 絶対ですよ!!」

 闇里はよくわからない気迫で俺にそう告げて、部屋を出ていった。

「ちょっ、待つにしたってなんでここで!?」


 やばいだろ! ダメだろ!?

 俺は出ていくからな!!


 部屋の外へ出ようとしたとき、背後でごそりと音がした。

「!?」

 思わず振り返ると、どうやら彼女が寝返りを打ったらしい。

 仰向けから横向きに姿勢が変わったせいで、寝顔がはっきりと俺の網膜に焼き付く。


「……、」

 罪悪感を覚えつつも、視線を逸らせないでいた。

 だって、あんまりにも、その顔が穏やかで綺麗だったから。


 普段のしかめっ面からは想像できない表情で。

 眠ってるときは、彼女もこんな顔をするんだなあとか。

 そんなの当たり前じゃん、とか。

 ていうか、いい加減外に出ろよ俺、とか

 いろいろ考えているうちに


「…………?」

 うっすらと、彼女の瞼が開いた。


「――」

 俺は思わず絶句する。

 逃げも隠れももうできない。


「………………」

 瑞葉はまだ少しぼうっとしているのか、焦点の合わない目でゆるゆると何度か瞬きした。

 そして

「……!?」

 はっきりと、俺を認識して目を見開いた。

 というか、向こうも絶句している。


 そりゃあそうだよ! 普通自分ん家の寝室に勝手にクラスメイトがいるとかねえもん!!

 いたらおかしいじゃん! 変態じゃん!

 あは。あはははは!?


「よ、よう! 具合はどうだ? み、見舞いにきたんだー! ほら!」

 泣き笑いになりながら俺はとっさにプリンの入った箱を掲げる。


「……、見舞いって……」

 瑞葉は上体を起こしながらも、明らかに反応に困っている。

 そもそも昨日だって、公園であんなことになって以降、なんだか妙な空気になってぎくしゃくしたままなのに、急にこれじゃあそりゃあそうなるよ!

 でも招き入れたのは君んとこの小僧さんだからね!?


「お茶を淹れてきましたよー」

 空気を読まない闇里が、ぱーんと部屋に入ってきた。

「あ、姫様! お目覚めになりましたか。よかったですー。危うく姉さんにポンポンのプリン取られちゃうとこでしたねー」

 すると瑞葉はすべてを悟ったかのように闇里を睨む。

 ……うん、そうです。大体こいつが悪いです。

「ゆっくりしていってくださいねー」

 しかし闇里は最後まで瑞葉の視線の訴えに気づくことはなく、どこからか持ってきたミニテーブルの上にお茶を2セット置いて部屋を出て行ってしまった。


 つかどんだけ!?

 この状態で2人きりにしちゃうの!?


「わ、悪かったな寝てるとこ起こしちまって! 俺もう帰るから、ゆっくり休めよ!」

 気まずさいっぱいで尻尾を巻くように踵を返す。

 ……別にここで瑞葉に引き留めてもらいたいとか思ってないよ!

 思ってないんだからね!

「あ」

 あ!?

「……プリン」

 ハッ! プリン持ったまま帰ろうとしてた!

 てかプリンは食べたいんだな瑞葉!

「ちゃんと置いてくから!」

 半分泣きそうになりながら箱を床に置いて出ていこうとすると

「あ、いや」

 再び瑞葉が微妙に小さな声を上げた。

「……?」

 情けない顔を見られるのが嫌で、最低限だけ首を回すと

「……プリンごと待て」

 瑞葉が顔を伏せながらベッドから出てきた。


 …………それって。

 いていいってことでいいんですかね?


1年に1回あるかないかの頻繁更新……です! 今話と次話はシリアス抜けての箸休めなのでゆるく読んでください。いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。

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