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E1-4:ガールミーツボーイⅣ

 幽霊のような感覚で駆け上がった先は、学校の屋上だった。普段よく使用していた癖もあったのだろう。


 何の変りもない星空を見た途端、膝から力が抜けて、その場にうずくまった。

 涙は止めるすべもなく、ぽたぽたと雨のように床を濡らしていく。

 星あかりに照らされる屋外は存外に明るくて、声を上げて泣くのは気が引けた。

 いや、もう声を上げる気力もない。


 私は既に死んだも同然だったのだ。

 こんな身体で一体私はどんな夢を見ていたのか。


 滑稽なのは前々から分かっていた。

 本当に、とんだ茶番だ。

 自分が恥ずかしくて死にそうだ。


「瑞葉っ!」

 背後で久城の声がする。

 おぼつかない足取りで逃げた私の後を追うことなんて、きっと簡単だったんだろう。


 ……頼むから追い打ちをかけないでほしい。

 お前は何て言う?

 慰めか? 憐れみか?

 どっちにしろ、今すぐ死にたくなるからやめてほしい。


「ごめん」


 けれどあいつの口から出てきたのは、そんな言葉だった。

「守れなくてごめん」

 再びそう口にしたとき、奴が泣いたのが声色で分かった。


「……なんで、お前が」

 泣いて謝る?

「……おかしいだろ。ここで謝るの」


 守れなくてごめん?

 だってこいつは全部見ているはずだ。

 私はもう普通の人間じゃない。守られる立場じゃない。


 大体、盾になるのは平気だった。

 そもそも、こんな事態に巻き込んだのは、こいつを突き放さなかった私が悪い。

 未練がましくしがみついた、私が悪い、のに。

 あのときだって


「私が、おとなしく死んでればよかったんだ! だったら家がばらばらになることもなかったし、こんなことにはならなかった……!」


 後悔ばっかり。

 浮ついた夢はあとで全部残酷になる。


「私の肉塊はどうやって再生した? 皮膚組織の再生なんてものじゃなかったよな? あの悪鬼みたいにきっとおぞましいものだったんだろ」


 久城を責めるつもりなんてないのに、つい口調が荒ぶる。


「見てほしくなかった。見せたくなかった。お前には見せたくなかったのに……、最悪だ……!」


 どこにぶつけていいのか分からない怒りが言葉をとめどなく生んでしまう。

 それに余計に嫌気がさす。

 私はまだ、そんなことにこだわって泣いている。


 なんだって私はこんなに脆い。

 いつからこんなに小さくなった。

 鬼に喰われる前は、夢なんて持たないで生きてきたはずだ。

 だっていうのに、


「……ッ、もう、」

 死にたい、と。

 すべてを諦める言葉は抱擁でかき消された。


「…………ごめん。俺、ほっとしたんだ。お前の身体が吹き飛んだあと、元通りになったの見て」

 耳元で、彼はそう言った。

「独りよがりだって分かってる。けど、ほんとにほっとしたんだ。お前が死ななくてよかったって」

 嘘も飾りもない、本当の言葉。

 こんな気味の悪い私を見ても、久城はそう言ったのだ。

「今だから言うけど、俺、お前の背中を追いかけて夜の校舎に入ったんだ。危なっかしいから、守らなきゃって思ってたのに……こんなことになって、ごめん」

 ……そんなの、知らないよ。

 大体、私は守られるほどか弱くないし、久城のほうが無知すぎて危なっかしいんだ。

「だから、言ってほしいんだ」

 久城はそう言う。


 言うって、何を?


「痛いなら、痛いって。つらいならつらいって。吐き出してほしいんだ。腕のこと、『いやだ』って言った時みたいに」


 ……私はまた、言葉を失った。


 そうか。私は、吐き出してなかったのか。

 だから、いつも、あんなにも苛立って。


「…………痛かったよ。死ぬほど痛かった」


 この身体がすでにほとんどが鬼のものだとしても。

 腕を抉られた痛みは私のものだ。


 父が見せた憐憫のまなざしも。

 姉が出ていったあとの空虚さも。


 それは全部、私の傷で。

 まだ、心は私にある。


「何もできないまま死ぬのが嫌だったんだ、私は」


 生の証がほしいとは言わない。

 ただ、もう少しだけ、実感したかった。


「もっと、いろんなことをして。いろんなものを見て。……それこそ、お前のくれた約束は、ほんと言うと、全部私が望んだものだ」

 すると、久城はまだくしゃくしゃの顔を無理に笑わせて

「じゃあ、ほんとに約束な。連れてってやるよ。瑞葉の行きたいとこ、全部」


 私は思わず、また泣いた。


 本当にこんな痴態、一生に一度あるかないか。

 二度もあったら死んでしまう。

「……なあ久城」

 だから、私は口にした。


「私が死ぬまで、私のものになってくれ」






 ** *

 目覚めの悪い俺が、その日は珍しくはっきりと覚醒した。

 夢を見ていたような気がしたが、どんな夢だったかははっきりと思い出せない。

 昨日は床に入るのがいつもよりさらに遅かったから、あんまり睡眠時間はとれていないというのに、この目の覚めようはなんだろう。

「一世一代の大告白で脳が興奮していたんじゃないですか?」

 にょきっと、足元からセキが頭を出した。

「!? お前、姿が見えないと思ってたけど見てたのかよ!」

「あんな大声で叫ばれたら少し離れていても聞こえましたよ」


 ……ああ、そうだ。

 昨日はあの公園で瑞葉に「好きだ」って……


「ぅおあああああ」

 思わず頭を抱えて悶絶した。

 あの時も恥ずかしかったが思い返したときのほうがもっと恥ずかしい。

 しかもそれをこの鳥に見られていたとか……!


「……はあ。でも嫌いって言われたんだよな……」

「あれは言葉のアヤでしょう。どう見ても」

「そうかなあ。だったらいいけど」

 確かに、『嫌い』ってのは反射的な感じで、ちゃんとした返事ってわけでもなかった……ような。

 俺がそう思いたいだけかもだけど。


「瑞葉、大丈夫かな。身体つらかったりすんのかな」

 昨日抱きしめた彼女の体温は、少し高かったようにも感じた。慢性的に微熱があるなら、きっとつらいに違いない。

「朝からそんなに心配するんだったらお見舞いにでも行けばいいのでは? 帰宅部のエースでしょう、貴方は」

「お、おう。見舞いか。なんかそれっぽいな。よし、今日は放課後そうしよう」

 そう決めて、俺はいそいそと登校準備を始めた。


更新速度が久しぶりにはやい!(むしろいつもが遅い)この調子で頑張りますよー! いつもめげずに読んでくださっている方々、本当にありがとうございます。

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