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E1-3:ガールミーツボーイⅢ

少し痛い流血表現等があります。苦手な方はご注意ください。

 姿を現したのは、まさしく澱のような黒い塊だった。

 具体的に形容するなら、黒いスライムといったところか。

 鬼の形すら成していないのは、心鬼を食らいすぎたのか――もしくは、身に余る強力な『何か』を食らったせいなのか。いや、両方の線が強いかもしれない。

 歪な形のまま蠢く様は、外形を食い破った内臓のように見えて、とにかく、気持ちが悪い。

 なんだか自分の末路を見ているようで少しばかり足がすくんだ。


 けれど、私は引き下がらない。

 早々に手を下すべく、私は鬼の腕を顕現させる。

 すると

「……!?」

 私の腕を認識したのか、目の前のスライムは瞬く間にその姿を変えた。

 そう、巨大な一本の腕に。

「……頭は良いわけか」

 形は馬鹿に見えても奴の力を甘く見てはいけない。何せ相手は、これだけの瘴気を隠し通せるだけの能力を備えている『鬼』なのだから。


 先手必勝、私は最大限の力を腕に込めて、目の前の巨腕に斬りかかった。

 掴むのが無理な相手には斬りかかるのが定石。

 爪には水の気を限界まで流し、切れ味を数倍にも飛躍させた。

 この合わせ技で斬れないものはほとんどない。


 案の定、巨腕は黒い飛沫を上げながら両断された。


 ただ、手ごたえがあまりにもなさすぎる。

 あれだけ形状を変化させられるところを見ると、切断は効かないのかもしれない。

 ――別の手段を。

 そう思考したその一瞬のうちに


「……?」


 ――熱い。

 そんな一瞬の感覚が、脳を掠める。


 一呼吸すれば、それは違うものへと変わった。

 激痛だ。

「…………、っ!?」

 痛みが過ぎて声が出ない。


 ボタボタと音を立てて床にこぼれ落ちていく血液。

 刺されている。

 腕に、巨腕の爪が、刺さっている。


「ぁあ、ッ」

 息を吐く暇もなくそれは私の腕をさらに抉った。


 奴はこちらの動きを『真似』したのだ。

 両断されたのはわざと。こちらの油断をつくために。

 私が使った技を、奴はそっくりそのまま私に返した。


 刃物のような爪が抜かれると、鮮血はより一層噴いた。


 ――……赤い。


 痛みで頭の中が白くなる中、自分の血の色に少しだけ安堵する自分がいた。

 ああ、でも、裂かれてしまったこの腕は、きっとすぐに再生を始める。

 それこそ醜い音を立てて、怪物みたいに、組織が再生し始めるのだ。


「瑞葉ッ!!」

「!」

 遠のき始めていた意識がその声で呼び戻される。

「ッ、ば、か」

 ――出てくるな、なんて悠長に喋っている暇もない。


 悪鬼は容赦なく、不用意に出てきた久城にその爪を向ける。

「……ッ!!」

 何を考えるまでもなく、私は奴を押しのけて前に出た。


「――ぅ――ぐ、ッ」


 再びの激痛に、歯を食いしばる。

 修復し始めていた組織が再び蹂躙される。

 相手も相当性質が悪い。

 刺したならさっさと抜けばいいものを、まるで杭をねじ込むみたいに執拗にねじ回す。

 こちらの腕の再生が中途半端に速いだけに、押しては引きの攻防になる。


 そんな、暫しの時間が長く感じられ、痛みの感覚も徐々に麻痺して薄れてくる。

 それと同時に覚えるのは、腕が自分のものでなくなっていく感覚。


 私の中の鬼が、じわりじわりと自らの意思で広がっていく。

 徐々に塗り替えられていく色。

 昇っていく黒い血。

 パキパキと音を立てて、鬼の顕現が、肩を超えて首筋にまで広がってきた。


 ――まずい、な。

 そう、脳裏で思いながらも、この状態を覆すことができない。


「み、ずは……! うで……!」

 背後で久城の声がする。その声は既に嗚咽交じりだ。


 見ろよ。

 この化け物みたいな姿をさ。


 …………本当に。

 泣きたいのはこっちだよ。


「消エろ、」


 脳を浸食される前に、私は腕の感覚を自分の意思のもとへと精一杯手繰り寄せる。

 腕の筋肉を固め、刺さっている爪の動きを封じ、そして――……


 爆発させた。









「……ず、は。瑞葉、」

 かすれた声で、意識が浮上する。

 どうやらまだ、意識は私のもののようだ。

 けれど、身体は分からない。石のように固まって動かない上に、視界が汚れて何も見えない。


 時間とともに、徐々に感覚が戻ってくる。目に光も戻ってきた。

 後頭部や背中に感じる微かな熱――今までに感じたことのないその温かさが、他人の体温だということに気づいたのは、目覚めてからしばらく経ってからだった。

「……起き、た、」

 はっきりした視界に真っ先に映ったのは、真っ赤な目をした久城だった。

「大丈夫か? 喋れるか?」

 久城は言いながら、私をゆっくりと抱き起す。


 不思議なくらい、痛みはもうない。

 見れば、腕も元通りだ。首筋の鬼の顕現も解けている。


「……なんで」

 思わずそうこぼしてしまった。


「……おかしいだろ」

 自分で言っておいて、嗤える。


 最後の水素爆発は、悪鬼と刺し違える覚悟の上の大きな仕掛けだった。

 言ってみれば、自爆だ。

 腕はもとより、この身体の半分以上が損壊していてもおかしくはないはずなのに。

「なんで」

 再び同じ言葉を繰り返す。


 こんなんじゃ、私はもう。


「人間じゃ、ないじゃないか」


 決定的な言葉を、自分で口にした。


『普通でありたい』と願った先が、こんな結果、とか。


 しかも、見られた。

 ゾンビみたいに肉片が再生していく醜い様を。

 今、一番、見られたくない相手に。


「瑞葉!?」


 反射的に、私は久城の腕を振り払って逃げ出した。

 まだ足の感覚が戻らない状態で、それでも駆け出した。


今話は痛い表現がありまして、苦手な方はすみませんでした。ここで切るのもあれなので明日次話を出そうと思います。

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