E1-2:ガールミーツボーイⅡ
「なんだよ瑞葉、カラオケ行ったことねえの?」
「るさい。大体行って歌唄って何が楽しいんだよ」
今日も悪鬼の探索中、私は久城とそんなとりとめのない話をした。
「いっかい行ってみろよ、結構ストレスとか発散できるぜ」
「お前にストレスとかあんのかよ、意外」
「おまっ、大体お前が1日中眉間にしわ寄せてっから俺が良いストレスの解消法を伝授してやろうとだな!」
久城はやかましいが、どういうわけか私はそれが気に入っていた。普段なら喧騒は避けて歩くというのに、私はそれが不思議でしょうがない。
「……だからお前になんのストレスがあんだよ」
「たとえばほら、高校の勉強の速度についてけねーとか」
「まだ4月だぞ。今からそんなこと言ってっと留年しそうだなお前」
「なんだよ! たまに授業ばっくれてるお前に言われたくねえよ!」
……正論なのであえて反論しないでおく。
ただ、私は学校と話はつけてあるから、特に問題はないのだ。
「あとなぁ、中学んときの親友に彼女ができて最近すっかりほったらかされてさー。昨日とか久々にメール来たと思ったら彼女とののろけ話だぞ!?」
「そりゃただの嫉妬だろ。童貞が言うとみっともないぞ」
「ッ!? ちょ、ちょっと待て! なんでわか……!」
久城の顔がさっと青くなる。
「気の流れ? 混じり気っつーのか。目の良い奴なら結構簡単にわかるもんだぜ」
「なんかそれ、こわくね? ……でも待てよ、じゃあ逆もわかるってことか?」
そう言って奴は目を細めだした。じっとこっちを見つめてくる。
「見んな」
「ぐほぅ!」
……ったくデリカシーのない奴。まあ、私も人のことは言えないが。
「じゃあさ、今度俺がカラオケ連れてってやるよ。神木のカラオケはすぐつぶれちまったけど、隣町なら何件かあるし。安いし」
殴られた鼻を抑えながら奴が言う。
「…………」
正直カラオケは少し気が進まない。
別の場所なら考えなくも……
……ってちょっと待てよ。なんだよこの思考。
なんでこいつとオフで遊ぶ約束とか考えてんだよ、私。
「カラオケ苦手か? じゃあお化け屋敷行こうぜ! 今ちょうど奥野の遊園地ですげえリアルな奴やってんだってさ! 1回行ってみたかったんだけど1人じゃちょっと怖えしさ。瑞葉なら迷わず進んでくれそう」
「知るか! 大体ここだって似たようなもんだろ、わざわざなんで作り物のほうに行かなきゃなんねんだよ」
「いや、だから叫んでストレス解消だって。絶叫マシンもあるし、よりどりみどりだぞ?」
「だからなんでわざわざ叫びに行かなきゃなんないんだよ! 大体あんなもんに乗るためにわざわざ並んでキキャーキャー言う奴らの気が知れん」
そう言うと、久城は首を傾げた。
「……もしかして瑞葉、ジェットコースター乗ったことないのか?」
「悪いか。それどころか遊園地なんてものにも行ったことないっつーの」
「まじか!?」
久城は心底びっくりしたようだった。
……こいつと喋っていると、いかに自分がこいつと正反対に生きてきたかがよくわかる。
うちは母親が早くに死んで、厳格な父しかいなかったから、そんな娯楽施設なんてものに連れて行ってもらえるような環境ではなかったのだ。加えて、愛想の良い姉と違って私は友達が多くない。というか、今は1人もいない。
「瑞葉、1回くらい行っといたほうがいいって。大人になるとはしゃげなくなるっていうしさ」
「お前なら大人になってもはしゃいでるだろうよ」
不思議とリアルに目に浮かぶ。けど、どうせ私は大人になんかなれない。
「じゃあ今度の日曜空けとけな」
「は?」
「だから、連れてってやるって。行ったことないとか言われたら連れてくしかないだろ?」
「そういう意味で言ったわけじゃな」
言い返そうとする私の肩を久城はなだめるように抑える。
「まあそうツンデレるなよ箱入りお嬢さん」
「誰がツンデレで箱入りだ! 勝手に解釈すんな馬鹿!」
一応このとき私は久城を殴ったが、後々考えればもしかすると、私は顔に出していたのかもしれない。
けど別に、遊園地に行きたかったわけではなくて。
こいつと外で、遊んでみても楽しいかな、なんて、ちょっとだけ、思っただけだ。
探索も5日目。
私は少しだけ病んできた。
相変わらず悪鬼が見つからないこともそうだが、なんだかわからないが、久城との関係が少し辛くなってきたのだ。
久城と話していると、楽しい。
思わず場所と状況を忘れるときもある。
だけどその分ふと、我に返ることが増えた。
普通の遊びに疎い私に、彼はいくつも誘いをかけてくる。
交わす約束が多くなるたびに、嬉しい反面、なんだか寂しくなるのだ。
馬鹿な私が以前から焦がれていた「普通の生活」を、きっと彼は教えてくれる。
私はそれを喜ぶ半面、悲しんでいる。
いつか終わる――いいや、もうじき終わる自分の命を、恨んでしまう。
きれいに終わることができなくなる。
それが、怖い。
崩壊が近いのだ。
私の中の土鬼は、ここ最近日に日に存在感を大きくしている。
日々感じている苛立ちもその前兆だろう。
……特に、今日の暦は悪い。
水行は月の満ち欠けによる影響を受けやすい。
体調と、暦と、最悪の状態が重なればふとしたことで均衡は破られる。
それほど私はもう、脆い存在だ。
だから父は、私を監視するために小夜と闇里を私につけた。
あの2人は命を分かつ双蛇の姉弟。闇里は小夜を動かすための人質で、小夜はきっと容赦なく私を殺してくれるだろう。
「……瑞葉、具合でも悪いのか?」
……こういうときだけ聡いのか。久城は私の顔を覗き込んだ。
「別に。いつもの顔だよ」
「……いっつも難しいカオしてっけど、今日はさらに暗いぞ? どうした。悩み事か?」
なんでそう、お前は――
言いかけた時、すぐ近くに強大な邪気を感じて思わず息を呑んだ。
どす黒い悪意の渦は、すでに瘴気とも呼べた。
「……、う、これ、なんだ……?」
ここまで明確な悪意の塊には当然馴れていないのだろう。久城は気分が悪くなったのかその場に膝をつく。
その顔面は蒼白で、今にも嘔吐するか気絶しそうだ。
どうやらようやく、悪鬼が気配を隠すのをやめたらしい。
……それにしたって、日が悪い。
いや、むしろ相手はそれを狙っていたのだろうか?
「……瑞葉、これ、なんかやばくないか、」
本能がそう告げているのか、久城は先に進もうとする私の袖を引っ張って止めた。
「あれを消すために今まで校舎をほっつき歩いたんだ。ここで逃がすわけにいかないだろ」
「そうだけど……、お前今調子悪そうだし……」
「……んな蒼い顔でどの口が言ってんだ」
「はは、心配してくれてありがとうって言ってんだよな」
……こいつもうすぐ倒れるんじゃないか?
「引くことも大事だって、先生が言ってたんだ。今日はやめよう、瑞葉」
久城はそう言って私の腕を離さない。
……なんだか死に急いでいるのを止められているみたいで、胸が苦しくなった。
「ならお前はそこで寝てろ。私はあれを片づける」
ここまで意固地になる必要はなかった。
けれど私は彼の手を振りほどきたくて仕方なかった。
決別すべきだと、思ったのだ。
この5日、楽しかったのは事実。
けどもう、私には時間が残っていない。
だったら約束は果たさない。
きっと、きれいに終われなくなるから。
「、瑞葉!」
思い切って、彼の手を振りほどく。
私は駆けた。瘴気を発する悪鬼のもとへ。
相変わらず亀ですみません、めげずに読んでくださってる方々ありがとうございます(涙)。