E7-7:アンダー ザ スターズⅡ
「……、おい! いきなり何……!」
彼女の身体が強張った。が、下手に身じろぎをしたせいでさらに距離が縮む。
「、」
そのとき、気づいてしまった。
走って弾んだ自分の鼓動と、彼女のそれがほぼ同じ速さ――いやむしろ、向こうのほうが速いくらいだって。
「ッ」
「――?」
瞬間、予想だにしない衝撃が胸に走って、俺の身体はなぜだか軽く吹っ飛んだ。背中から地面にスライディング。
こういうとき、痛みは後からやってくる。
「ごほッ!?」
胸を圧迫されたせいで肺が一瞬呼吸をやめた。
いまだに自分の身に何が起こったのか分からない俺の数歩先には、さっきまですぐそこにいた瑞葉の姿が。
「……! くじょ、」
彼女は俺に手を伸ばしかけて、やめた。
同時に、彼女の表情が悲痛にゆがむ。
「……、ごめん」
彼女はそう言って、自らの右腕をぎゅっと抑えた。
それでようやく現状を理解する。
あの女から耳には入れていた。今の彼女は腕の力をうまくコントロールすることすらできないと。
「、いや、大丈夫、だから。こっちこそ急に変な真似してごめん」
俺が笑って立ち上がると、彼女はもっと辛そうにした。
後悔か羞恥かで、顔が赤くなっている。
……まずい、泣かせそうだ。
「み、瑞葉、そんなカオすんなよ! 急によくわからん男に抱きつかれたら誰だって突き飛ばすって! な!?」
なだめようとしてあわあわと近づくと、彼女は左手で俺の手を払った。
「瑞葉、」
「……よくわからん男じゃない」
……へ?
「お前は、よくわからん男じゃない! 私は……、知ってる、し、全部……覚えて……」
夜色の目から堰を切ったように涙が溢れた。
彼女の泣き顔なんて、初めて見たはずなのに、初めてじゃ、ない。
俺は、覚えている。
俺は、彼女を、
「助けに、きたんだ。お前を」
俺の目的は、最初から、それで。
強くなりたいと願ったのも、彼女のためで。
『あんたの記憶を封じると同時に、茨乃はあんたの力も沈めた。あの子の発作は一時的に収まった。けど、あんたの記憶と力を封じなくなってから、発作が再発した。あんたは何かしらのカギなんでしょうね』
「……あの女から聞いた。なあ瑞葉、俺が強くなりたいなんて言わなかったら、お前は……」
あのままで、いられたのか?
しかし彼女は首を横に振る。袖でぎゅっと涙を拭った。
「違うよ久城。遅かれ早かれ、私の中の鬼はいつか私を食い破る」
避けられない結末を、彼女は淡々と口にした。
「私はそうなる前に、瑞葉の次期当主として神木の現状をどうにかしないといけなかったんだ。
お前はそのカギで。けどお前の器はまだ未熟だったから、私が一時中身を封じただけ」
そう言って彼女は苦笑いを浮かべた。
「本当はさ、お前の記憶を消して、それで全部を断つつもりだったんだ。お前も重たいだけの責任なんて背負いたくないだろ? ……だっていうのにお前ときたら、やたらと厄介ごとに勝手に巻き込まれて。どういう星の巡りかと頭に来たな、本当に」
思い出を語るように彼女は言う。
なんだか、そのまま本当に、夜空に消えていきそうで。
「お前は多分、そういう運命なんだよ。だから、はやく強くなれ」
――自分のことなんて捨て置けと、彼女は言う。
馬鹿言うな。
そんなこと言われたぐらいで引き下がるほど俺は馬鹿じゃない。
馬鹿じゃ、ない。
先刻の痛みも忘れて、俺は再び前に出た。
「……!」
腕を掴んで引き寄せる。
遠慮なんてなく、力任せに彼女を抱きしめた。
もう、突き飛ばされてもどつかれても絶対離さない。
「なんの、真似だ……!」
「それはこっちのセリフだ馬鹿野郎! 俺はお前を助けにきたんだ、んな話聞きにきたんじゃねえ!」
「っ、お前に馬鹿とか言われたく、ない! 離せ!」
「いい加減意地張んなよ泣いたくせに!」
「……っ泣いてない!」
「!? 強情にも程があるぞ」
「るさい愚鈍男! 離せよッ」
カチンときた。
……どいつもこいつもグドンって!
ああいいよ! 俺はどうせ愚鈍だよ!
こんな事態になるまで気づかなかったんだから!
「――俺は!! お前のことが、好きだ!!」
叫んだ。星空に。腕の中の彼女に。
なんら、飾る言葉はなかった。
「…………」
急に、彼女は抵抗をやめた。
顔が見えないので、反応がわからない。
「……よくわかんねーけど、俺、お前のこといっつも目で追ってて。なんか気になるし、……特訓とかも、お前に褒められるのが一番嬉しいし…………だから、もっと頼ってほしいっていうか、……」
ごにょごにょと尻すぼみしていく俺の主張。
――――どうしよう、恥ずかしい。
なんか、すげえ今恥ずかしいことを俺は言っているぞ?
よくよく考えるとこれって人生初めての告白じゃないか?
……ど、どうしよう、勢い任せで言っちまったけどこれって今言う話じゃなかったんじゃ……つーか瑞葉の反応がな
「いたたたた!?」
ぎゅっと胸元をシャツごとつままれる。
相手は認識できていないのかもしれないがシャツが引っ張られて首元が痛い!
「…………お前、なんか、嫌いだ……!」
しかも速攻フラれた!?
「……?」
じんわりと、シャツの胸元が温かく濡れてくる。
……涙だ。
「お前みたいな馬鹿もう知らん!! 絶対、後悔するぞ、お前も、私も……!」
震える声で彼女は言う。
不吉な予言でも、これが彼女の本音だ。
俺は彼女の頭に手をやった。
「しねえよ。一世一代の大告白だ、無駄になんかしない」
だから
「……嫌いでもいいから、俺の傍にいてくれ」
視界に入ってないと、そわそわするから。
くらりといなくなるのが、怖いから。
誓う。
俺は彼女を、絶対に、助ける。
あの女にも殺させないし、土耶の思い通りにもさせない。
星が、瞬いて応えてくれたような気がした。