E7-4:闘争ボタニカルガーデンⅡ
最短で壇上にたどり着くには……考えるまでもなく、直線距離を走り抜けるしかない。
けどそうなれば障害物全部が俺の進路を塞ぐだろう。
なんとかして、道を作らないと。
「……全力でいくしかないもんな」
ポケットから、あらかじめ用意していた式神の型紙をとりだす。
俺が今、唯一使える魚の型だ。ただ、これまでと一点違うのは、イメージするものの形。
今一番欲しいのは攻撃力。
あの無駄にでかくなりつつある植物軍団を蹴散らせるだけの破壊力が必要だ。
それに見合う力を持ち合わせるのは――……
仕上げに息を吹きかける。手ごたえは、あった。
「来い!」
光が俺のイメージを形成していく。
今までに作ったどの式神よりも、それは巨大な形となった。
『……サメ……?』
獰猛な目つきと鋭い牙。見た者の多くを委縮させる威圧感。
某映画でもお馴染み、ホオジロザメだ。
……我ながら恐ろしいくらいに再現度が高い。
「俺が知ってる魚類の中で一番強いやつを選んだ!」
昨日の晩、動画サイトでサメの映像見まくって動きとかも勉強したんだぞ!
『……見た目かわいくないし、男の子じゃないとまずやらないわね』
「……それ以前に発想が小学生ですが……まあいい。突進力はありそうです。それで道を作りなさい」
先生の批評と、なんとなく冷めたセキのお墨付きをもらって、いよいよ俺のサメ式神の初陣が始まる。
「蹴散らせ!」
号令とともに勇ましく植物軍団に突進していくサメ。
早速、手前にいた踊るヒマワリに噛みついて壁際までぶっ飛ばした。
「すげえ! 頑張れサメ!」
想像以上の破壊力に思わず声援を送る。
と同時に、想像以上の負荷に動悸が激しくなる。
「……ッ、やっぱきついのな」
小さな式神2体を同時に使役するだけでもあれだけ疲れたんだ。今回は1体とはいえ、流した力はそれよりも多い。
あのサメはあまり長くは持たない。だから
「最短でッ!」
サメが突進して作ってくれる道を駆け出す。
大方の道はできているが、床に張り巡らされた触手だけは一掃できなかった。
「!」
気が付けば足に絡まる根毛のような触手。
走れば走るほど束になって絡みつき、ついには足が持ち上がらなくなった。
「……ッ邪魔すんなッ!」
ポケットから奥の手を取り出す。
1枚しかないお守りだ。
『金』の属性護符を足元に投げつけると、根は弾けるように霧散した。
再び走り出す。手元に『金』の符がない以上もう同じ手で捕まるわけにはいかない。
『まだよ』
俺の疲弊とともにサメの勢いも衰えていくのか、舞台に近づくにつれ排除しきれなかった植物たちが横から迫る。
左方から、やたら瑞々しい緑色の草が手を伸ばしてきた。
「少年、あれは水草です」
「だったらこれで!」
『水』を剋する『土』の属性護符を投げる。『金』ほどの威力はなかったが、水草は動きを緩めた。
『五行の関係は勉強したみたいね』
「基礎だしね!?」
っつーかそろそろだめだ、式神の維持が出来ない!
「サメ、戻れ!」
少しだけ余力を残す形でサメをしまう。
舞台にたどり着くまでに俺がぶっ倒れては意味がないのだ。
残る相手は2体。右方にサボテン1体と、舞台の前に巨大ユリが1体。
サメの退場を勝機と見たのか、右方のサボテンが素早く拳を打ってくる。力そのものは強そうでもなかったが、その棘があまりにも恐ろしいので避けるしかない。
が
「ッ!?」
拳をかわした瞬間、サボテンの頭から糸の束のようなものが飛び出てきた。
「少年!」
もう有効な護符はないというのに、あえなくサボテンの糸に絡めとられてしまった。
しかも
「く、び……しま、」
気道がじりじりと圧迫されていく。
いつぞや感じた死の恐怖に似ていた。
……でも
「……ってたまるかァ!」
ある手順で、拘束はあっけなくほどけた。
「!? これは」
セキすら目を見張った。
どうやら『交代』は大成功らしい。
『……やるわね』
サボテンはいまだにそれを締め付けている。
身代わりのわら人形を。
「あれ、こういうときに使うんだな」
先生にもらった道具の中に入っていたわら人形。
説明書によれば、その用途は多岐に渡っていた。
人を呪う道具でもあり、カカシであり、つまりは『役割を代替する』ものなのだ。
式神と違って自ら動けないのは難だが、さっきみたいに瞬時の起動が出来るのは大きい。
「少年、あの植物は水に弱い。護符を!」
セキの助言通りサボテンに『水』の護符を投げると、サボテンはみるみるうちに腐っていった。
あとはあの舞台前のユリだけだ。
……もう手持ちの小道具はゼロに等しい。あの黒いトランクに入っていた道具は基本、1つのものにつき1つずつしか入っていなかったのだ。
まあ、本当にお試しキットみたいなもんなんだろう。
「……素手で戦うしかねえな」
覚悟を決めて前に出る。
背丈以上ある植物と肉弾戦なんて、傍から見たら笑える光景だろう。が、今は行くしかない。
「よーし、いくぜブッ!?」
意気込んだところで、視界が真っ黄色に染まった。
粉が口に入ってむせる。
独特の甘みに頭が一瞬くらっとなった。同時に、鼻もムズムズしだす。
「べっくしょ!?」
これ、花粉か!?
……つーか目まで痒くなってきた!!
「少年! 危ない!」
「へ」
涙で何も見えない間に、俺の身体はユリの、手のような葉に吹っ飛ばされた。
「ッ!」
なんとか受け身をとって体勢を立て直す。が、顔をぬぐう前にユリは畳みかけてきた。
「ち」
2発目の横殴りはなんとか転がって避けたが、ユリは他のどの植物よりも俊敏らしく、休まず3発目を打ち込んできた。
「うぁッ」
ユリの手拳が腹に命中する。そのまま、俺の身体は床に抑えつけられた。
顔なんてないのに、ユリは得意げに笑っているように見えた。上から見下ろされると、どうもそういう風に見えてしまうらしい。
その上、さらに俺を小ばかにするように黄色の花粉を噴射してきた。
「ゲホッ!? っ、こんのやろ……!」
流石に頭にきて、腹を抑えつけているユリの手を掴む。
が、薄っぺらい葉のくせにやたらと力がこもっていて、退かすに退かせられない。引っ張ってもみたが、葉が破れる気配もない。明らかに他の植物とは強度が違っている。
『降参かしら? ……というか、その状態だと早く降参しないと窒息するわよ、花粉で』
スピーカーから先生のそんな硬い声が聞こえてきた。
「……ッ。こんな、アホらしい負け方できるかよ……!」
俺がそう口走ったのが気に入らなかったのか、ユリはさらに花粉をぶちまけた。
「……ッ、ごふッ」
口に入らないように唇を結んでも、鼻に入るせいでどうしても口を開けてしまう。
『ほらちょっと、やせ我慢するとほんとに危ないんだから』
先生の声色に若干焦りが見え始めた。
それすらも嗤うように、ユリは再び花粉を噴くように落とす。
「〜〜〜〜ッ」
『ちょっと久城君、』
それでも歯を食いしばる俺を見て、どう思ったのかユリは花粉の噴射を止めた。
『……!』
「……?」
いや、違う。噴き方を変えたのだ。
ゆっくりと、少量を。まるで砂時計の砂を落とすように注いでいく。
『……ちょ、まずい。あの子の嗜虐心に火をつけたわよ久城君!』
先生の声が不自然にそこで切れた。
恐らく、傍観席を立ったのだろう。これ以上は危険だと。
細かな花粉の粒子は、まるで埋めるように俺の周りを固めていく。
正直、目ももう真っ黄色で何が何だかよく見えない。頭まで朦朧としてきた。
――動けない。
『貴方は無力だ』
あの女に言われた言葉が頭をよぎる。
まただ。また俺は、こんな。
「……ッてらんねえ……」
拳に、力を入れる。
大丈夫だ、まだ動く。
こんな、花粉に埋められたくらいで、諦めてたまるか。
「退けよこのドS野郎……!」
腹を抑えつけているユリの葉を、再び両手で掴む。
千切れない。持ち上げられない。
だったらもう、砕くしかない。
「…………ッ」
右の拳に力を回す。
式神制作で学んだのは、気の流し方だ。
あれは外側に流すものだが、逆も可能だ。身体の内部に気を集中させれば、その部分が強化される。
体内に流す場合、偏った無茶な回し方をするのは危険らしいが、今はそんなことも言ってられない。
今残っているすべての力を、拳に回す。
これでダメなら、ここまで。
「……いいや」
絶対に、終わらせない。
俺の目的はこいつを倒すことじゃない。
「俺の、道を」
体内の気が、血が、すべて一点に集中していく。
イメージは、生命力のナックル。
どんなに固められた地すらも突き穿つような、爆発力で。
そう
「塞ぐな……ッ!」
――――息吹け!
「久城く……!」
先生が青い顔で1階に降りてきたときには、既にユリは粉々に砕けて霧散していた。
無茶に強化されていたのはあちらも同じだったようで、葉の一部に穴を開けたら、そこから硝子が砕けるように散ってしまったのだ。
「……はは。やるじゃない、久城君」
その光景を見て、先生は安堵の表情でその場にへたり込んだ。
「……仕掛けた先生までそんなでどうすんですか」
床に寝転がったまま、俺は苦笑する。
顔も服も花粉まみれですごいことになっているだろうが、それ以前にしばらく動けそうにない。
「悪かったわ。このユリはちょっとやりすぎたわね。それ以前に十分及第点だった。最後にこんな必殺技まで決められたら、認めるしかないわ」
先生はそう言って立ち上がり、俺に手を差し出した。
「立てそう?」
「……頑張ってみるっす……?」
先生の手を借りようとした、その時。
「先生、後ろ!!」
「へ?」
木村先生の後ろで、何か巨大な影が動いた。
「きゃ!?」
短い悲鳴とともに、先生の身体は巨大な茎に絡めとられて宙へ浮いた。
「な……!?」
それは、さっきの巨大ユリよりもさらにひとまわり大きい、それこそ怪物みたいなやつだった。
これならまだユリのほうが可愛い。なんたって今度は、見た目があまりに、いかつい。
二枚貝のような頭が3つ。それを開けばまるで獣の口のような牙が見えた。3つ首の竜、とも見えなくもないその異様な姿は、それでもどこか見覚えがあった。
そうだ、あれだ。植物園なんかでよく見る食虫植物の代表格、ハエトリグサだ。
しかも。
『手鞠ちゅあ〜ん。会いたかったお〜〜!』
そいつはあろうことか、野太い声で喋ったのだ。
「……ッ、ちょっと、なんでアンタが出てきてるのよ! 呼んでないわよ私!」
茎に絡めとられて動けない先生は、じたばたともがきながらもそいつに怒った。
『そんれはおかしいお〜? 手鞠ちゃんの手駒で一番強いのは俺だお? 他のが呼ばれて俺が呼ばれないなんておかしいから、シロツメクサの奴をぶっ飛ばして植木鉢に入ったんだお〜〜』
「勝手なことしないでよ! 大体、もう今日のは終わったの! アンタの出番ないの! さっさと球根に戻りなさい!!」
いつになくヒステリックに怒る手鞠先生。
……まあ、なんとなくウザそうなやつではあるが。
『ええ〜〜? そんなの嫌だお! せっかく久しぶりに出てきたのに暴れられないなんてないお!!』
「そんなに暴れたいなら自分の頭でもかじってなさい、3つのうち1つくらいなら痛くないでしょ!」
『ヒドイお! 手鞠ちゃん最近冷たいお! さては俺より強い奴作った? 見た目キモイ俺はもういらないってことかお!?』
……なんか話がこじれてきたぞ。
「違うわよもう! どうせこうなると思ったから入れなかったの! いいから言うことを……」
『冷たい手鞠ちゃんなんか嫌いだお!! 手鞠ちゃんは俺だけ頼ってたらいいんだお!!』
「――ああもう! 子供みたいなこと言わないで! 私そういうのが一番嫌いなの!!」
先生がキレた。彼女が熟年趣味だと知っている俺からしたら、その言葉の意味も多少理解できたのだが。
……奴はそこまで頭が回らないらしい。いや、中身は本当に子どもなのかもしれない。どこからともなくそいつは大粒の水滴――涙を床にこぼした。
『……ッ、……ッ、ひどいお! 俺は手鞠ちゃんのために出てきたんだお! ……なのに、なのにッ! もういいお! この気持ちが理解されないのならいっそ! 俺が君を食べてしまうお!』
「!?」
それは、一瞬だった。
あのバカ植物は、その赤い口の中に、先生を放り込んでしまったのだ。
「ちょッ……!」
シャレにならない事態に、背中に冷や汗が流れた。
「馬鹿野郎! 何やってんだよ! 今すぐ吐き出せ!!」
満足に動けない身体で、それでも叫んだ。
すると奴は、先生を飲み込んだ頭とは別の頭をこちらに向けた。
『ああん? なんだよお前。……さては手鞠ちゃんの新しい男か? 道理で手鞠ちゃんが冷たくなるわけだお』
勝手に勘違いをするハエトリグサ。奴はゆるりと俺に向き直った。
……まずい。動けないのに、
『――お前も食ってやるお!』
この勘違い野郎はあくまでも勘違いしたまま俺にその牙をむいた。
喋んない相手は難しかったけど喋りだすとすごい楽でした。いつもありがとうございます。