E7-3:闘争ボタニカルガーデン
「――そう。それでそのまま瑞葉さん帰っちゃったんだ?」
日も落ちた頃の保健室。それはもう見慣れた光景だが、今日は休日なせいかいつもより少し大胆な私服を着た木村先生が、腕組をして俺の話を聞いてくれた。
ちなみに、倉井にほっぺチューされたことについては恥ずかしいので触れていない。ただ、倉井と2人でいたところを瑞葉が通りがかって……という内容の話をした。
「なんで急にあんな顔したのかさっぱり分かんなくって。先生ならわかります?」
すると、始終穏やかに話を聞いていた先生の顔が一変して冷ややかなものに変わった。
「……久城君、それ本気で訊いてる?」
「……へ!? や、だって、本気も何もまじでわかんな」
「んなこたあ自分で考えろおおおッ!!」
「ぶえッふう!?」
視界が一回転した。
ついでに身体も一回転して背中から床に落ちた。
「……、に!?」
一瞬何が起こったのか理解できなかったが、恐らく投げられたのだろう。……速すぎて見えなかった。
「……あのねえ久城君。私に何でも相談してくれるのは嬉しいんだけど、流石にそういうことは自分で考えなさい。よーく考えたらすぐわかることでしょうに」
先生は頭が痛いというようにこめかみを押さえながらも、手を差し出してくれた。
とりあえず、その手をとって立ち上がる。
ついでに、負け惜しみのような言葉をこぼしてしまった。
「…………だってあいつ喋んないし」
もっと自分のことを話してくれたら、馬鹿な俺でも理解できるのに。
ひがんだ俺の頭を、先生はよしよし、とでもいうように軽く叩いた。
「それはあるけどね。でも彼女、行動は正直なのよ、私から見れば」
行動は正直?
「……つまり泣きたいくらい痛かったんじゃないかしら。言うまでもないけど」
先生の言葉に、心が揺れた。
俺だってそこまで馬鹿じゃない。
あんな顔見たら、それぐらいわかる。
だから、なんで? って。
直接訊いたら、彼女は答えてくれるんだろうか。
訊かなくても、もう一度会えば分かるんだろうか。
俺は、もっと深く知りたい。
……いや、思い出したいんだ。
「……先生、俺、瑞葉をさがしに……ッ!?」
行こうとしたところを、肩を掴まれ止められた。
「ダメよ。今日の仕掛けは今日じゃなきゃダメなの。久城君がどうしても瑞葉さんを探しにいきたいなら、私の最終試験を突破してから行くことね」
まるで悪役のようなセリフを、先生は大真面目に言い切った。
「……『仕掛け』って。相当、大掛かりなんすか」
恐る恐る尋ねると、先生は満面の笑みで答えた。
「下手したら死ぬから。命がけで乗り越えなさい」
…………まじですか。
「大マジだから」
…………そうですか。
先生の課した最終試験は、この間の続きをしろとのことだった。
つまり、この校舎のどこかにある例のマークを探し出すというもの。ただし、今回はセキを頼ってもいいそうだ。
とりあえず、肩の上の頼もしい相棒に訊いてみる。
「お前って探し物得意か?」
「不得意です。永く生きすぎたせいで帰巣本能すら忘れたほどです」
……えらくスッパリ言うな、こいつ。
「……なんかお前もちょっと機嫌悪いよな」
「そう見えますか? たまには聡いじゃないですか、少年」
「なんでそんなツンケンしてんだよ」
「前言を撤回しましょう。やはり貴方は愚鈍です」
……またグドンって言われた……。
「まあ、こう言うだけでは貴方は何もわからないでしょうから、あえて僕は言いましょう。あの養護教諭は彼女に対する同情から怒っているようですが僕は違いますよ。僕が不機嫌なのは貴方があまりに自己の感情に鈍いからです」
「……ちょ、まて。お前さっきから俺のこと『鈍い』としか言ってないよな。どういうことだ」
俺の言葉がさらに癇に障ったのかセキはカッと飛び上がって俺の目の前で羽をばたつかせた。
「僕からして見れば貴方の行動も彼女以上に素直です。だというのに貴方はそれを頭で理解していない。人間は考えて行動する生き物でしょう? 貴方は一体何ですか、虫ですか? 本能しか持ち合わせていないのですか? それでは知性を持つ獣にも劣る!」
畳みかけるような暴言に、俺も思わず反論する。
「人のこと虫とか言うなよ! 俺だって考えてるよ! 考えてるけどわかんないんだよ! だから直接訊きに行きたいんだろ! これじゃダメなのかよ!」
「……っ、あくまでも真っ直ぐに愚かしいですね貴方は。わかりましたよ、僕のなけなしの探索能力を貴方にお貸します。早くこの試練を終わらせてそのうだうだとした懊悩煩悶に終止符を打ちなさい」
なぜか舌打ちをしながらも、セキはそう言って前方を飛び始めた。どうやら前向きに手伝ってくれるらしい。
「……さんきゅう」
「はい? 39がどうしましたか」
「……なんでもねえよ、ったく」
……セキの言葉は謙遜だったのだろう。
それから15分も経たないうちに、セキはあの紋様を見つけ出してしまったのだ。
「……体育館か」
先生がそれを隠していた場所は、少し意外なところだった。校舎内っていうからどんな隠し部屋かと思いきや、これには少し肩透かしをくらったというか、残念というか……。しかもその紋様が描かれた紙自体も、体育館の入り口にべたんと、それはもう堂々と貼られているだけなのだ。
「……でも別棟なのによく見つけられたな?」
「貴方にはまだ分からないかもしれませんが、この紋様にはそれなりの意味と力が含有されています。異国の文字が多いので僕にも読解は不可能ですが、これは一種の魔法円とでもいうのでしょうかね」
聞きなれない言葉に首を傾ける。
「魔法円? 魔法陣じゃなく?」
「そう言ったほうが正しいのですかね。この紋様、文字も図形もかなり複合的……いや、独自のものなのでしょうか。あの養護教諭、血も薄く経験も浅そうですがこの手の道具を扱うことには随分と特化しているようです。歴史がない分、分野という縛りがない」
「んー、まあ確かになんかいろいろ持ってるし知ってるよな、木村先生」
どっから仕入れてるのかすげえ気になるとこだけど。
「とまあ、話が逸れましたが、要するにその紙に安易に触れるのはよくな……」
「とりあえず早く剥がして持っていこうぜ。よくわかんないけどこれで最終試験パスなんだよな? 先生も怖い言葉で脅すよなあ」
べり、っと。
当然のように紙をひっぺがした俺を、セキが呆然と眺めた。小さなくちばしをあんぐりと開けて。
「? なんだよ」
返ってくる言葉を聞く暇もなく、
「ッ!?」
一瞬、何が起こったのかわからないほどの強い力に身体が浮いた。
「か、ぜ!?」
突如、竜巻が起こったのだ。
それは息をするのも許さない強風で、目の前の体育館の扉をいとも簡単に押し開けた。
「――っわ!?」
まるで誘い込まれるように、風に巻き込まれて俺の体は建物の中へと放り込まれた。
「っで!!」
途端、風は一瞬でやんだ。と同時に背後の扉もまるで自動ドアのようにバン、と閉まった。
「…………」
ホラーだ。これは間違いなく閉じ込められた。
「……うんちくを垂れるよりまず忠告をしなかった僕も悪いですが。……少年、貴方はもう少し警戒心を持つべきでしたね。彼女も言っていたでしょう」
無様に床に転がる俺の目と鼻の先で、セキは残念そうに言った。
『下手したら死ぬから。命がけで乗り越えなさい』
「……確かに」
ただマークを持ってかえりゃいいってもんじゃないわな……。
とりあえず立ち上がって、前方を見る。
だだっ広い体育館は夜の色に沈んでいた。
「……暗くてよく見えねえけど……なんかあるのかな」
先生は『大掛かりな仕掛け』を用意したと言っていた。
が、目を細めて見る限り、何か大きなものが配置されているというわけでもなさそうだ。
すると、ぼうっと電気が点きはじめた。
「!」
無意識にビクついて近くにいたセキを握る。
ぎゅあとセキが悲鳴を上げた。
「わ、わり」
「……、少年、電燈ごときで臆してどうするのですか」
「だって怖えだろいきなり電気点きだしたら!」
しかも体育館の明かりは年季の入った水銀灯で点くのが遅い。それもなんだか不気味なのだ。
セキが離しなさい、とでも言うように羽をばたつかせたので掌を開く。
何かの幕開けのように、徐々に明るくなっていく屋内を見てセキは言った。
「さしずめここは即席の結界の中とでもいうのでしょうか。元ある建物をそのまま使うというのは雑ですが、効率的ですし勝手も知り得る。あの扉も、あの電燈も、彼女の思いのままということです」
「げ。なんだよその絶対的な空間。こんなとこに放り込んで先生は一体何をさせる気……」
気が付けば、ほぼ前方の視界はクリアになっていた。
白い光に照らされる、いつもの体育館。
いや、明るくなってようやく、そこに置かれているものに気が付いた。
「……植木鉢?」
それは少し、異様な光景だった。
なにせ、大小さまざまな大きさの植木鉢とプランターが、体育館の床にずらりと並べられているのだ。
数でいえば、10ぐらいあるだろう。
「なんで?」
とりあえず、一歩踏み出して最寄りの植木鉢に近づく。
何か植わっているのかと思えば、そうでもないらしい。肥沃そうな土がふんわりと入れられているだけだ。
それをじっと覗き込むと。
「! 少年!」
セキの声と同時に、土の中から白い糸の塊のようなものが蠢きながら這い出てきた。
「んなッ!?」
びっくりして後ずさると、背後にあったプランターにけつまずいた。
「って!」
こけた瞬間、足首を何かにぐっと掴まれた。
「なに!?」
見れば、つまずいたプランターの土から緑色の触手のようなものが伸びて俺の足に絡まっていた。
「……な、な」
さらにその先では、最初にのぞいた植木鉢から白いモジャモジャが俺の背丈ぐらいまで大きく膨れ上がっていた。
「なに、なんだこれっ!?」
とりあえず足首の触手を手で引きちぎる。
その感触は明らかに、植物だった。
「ッ」
動く植物に圧倒されて、思わず部屋の隅まで逃げる。
そのころには、すでにほとんどの鉢から不気味な植物が顔を出していた。
あるものは木のような、あるものはサボテンのような、多種多様な姿をとっている。それらがすべて、ゆらりと揺れながら俺のほうを注視した。
「……ど、どどど、どういうこと!?」
半泣き状態の俺とは違って、セキは冷静に視線を前方に向けていた。
「少年、あれを見てください。壇上です」
セキに言われて植物たちの奥にある舞台を凝視する。
するとなぜか講壇の前面に、さっき俺がひっぺがしたはずの例のマークが貼られていた。
「つまり、これらをどうにかくぐり抜けてあれを手に入れるというのが最終試験なのでは?」
「はーー!?」
言っている間に植物はどんどん大きくなるものもいれば植木鉢からはみ出して動き出している奴もいる。
その密度からして壇上まで無傷で走り抜けるのはかなりきつい。
「まあ、場所が場所だけに焼き払えないので、戦うしかないんでしょうね」
「うそお!?」
これってもう実戦じゃん!?
「つか何だよこいつら!? 先生の式神か!?」
すると、体育館の隅に設置されているスピーカーから突然先生の声が流れてきた。
『半分正解よ、久城君』
「せんせ!?」
やっぱり見られてるんだ!?
『でもこの子たちは、前に貴方に教えた正攻法では作ってないの。元は見ての通り植物だから』
「……でも命令符で操ってるわけじゃないん……だよな」
鉢の植物たちに札などは見当たらない。どれも自立して動いているように見える。
『作り方は企業秘密。っていうかこれが私の唯一の特技だからね』
その言葉にセキはなるほど、と頷いていた。
ていうか
「……先生って顔に似合わず結構怖いもん操るよな……」
小声でつぶやくと。
『何か言ったかしら?』
「いえ何も!」
ていうかなんで聞こえるんだ!?
「ここは彼女の結界の中だと言ったでしょう。つべこべ言ってないで早くケリをつけてください」
――彼女を探しに行くんでしょう?
そのセキの言葉で、奮起した。
スピーカーから先生の声が響く。
『さあ久城君、貴方の覚悟を見せてもらうわ。ここで挫けるようなら貴方は元の温室に戻りなさい。お姫様を追いかける資格も師たる私が剥奪するわ』
……本当にこの先生は。
思わず苦笑いする。
わざと悪役をやってくれてるのはよく分かってる、けど。
「俺だって今更退かないよ、先生。悪いけど全速力で切り抜けさせてもらう!」
ほんとは手鞠先生の特技については彼女主役の番外編か何かでじっくり書きたかったんですけど入れるタイミング逃したんでもしやるとしたら本篇終わってからですねー。
とにもかくにもできるだけ迅速に本篇進めたいと思います。亀更新なのに読んでくださってる方々、いつもありがとうございます。