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E7:複雑サンデイ

 日曜の早朝。とある女子が来たるデートの時間に備え、もそもそと準備を始めていた。まだ約束の時間までには5時間もある。しかし彼女の前には数多の障壁が立ちふさがっていた。

 服だ。服が決まらない。昨夜からずっと。

 しかも、こういう日に限って寝癖がひどい。これではセットに時間がかかってしまう。

 それに、最近副会長にこき使われたせいで肌も荒れている気がする。これではせっかく温存していた高い化粧品も、乗りが悪くなってしまう。

 だがしかし、今日の妥協は彼女には許されない。

 せっかく手に入れた、想い人とのデート権なのだ。

「……ああ。でもちょっと強引過ぎたかなー……」

 そうひとりごちながら、鏡の前でうなだれる愛子。

 気は張っているが、どことなく元気がないのはそのことについてずっと昨晩から悩んでいたからだ。

 結果的に、彼女は女の武器と数えられる『涙』でこのデート権を手に入れたことになる。意図的に出た涙ではないにしろ、あの副会長が言った通りの結果になってしまったことがとてつもなく不本意なのだ。

「……迷惑じゃなかったらいいけど」

 自らの行いを振り返れば振り返るほど、どんどんとマイナス思考に陥っていく。普段は隠しているつもりだが、基本、彼女はこういう性格なのだ。

 が、それを振り払うように、ぱしりと掌で頬を叩く。

「……もうここまで来ちゃったんだし今更引き返せないっしょ」

 鏡の中の自分にそう言い聞かせ、倉井愛子は準備を始めた。



 * * *

 午前10時。休日ということもあって駅前広場は流石に賑やかだった。ちらほらと目をやるとどこもかしこも待ち合わせをしているらしい若者達……主にデート待ちの奴らでいっぱいだ。

 彼らの顔はどこかはつらつとしていて、それでいてどこか固く、まるで初陣に向かう兵士のような……

「貴方も例に漏れず、ですね」

 俺の心の中を読むように、肩の上のセキが言った。

「…………おう」

 どういうわけかそんな短い返答しか、俺の喉は発せなかった。……なんというか、カラカラ?

「……もしかして少年、緊張しています?」

「し、してねえ! こ、こんな急に降って湧いたようなデートイベントでこの俺が緊張するわけ……!」

「小刻みに震えながら言われても説得力ないですよ」

 セキに冷ややかに言われて張りつめていた糸が切れる。俺は大きく息を吐いた。

「だっていきなりデートだぞ? 俺誰とも付き合ったことないのにいきなりそんな高度な要求出されてもさ、どうしたらいいか分からんというか……」

 お陰で昨日の睡眠時間いつもより少ない。

「……おや、デートまがいなことなら以前もしていませんでしたっけ」

「へ?」

「たこ焼き、とか」

「……! あ、あれは寄り道! つーかお前やっぱりたこ焼きのこと根に持ってるだろ!」

「いえ、別に。しかし僕から見れば若い男女が2人で楽しく出歩くというだけで逢引のように見えてしまうんですがね」

「いや、それは流石に考えが古くないか?」

「そうですか? そもそも男女の間に生まれる情というものに恋慕は付きものであって、それのない関係というのは既に男と女ではないというか、まあそれも貴方方からしたら時代というものなのでしょうが、原始の神々の交わりを象徴する僕としては……」

 などとセキが語り始めたところで

「……お、オオカミ?」

 おずおずとした、か細い声が後ろから聞こえた。

 来たか、と思って振り返ると。

「……?」

 ……見覚えのない美少女が立っていた。

 いや、訂正だ。顔は間違いなく金髪ヘッドの時の顔だ。なるほど、やっぱり化粧をすると彼女は変わる。もともとの顔立ちが華やかな分、学校での地味な仮面のほうが違和感ありありなのだ。

 初見と勘違いしてしまうほど印象が違って見えるのは、地の長い黒髪を今は下ろしているからだろう。それだけで随分としおらしい、清楚なお嬢さんに見えてしまう。加えて初夏の清涼感を感じさせるパステルブルーのワンピースと白のカーディガンはその雰囲気にぴったりとマッチしている。

 いや、もしかすると。

 表でも裏でもない、地の倉井愛子がこれなのか。

「誰かと話してたみたいだけど……」

 きょろきょろと、彼女はどこか落ち着かない感じで辺りを見渡す。

「え? いや、電話してただけ」

 慌ててセキとの会話をごまかす。彼女にはセキは見えていないのだ。

「……ところでお前、またなんか随分と雰囲気違うな?」

 思ったことを素直に言うと、彼女は照れたような、ぎくりとしたような、複雑な表情で応えた。

「お、女は誰だって多面的だっつーの! 今まで幾人もの女を侍らしたオオカミなら知ってるだろ!」

「はべ……!? いや、それすげえ誤解なんだけど………」

 ていうかこいつの頭の中での俺の像は一体どうなってんだ?

「へ? だって中学のときのあのオオカミ伝説は? 町中、いや市外の女子まで黄色いピンク旋風に巻き込んでたじゃん……?」

「そんな伝説初めて聞いたわ! なんだよ黄色いピンク旋風って! 俺の周りにゃムサくて熱い野郎どもしかいなかったつーの!」

「えええー!?」

 目を丸くして驚く倉井。

「じゃ、ちょっと待って。神木の女を一晩で100人抱いたっていうあの伝説は……」

「そんな伝説真に受けるなよ! 無理だろ! 普通に考えて無理だろ!!」

「じゃ、じゃあ補導しに来た敏腕婦人警官をその絶対的な王者オーラでメロメロにしたっていうあの伝説は……」

「知るかーーっ! 意味わからん伝説ばっかだな! 大体婦警さんなんて今まで生で会ったことないっつの!」

 全力で否定すると、倉井はしんと黙った。心なしかしゅんとなっているようにも見えなくはない。


 ……もしかすると、彼女の中の俺のイメージが今まさに音を立てて崩れていっているのかもしれない。

 どうも彼女は俺を、『そういう風』に見ている節がある。

 あまり色眼鏡で見ないでほしいという気持ちはあるが、彼女の憧れを壊してしまったのならなんだか少し、申し訳ないというか……。


「……じゃああれは? 隣町の番長を負かしたときの逸話。仲間を人質にとられて、ひとりで助けに行ったっていう……」

 なんだ。ほんとの話もちゃんと残ってるじゃないか。

「それはほんとだな」

 すると、倉井の目はなぜか一層、輝いた。

「なんだ! やっぱりオオカミはオオカミだ!」

「!?」

 な、なんだ? なんでそんな嬉しそうに言うんだ?

「私さ、中学んときからあんたの伝説……武勇伝に憧れてたんだけどさ、女の話になるとなんかちょっと残念な感じしてたんだよねー。まあ、うちらの間でも超人気だったし? モテるのも仕方ないのかなーってわかってはいたんだけどさー」

 つらつらと、俺が憧れだったという彼女の率直な意見が述べられていく。

「……、」

 なんか、こいつ前と性格まで違くないか?

 前はもっと素直じゃなかったっていうか……

 あからさかまにたじろいでいる俺に気づいたのか、倉井はぱっと顔を赤くした。

「!! いや、これはその、告白ってわけじゃなくて、単にその、族として憧れてたっていうか……ってあれいやちょっと待てよ……?」

「な、なんだよ」

「……じゃあオオカミってさ、今まで女とかいたことないの?」

「ッ!?」

 こ、この結論に達されるとは思わなかった!

 倉井、お前もか! お前も俺を童貞オオカミと……!

「べ、別に貶めてるわけじゃないよ! 私はむしろ嬉しいっていうか……!?」

「な、なんで?」

 素直に訊いた。

「いや、だってそりゃ、経験バリバリとか言われるより初めてですって言われたほうが、今日1日デートしてもらう身としては嬉しい……ような?」

 ……そ、そういうもんなのか?

「まあ、女性としてはそう考えるでしょうね。男性の思考は僕には判りませんが」

 なぜかセキが答えた。

 ……まあ、そう言われればそうかもしんない……ってなんか前置き長いな! つかなんの話だよ!

「とりあえず、出かけようぜ。どこ行きたいんだ?」

「私、映画! 映画が見たい!」

 倉井は嬉々としてそう言った。デートのプランは彼女の頭にあるらしい。

 早速歩き出した彼女に俺は慌ててぱたぱたとついていった。




 ** *

「みーずはさん♪」

 わざと呑気な声を発しながら、木村手鞠はプレハブ小屋の扉を開けた。

「…………」

 相変わらずこの場所に似つかわしくない革張りの黒いソファーに、瑞葉茨乃はふてぶてしく寝転がっていた。

「もー、返事くらいしてよー」

「したって意味ないだろ、お前呼びながら扉開けてたし」

 悪態だけ吐いて、彼女は鬱陶しそうに起き上がった。

 手鞠は中に入って、適当な座布団を見つけて座る。ついでに持参した携帯お茶セットを引き寄せた。

「休日も出勤か? 保健医も忙しいんだな」

「あー、まあ久城君の最終テストの準備してたんだけどね」

「……ああ、そりゃあご苦労さま」

「瑞葉さんも見てみる? 結構自信作よ、今回のは」

「別にいいよ。お前に任せたって言ったろ」

 どこか投げやりに、彼女は視線を遠くに投げた。手鞠は簡易ポットのお湯の再沸騰を待ちながら、にやりと笑う。

「今日は機嫌悪いわね。久城君のデートのせいかしら?」

「……別に。大体私の機嫌が悪いのはいつものことだろ」

(……でもたまに機嫌良いのよね)

 始終低いテンションで返してくる茨乃に、手鞠は苦笑しながら陶器のカップを温めた。

「瑞葉さんもお茶飲む?」

「……いらない」

「あら、せっかく多めに沸かしたのに……残念」

 手鞠は心底残念そうに肩を落とした。

 ちなみに、お湯が余るということが残念なのではなく、間を持たせるための茶を提供できないことが残念なのだ。わざわざお茶セットを持参してこのプレハブまで足を運んだのは、彼女と今後のことについて話すためで、機嫌が悪いであろう彼女と長話しをするのなら茶のひとつも必要だろう、と準備していたのだが。

「でもまさかデートごときで瑞葉さんがここまで機嫌悪いとは……」

 思わず心の声が漏れてしまう。

「だから違うっての!」

 茨乃が吠えたついでにバンとソファーを叩くと

「!」

 革張りの、それもかなりしっかりとしたソファーにぱっくりと穴が開いた。

「…………」

 尋常ではない出来事に、思わず手鞠は瞬きをする。

「……ったく」

 茨乃は溜め息とともに、忌々しげに自らの腕を見る。

「最近力の加減が難しくなってるんだ。ソファーでこれなんだから陶器は絶対割る」

 苛立ち気味のその声は、少し寂しげにも聞こえた。

「……そう、だったの」

 手鞠ははあと一息ついて、お茶セットの入った鞄からあるものを取り出した。

「じゃあお茶に付き合ってくれる気はあるのよね?」

 そう言って手鞠が取り出したのは、アウトドア用のステンレス製マグカップだった。

 今度は茨乃が瞬きをする番だった。

「じゃあまあ、難しい話よりガールズトークでもしましょうか。なんでも聞くわよ?」

 にっこり笑う手鞠に、茨乃は呆れる素振りでそっぽを向く。

「……ガールって歳か?」

「はいそこ一言多いわよ!」




 ** *

「……腹、減ったな」

 腹の虫が泣く。映画を観終わってみると既に13時を回っていた。

「ああ、悪いね、中途半端な上映時間しかなくってさ。でもあの映画、前から観たかったからさー」

 ちなみに俺達が観た映画はちょっとマイナーなフランス映画だった。フランスの裏社会に生きる男の壮絶な半生を描いたサスペンスアクション……というキャッチコピーだったはずだが、実際に見てみると、男とその相棒の熱い絆を描いた熱血マフィア銃撃戦……だった気が。

「やっぱ良作だったね。マミが前にたまたま見て意外と良かったっていうから」

「まあ、俺もフランス映画とか初めて見たから新鮮だったかな」

「だろ? アメリカ映画とはやっぱちょっと雰囲気違うんだよねー」

 どうやら彼女は相当あの映画を気に入ったらしい。

 どうも、熱い友情とかそういうのが好みみたいだ。あの色鬼のときだって友達想いなこと言ってたもんな……。

「ところでオオカミ。昼は何を食べたい?」

「ん、そうだなあ」

 一応デートなのだからちょいと洒落た店に入るべきだろうが……この時間だとどこも人でいっぱいでさらに待たされそうだ。かと言ってあんまり簡易な場所だと倉井の機嫌を損ねかねない。

 ……などと考えていたのだが。

「お腹減ってるんでしょ? なら早く食べられるもののほうがいいかな」

 彼女は手近にあったファーストフード店を指さした。

「あれでいい?」

 確かに腹が減りすぎている俺としてはありがたいが

「俺はいいけど……お前はいいのか? おごるし、もっといいとこ行っていいんだぞ」

「ははっ、そんなこと気にしなくていいって。大体さ、小洒落た店に行ったりすることがデートって考え方は違うと思うんだよ、私」

 そこまで言って、彼女は照れくさそうに笑った。

「……なるほど」

 要は楽しけりゃいいってことだな。

「お前良いやつだな」

「!? そ、それどういう意味さ! 金がかからなくて良いって意味だったら怒るよ!」

「はは、ちげーよ。なんつーか、良い感じにサバサバしてるっていうか、形にとらわれないっつーか」

 すると、倉井は視線を横にしながらぼそりと呟いた。

「……オオカミはそういうの、好きなんだ?」

「ん? まあ、そういう奴は好きだけど……」

「……! そ、そうかい。ほら、早く行くよ! 今ならレジ誰も並んでない!」

 そう言って慌ただしく駆けていく倉井。

「ちょ、誰も並んでないんだったらそんな焦って行かなくても!?」

 なんだかまた、ぱたぱたと倉井を追いかけていた。


……1月空いてしまい申し訳ないです……。ていうか気づいたらこの連載もう丸2年!? 全然そんな気がしないのは更新頻度が月1回だから!? やばい、やばいっすよ。ということで心を入れ替えて……いやほんとに、ちょっと頑張るっす。このまんまじゃ終わらねえです。はやくあいつをデレさせたい……! ここまで頑張ってお付き合いしてくださっている皆様、本当にありがとうございます。

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