E6-10:混迷アフタースクール
「ふうーん。つまりー、この瑞葉って子が愛子ちゃんの恋路の障害になってるってことね?」
輪をかけて女王然となった愛華に、愛子ははあ、と頭を垂れた。
(……なんでこんなことこいつに話さなきゃなんないの……)
「ちょうどいいわ。愛子ちゃん、その女に接近して探りを入れるのよ」
「は?」
何がちょうどいいのか愛子にはさっぱり分からないのだが、愛華は得意げに喋りだした。
「だからー、瑞葉茨乃に近づいて、綴さまとできてるのか聞くのよぉ。仮にそうだとしたら、その子は愛子ちゃんの想い人と二股をかけてるってことになるでしょ? そこで愛子ちゃんは上手いこと彼を奪う! 私も綴さまを奪う! どう!? 完璧じゃない!?」
「……う、奪うって言ってもどうやって……」
「そりゃあもう女の武器を総動員すればいいのよ、それでもだめならキセイ事実をー……」
「いやいやいやいやそれは駄目でしょそれは!」
「駄目ってことはないんじゃない? だってもう成人も間近だしぃ」
「間近じゃない! まだ17! あと3年あります!!」
真っ赤な顔で必死に叫ぶ愛子に愛華は少し驚きつつも
「……んー、まあ私もはしたない女だと思われるのは癪だからそこまではしないけどぉ。とりあえずこの作戦ね。ということで頑張ってね愛子ちゃん」
最後はにこっと笑って愛子の手を握る。
(……また頑張るのは私かい……)
このペースにもう馴れてきてしまった自分が恐ろしくなる愛子だった。
* * *
「……少年、そろそろ時間ですよ」
セキにそう促されて、よっこらせと立ち上がる。
空はすっかり夜の色になって、静かなことこの上ない。
放課後からずっとこの屋上に居座っていたのだが、ここを訪れる者はいなかった。
「来ませんでしたね、彼女」
セキがどこかからかいを含んだ声で言う。
彼女とは勿論、瑞葉のことだろう。もう学校を休むのはデフォルトなのか、日中に姿を見ることはない。けど昨日は放課後、ここに来ていたから……って
「別に待ってたわけじゃないぞ? 夜まで暇だったから、ゆっくりくつろげるここにいただけで……」
「無意味なツンデレは不要です少年。貴方はどちらかというと子犬系男子でしょう」
「……お前どこでそんな言葉覚えたんだよ」
「日中暇なので、少し読書を」
……鳥が読書するとか聞いたことないしそもそもどうやって読んだんだよ。
「素直に言えばいいじゃないですか。式神の成果、見て欲しかったんでしょう?」
セキの言葉が図星過ぎて恥ずかしい。
恥ずかしいので開き直ることにした。
「だって昨日『明日には完璧な式神見せる』って言ったんだもんよ! 俺は律儀なだけだ!」
「フ、子供みたいですねえ」
「お、お前さっき『フ』ってあからさまに笑っただろ! ひでえなちくしょう!」
「別に馬鹿にしたわけではないですよ。可愛いらしいと思っただけです」
「っ、男に可愛らしさなんていらねえの!」
……とかなんとか言い合いながら保健室に入ってみると。
「…………ここにいるじゃん」
思わず声に出してしまったが、なんとそこに瑞葉がいた。木村先生と何か話していたらしい。
「あらごめんなさいね久城君。瑞葉さん探してたの?」
さっきのセキみたいな声で先生が言う。
この2人、絶対気が合うはずだ。
「保健医から聞いた。式神、作れるようになったんだってな」
こちらに向き直った瑞葉が、開口一番に俺にそう言った。
「……あ、おう」
変にどもってしまった。
……なんというか、その。
瑞葉が喜ばしげに微笑んでいるように見えるのは俺の気のせいなんだろうか?
「ほんと。1日であれだけ出来れば十分よ」
木村先生もうんうんと頷いている。
褒めてもらえるのは正直嬉しいが、言わなくちゃいけないことがある。
「でも俺、あんまり長い時間式神を維持できなくて……」
複数使役も2体が限界のへなちょこだし……
「だから代わりに命令符を使ったんでしょ? その判断を含めて、十分って言ったの」
「へ?」
木村先生の言葉に俯きかけていた顔を上げる。
「いい? 実戦に必要なのは機転よ。実力が及ばないと分かったなら逃げることも大事。真っ向勝負タイプの久城君にしてはなかなか良いやり方だったと思うわ」
先生のその褒め言葉に、思わず照れる。
「それほどでも……」
ないっす、と言おうとしたその時、瑞葉の視線が保健室のドアの方を向いていることに気がついた。
すると先生もひとつ溜め息をついてから、おもむろに扉に手をかけた。そして
「またこんな時間まで残ってたの? 倉井さん」
「!?」
がらりと扉が開いたその先には、金髪ヘッド……もといおさげメガネがそこにいた。
「い、いやあのっ生徒と教師が放課後に2人きりで一体何してるのかなーなんて気になって見に来ただけっていうか……!?」
うろたえる彼女は、部屋の奥にいる瑞葉を見て息を呑んだ。
「み、瑞葉茨乃!? なんであんたまでここに!?」
指まで差された本人はというと、非常に怪訝そうな顔をして
「…………ダレ?」
「そりゃわかんないだろうけどさ! 声聞いたら思い出せよチクショウ!」
地団駄を踏むメガネ。……しかしその言い分には無理がある。
「私は! 今をときめく神木のレディース、羅武危機のヘッド! 人呼んで不死身の愛虎!」
「…………あー」
そこまで言われれば思い出したのだろう、瑞葉は上を向いてから
「……どっちにしろお前もっと普通なカッコしろよ」
「しっつれーな奴だなこのアマぁ!!」
メガネを投げ捨て涙目で叫ぶおさげ。
「へえー、倉井さんて暴走族だったんだ。意外〜」
楽しそうに笑う木村先生。
いや、ていうかそんなのほほんとしてる場合じゃないんじゃ。
「っ、と、とにかく説明してもらおうか! 先生も、あんたもあんたも! 一体ここでこそこそと何をやってるんだい!!」
「いや、別にこそこそしてるわけじゃ……」
「だったらなんでこんな日が暮れてからこんなとこに集まってんのさ!?」
熱いおさげに対し瑞葉は至って冷静に答えた。
「この通り、割と真面目な課外授業中だ。お前が心配してるようなやましいことは何にもねえよ」
「や、やややましいことなんて別に想像してないけどさ!」
いや、想像してただろお前……。
「でもですよ先生!」
倉井は咳払いをし、口調を改め先生に向き直った。
「こんな夜遅くに女性教諭が男子生徒と課外授業なんていうのはどんな事情があれ流石にまずいと思うんです!」
びしりと、生徒会役員的な苦言を呈す倉井。
指摘されると痛い点だったのか、先生も苦笑した。
「いやーだってねえ? 放課後の部活の時間は私結構忙しいし、他に時間とれないし……」
倉井はさらに噛み付いた。
「そもそも! 先生は甘すぎるんです! 放課後だって部活の練習をサボるために保健室に来ている生徒も多々いるでしょう! 保健室が一部生徒にとって癒しの空間であることは認めますが怠惰の温床となっては困ります! これだからPTAからの風当たりも強くなるんです!」
「ぴ、PTAの話はしないでよ倉井さーん……」
……すげえ、先生が本気で言い負けてる。
「……お前結局妨害しに来たのか?」
瑞葉が呆れ顔で言うと、倉井は開き直るように「そうだ!」と答えてしまった。
「……あー、倉井。悪いけど今日は見逃してくれねえか? この時間は結構俺にとって大事な用事っていうか……」
「……なんだい、大事な用事って。人に言えないようなことなのかい」
鋭い視線で倉井は訊いてくる。いい加減な答えじゃ理解してもらえないだろう。
だから
「そうだ」
はっきりとそう言うと、倉井は少したじろいだように見えた。
「お前には言えない。巻き込みたくないからな」
「……! こ、こいつは巻き込んでるのに?」
そこで倉井はなぜか、瑞葉を指差した。
……ていうかどうしてそいつを指差すんだ。
「瑞葉はその……なんつーか……」
ことの中心というかなんというか……ってなんて言ったら伝わるんだよ!
「…………」
俺が言葉に迷っていると、倉井はずんずんと眉間にしわを寄せていった。
……いや、ていうかあれ、なんか泣きそう?
「あー、倉井さん? 勘違いしちゃ駄目よ? 私と瑞葉さんと久城君は、とある厄介な案件を共有してて、それに関してここで話し合ってるだけ。それに特に深い意味はないっていうか……」
今にも泣き出しそうな子供をなだめるように木村先生が優しく言う。すると倉井は爆発するように叫んだ。
「ずるい!! 私もオオカミに巻き込まれたい!!」
…………。
…………へ?
「私だってこいつと厄介な案件でもなんでも共有したい!! ただでさえ学年違って遭遇率低いのに放課後まで仲間はずれにされるとかマジ勘弁だし!! 親に圧かけられて地味なカッコして生徒会なんか入らされてさ、おまけに性悪副会長にいいようにこき使われるし族ん中じゃ姐様姐様言われて肩凝るし青春って一生に一度ですよねえ先生!? 私の灰色の高校生活を灰色のままで終わらせる気ですかーー!?」
嵐のごとく倉井は先生に泣きついた。
「え、いや、灰色にしちゃあ駄目よねえ……?」
先生も眉を八の字にして困っている。
……ていうか倉井のやつ、ほんとはあんなキャラなのか?
「……お、おい泣くなよ。大変なのは分かったから……」
俺が倉井のほうへと歩み寄ると、がしりと彼女は俺の手を掴んだ。
「……じゃあ泣かせた責任とれ」
「……え?」
「男だろ! 私の知ってるオオカミは男の中の男だ! 女を泣かすような男じゃない!」
いや、それはなんつーかあんまり女子と関わったことがなかったからで。
……まあ女を泣かすのは本意じゃないけど。
「で、でも責任ってどうやってとりゃいいんだ……?」
恐る恐る俺は問う。
仮にもレディースのヘッドが言うことだ。
まさか丸坊主にして眉も剃れとか……?
いや、流石にそれはきっついなあ。昔なら喜んでやっただろうけど今はちょっと……
「私と、デートしろ」
……。
…………へ?
「デート?」
まったく予想していなかった言葉に俺は思わず聞き返した。
しかし倉井は本気のようで、まだ赤い目で真剣に頷く。
「明日、1日使って私を喜ばせろ。それが出来なかったらお前の頭を剃る!」
………やっぱ剃るんだ。
てか、いや、ちょっと。でもなんでデート?
デートって言葉はあれですよ、親しい男女がすることですよね?
「……!」
その時、背中になんだか痛い視線が突き刺さった。
この感覚には覚えがある。
氷のように冷たい視線。間違いなく瑞葉だった。
戸惑う俺を尻目に、木村先生はお腹を抱えて忍び笑いを漏らしていた。
すみません2か月空いてしまいました。読んでくださってた方にはブランクになってしまって申し訳ないです。
ずっと頭の端にあった締め切りも終えたので今度こそこっちに集中します。
でもお約束の寄り道ルートですよ。でも大事かな? とにかくこの手の話になると私のキーボード速度が上がるので(笑)頑張ります。
改めてよろしくお願いします。