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E6-9:遭遇アフタースクールⅢ

「……いてえなあ、いきなり何なんだよ」

 ぶつけた額と殴られた頬の両方がじんじんして仕方ない。また顔が腫れるんじゃないだろうか。

 その原因となった本人はというと

「そっそれはこっちの台詞だよ! なんであんたが私を負ぶって……!?」

 まだ状況が飲み込めていないのだろう、なんだかぱくぱくしている。

 それもまあ、仕方ないといえば仕方ないのだろうが

「てかお前なんでそんなカッコ?」

 こっちはむしろそれが気になって仕方がない。

 あの鮮やかな金髪はウィッグか何かだったんだろうか?

「っ、気にするな! これは世を忍ぶための姿だッ!」

「へー」

「ば、馬鹿にするなよ! 普段は大人しくしとかないと放課後余計に動きづらくなるだろうが!」

「いや、馬鹿にしてるわけじゃないんだけど」

 何もそこまで地味にしなくてもいいじゃないかよと言いたかったんだが。それじゃ逆に目立ってるって先生も言ってたし。

 が

「…………ならいい」

 何がいいのかよく分からないが、彼女はそう納得すると少しだけ落ち着きを見せた。


「……で、なんでこんな状況に?」

「ああ、いや、お前が廊下でぶっ倒れてたのをたまたま見つけてさ、それで先生の車まで運んでやろうとしてたとこで……」

「先生?」

 倉井が首をかしげたちょうどその折、正面玄関のほうから木村先生がやってきた。

「おーい久城くーん?」

 どうやら俺の到着が遅いのを心配して見に来たらしい。


「……保健室の木村先生?」

「そうそう。もう遅いし先生が家まで送ってくれるんだってさ」

 ……と、要点だけまとめて言ったつもりだったのだが、やっぱり色々説明が足りなかったらしい。

 倉井――くさっても神木のレディースのトップは

「ちょっと待てオオカミ。あんたなんでこんな時間まで学校にいるのさ。しかも学園のマドンナと一緒にさ?」

 何を勘違いしたのかものすごく怖い形相で俺を睨んできた。

「へ? いや、それはその、特別に課外授業を……」

 ってちょっと待てよこの言い方だと余計に誤解……

「と、とと特別に、かかか課外授業だとぉッ!?」

 されちまったよ。

「っ、さ、さすがはオオカミと呼ばれるだけあるな! まさかこの学校のマドンナすら手玉にとるとは……」

 ってあれ。罵られるのかと思いきやなんか褒められてる?

 いや全くの事実無根なんだけれども。

「ってあら、倉井さん目が覚めたのね。手玉がどうしたって?」

 そして絶対聞こえていたであろうにわざととぼける木村先生。

「……っ、意外とライバルが多いなこの学校には……!」

 どこか遠くを見て地団太を踏む倉井。

「…………」

 そして何も突っ込めない俺。

 さらに

「……少年、このうるさそうな女は一体誰ですか。これ以上の取り巻きは不要ですよ」

 すっかり忘れていたが、こんな物言いの鳥も側にいた。




 * * *

 深夜。

 基本的に娯楽施設の少ない神木町の夜は、静かだ。

 かつての栄光はどこへやら、今は完全にシャッター商店街と呼ばれるものになってしまった神木銀座通り。その路地裏はもともと古い家が多かったせいか近代的な街灯もほとんど立っておらず、闇が濃い。

 その闇に紛れるように、それはうずくまっていた。

 黒一色の、どこか歪な形をしたそれ。頭部には2つの突起がある。

 それを角と言えば、それは鬼と言えるだろう。

 言わなければ、それは形容できない『何か』のまま。

 そんな曖昧なそれは、自我すらも曖昧なのか、自ら動こうとしない。


 そんなそれに目をつけたのは、たまたまそこに居合わせた心鬼だった。

 心鬼は案外、どこにでも存在する。

 明確な姿をとり徘徊しだすものの割合こそ低いが、心鬼の元となる人の心の闇だとか隙間だとかは、この世にごまんとある。

 心鬼は弱い。元が虚ろに近い存在だからだ。

 ゆえに無意識に、強い者へと近寄る傾向がある。

 そしてその心鬼も、より強い闇であるそれに引き寄せられていった。

 そして……

 喰われた。


 黒いその曖昧なものは、動く素振りも見せないまま口だけを大きく開けて、近づいてきたその心鬼をばくんと飲み込んだ。

 と同時にひとまわり、それは大きくなった。

 頭部の突起も、心なしか先刻より目立つようになった。

 ――それを繰り返して、もう何夜目か。


 緩やかに、ひそやかに。

 それは夜ごと確実に大きくなっていく。


 そしてそんな様子を、まるで子の成長を見守るかのような眼差しで観察する人影があった。

「……いい子だ」

 そんな言葉があれに届くはずもないのだが、彼女はそう呟いた。

 ――はやく。はやく。

 呪文のように言葉を重ねる。

「百鬼夜行を」




 * * *

 ぱりん、と乾いた音がリビングに響いた。

「わっ、大丈夫ですか茨乃姫様!?」

 流し台で皿洗いをしていた闇里が、慌てて茨乃のもとに駆けつける。

 彼女が手に持っていたグラスが割れたのだ。

「危ないですからそちらへ。僕が片付けますから」

 馴れた手つきで割れた破片を集めだす闇里。

「……悪いな」

 溜め息混じりに茨乃は言った。

 そんな様子をソファーに寝転がって眺めていた小夜は、

「割れ物扱うのやめといたら? 春に私が親切心で買ってあげたプラスチック製のやつ使いなさいよ」

 行儀悪くも脚のつま先で、部屋の隅に積まれたダンボールの類の一角を指す。

 そこにあるのは主に小夜が通信販売で購入するだけして開封していないものたちだ。つまりは、小夜にとってはどうでもいいものたちとも言える。

「姉さん、あれは駄目ですよ。『デザインがガキくさい、論外』って姫様言ってたじゃないですか」

「失礼ねー、あれ初代キュアキュアよ? 今じゃ結構レアなんだから」

「自分の金でもあるまいし、買うんだったら普通のを買えよいちいち使えない奴だな」

 もっともな茨乃の言葉に、しかし小夜は全く反省の態度など示さない。

「私を小間使いの闇里と一緒にしないでよね。……で、どうなのよ。私は一体いつになったら自由の身になれるのかしら?」

「姉さん、」

 小夜の言葉を非難するような声を上げる闇里だったが、茨乃がそれを制止した。

「悪いがもう少しかかるな。土耶のほうをどうにか抑えてから、だ」

「抑える? あの若頭じゃそんな力ないんでしょ? 聞けばあっちの派閥だった奴らが大分瑞葉のほうに流れ込んだって話じゃない」

「今回はまめに挨拶まわりをしてたみたいだが、な。けどそんなもんはどうでもいいんだよ。実際何が起こるかが問題なんだ」

 茨乃の言葉に、小夜が少しだけ鋭く反応する。

「キナ臭いわね。またこの町でなんかあるっての?」

「さあな。けどここんところの心鬼の多さと耐性には嫌な予感しかしねえな」

「もともと淀んでるもんはそうそう直らないわよ。新しい神木でも出来ない限り」

 ばっさりとそう切り捨てて、小夜はソファーから立ち上がった。

「ま、そのへんはどうでもいいんだけど片付けるならとっとと片付けなさいよ。人間てほんといろいろ面倒よね」

 そう言って彼女は自室へと消えていった。

 皮肉なのか助言なのか、相変わらず微妙な言葉を残していく小夜に、今回ばかりは茨乃も苦笑する。

 そんな茨乃を見て、闇里もまた複雑な表情を浮かべた。




 * * *

「……倉井さん、なんかいいことあったんすかね」

「……かなあ。なんか、いつもとちげえな。なんか、柔らかい?」

「昨日の鮮烈なミドルキックにも驚いたがな! ムフー! 俺瀬戸ちゃんから乗り換えようかな……」

「え、まじっすか」

「ああ、でもなんかニューウェーブな感じでいいかも。俺も一口乗ろうかな」

 放課後の生徒会室の片隅で、そんなひそひそ話をされるほどに、今日の愛子の様子はおかしかった。

 何がおかしいかというと、その分厚い眼鏡越しにも分かるくらいに、顔がにやけている。

 学校では常にクールに結ばれている唇が、今日はことあるごとに緩んでいた。

 そんな彼女の脳内に満ち溢れているのは、それこそ青い春だ。

(……昨日は災難だったけどまさかまさかのオオカミとのコンタクト! 人生何が起こるかわかんないよねー。あー、でも今日会えなかったなあ。でも夜また会えたりするかなあ。……あーちくしょう早く日、落ちろ!)

 気になっている異性と偶然会えることを期待する、まさに恋する乙女――なんてことを自覚しているので余計に顔がにやつくのだ。


 そこにガラリと勢いよく扉が開く音がする。

 入ってきたのは副会長の瀬戸愛華だ。

 ふわりとした長い髪を微かに揺らし、童顔のわりには立派すぎる胸を張って堂々と立つ姿は、低い背のわりにやたら存在感がある。名実ともに、やはり彼女が生徒会室の女王だった。

 いつものことだが、会長もしくは副会長が部屋に入ってくると生徒会室は私語を謹んで厳かな雰囲気になる。

 流石の愛子も少し姿勢を正して顔を引き締めた。が

「愛子ちゃん、ちょっと来て」

「は、はい?」

 部屋に入ってくるなり愛華は一目散に愛子のところへ行き、その手を強引に引っ張って生徒会室の外に連れ出した。

 残された面々はぽかんとその様子を見送った。

 その誰しもが抱いた疑問は

「……なんで愛子『ちゃん』?」




 愛華が愛子を連れ出した先は、生徒会室から数室隣にある給湯室だった。大抵の教師は職員室の隣の、2階の給湯室を利用するのでこちらはあまり使われていない。

 簡易な流し台とガスコンロがあるだけの隙間的な空間だが、来客から見えないように扉は設けられているため、閉めてしまえば秘密の空間となりうる。


 もしかすると愛華がよく入れているお茶はここでお湯を沸かしているのかもしれないな、なんてことを愛子が思っている間に、愛華はぽんとパイプ椅子に座った。

「ほら、座って座って」

 準備していたのだろうか、その向かい側にもパイプ椅子が置いてあって、そこに座るよう勧められる愛子。

 彼女が座ると、愛華は待ってましたというように喋りだした。

「で、どうだった? 綴さまの意中の相手の目星はついた?」

(……あー、それね)

 愛子はやれやれと、ポケットから四つ折の紙を取り出した。

「一応絞りましたよ。昨日学校を休んだ女子生徒はこの12人です」

「あら、意外と多いのね」

 ぱっとその紙を受け取って、愛華は資料を眺めだす。


「んー。ここからどう絞るかね。愛子ちゃんならどう絞る?」

(いやそれくらい自分で考えろよ)

 なんて言えるわけもなく、愛子は答える。

「……やっぱ顔ですかね」

「そうよね! やっぱりそこよね! 私より可愛い子じゃないと駄目よね!」

 そう言って資料の写真を睨み付けだす愛華を慌てて愛子は制止する。

「あ、いやそういう意味じゃなくって」

 というよりその解釈では全ての女子を撥ねかねない。

「ん? じゃあどういう意味?」

「いや、人の好みってまあ人それぞれじゃないですか」

「まあ、そうね。でもそれじゃあ綴さまに直接どんな女がタイプなんですかとか聞かなくちゃいけなくなってくるじゃない。倉井さん聞いてくれるの?」

(誰が聞くかッ)

 必死に押さえつつ、愛子は言う。

「それはちょっとあからさまですから止めておいたほうが無難でしょう。そこで、なんですけど。人間って自分の顔に似たタイプの人を好きになるって話、聞いたことあります?」

「え? しらない」

 目を丸くして愛華は愛子の話に耳を傾ける。

「どんな人間でも一生のうちで自分の顔を見る回数が1番多いでしょ? 自分の顔が嫌いとか好きとか、まあその辺はいろいろあるでしょうけど、やっぱり見慣れた顔に愛着があるのか、大抵の人は自分の顔に似たタイプの人の顔は嫌いじゃないっていう話です」

「へえー。なるほどぉ」

 目から鱗が落ちましたといわんばかりに、何度も頷く愛華。

「だから似た者夫婦って多いのねー」

 正確に言うと似た者夫婦という言葉は外見ではなくて内面に対して使う言葉だが、突っ込むのも面倒臭いので愛子はさらりと流すことにした。

「えーとじゃあ、綴さまと似た雰囲気の子をピックアップすればいいってわけね。あーなるほど。これなら絞れそう」

「それはよかった」

 ……といってもさっきの話も例外はあるだろうし、そう簡単に絞れるものでもないだろう。

 それでも素直に愛子の助言に従うあたり、愛華は意外と馬鹿で単純なのか、それとも愛子を信頼しきっているのか……

(どちらにせよなんかこいつ、意外と危ういな)

 思わずいつもの姉御の気分に陥ってしまう愛子だった。


 そして数分経った頃。

「ねえねえ倉井さん、この女とかどう思う?」

 愛華がとある女生徒のページを開いて愛子に手渡した。

「……!」

 思わず愛子は目を開く。

 愛華が目星をつけたのは、なんと瑞葉茨乃だった。

「1年の子なんだけどー、まあ写真の中だと1番綺麗な顔してるのよねー」

(結局そこで選ぶんかい!)

 心の中で激しく突っ込みながらも愛子は動揺を隠せなかった。思わず眉をひそめてしまったのだ。

「なんかほら、ミステリアスな雰囲気が綴さまと通じるものが……って愛子ちゃん、もしかしてその子知ってるの?」

「へ!? あ、いや……知ってるってほどじゃあ……」

 先ほどまでの淡々とした喋り口とはがらりと変わって、茶を濁すようなその口調に愛華はきらりと眼を光らせた。

 こういうときだけは、鋭い女なのだ。

「……なになに? なんなの? 何か因縁でもある女だったりするのー?」

 悪戯な猫のように笑んで、愛子に迫る愛華。

 一度気を許すと距離を狭めるクセがあるのか、愛華の鼻先は愛子のそれにかなり接近していた。

 場所も狭いので、その様子は傍から見ると多大な誤解を招いたに違いない。

「いや、あのふくかいちょ、」

「ほらほら、私と愛子ちゃんの仲じゃない? 言ってごらんなさいよー」

「〜〜〜〜」

 愛華の魔眼(つけまつげバシバシの)からは、逃げることができなかった。

 結局愛子は洗いざらい、自らの青い春を喋ることになってしまった。


今回は早めに書けたと思ったのに気づいたらこんな時期……。

全くストーリーとは関係ないんですがイバラヒメの4コマを描きました。よろしければ下記URLへどうぞ(PCサイトです)

http://akayane.iza-yoi.net/ibara4koma.html

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