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E6-8:遭遇アフタースクールⅡ

 閑散とした空気。

 窓の外はすっかり暗くなってしまっている。

 生徒会室の掛け時計が示す時刻はすでに午後9時だ。

「ったくなんで私があんな奴のためにこんなことまでしなきゃなんねえんだよこん畜生がッ」

 苛立ちを隠しきれず通常の倍以上の音を響かせてキーボードを叩く少女。生徒会書記の倉井愛子だ。


 彼女がどうしてただ1人、下校時刻をとっくに過ぎている中怒り狂いながらも居残りをしているのかというと、数時間前のとある出来事がきっかけだった。


『……今日は花を持って出かける相手も不在だしな』


 つい先日唐突に転校してきて早速生徒会長の座に就いた胡散臭い色男、土耶綴のこの一言で、ショックを受け失神した漫画みたいな女がいた。


 まあ、そんなことは愛子にとってはどうでもよかったのだが、夕方、彼女が最後に生徒会室を出ようとした際にもいまだその女が保健室から戻っていなかったので、鞄くらいは持っていってやろうと親切心を起こしたのが間違いだったのだ。


 彼女が鞄を保健室に持っていくと、奥のベッドでその女、副会長の瀬戸愛華はぼんやりと座って窓の外を眺めていた。

「起きてたんなら戻ってきてくださいよ副会長」

 思わず愚痴っぽく聞こえてしまう本音をこぼしてしまった愛子は一瞬しまったと思ったが、愛華は魂ここにあらずといった感じで緩慢な動きで愛子を見た。

「……なんだ倉井さんか。鞄持って来てくれたの。気が利くじゃない」

 棒読みみたいな言葉だったが、普段の愛華なら絶対に吐かない台詞を聞いて愛子は思わず一歩引いた。

「だいじょうぶですか、副会長。生きてます?」

「愛華もう駄目かも。つづるさまに意中の相手がいるとか超予想外だし。生きる意味なくなったかも」

(お前の存在意義はそれかよ!)

 思わず心の中で突っ込みをいれつつ

「なに弱気なこと言ってるんですか。会長に意中の相手がいようがそんなの関係ないじゃないですか」

 結局は人が良いのだろう。励ましの言葉をかけてしまう愛子だった。

「……ほんとにそう思ってる? だってあの完璧すぎるつづるさまよ? 思った相手にはきっと一途なはずだし……」

「そんなことで諦めるんですか副会長。『神木のトップレディーになる』って前に言ってたじゃないですか」

 言葉面だけ見れば滑稽で、少女らしく可愛らしい夢だが、男を虜にするぶりっ子ぶりかつ同性に対してドSの愛華が言うとそれはもうドロドロに現実味を帯びる言葉であったことを愛子はとても覚えている。

「………………」

 しばし、沈黙。

 愛華は過去の自身と、自身が語った夢を想起しているのだろう。

 ……そして、彼女の目に、その野望を語った頃の独特の光が再び灯り始めた。

 愛子はこのときひどく後悔する。

(……励ましすぎたかも)


「ねえ倉井さん」

「……なんですか」

「私たちって色々縁があるわよね」

「……そう、ですか?」

 面倒に巻き込まれそうな嫌な予感に顔がひきつる愛子だが、そんなことには気も留めず愛華は天使のような笑みを見せる。

「そうよぉ。だってほら、名前におんなじ『愛』っていう字が入ってるしぃ」

 それに関しては過去、「倉井さんって地味でクラいわよね〜。そのわりに名前は愛子だなんて、私とちょっと字面かぶるしぃ〜。やだなぁ〜」とかいう嫌味があったのを愛子はとても克明に覚えているのだが、言った当の本人は忘れているのだろうか。

「実は私たちって、意外といいコンビになれるかもぉ」

(なりたくないし! 全力で拒否るし!)

「ということでぇ〜」

「は、話を」

 聞け、という前に、愛華が愛子の手をがしりと掴んだ。

「!?」

 ぐっと顔を覗き込まれて、愛子は思わず息を呑む。

 有無を言わさぬ目力が、愛華にはある。

 まあ、黒目を大きくするコンタクトレンズにつけまつげバシバシの効果が大きいのだが。

「愛華からの一生のお・ね・が・い。つづるさまの意中の相手をさがしだしてほしいの」

「……へ?」

「ヒントはあったわよね。今日、学校を休んでいる女生徒が有力だと思うの。職員室のパソコンに全校生徒のあらゆる情報が入ったデータがあるからぁ、それを調べればある程度しぼれるわ」

「あ、いやちょっと。それは個人情報だから閲覧禁止だしロックかかってるし……」

 ぐっと、愛子の手を握る愛華の手に力が入った。

「パソコン得意よねえ、倉井さ……ううん、愛子ちゃん♪」

(ぎゃああ鳥肌がッ)

「私が機械に弱いの知ってるでしょ? ね、お願い! 私の恋、応援してくれるんだよね?」

 うるる、と普段は男にしか見せない涙目お願いビームを愛子に発する愛華。

「……で、でも」

 なおもしぶる愛子に、愛華はとどめの一発をかました。

「……私、実は知ってるの。愛子ちゃんが放課後、なにしてるか」

「!?」

 思わず目を見張る愛子。

 それを見て、にまりと愛華は笑った。

「面白いから黙ってたけど、告げ口しようと思えばできるのよ? でもー、愛子ちゃんは私の友達だしー」

「……ッ」

 もはや愛子に拒否はできない。

 彼女の最大の弱みを、まさかこの性悪女に知られていたとは。

「……わかった。探せばいいんでしょ探せば」

「わー! ありがと、愛子ちゃん!」

 ぶんぶんと上機嫌に手を上下に振り、ぱっとそれを離した愛華はいそいそとベッドから降りた。

 そしてするっと自身の鞄を手に取ると

「じゃ、私これからバイオリンのレッスンがあるからあとはお願いね! 今日中に調べつけといてね! 絶対よ!」

 満面の笑みでそう言って、彼女はからっと保健室を出て行った。


「…………」

 ひとり取り残された愛子は、呆然と保健室の扉を眺め

「〜〜〜〜あんのあまあああああああ!!」

 怒りの雄叫びを上げたのだった。



 というわけで、愛子は職員室から教師達が全て退散するまで生徒会室で息を潜め、学校から誰もいなくなったのを見計らってから全校生徒の個人情報満載データを試行錯誤の上盗み出し、生徒会室の自身のパソコン上で開いて目的の人物の絞込みにかかっているわけだ。


「しかしいつ見られたんだ? 注意してたはずなのに」

 学校きっての模範生、倉井愛子には裏の顔がある。

 ひとたび学校を出れば彼女は白の特攻服を身にまとい、神木の不良女子を束ねるレディース、羅武危機ラブクライシスのヘッドとなるのだ。 

 もちろんこれはトップシークレットであり、親にも友人にも秘密だ。


「……まあいいわ。ぺらぺら喋るほど命知らずでもないでしょ」

 と妥協することにして、いけ好かない副会長のために手を動かす。

 データを表計算ソフトに落としてからの絞込みは早かった。条件を指定するだけで、今日学校を休んでいた女生徒をすぐにリストアップできた。

「……12人か。そこそこいるね」

 机に頬杖をつきながら、挙がった名前に目を通す。

 ほとんど愛子とは接点のない生徒ばかりで、名前だけでは到底どんな生徒か分からない。

 仕方ないので元のデータから写真だけ引っ張ってくる。

(これだけしてやりゃもう十分でしょ……)

「……!」

 資料にぽんぽんと写真を差し込む中、ただ1人だけその中に見覚えのある顔があった。

 その少女の名は

「瑞葉、茨乃……」


 愛子は思わずそのデータを注視する。

 が、妙なことに、彼女のデータだけやたら中身がスカスカだった。

 本当に申し訳ないことだが、この名簿のデータには生徒のあらゆる情報が入っている。それこそ身体測定の結果や校内テストの順位はもちろんのこと、家庭の事情だのなんだの、他人には見られたくないものが羅列してある。だというのに、彼女のデータには本当に必要最低限のことしか書かれていない。しかもその最後には

『多少の無断欠席は大目にみること』

 などという破格の1行が刻まれている。


(破綻してるじゃんこの学校)

 愛子は思わずあっけにとられた。

 が、こうも考え直すことができる。

(無理を通せるほどの家柄ってこと? 土耶みたく?)


「……まあ詮索してもしょうがないけど」

 いい加減目が疲れてきた愛子は、データを保存したところでパソコンの電源を落とした。

「あーあもうすっかり夜じゃん。今頃マミの奴、待ちくたびれてソファーで寝てるなあ」

 とっぷりと夜の色に染まってしまった窓の外を見てそう一人ごち、鞄を抱えて出口へと向かう。

 そこでふと、彼女の脳裏にある考えがひらめいた。


(……ちょっと待てよ。あのデータがあればオオカミのデータも見れるんじゃ……?)


 彼女が以前から密かに、偶像的にあこがれていた神木町のオオカミが、この学校の生徒だと気づいたのはつい最近のことだ。

 間近で顔を見ていればさすがに気づいただろうが、違う学年となればそもそもフロアが違うし、生徒会役員として壇上に上がってもいちいち生徒の顔など見ない。

 例の幽霊屋敷での1件で彼が駆けつけたときの制服を見て知ったのだ。

 ……といってもそれを知ったところで学校での愛子は180度違う人間だ。実際、1年のフロアに立ち入ることもできず何の情報も得られていない。


(……あれがあればクラスはもちろんのこと住所とか電話番号とか分かっちゃうんだけど……!?)

 知りたいという欲と、さすがにそれはまずいだろうという良心の間で揺れ動く愛子。

(ちょ、待ちなよ私! 知ってどうすんだよ押しかけるのか!? ストーカーじゃんそれ!? それはまずいよもっとささやかな情報を……)

 そこでさらにはっとなる愛子。

(す、スリーサイズとか!? それくらい見たってバチ当たんないよね!? 等身大人形作ったって個人の趣味だもんね!?)

 ちなみに彼女の特技は裁縫だったりする。母親が押しつけた花嫁修業の成果でもある。

「…………ってちょっと待て! 等身大人形ってなんだよ何に使うの変態じゃん私変態じゃん!?」

 ひとりツッコミをして我に返る愛子。

(……だめだ、今日は頭を冷やす意味で帰ろ……)

 無駄に疲労感を覚えながら、扉に手をかける。

 そして真っ暗な廊下に一歩踏み出した、そのとき。


 彼女の視界いっぱいに広がったのは、ぎょろりとした目玉と筋肉と骨が剥き出しの、怪人だった。


「〜〜〜〜〜!?」


 何を思う間もなく、彼女の意識はそこで途切れた。




 * * *

「まさかまだ生徒が残ってたとはねえ……バタバタしてたせいもあるけど迂闊だったわ」

 廊下に倒れたままの時代錯誤女子を見下ろしながら、腕を組んでうなる木村先生。

 人体模型に相当びっくりしたのか、声を掛けても肩を叩いても全く起きないのだ。

「……で、どうするんすか先生」

「ま、誤魔化すしかないでしょうね。この様子じゃ自分が見たもののこと、多分夢か何かだったと思ってくれるでしょ」

「結構楽観的っすね、先生って」

「だって仕方ないじゃないー。記憶が消せるわけでもないんだしさー」

 あはは。なんか俺の記憶は消されてる気がするんだけどな。

「今日の訓練はここまでにしましょう。時間も時間だし、私は倉井さんを車で家まで送るわ」

「? 先生この人知ってるんすか?」

 俺が首を傾げると木村先生はくすくすと笑った。

「久城君、集会のときちゃんと起きてる? この子生徒会書記の倉井さんよ? 『昭和っ子』とか『そのメガネの奥には一体何が』とかで結構校内では有名な人なんだけど」

「へえ……」

 だから見覚えがあったんだろうか?

 いやでも俺が既視感を覚えたのはどっちかっていうとメガネとったあとのほう……だよなあ。


「そうだ。ついでだし久城君も送ってあげましょうか?」

「え、いやいいっすよ俺男だし……」

「そう? じゃあ私玄関まで車回してくるから、久城君この子表まで運んでくれるかしら」

「あ、いいっすよ」

「悪いわね。よろしく〜」

 ぱたぱたと廊下を駆けていく先生の背中を見送ってから、改めてその倉井さんとやらに向き直る。

「さて、運ぶか…………」

 って、

「いやちょっと待てい! 運ぶってどうやって運ぶんだよ先生からのお願いだからって軽く返事してんじゃねえよ俺」

 思わずひとりツッコミ。

 勿論、引きずるわけにもいかないから選択肢はおのずと絞られる。


 1、抱える

 2、背負う


「恋愛ゲームなら間違いなく1を選んだんだけどな」

 気恥ずかしさに負けて、俺は彼女を背負うことにした。


「よいしょっと」

 意識のない相手を背負うのは意外と一苦労だった。

 相手が女子となればなおさら気を遣う。

 しかも

「……やっぱ選択肢1にしといたほうがよかったかも」

 身体が(主に胸が)密着して困る。


 思い出したよ脇谷の奴が生徒会の女子は胸がでかいとかなんとかはしゃいでたっけか!?


「先生よりマシ、先生よりマシ……」

 自分を落ち着かせるためにそんな失礼な言葉を呪文のように唱える。

 大丈夫。相手は気を失ってるんだから聞こえてないさきっと。

「らくしょう、らくしょう」

「…………、ん?」

「ら、」

 くしょー?


 のしかかるようだった重みが、少し引いた。

 つまり、起きたのだ。彼女が。


「…………」

「…………」

 なんか嫌な予感がす

「きゃあああああ!? 誰だてめ降ろせ放せ痴漢変態死ねぇえええええ!?」

「あたたたッ暴れんな降ろすからっつか落ちるッ」

 あまりにひどい暴れっぷりに思わず身体が反り返る。けど後ろに倒れるのはまずいので、結局わざと前のめりに倒れた。

「……っつー……」

 おでこいてえ。


「な、ナニモンだテメぇこの私を神木のびゃっきょ・羅武危機総長と知っての無礼かッ」

「……びゃっきょってなんだよびゃっきょって……つかなに、ラブ……?」

 額を擦りながら顔を上げて起き上がる。

 すると彼女は俺の顔を見て目を見開いた。

「!? お、オオカミ!?」

「へ?」

 なんか、聞き覚えのある呼び方。

 声も。顔も。表情も。

「……お前、まさか、金髪ヘッド……?」

「ッ!」

 途端、ぼんと音を立てるように顔を真っ赤にする彼女。

 そして

「ッ、恥ずいッ!!」

「ぶべらッ!?」

 なぜか、理不尽にも殴られた俺だった。


明けちゃいましたおめでとうございます。

相変わらずとろくさい更新ですが、どうぞよろしくお願いします。

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