E6-6:休息アフタースクール
……いくら俺が元気な現役高校生といえど2日連続馴れないことをしてしかも夜更かしとなるとそこそこ身体が堪えてきた。
授業はもちろんほとんどうたた寝。
「それはいつものことでしょう」っていうのはセキの言い草だが俺だって普段はノートくらいはとってたさ!
ミミズが走りすぎて読めないって評判だけど。
そんな特訓3日目の放課後。
木村先生は他校でちょっとした会議があるとかで、いつもより開始時間が遅れるとのことだった。
これ幸い……というより身体が勝手に机に突っ伏したのだが
「おいこら久城、ホームルーム終わった途端ここで寝るなよ掃除の邪魔!」
教室掃除の連中に追い出されてしまった。
「ひでえ」
クラスメイトの仕打ちとあくびに涙しながら、どこかに仮眠できそうなスポットはなかったかと校内をうろつく。
できれば静かな場所で、誰にも邪魔されないところがいい。
「ん。ここなら大丈夫だ」
俺はでーんと、日の匂いに包まれた屋上に寝転がった。
* * *
おさげで、眼鏡。しかも牛乳瓶の底のような分厚いレンズ。
スカートは膝丈より長い。大半の女生徒より明らかに長いのにそれが普通に見えてしまう、そんな少女。
今時そんな女子高校生が存在するのかと思われるほど古風な生徒が、この学校には存在した。
生徒会室――まさしく彼女に似合うべきその部屋は、実は最も彼女が苦手とする空間だったりする。
以前から少人数体制であるがゆえにその空間はあまり広くはない。息が詰まるのはそのせいでもあるのだが、まあ、要するに、構成人員が問題なのだ。
「つづるさま〜。お茶、どうぞぉ♪」
猫なで声、とはまさにこういう声のことを言うのだろう。
普段のスピーチは噛み噛みのくせにこの空間内では全く噛まない副会長の瀬戸愛華を、書記の倉井は冷ややかに眺めた。
「ありがとう。気が利くな」
明らかに媚びて寄ってきている女に、そつなくそう返す生徒会長、土耶綴。女子なら大半が惚けそうなその笑顔を見ても、倉井の表情はさえない。
(てか目が笑ってないしあの笑顔)
もともとの嗜好もあるが、最近のとある事件からより一層ああいう優男タイプが苦手になっていた。
(男ならもっと男らしく、たくましいほうがよくない?そう、それこそちょっとワルいくらいがちょうどい……)
「ちょっと倉井さぁん? さっきから手ぇ止まってるけどちゃんと資料できたのぉー?」
さっきの猫なで声とは一転、陰湿な響きを含む声で愛華が注意してくる。
さっきまで会長の顔をうっとり眺めていたわりに、同性に対してはめざとく、厳しいのが彼女のクセだったりする。
「もうすぐ終わります」
「はやくしてよねー。つづる様もお忙しいんだからぁ」
そう言いながら自分はせんべいを頬張り始める愛華。
てめえも仕事をしろこの性悪女、と脳内で罵倒をこぼしつつも倉井はキーボードを打つ手を動かす。
すると
「――いや、今日は特に急がない。挨拶まわりもひと段落したからな」
綴がそんなことを言った。
彼がこのポストに収まってからというもの、放課後はほぼずっとどこかに出かけていたのだ。
挨拶まわり、と言っているが一体なんのためのものなのか、倉井にはわからない。
ただ、この学校の『生徒会』というものの価値は彼女も十分知っている。
神木は古くから合併、吸収を嫌って孤立してきた小さな町だ。今でこそ若者が外に拡散するようになったが、それでもその割合は他と比べるとまだ低い。その地の中心にあるこの学校のこのポジションは、並みの生徒が想っている以上に将来に繋がっている。
かくいう彼女も、神木でのし上がった成金の親に言われるままこの位置についた。まあ、『良い子』を演じるにはちょうどいい場所でもあるのだが。
とにもかくにも、ここにいれば神木の地での将来は明るい。特に代々権力者を生んでいる生徒会長のポジションには大きな意味がある。
そういうわけで副会長の愛華は生徒会長と距離を縮め、あわよくば将来……と頑張っているわけなのだが……
「……今日は花を持って出かける相手も不在だしな」
ふと意味不明な生徒会長の言葉が耳を掠め、倉井は思わず手を止めた。
「え――?」
部屋の隅で会議資料の製本作業をしていた残りのメンバーもぴたりと動きを止め、せんべいを頬張っていた愛華すら、ぼろりとそれを床に落とす始末だ。
「つ、つづるさまっ!? そそそそれって一体どおいう!?」
「言葉通りの意味だが」
「〜〜ッ!」
愛華がショックのあまり意識を失い引っ繰り返った。
(マジか)
漫画じゃあるまいし、と冷ややかに眺める倉井に対して、男子役員はわらわらと慌てだす。
「せ、瀬戸ちゃんが卒倒したぞー!」
「保健室っ保健室! ってあ! 今日の放課後手鞠先生いないんじゃなかったっけ!?」
「ど、どうしよう! じ、人工呼吸かああ!?」
(――は?)
「お、俺が!」
「いや僕が!」
「何を言っとるそれは保健委員長の俺の役目ッ!」
3人の男子がこぞって愛華の唇を奪おうとしたところ
「てめえらドアホか」
容赦ない倉井の蹴りが彼らに炸裂した。
「ぶごほぉッ!?」
3人は団子になって扉に衝突。
どんがらがっしゃんと音を立てて、ドアは見事に外れてしまった。
「…………」
思わぬ人物の言動と動作に目を丸くする女子役員達。
(…………あちゃー)
やってしまった、とばかりに倉井は掌で顔を覆う。
するとその直後、タイミングを見計らったように1人の女が部屋に入ってきた。
「?」
黒いスーツでかっちりと身を固めたその女性。雰囲気から、学校の関係者でないことは明らかだった。
彼女は呆然と突っ立っている役員達の横を素通りし、綴の前に立った。
「……怪我人及び病人を運びます」
彼女が許可をとるようにそう言うと、彼は目も合わさずただ頷いた。
それを確認して、女は軽々と男子高校生3人と瀬戸を肩に担ぎ、保健室の方向へと歩いていった。
「……す、すごい腕力……」
女子の誰かがそうこぼしたが、倉井にはあの体形であの腕力が出せるとは到底思えなかった。
つまり、人間業じゃない。
「あ、あの、さっきの人は……」
倉井が問おうとした矢先、綴はするりとその脇を抜けていってしまった。
「悪いが今日は先に失礼する。君たちも遅くならないように帰るといい」
彼はそう言って、部屋を出て行った。
* * *
…………ああ。
今、何時なんだろ。
寝すぎたかな。
……いや、セキがいるから大丈夫か。
なんか、やたら気持ちいいなあ、ここ。
あったかいし、やわらかいし……。
もう、ちょっとだけ……
「…………?」
無意識に頭のほうへ伸ばした手が、何かに触れた。
掠めたのは、布の感触…………?
――と思った矢先に
ガン!
「あだッ!?」
後頭部に打撃をくらって反射的に跳ね起きる。
「なんッ」
理不尽な目覚め方と痛みに涙目で振り返ると、そこにはなぜか、瑞葉がしゃがみこんでいた。
スカートの裾を押さえて、どこか恨めしそうな目で俺を見つめている。
「……みずは? なんでここに」
意外な人物がいて毒気を抜かれた。
昨日に続いて、彼女は今日も学校を休んでいたはずなのだ。
「知るか。……ったく」
ばっと彼女は立ち上がり、あさっての方向を向いてしまう。
「?」
ていうか、セキの姿がない。
俺をほっぽってあいつはどこへ行ったんだ。
完全にもう夜じゃないか。
「……随分くたびれてるな、お前。転がってるお前見て最初ボロ雑巾かと思ったぞ」
瑞葉がそんなことを言ってきた。
「そりゃ、まあ……って仮にも人間を雑巾と間違えるなよ!」
「式神は作れるようになったのか?」
「う……いちおう。……ぐにょぐにょだけど」
「…………」
瑞葉が深い溜め息を吐いた。
「これでも頑張って作ってるんだって!」
「どーせ無理して人型とか作ろうとしてんだろ。従順でカワイイ下僕とかお前が考えそうなことだよ」
ズボシ!!
「それを作るのは今のお前には絶対無理だな」
「……なんでだよ」
「お前人間の身体の構造とかよくわかってないだろ。特に女となれば尚更」
「んなッ!?」
ここにきてまだ童貞オオカミいじめが始まるのかッ!?
「……真面目な話だ。人型の式神を作る輩はそれこそヒトの細胞単位まで学んで、意識して、構築して成すんだ。……そこまでの労力、式神ごときに使う時点で世紀の大馬鹿だけどな」
嗚呼、偉大な先人達がバカにされている……。
「……でもさあ、俺だって最初は木村先生が使ってた鳥みたいなやつを意識して作ったのにそれらしい形になんなかったからあえて険しい道をだな……」
「久城のくせに屁理屈言うな。……まあ、鳥ってのは悪くないが、最初に作るにはちょっと難しいかもな」
そう言って瑞葉は、おもむろに上着のポケットから白い紙と筆ペンを取り出した。
「それ式神用の……?」
型は既にとられていた。
が、その型は昨日木村先生が見せてくれたどの見本とも異なっている。
さらさらとそれに文字を書いた瑞葉が、ふっと息をかけると。
「ぅわ……」
青白い光をまとって浮き上がったのは、魚だった。
きらきらしていて、幻想的で、優雅で
「綺麗だな、これ」
思わず手を伸ばしてしまうほど、それは美しかった。
「これならお前もちょっとは楽に作れるはずだ」
「えェ!? うそ!?」
「嘘言ってどうすんだよ。魚はもともと木行だからな。お前の気と馴染みやすいはずだ。相性ってのがあるからな」
むむ?
「魚って木行なのか? 水っぽいんだけど」
「水とも馴染みやすいけどな。本来は『水に生かされるもの』って括りに入るから、木だ」
「へえ……。じゃあ今日はこれで作ってみる! さんきゅな! 瑞葉!」
「礼を言うのは成功してからにしろ。ほら、迎えが来たぞ」
瑞葉がそう言うと、空からセキがぱたぱたと降りてきた。
「用事が終わったそうです。保健室で待っていると」
「わかった。瑞葉はどうする?」
見ていくか? と確認したところ、彼女は首を横に振った。
「邪魔だろうからいい。とっとと行ってこい」
「そっか。見てろよ、明日には完璧な式神作って見せるからな!」
俺はそう豪語して、扉へと向かう。
……でもそういやなんで瑞葉がここにいたんだろう。
ってかなんで蹴られたんだ俺?
……いや待てよ。
あの状況をよく思い出してみろよ。
手を伸ばしたらすぐ届く範囲に彼女はいた。
俺の枕元でへたりこんでた。
……もしかして。
もしかしなくても。
膝、貸してくれてたんだろうか。
どうしてそうなった的な補完漫画を描いてみました。
キャラ絵とか読者様のご想像を壊す可能性があるのでそのあたりをご了承の上覗いていただけたら幸いです。(PCサイト用ページです)↓
http://akayane.iza-yoi.net/e6-6ss.html
いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。




