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E6-4:本気のアフタースクール

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。あと5分もしたら本鈴が鳴るだろう。

「……ほんとにいいのか? 保健室行かなくて。木村先生なんだから気兼ねもないだろ?」

「休むだけならベッドの上でもここでも大して変わらねえよ」

 瑞葉はそう言って、建屋の陰にしゃがみこんだまま動こうとしない。……頑固だ。

「……それよりお前、5限始まるぞ。さっさと行けよ」

「え、でも」

 俺が躊躇していると

「彼女は僕が見ていましょう。それなら貴方も安心でしょう?」

 セキがそう言ってくれた。


 ……まあ、俺がついてるよりこいつがついてるほうが瑞葉もゆっくりできるか……?


「わかった。ちゃんと休めよ。帰るんだったら送ってやるから、セキ、頼むぞ」

 そう言うとセキはこくりと頷いた。






 * * *

 授業再開のチャイムが鳴る。

 体育の授業があるのだろう。校庭のほうからホイッスルの音と、生徒たちの声が響く。

「……少年の言うとおり、何もこんな硬い地面の上で休まなくてもよいのでは? それともあの養護教諭にも気を遣いますか」

 小鳥姿のセキは、傍らで眼を閉じてコンクリートの壁にもたれかかっている茨乃にそう語りかけた。

「……お前も結構お節介だな。まあ、そんなとこだ」

 一息ついてから、茨乃は言う。

「前にも倒れたとこ見られてるからな。保健医には当分久城の教育のほうに専念してもらわないと困る」

「……時間がないから?」

 セキの問いに、茨乃はふと笑う。

「ないっつったらないんだろうな。ここのところ一帯の心鬼も落ち着かなくなってるし、土耶まで動いてきた。どうにかなる前にさっさと楽になりたいんだよ」

 またしばらく間を置いて、セキは問う。

「貴女はそれで救われますか?」

「私がそんなの求めるように見えるか?」

「……いいえ。見えないですね」

「なら聞くなよ」

 そっけない茨乃の返事に、けれどセキは優しく言う。

「……僕もそっち側だったんですけどね。怒る人間もいるみたいですよ」

「……知ってる」

 見事に晴れ渡る空を見上げてから、茨乃は再び眼を閉じた。






 * * *

「さて久城君。今日からレッスンを始めるわけだけど、その前に君にプレゼントがあるの」

 放課後。部活で残っていた生徒も皆下校した頃、木村先生と俺は保健室のテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。

「プレゼント?」

「そう。退魔初心者用のスターターキットみたいなものよ」

 そう言って机の上にどかりと置かれたのは、妙に存在感のある黒いトランク。ぱっと見た感じ、美術部の奴が持ってた画材入れみたいにも見える。

「え、そんなのもらっちゃっていいんすか!? なんか高そうっすけど……」

「いいのよいいのよ。久城君の将来に投資したようなものだから」

 ……将来何倍返せばいいんだろう。


「ま、とりあえず開けてみて」

 先生に促されるまま、トランクの鍵に手をかける。


 ……なんかワクワクするな!

 退魔初心者用のアイテムっていうくらいだから、銃とか警棒とか手錠とか蝋燭……じゃなかった、とりあえずなんかこう、デンジャラスな香りがぷんぷんするもんが入ってるんだろうな!


 ……と思っていたのだが。

 蓋を開けてみるとこれがまた。


「……なんか、救急セットみたいっすね」

「まあね」


 包帯みたいに真っ白な御札。

 消毒液みたいな瓶に入った水。

 比喩ではなく普通の絆創膏とガーゼとハサミ。

 ……あとは折り紙みたいな紙と、筆と墨。

 それからおまけみたいについてる小さな十字架と小さなわら人形。……って、わら人形?


「…………和風なんだか洋風なんだかって感じっすね」

 率直な感想をこぼすと、木村先生は感心したように頷いた。

「あら、よく分かったわね。そうなのよ、結構オールマイティーでしょ?」

 オールマイティーって言葉でいいのかこれ!?

「鬼退治専用キットってわけじゃないからね、とりあえず色々入ってるのよ。でもこれらを使いこなすのがこの業界では基本だから、そこんとこから攻めていくってわけ。オーケー?」

 若干引き気味の俺の背中を叩くように先生はそう言って立ち上がった。

「さ、久城君の場合講義より実践って感じだから、とりあえずやってみましょうか」

「や、やるって何を?」

 俺の問いに、先生はにっこりと答えた。

「とりあえず、追いかけっこでもしてみる?」





 * * *

 …………朝が、来てしまった。

 やべえ、瞼が死んだように開かねえ。

 どうしちゃったの俺の眼球……。嗚呼。

 起きたくないよ! まだ寝たいよ! 寝たりないよ! だるいよ! しんどいよママ!


「こら少年! 早く起きて支度をなさい。またギリギリに登校するつもりですか!」

 カカカカっと啄木鳥きつつきのごとく俺の額を突っつくセキ。

「あたっ! あたたた! やめっいたいっ起きるからつっつくのやめて! 頭に穴が開く!」

 あまりの痛さに飛び起きると、セキがぷりぷりと説教を垂れる。

「訓練初日からそんな調子でどうするのですか。日本男児ならもっと気合を入れなさい気合を!」

 ……なんかこいつ小さいお袋みたいだよ。

「や、でもまさか木村先生があそこまでハードだとは思わなかったからさあ。先生ってスポ根世代か?」

「そこまで年増じゃないでしょう」

「そうだな。お前のほうが年増だもんな」

 ガガガガガッ!

「早く起きなさい」

「……お、起きれなくしてるのはお前だろ……」




 その日の俺のぐだぐださは脇谷にも心配されるほどだった。

 昼休みに飯も食わずに机に突っ伏していると

「……あー、お前さ、もしかしてカノジョと別れた? 全身からなんか疲れきったオーラ発してるよな」

「……いやだから違うって。昨日は大人の本気についてくのに必死だったんだよ……」

 そう言うと脇谷がガタっと音を立てて椅子から立ち上がった。

「なあッ!? お、おま、年上の女性と付き合ってたのか!? 相手いくつだよ美人か教えろこんにゃろっつーかそんなにも疲れるような熱いプレイをしたってのかッ!? 一体どんな!? 詳細を教えれッ!」

 ……あーあ、そんな大声で叫ぶから周りの男子まで興味津々な顔で聞き耳立ててるじゃねえかよ。

 なんでこいつは全部色恋に持って行きたがるんだろうなあ。



 それにしても、昨日の晩の木村先生は本気だった。

 最初はあんなふうに軽く『追いかけっこ』なんて言ってたけど、蓋を開けてみるとガチのリアル鬼ごっこ。

 鬼はもちろん木村先生で。

「エリアは校舎内。久城君はとりあえず私から逃げてみて。こっちから色々仕掛けるから、その都度それらの道具を使って工夫して防ぐのよ? まあ、今日はそれらの道具をどういうシチュエーションで使うかの見当をつけることが出来れば上出来ね。使い方は追々教えるから」

「!? なんかそれ順番逆じゃ!?」

「だって先に道具の説明うだうだしててもつまらないでしょ? それに道具の使い方は君の守護精霊ちゃんも大方分かるんじゃないかしら。逃げてる間に彼女に教えてもらっても構わないわ」

 先生は俺の肩にとまっていたセキを指してそう言った。


 で。


「どひゃあああああああ!?」

 後ろからビュンビュンと勢いよく飛んでくる謎の紙飛行機――いや、よく見たら鳥の形をした白い紙だ。

 紙のくせにくちばしがやたら尖っていて、既に1羽が肩を掠めてシャツの袖が切れてしまった。

「オラオラ身体能力に任せて逃げてるだけじゃそのうちケツの穴が増えるわよ!!」

 ちょ、ケツって!

「せんせ口調変わってね!?」

「素かもしれませんよ。こっちが」

 そんなァ!?

「そら次ぃ!」

 先生が理科室から引っ張りだしてきた人体模型に札を貼り付けると、ガシャガシャとそいつが動き出し、猛スピードで追いかけてきた。

「ぎゃあああああ!? 怖すぎだろおおおお!?」


 その後俺は人体模型に捕まり、みしみしと熱い抱擁を……。



 ……思い出したら涙出てきた。

「なんだよお前、思い出して涙出るほどすごかったのか!?」

「……ああ、すごかったさ……」

「うらやまスィーー!!」

 ……もう勝手に想像してろ馬鹿。


 1人で盛り上がっている脇谷は置いておいて、教室の隅を眺める。

 瑞葉は、今日は休みらしい。

 昨日も結局1人で帰ってやがるし、ったく。

 ……心配してんのに。



 * * *

「昨日私が使ったのが式神。これは結構メジャーだから久城君も知ってるでしょ?」

 今日の放課後も先生と秘密のレッスン。

 どうやら今日は講義から入るらしい。

「映画で陰陽師が使ってるの見たことあるっす。……でも映画の中じゃ紙切れじゃなくて綺麗な女の子だったような?」

 そうそう、それこそ蝶のような!

「あはは、何を媒体にするにしても人型をとらせるのはそこそこ高度な技術がいるからね。その道の人じゃないと出来ないかも」

 木村先生の言葉にセキも頷く。

「ですね。そも式神とは、簡易な仕事をさせるための使い魔。その最低限の働きをさせるのに、労して人の形をとらせる必要はあまりありません」

「まあ久城君がどうしても、美少女の、久城君のために何でもしてくれる甲斐甲斐しーい式神が欲しいっていうなら、知り合いの陰陽師を紹介してあげてもいいけどね?」

 ……美少女の、甲斐甲斐しい式神?

 つまり俺専属のメイドのような式神ってことか!

 ……ムフ。ってことは複数使役できればハーレムも夢じゃな

「僕は人型の式神を複数同時に使役し続けた者を幾人か見てきましたが例外を見ず皆早死にしましたね」

「そんなッ!?」

「人間、身に余ることをすると駄目ってことねー。いい教訓だわ」

 しみじみと頷く先生に、がっくりとうなだれる俺。

 すると、ぽんと先生が俺の背中を叩いた。

「もー、久城君たら! 人型式神なんかに頼らなくてもここに素敵な女性が複数いるじゃない。贅沢言わないの」

「……はは。先生はともかくセキは鳥っすけどね」

 そう言うとセキがさくりとした視線を投げかけてきた。

「鳥では不満ですか」

「あ、いや全然そんなことないぞ? お前は鳥のままでも全然可愛い、うん、可愛いからくちばし準備するのやめてってアタタタタ!?」

 セキのくちばしに追い立てられて保健室中を走り回る。

「……だけじゃないんだけどねー」

 そんな様子を可笑しそうに眺めながら、先生が苦笑気味に何か呟いた。

「え!? 先生何か言いました!?」

「ううん。ほらほら、式神の作り方教えるから席に座って座って。出来るまで今日は帰さないから♪」


 先生のお茶目なその言葉が、本気だったと知るのに時間はかからなかった。


……ただでさえ更新遅いのに自分で自分の首をしめてしまいましたすみません。いつもありがとうございます。

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