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E6-3:不穏のスクールライフ

 帰路。

 なんとなしに口笛を吹いていると

「ご機嫌そうですね」

 突然小鳥姿のセキが傍らに現れた。

「なんだ、ずっとついてたのか?」

 昼間もいつの間にか学校に来ていたし、もしかしたらずっと側にいたのかもしれない。

「1人で家にいてもつまらないので。貴方はなんだか楽しそうでしたね」

 セキの言葉の端にはなんだか少しばかり棘があった。

「もしかして拗ねてる?」

「拗ねる? 僕がですか?」

「お前もたこ焼き食いたかったのかなって。今度おごってやろうか?」

「……いえ、心遣いは感謝しますが遠慮しておきましょう」

「?」

 なんで遠慮すんのさ、と首を傾げると、セキはやれやれとその小さな頭を振った。

「少年。ひとつ忠告しておきますが、あまり誰かれを平等に誘わないことです。はたから見ても自分から見ても『特別』が分からなくなるでしょう?」

「ん? 特別?」

 俺がオウム返しすると、いよいよセキはうなだれた。

「……あれだけ無駄にテンションを上げておきながら……。まあいい。まだまだ青いですね貴方は」

「なんか俺のこと馬鹿にしてないか?」

「いいえ、感心しているのですよその愚鈍さに」

「あっほらグドンっつった!」

「おや愚鈍の意味は分かりましたか」

「高校生なめんな!!」

「その割には漢字に変換が出来ていないようですが」

「るせー!」




 * * *

「茨乃姫様ああああ! 助けてえええごっ!」

 茨乃が自宅玄関のドアを開いた途端、そんな絶叫と奇声と共に闇里が目の前で転倒した。と同時に、大きな音を立てて床に広辞苑が転がった。

「……おい小夜、玄関に向かってこんなもん投げんな。私に当たったらどうする」

 茨乃は半眼でリビングの入り口に立つ小夜に文句をつける。

「当たってないからいいじゃない。それよりそこの馬鹿今からコロしたいから封印解いてくんない? 今だけでいいから。一瞬で終わらすし」

 殺気だった眼で弟を見据える小夜。

「ぴゃああ!? 駄目っ、駄目ですよ茨乃姫様! 姉さんは本気ですぅう!」

 子犬のように茨乃の陰に隠れる闇里。

「……お前ら何やってんだよ」

「お、おうちのハードディスクデコーダーの容量がいっぱいになっちゃったから、僕、古いものから消してたんですっ! それが姉さん気に入らなかったみたいでっ」

「……気に入るも何もあんたねえ!? この私に断りもなく勝手に『魔道少女』シリーズ消してんじゃないわよ! しかもあんたが録った番組は全部残してあんじゃないのよ喧嘩売ってんのよねえ死ね! 死んで償え! むしろ死んでからも償え!」

「どどどどうやってえええ!?」

 今まさに小夜の指先から即死光線が飛び出そうとしたその時――


「……ああもう、消しちまったもんは戻らないんだからDVDでもブルーレイでも何でも買ったらいいだろうが!」


 茨乃のその一声で、小夜の指先から光が消えた。

「――え? いいの?」

 ぽかんとした表情で聞き返す小夜。

「……し、茨乃姫様、シリーズのボックスって結構高いですよ? 多分姫様が思ってる以上に……」

 生命の危機よりも良心が勝る闇里が茨乃に耳打ちする。

「マンションの修理代より安いだろ。ったく毎回毎回しょうもないことで喧嘩しやがって。散らかしたもん全部片付けとけよ」

 それだけ言い残して茨乃は自室に入っていった。


 しばし、呆然と立ち尽くす精霊姉弟。

「……機嫌、良いですね? 何か良いことでもあったんでしょうか」

 そこそこ守銭奴な茨乃がすすんで彼らに支出を許すことなど稀なのだ。この手の出費なら皆無だったといっていい。

「……だとしたらあんたより単純ばかなんじゃない、あの子」

 呆れ気味に、小夜はそうこぼした。




 * * *

 次の日、俺はセキに突っつき起こされ、寝ぼけ眼のまま予鈴ギリギリに登校した。

 するとなぜか教室はからっぽで、

「こら久城、まだいたのか! 今日は全校集会だ。体育館に移動しろー」

 廊下からバーコードに怒鳴られた。

「全校集会?」

 そんな連絡あったっけ? と首をひねりつつもセキの無言の圧に押されて体育館に急ぐ。


 ちょっと遠慮がちにうちのクラスの最後尾に並ぶと、脇谷の奴も遅れた口だったのか俺のすぐ前にいた。

「集会なんかあるって言ってたっけ?」

「いいや、今朝放送で召集がかかったんだとよ。なんの話か知らねえけど1限目潰れてくれてラッキーだよな」

 まあそうか、と頷いて前を見る。

 しばらくすると壇上に生徒会役員が上がりだした。

「あっ、瀬戸ちゃんだ!」

 脇谷が歓声を上げる。

 瀬戸ちゃんとはマイクを持つと必ずどもることで有名な副会長だ。上級生なのにその外見と声が完全にロリ(でもなぜか胸はある)なので下級生からもこのとおりちゃん付けで呼ばれ、変にアイドル化されている。

「み、皆さん、急な集会、であるにも関わらず集まっていただっ……いて、あり、ありがとうございます!」

 彼女が喋った途端どっと声援が沸く。

「瀬戸ちゃーん! 噛んでるよー!」

「そんなとこがキャーワイー!」

「がんばれー! せ・と・ちゃん!」

 もう毎度のことなので教師も誰も止めない。

「学び舎における生徒会とは生徒をまとめるいわば統括機関でしょう? もっと威厳があってしかるべきものだと思っていましたが現代ではこういったものなのですか? この変遷には驚きました」

 いつの間にか俺の頭に乗っていたセキの感心したような耳打ちに、俺はいやいやと頭を振る。

「うちの奴らの頭がおかしいだけだ。ロリキャラのどこがいいのか俺にはさっぱりわからな」

 ゴッ!

 ――脳天にものすごい衝撃を受けた俺は立ったまま意識を飛ばした。




 パチパチパチ……

「!?」

 突然の拍手喝采で意識がカムバックする。

 とりあえず周りに合わせて俺も拍手してみる。

 なんだなんだときょろきょろしてみると、壇上にはあまり見覚えのない生徒の顔があった。その隣には相変わらず副会長がマイクを持って立っている。

「そ、そそそれでは信任ということで。本日より生徒会長は土耶君になります。それでは、かいさーん!」

 副会長の一声でわらわらと皆が帰りだす。

「なんの話だったの?」

「うわ、お前立ったまま寝てやがったな!? 瀬戸ちゃんが頑張っていっぱい喋ってたのによー」

 いや、好きで寝たわけじゃない、と頭の上のセキを睨むが、奴は知らん振りでそっぽを向いていた。

「生徒会長が長期入院するんだってよ。んで代わりの会長立てるから信任しろって話」

 ああ、だからさっきの拍手か。

 けど代理って選挙とかしないんだ?

「まあ会長なんて誰でもいいけどな。瀬戸ちゃんさえいりゃあ俺は全然構わないぜ!」

 グッと親指を立てて笑う脇谷。

 そっか。こいつはそういう趣味だったんだな。

「さて、戻るかあ」

 脇谷につられて俺も踵を返す。

 そこでふと、俺は瑞葉に気がついた。

 列には並んでいなかったのか、体育館の隅の隅にひとり佇んでいる。

 その視線は真っ直ぐに、壇上を見ていた。

「?」

 その視線を追う。

 その先には、新しい生徒会長であろう例の男子生徒がいた。

 壇上は遠くて表情は見えない。

 けど、2人の視線が完全にかち合っているのは明らかだった。




 後で知った事実なのだが、新生徒会長はなんと編入したてのほやほやらしい。

「なんでいきなり会長になってんの?」

「俺が知るかよー。女子に聞いた方が知ってるんじゃね?」

 昼休み。昨日の教訓を活かしてパンを買ってきた俺は脇谷とそんな会話を繰り広げていた。

「遠くてあんま見えなかったけどさ、なんか顔がイケてるんだとよ。女子どもがさっき騒いでた」

「ふーん……」

 ソーセージパンにかぶりつきながらふと教室の隅を見る。

 瑞葉の席は空席だった。

「女ってのはどーしてこう、男前に弱いのかねえ? あーあ、瀬戸ちゃんも会長にきゅんきゅんしてんのかなあ。……ってかよく考えてみりゃ今の生徒会って無駄に巨乳女子率高くね?」

「んーだっけ?」

「だってほら、書記の倉井も超地味だがあのプロポーションはかなりのもんだぜ? しかもメガネときたっ! 生徒会室やばくね? 軽くパライソ? かーっ奴が羨ましくなってきたっ」

「ふーん」

 脇谷の猥談に生返事をしていると奴がふくれっ面を始めた。

「んだよー、ノリ悪いなあ! さっきから何考えてんだよ」

「ん? いや、ちょっと」

 すると脇谷が妙に神妙な顔をした。

「……お前、やっぱり女が出来ただろ」

「……は!? なんで?」

「だってよ、なんかぼけーっとしてるじゃねえか。どうせカノジョのことばっか考えてんだろ? あーもう、何か気になってんならメールでも電話でもなんなりして来いよ鬱陶しい!」

 俺の背中を叩くようにして席を立たせる脇谷。

 何か完全に勘違いされているが、

「じゃあちょっと」

 お言葉に甘えて、教室を出た。






「みずはー?」

 昨日彼女がいた場所――屋上にそれとなくカマをかけて訪ねてみたが、どうやらいないらしい。

 頭の上に乗っかっているセキに思わずこぼす。

「つかあいつ普段どこで飯食ってんだろうな? 教室で食ってるとこ見たことねえしさ、そもそも昼飯食ってんのかも怪しいし」

「……まあ、人としての最低限は摂っているでしょう。ねえ?」

 ふわりとセキが上へと羽ばたく。

 とまった先は建屋の上。瑞葉がこの間座っていた場所だ。

「……あ」

 セキに突っつかれてむくりと人影が身体を起こす。

「なんだよ、いたのか」

「…………」

 どこか気だるげに、瑞葉がこちらを見下ろした。

「? なんかしんどそうだけど大丈夫か?」

「……寝起きでだるいだけ。何か用か暇人」

 そう言って降りて来もせずにゼリー飲料を咥える瑞葉。

「げ、なにそれ昼飯? そういうのは風邪引いたときとかにおやつとして飲むもんだろ?」

「お前でも風邪ひくんだな」

「言われると思ったけどさ!」

 飲み終えたのか、容器をくしゃりと丸めて非常に面倒くさそうに降りてくる瑞葉。

「…………で何の用だよ。喚きに来ただけか?」

「いや、えっと……」

 あれ? 俺ってなんで瑞葉を探しにきたんだっけ。

「?」

「……や、ほら! 今日新しい生徒会長になった奴いるじゃん!? あれってなんかすかした顔してたと思うんだけど女子の間じゃイケメンとか言われてるらしいぜ、俺のほうがイケてるよな!?」

 って何の話してんの俺?

「……知るか。んな話しにきたのか? ほんと暇だなお前」

「み、瑞葉だってそこで昼寝してたんだろ!? 人のこと言えるのかっての!」

「そういうの逆ギレっつーんだ」

「キレてないもん!」

「ほら今キレた」

「ちくしょー口じゃ勝てねえ!」

「口以外じゃ勝てると思ってんのかよ童貞オオカミ」

「思ってねえけどその呼び方結構ひどいからやめて!」


 ――ガチャリ。


「!」

 にぎやかに喋っていたのに、ドアが開くその音がやけに大きく聞こえてぴたりと口をつぐんでしまった。

 しかもその扉を開けたのが、ついさっき話題に出した生徒会長だったのだからなおさらだ。

「……お取り込み中のようだが、失礼する。瑞葉くんは君、だな?」

 ドアの閉め方、喋り方、果ては姿勢まで。どれをとっても年齢不相応な立ち居振る舞いをする奴だった。

 手入れの行き届いた短髪、前髪を後ろにやっているせいで強調される切れ長の目が、どことなく御曹司オーラを放っていて鼻につく。


「………土耶」

 張り詰める空気。

 瑞葉はそいつを鋭く睨んだ。

 その眼には明らかな嫌悪と、けどもうひとつ、別の感情が滲んでいるようにも見える。

「そう恐い顔をしないでくれないか。せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ」

 奴はそんなぞわっとするような台詞を吐きながら一歩前に出た。すると瑞葉は一定の距離をとるように一歩下がった。


 ――やっぱり。


 その様子を見た奴は可笑しげに微かな笑みを湛えた。

「確かにそこに『いる』んだな。共鳴している」

 さらに一歩近づく。すると

「……ッ」

 瑞葉の右腕が鬼のそれと化した。

 が、いつもと様子が違う。

「瑞葉……?」

 意図的じゃない。

 疼く右腕を左手で必死に押さえ込もうとしているみたいだ。


「……ほう」

 しかし奴はそんな間抜けな息をこぼした。

「それが力の権化か。……良いな。それこそ俺が求めていたものだ」

 鬼の腕に惹きつけられるように、奴はまた一歩踏み出す。

「俺のものになれよ、瑞葉茨乃。未来永劫大事に飼ってやる」


 ……!?

 飼う、だ?


「その意識はいずれにせよ絶えるかもしれないが、死の肉体的苦痛は味わいたくないだろう?」


 何の話をしてるんだ、こいつ。


「君はこの地の守り神になれる。ただの人として蝕まれて死ぬより比較できないほど意味のある生だと思わないか?」


 ……意味、わかんねえけど……なんか、


「ムカつく」


「!」

 気がつけば、俺は奴の胸ぐらを掴んでいた。

 それも、右手で。


 俺のことなんて視野に入ってなかったのか、奴は心底驚いたように目を丸くしている。

「おいお前、とっとと失せろ。何か目障りだ」

 こっちは本気で睨んでるってのに、奴はすぐに平静に戻った。

「……初対面で目障り、とはなかなか言ってくれるじゃないか。君は彼女の付き人か?」

「るせえ。ごちゃごちゃ言ってねえで早く消えろ」

「ならその手を離してくれないか」

「……っ」

 食えない奴だ。


 俺がぱっと手を離すと、奴は大人しく引き下がった。

「では、また」

 それだけ言い残して奴は扉の向こうに消えていった。



「いけすかねえ奴。……けどあれのお陰で右手動くようになったぞ! ほら!」

 ぱっと瑞葉のほうを見ると、

「……お前、あんまりあいつに目つけられんなよ。面倒だ」

 右腕は元に戻っているようだったが、顔が青ざめていた。

「なあ、やっぱ顔色悪いぞ? 熱でもあるんじゃないか?」

 目に見えて顔面蒼白だったので何も考えずに彼女の顔を覗き込み、額に手をやった、

 ら。


「!」

 思いのほか瑞葉の肩がびくついて、ばっと後ずさった。


「、余、計なことすんなっ」


 さっきまで真っ青だった瑞葉の顔は、なんでかトマトみたいに真っ赤だ。


「あ……わり」


 顔を真っ赤にしたまま俯く瑞葉と、なす術がなく立ち尽くす俺。


 ……。

 …………。

 …………あれ、なんだろこの間。


 別に悪いことをしたつもりはないのになんかいけないことをしちゃった感がひしひしと……それこそダチの服についてた抜け毛を親切心でとってやったつもりなのにジンクスかなんかで失恋しちゃうだろ的に逆に怒られた気分みたいな……


 ――ガシャン。


「っておい!?」

 気がつけば瑞葉が背後の金網フェンスに倒れるようにもたれかかっていた。


今回更新速いんじゃないと思ったら案外そうでもありませんでした。

茨乃さんはさわるの平気だけどさわられるのNG。そんな人。

不器用な人が多いですこの作品。

いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。

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