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E6:不器用スクールライフ

 ――一般住宅を装ったスパイ家族の要塞。

 みたいな言葉がこれほどしっくりくる家は他にはないと、彼女は思っている。


 確かに、外観は洋館風だが、言うほど突飛なものでもなく、ちょっと小洒落た小金持ちが建てそうなありふれた一軒屋だ。

 客間には、シックな色使いの壁紙、派手すぎない、けれど値段の読めないアンティーク家具。

 床に敷かれた赤い絨毯は……少し派手だと以前から思っていたが、経年劣化か少し色が落ちていて、そこにまた味が出ているあたりがなんとも言えない。

 と、ここまでは『まあどこかの異人館もどきか』と思える範囲だが、酷いのはここからだ。


 ガコーンと鉄の音が響いたかと思うと、サーッと本棚が自動的に左右に開きだし、その奥から鉄格子が覗いたかと思えばガラガラとそれが開く。

 こんな、映画にしか出てきそうにない家庭用エレベーターから降りてきたのは、中学生くらいの少年だった。

 くっきりとした大きな眼が印象的な、どちらかというと女の子らしい顔立ちの少年だ。


「今日は何のご用でしょうか、先生。生憎姉は不在なので妖のレンタルはまた後日になりますけど」

 まだあどけなさを残すその少年――神宮寺じんぐうじ封眞ふうまは、その外見とは裏腹に少々擦れた喋り方をする。

 テーブルを挟んで向かいに座る彼を見て、手鞠は微笑んだ。

「もう、封君たら『久しぶり』、の一言もないの? ちょっと見ない間に背伸びた?」

 すると封眞は不服げに腕を組んだ。

「親戚のオバサンみたいな台詞言わないでくださいよ、先生。それに言うほど久しぶりでもないでしょう」

「そうだっけ?」

「もう物忘れですか。大人って大変ですね」

「失礼ねー」

 軽く頬を膨らませつつ、手鞠は言う。

「まあ今日は風香に用があったわけじゃないから気にしないで。道具を買いに来たの」

「道具? 貴女が好んで欲しがるような新商品なんてなかったはずですけど」

「こらちょっと。私をミーハーみたいに言わないでよ」

「事実でしょう。そのくせ商品にケチつけて値切るんですから、たまったもんじゃないですよほんと」

「私のはケチじゃなくて評価。実用の上で新商品の欠点を教えるんだからそっちとしてもプラスでしょ?」

「値切られたら赤字です」

 ……と、不毛な言い合いを少しばかり続けてから、飽きたのか封眞が切り出した。

「で? 何を探しにきたんですか。生憎カードタイプの属性護符の改良版はまだ完成してないですよ」

「んー、あったら欲しかったんだけど、まあいいわ。ほら、初心者向けの道具一式。あれを売ってほしいのよ」

 手鞠の言葉に封眞は首を傾げた。

「そんなもの買ってどうするんですか?」

「勿論私用じゃないわよ。無鉄砲な教え子への贈り物だから」

「贈り物……ですか。貴女が熟年男性以外に貢ぐなんて珍しいですね」

 このとき手鞠のこめかみに青筋が立ったのを、本人も封眞も認識したが

「あはは、封君かわいくなーい」

「それはどうも、ありがとうございます」

 恐ろしいほど美しく、2人は笑んだ。


 ということで、2人は場所を移した。

 移動先は神宮寺家の地下。それもかなり深く、広い。

 明らかに違法建築だろうと言いたくなる構造だが、どういうわけかこの家はうまく隠し通している。


「いつ見ても壮観ねー」

 まるで某ネットショッピングの倉庫のような壮大な空間に、手鞠は心底感心する。

 ここは『純なる混沌』と呼ばれる異色の一族、神宮寺家が誇る納戸兼宝物庫だ。

 ずらりと並んだ棚には、持っているだけで明らかに法に触れそうな武器やら、曰くありげな美術品、一見しただけでは何に使うのかよく分からないガラクタまでありとあらゆるものが並んでいた。

「ご所望なのはこれでしょう?」

 慣れているのか、迷うことなく封眞はとある棚から黒いトランクを持ってきた。

「うん、それそれ。私も最初はここで買ったのよね。懐かしー」

 トランクを受け取り、手鞠はおもむろにハンドバックから財布を取り出す。

「今日はキャッシュで支払うわね」

「出来ればカードにしてくれませんか」

「? なんで?」

「貴女が現金払いするときは何かしら魂胆があるときだけですから」

「あは。バレてた?」

 と言いつつも、手鞠は財布をしまう気配を見せない。

「ねえねえ封君。私もうすぐ誕生日なのよ、知ってた?」

「へえ。また歳とるんですねご愁傷様です」

「あはは」

 手鞠の笑いの狭間に微かに殺気が漂ったのを見てとった封眞は、頭痛げにうなだれた。

「……で? どうして欲しいんですか」

「何かおまけをつけてほしいかな。出来れば新しいもので」

 お札にキスを落とし差し出す手鞠に、封眞はげんなりと溜め息をついた。




「良いもの付けてくれてありがとねー。愛してるわ封君!」

 買い物を終え、ひらひらと手を振って帰っていく手鞠の背中を見送りつつ

「……しわしわのおじさんにしか興味ないくせによく言うよ、ほんと」

 封眞は再び溜め息をついた。すると

「とか言いつつなんだかんだ言って手鞠には甘いよなー、封眞」

 どこからともなく小人のような妖――金斬が現れた。

 頻繁に神宮寺家に戻ってきてはいるが、彼はまだ手鞠とのリース契約が続いている。今日も彼女についてきていたのだろう。

「口で負けてるだけだよ。それに彼女に弱いのはお前も同じだろ?」

 封眞が言うと金斬は大胆に笑った。

「ははっ、俺は美人の姉ちゃんになら誰にでも優しいぞ! ほら、俺ってこんなサイズだからさ、相手も気を許してくれやすいわけ! 手鞠なんて一緒に風呂まで入ってくれるんだぞ!」

「……!?」

 途端、封眞は手で鼻を抑えた。

「……おい、まさか鼻血か、封眞」

 言われた封眞は、段々と顔が赤くなっていく。

「お前、結構むっつり……」

「う、るさい! もう、とっとと戻れ!!」

 顔を真っ赤にして家に駆け込んでいく少年を見て、小さな妖はやれやれと肩をすくめた。

「中学生には刺激が強すぎたみてーだな」




 * * *

「よく考えてみてください。つまりあの女は僕の妹の亡骸を冒涜しているのですよ」

 小鳥姿のセキは、つぶらな瞳で真剣にそう言った。

「だから僕はあの女からレイの力を奪うまで成仏しないことにしました」

「……お前って結構、なんていうか、未練がましいっつーか、しぶといよな」

「それは誉め言葉と取ってよいのでしょうか?」

「そりゃもちろん」


 そんな感じでセキは戻ってきた。

 が、流石に先日の件で力を消耗しすぎたらしい。

 人の形をとることが難しくなったらしく、鳥の姿で喋っている。それも霊体だ。

「そういやタローさんにも真相聞き損ねたままだしな……ってタローさんあの場に置いてきたままだったんじゃ!?」

「彼なら大丈夫でしょう。そもそも彼らに『死』は存在しませんし」

「……んー、まあ、うん。そうだよなあ」

 でもやっぱ気になるから明日学校に行ったらちゃんと確かめておこう。


「ところで少年。本当に明日から学び舎に行くのですか」

「ん? ああ、そのつもりだけど……。って何、まだそんな顔腫れてる!? 昨日よりマシになったと思うんだけどな……」

 左手でそろそろと頬を撫でてみる。

 うん、全然大丈夫。

「いえ、顔のことではないのですが……まあ貴方がそう言うなら僕は止めません」

「?」

 結局セキが何を言いたかったのか、このときの俺にはまだ分からなかった。

 ……のだが。




「…………」

 翌日、セキの言いたかったことが痛いほどよく分かってしまった。

 俺の利き手は、右だ。

 でも右手が。

「……使えない」


 そう、アホかと思われても仕方がないが、昨日一昨日とほとんどベッドに寝転がって全く右手を使わなかったのでそのことに気づかなかったのだ。

 いや、今思えば無意識のうちに右手をかばって左手しか使っていなかったのかもしれない。

 でも、学校に来たらそうもいかない。


 これじゃあノートもとれないし!

 まあ、とったところでテストの点が上がった試しはないんだがな!


「……」

 ペンを握れないわけではないのでとりあえず形だけノートをとっている振りをする。

 ただ、力を込めて字を書こうとすると、

「ッ」

 骨にビリっと電流が走るような感覚を覚えてペンを握っていられなくなるのだ。


 ……なんでだろう。

 医者曰く、骨は砕けてないはずなのに。




 結局、午前中の授業のノートを真っ白にしたまま昼休みを迎えてしまった。

「おー久城、飯食おうぜ」

 隣の席の脇谷が元気よく弁当を掲げる。

「おう」

 ノートはとれなくても腹は減るもんだとしみじみ思いながら俺も弁当を取り出した、のだが。

「…………」

「ん? どうしたよ、フリーズして」

 脇谷が首を傾げる。

「……悪い、俺ちょっと今日約束あったんだわ」

「な、なに!? まさかカノジョと逢い引きかっ!?」

 脇谷のそんなアホなツッコミは無視して、俺はぱっと弁当を引き払ってすちゃりと教室を出た。




「……はあ」

 爽やかな風が吹く屋上で、俺はお袋が出勤前に作っておいてくれた弁当を前にうなだれていた。


 駄目だ。やっぱり左手じゃうまく食えねえ。

 これ以上地面に米粒を落としたら天国の婆ちゃんに顔向け出来ねえぜ……。


「僕がこんな状態でなければ手伝えたのですが……」

 いつの間についてきていたのか、セキが申し訳なさそうに頭を垂れた。

「いや、いいよ。また無理したら危ないんだろ?」

 今の彼女でも頑張れば実体化、人の形をとることができるらしいが、これしきのことでそんなことはさせられない。

「……しゃあねえ、もう手はこれしかない……!」

 俺は断腸の思いで告げる。

「……少年」

 意図が伝わったのか、セキは俺から目を逸らすように後ろを向いてくれた。


 ありがたい。

 これで心置きなく……


「犬食いか?」

「!?」


 突然降ってきた声に思わず肩をビクつかせた。

 声がしたほうを仰ぎ見る。

 屋上入り口の建屋の上に、悠々と瑞葉が座っていた。


 軽い動作で目の前に降り立つ彼女。

 ……スカートの中はスパッツでした。残念!


 俺の視線を感じてか瑞葉はやや半眼気味に

「……意外と元気そーだなお前」

「や、そんなことは」

 なびくものを眼で追ってしまうのは男のサガではないでしょうか。スカートなら尚更。


 とかなんとかしていたら瑞葉がすとんとしゃがみ込んで、ずいと俺の右手をとった。

「!?」

 突飛な動きと距離にちょっぴりどぎまぎする俺に対して、瑞葉はいたって冷静に俺の右手をまじまじと見る。

 その黒く透明な眼で真剣に見つめている。

 そして

「……ダメージを覚えちまってるんだろうな」

 そう呟いた。

「へ?」

「手だよ。医者には骨に異常はないって言われてるんだろ?」

「え。ああ、うん」

 ……瑞葉の奴、やっぱりあの診療所にいたんじゃないか。なんでいなかったフリとかするかなー。

「つまりはこれも錯覚、ということですか?」

 足元にいるセキが瑞葉に尋ねた。

「だな。こいつの手は1回確かに砕けてる。それを覚えてるから手が動かないんだ」

 ……そう、なのか。

 だよな。確かに俺の手、あの女に踏みつけられたとき折れたと思うよ、ほんとに。

「まあそのうち治るだろ。お前がその手を動かしたいと思うなら」

「思ってるぞ!? 今だって……」

 反論しようとしたら、瑞葉と目が合った。

「…………」


 なん、だろう。

 妙に静かで、優しい眼だ。

 どこか、達観しているかのような。


「まあ、1日2日は休めてもバチは当たらねーよ。とっとと奮起してほしいところではあるけどな」

 そう言いながら、ぱっと瑞葉は俺の手を解放した。

「? 奮起って、俺に?」

「他に誰がいるんだよ。お前、弱い自分は嫌だって言ってたよな」

 ……う。ああ。ベソかきながら言った記憶がフラッシュバックしてちょっと恥ずい。

「お前を鍛えてやる」

「……へ?」

 今、なんて?

「強くしてやると言った。それがお前の望みだったんだろ?」

 闇色の眼に覗かれて、俺は一瞬戸惑った。


 ……ああ、そうだ。

 そうなんだ。

 俺は確かにそう願った。願っていた。

 なのになぜか忘れてた。

 ……けど。

 今も間違いなく、俺はそう思ってる。


「ああ! ありがとう瑞葉んぐ!?」

 礼を言い切る前に口に何かを突っ込まれた。


 ……んぐ、白飯だ。

 冷えて固まった弁当箱の形そのままの。


「とっとと食え、犬野郎」

 瑞葉はそう吐き捨てながら、今度はおかずを箸で串刺しにし始めた。

 どんどん刺さっていくおかず達の歪さと量に思わず冷や汗が出てくる。

「み、瑞葉? どうせ食べさせてくれるならもうちょっと甘いシチュエーションでお願いし……」

「次突っ込むぞ」

「むぐう!?」

 無理でした。


……また遅くなってすみません。

ちょっと基本に戻ってスクールライフ感を出してみました。

いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。

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