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E2:鬼バス

 朝は嫌いだ。

 眠いし、でも二度寝したら遅刻しそうになってバタバタするから嫌いだった。

 眠気を押し殺して学校に来たっていうのに、欠伸してるだけで先生に怒られるし。


 そんな日の昼休み。

「久城って低血圧? いっつもねむそーにしてんな?」

 隣の席の脇谷にそんなことを言われた。

「血圧なんて測ったことねーよ」

「じゃあ夜更かしでもしてんのか? ん?」

 ったくやらしー目で見るなっつーの。


 まあ、1年ほど前までは夜の街を徘徊してちょっと喧嘩まがいなことしてたりしたけど。

 今じゃ善良な普通の高校生って奴だよ。

 平和で健全な学生生活を謳歌してるんだよ。


 ……枯れてんなあ、俺。


「お、そうだそうだ。お前今夜、晩飯いけるか?」

 思い出したように脇谷が尋ねてくる。

「ん? 何かあんのか?」

「緑ヶ丘女子との合コン。ファミレスで」


 ……なん、だと!?

 いや、ちょっと待て。だって俺たちまだピッカピカの高1だぞ?

 合コンっていうとあれだ、お付き合いを前提にした出会いが待ってるそんなオトナな場所だろ?

 ……こんなに早くそんな話が来るとは思わなかった!


「行く」

 ひと言で返すと、脇谷は「そう言うと思った」と笑った。

「うちのクラスの女子、全体的にレベルは高いけどガード堅そうな子ばっかだからなあ」

 脇谷のその言葉には同意する。


 うちの学校は元男子校なせいもあって、女子の数がとにかく少ない。

 どれくらい少ないかというとうちのクラスの男女比率が3対1なほど少ない。

 脇谷の言ったとおり、うちのクラスの女子10名は結構可愛かったり綺麗だったりするんだが、男の数が多いせいか萎縮してしまっている感があって、滅多に男子に話しかけてこない。

 それこそクラスが男子と女子で2分されているような感じだ。


「じゃあ俺他のメンバーにも確認とってくるわー」

 脇谷は席を立って隣のクラスへ向かったようだった。


 ……合コンかあ。

 緑ヶ丘女子っていうと制服がブレザーに赤いリボンで結構可愛いとこだよな。

 どんな子が来るかなあ。

 俺、ちゃんと喋れるかなあ。

 結構人見知りだからなあ。


 そんなアホなことをぼけっと考えていると、ふとある視線とぶつかった。

「……?」


 教室の隅の席。

 そこに座っているのはいかにも大人しそうなセミロングの女子。

 瑞葉みずは茨乃しのだ。


 かなりの無口らしく、女子とも喋っているところをあまり見たことがない。

 勿論のこと、俺も言葉を交わしたことはない。

 けど顔は、……実はクラスで1番好みだったりする。


 日本人的な素朴な顔立ちで、でも目はぱっちりと大きくて、それでいてちょっとアンニュイな、大人びた感じがイイ。

 でも孤高なタイプっぽいからきっと男馴れしてなくて、喋りかけてみたら案外真っ赤になったりして……ふふふ。


 けど友達に俺の好みについて語ると『じじくさい』ってよく言われる。


 ふい、と、彼女のほうから視線が逸らされた。

 どうやらたまたま目が合っちまっただけらしい。

 でも、ちょっとだけラッキー。


 そんな幸運と放課後の合コンへの期待からか、俺は知らず鼻歌を歌っていた。





 * * *

 放課後、俺は脇谷以下3名と共に道路沿いのファミレスにやって来た。

 脇谷の姉ちゃんが緑ヶ丘女子高のOGらしく、その伝手で今回の合コンが企画されたのだとか。


 ……それにしても。

「待ち合わせ時間、もう過ぎてるよな?」

 俺が思っていたことを隣のクラスの名も知らない奴がこぼした。

「部活終わってから直接来るって言ってたからさ、もしかしてバスが遅れてるんじゃねえかな?」

 脇谷が手持ち無沙汰そうにメニューを見ながら言う。

「このまま向こうが来なかったらどうするよー」

 その場合このムサいメンバーで仲良く夕飯だろうな、なんて心の中でぼやいて

「ちょっとバス停見てくるわ」

 ソファーの端に座っていた俺は立ち上がった。

「お、わりいな」

「いってらー」

 そんな台詞を背中で受けて、外に出る。



 日はもう完全に落ちていて、空の色が夜のそれに変わりきった頃だった。

 この辺りはぶっちゃけ田舎で、少し遠くを見渡すと山が見えたりする。

 そんな小さな町なわけで、車通りも街灯も少ない。


 ファミレスの向かいにあるコンビニの煌々とした明かりを頼りに最寄のバス停へと足を向ける。

 いかにも田舎ちっくな格好をした錆びたバスの時刻表をじっと眺めていると、向こうのほうからバスのヘッドライトが光ってきた。

「あれに乗ってるかなー」

 思わず独り言を呟きつつ、首を伸ばしてみる。


 バスが目の前で停車した。

 前側の扉が開く。

 けど、誰も降りてこない。


 ……乗ってないのか。


 俺は運転手に「乗らないよ」的な合図をしようとして、息を呑んだ。


「……!?」


 運転席に座っていたのは、おっさんでもお兄さんでも、はたまたおばさんでもお姉さんでもなく、鬼。


 身体が真っ黒で、頭に角が2本生えてて、口からは牙っぽいものが見えてるあれを鬼と言わずしてなんと言う!?


「うわんッ!?」


 俺はソレから目をそむけるようにして逃げ出そうとした。

 のだが。


 ――ガシリ、と。


「なになになに!?」

 脚が動かない。

 というより首根っこが何かに引っかかって動けない!?

 半泣きで後ろを振り返ると

「ギャーーーー!?」

 運転席に座るその鬼が、ありえないくらい腕を伸ばして俺の制服の襟を掴んでいた。

「放せよバカーーーー!!」

 ばたばたともがいてもそれは外れず、むしろ

「ぎゃ!?」

 グイっとありえない力で後ろに引き寄せられて俺の身体は宙に浮いた。

「だっ」

 バスのステップ部分に引っ張り込まれたかと思うと、目の前でバスのドアが閉まる。

「ちょっとーーーー!?」

 そのままバスは走り出した。


 ら、拉致!? 拉致られた!?


 バスの中を見回すと、緑ヶ丘の制服を着た女子数名と夫婦らしき老人2人が客として乗っていた。

 が、皆ぱたりと眠っている。

 気絶したのかそれとも眠らされてるのか、とりあえずこの状態は、有り得ない。


 けれど振り返るのが怖くて動けなかった。


 このままこのバスはどこに行くのか。

 山の中にある鬼の巣にでも連れて行かれて皆食われちまうのか。


 一瞬、鬼に食われる自分を想像してしまって、鳥肌が立った。

「〜〜〜〜」

 俺は意を決して立ち上がる。


「止めろちくしょー!!」

 悠々とバスを運転している鬼に殴りかかった。

 が、目視するのが辛かったので半眼で殴りかかったのがまずかったのか、俺の拳は狙いを大きく外れた。

 そして。

「っ」

 今度は前から、ガシリと首を掴まれた。


 ぎりぎりと閉まっていく気道。

 息が、出来なくなる。

 血の気すら、なくなってきた。


 まずい、このままじゃ、ほんとに、死ぬ。


 ――刹那。

「!」

 バスが急停車して、その勢いで首から奴の手が離れた。


「ぁっ!? げふっ」

 思い切り頭をスロープにぶつけ、ステップに身体が転がる。

 ちょうどうまい具合にバスの扉が開いて、俺の身体はバスの外まで転げ落ちた。

「…………た、なんだよ……」

 軽く脳震盪気味の頭を押さえつつ、俺は前方を見た。


 眩しいくらいのヘッドライトに照らされる人影。

 道路の真ん中に、そいつは立っていた。


「…………?」


 パーカー姿の、細身のシルエット。

 あれは、女?


 けど次の瞬間、俺は自分の目を疑った。

「!?」

 その女の腕が、ガパリと大きく変化したのだ。

 巨大化しただけじゃない。

 あれはもう、人間の腕じゃなかった。


 ――異形。

 そう、それこそ鬼の腕のような。


 その大きな腕はぐんと伸びたかと思うとバスのフロントガラスを突き破り、運転席にいた鬼の頭を掴んでバスから引きずりだした。

 女はそのまま鬼を地面に叩きつけ、鬼はそのまま動かなくなった。


「……す、げ……」

 圧倒的な力を前に、俺はただ呆然としていた。


 するとすぐに、女の腕は通常のそれに戻った。

 そして彼女が、こちらを向こうとしたそのとき。

「!?」

 バスの上からまた別の影が降ってきて、彼女にまとわりついた。

「まだいたのか!?」

 俺は慌てて彼女に駆け寄る。


 少し小ぶりのその鬼は彼女の腕に噛み付いていて、振り回しても離れないようだった。


 ――今度こそッ!!

「腕、こっちに出せ!!」

 俺はそう彼女に言い放ち、しっかり両目を開いて、その子鬼の顔を殴った。


「ーーーーッ」

 金切り声を上げて鬼は吹っ飛び、そのまま地面に落下。

 そいつもそれきり動かなくなった。



 ぽたぽたと、何かが滴るような音が聞こえて気がついた。

 女の腕から血が流れている。

「あんた、大丈夫か!?」


 そのとき、俺は初めてそいつの顔をちゃんと見た。

 そして、目を見張った。


「ぇ……!?」


 そこにいたのは、見覚えのある顔。

 さらりとしたセミロングの髪の、素朴系和風美人。


「みず、は……!?」

 クラスメイトの瑞葉茨乃、だった。


 彼女は俺の顔を見て、大げさに、面倒くさそうに溜め息をついた。

「……最悪」


 …………サイアク?


「ヤな予感はしてたんだけど、こうもドンピシャだとむしろ萎えるっつーか。まあ、仕方ないか」


 …………『萎えるっつーか』って。

 こっちが萎えるわ!!


「お前ほんとに瑞葉か!?」

 俺は思わずそう叫んだ。


 だって、だって俺の中の彼女のイメージとしては無口で知的で超純朴なお嬢さんだったんだぞ!?

 なのに、なのに


「耳元で喚くな、ボケ」


 なんでこんな口悪いんだよーーーー!?


約1年ぶりの新作です。

更新速度は遅いと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

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