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E5-2:追跡ロストシスター

 セキとレイ。

 名前を2つに分けた僕達は、いつも一緒にいた。


 レイは甘えん坊で、少し生意気なところもあったけれど、優しい子。

 少し危なっかしいところがあったから、そこをカバーするのが姉である僕の役目だった。


 何をするにしても、どこへ行くにしても一緒の妹。

 共に、あまりに長い時間を生きた。

 だから、数え切れないほど喧嘩もしたけれど、それでも最後は仲直りして、一緒に羽を休めた。


 あの日もそう。

 そうなるはずだったのに。




 * * *

 タローさんを捜すこと数十分。

 そろそろくたびれてきたので食堂前の自動販売機で休憩することにした。

「……タローさん見つからねーな」

「彼の存在の曖昧さがここに来て仇になりましたね」

 コーラ片手に青い空を見上げる。


 タローさんの気配は薄い。

 いつもはトイレにいるものと踏んでコンタクトを取っていたが、追いかけるとなると相当難しいんだと今日思い知った。


「……いや待てよ? タローさんが見つからねえならハナコさんを捜せばいいのか? タローさんが近くにいるかもだし、それにタローさんが知ってるならハナコさんもお前の妹さんのこと知ってるかもだし」

「ほう。貴方にしては機転が利きますね。確かに気配という点ではまだ彼女のほうが捜しやすいでしょう」

「だろ?」

 ちょっとばかし誉められた気がして調子に乗っていると

「しかし貴方に彼女の気配を追えるだけのスキルがあるとも思えないのですが、どうなのです少年」


 …………。

 たしかに、俺にはそんな器用な真似出来ない。

 不穏な空気――月子先生は悪意と言っていた――を感じることは出来るのだが、ハナコさんはそういう存在でもない。


「仕方ありませんね、僕がどうにかするしかないのでしょう」

 セキはやれやれと溜め息をついて目を閉じた。

 途端、空気がピンと張りつめる。

 いや、張りつめるというよりも、彼女の周りにこの辺り一帯の空気の流れが集まってきているような感じ。


 ――すげえ。


 まるで世界を操っているかのような彼女は、しかし数秒ごとに顔色を悪くしていった。

「お、おいお前、大丈夫なのか?」

 思わず声をかけたとき、彼女はぱっと目を開けた。

「ええ」

 何ともない風にけろりと奴は言うが、そう見えるのは言動だけで、

「お、おい!?」

 次の瞬間にはくたりとその場にへたりこんでしまった。

「馬鹿! 全然大丈夫じゃねえじゃねえか!!」

「……想像以上に消耗したようです」

「見りゃわかるよ! キツいなら倒れる前にやめろよったく……」

 しゃがみこんで、彼女の肩に触れようとしたら

「!」

 触れられなかった。

 身体が透けているのだ。

「……なんて顔をしているのですか」

 俺の間抜け面を見てセキはそんな風に苦笑するが

「だってお前、消えかかって……」

「これくらいでは消えませんよ。ほら、戻ってきた」

 彼女がそう言うと、すう、と身体に色が戻ってきた。

「しかし存外に脆いようですね。私も落ちたものです。いえ、もうとっくに消えているのですから仕方ないですね」

「…………」

「あのハナコとかいう女性の位置はあらかた掴めました。行きましょう」

 そそくさと、セキは前を歩いていく。

 気の効いた言葉なんて見つかるわけもなく、俺はただ彼女に付いていくしかなかった。




 * * *

「ありえないだろ? アイツ鼻の下絶対伸ばしてたんだって! 私見たんだよこの目でしかと!!」

 プレハブの外にまで聞こえてくる女のヒステリックな声。

 間違いなくハナコさんの声だ。

 ……ていうかこのプレハブって。


「失礼」

 入るのを躊躇していた俺を尻目にセキはここでも容赦なく引き戸を引いた。

 そこにいたのはやはりハナコさんと、

「……今日は客が多いな」

 ソファーに座って迷惑そうに溜め息をつく瑞葉だった。

「瑞葉? お前何やってんの?」

 なにせ今日は土曜日、休日なのだ。

「別に」

 相変わらずそっけなく返す瑞葉に

「……ほう。ミズハ……滝の瑞葉ですか」

 なぜか、セキが感慨深そうに声を上げた。それを見た瑞葉はやれやれと呟く。

「久城、お前ヤンキーの次は幼女か。節操ねえな」

「違っ!?」

「あー!? てめえも二股三股掛けてやがんのかこの女の敵がぁッ」

 なぜかキレたハナコさんが俺にメンチを切ってくる。

 タローさんのことで相当機嫌が悪いのかその眼だけで呪い殺されそうな気がする。

「違う違う! 朝起きたらこいつがいただけでッ」

「何ソレ同衾?」

「ちがーーーーッ」

 涙目で叫ぶ俺をよそにセキが瑞葉に近づいた。


「……そう、この地は代々瑞葉と土耶が拮抗しながら守っていたのでしたね」

「…………」

 無言の瑞葉に、セキは興味津々といったようにその顔を覗き込む。

「確かに変わらない眼をしている。血が濃くなると滅ぶ家系は少なくないでしょうに、流石は『命の泉』ですね」

 その言葉に、瑞葉は嗤った。

「私の代で終わりだよ、うちは。それも最悪の形で」

「……最近の若者は悲観的ですね。少し足掻いてみたらどうです」

「偉そうな口利くな、お前。……まあ偉いんだろうけど」


 ……なんか親しげに話すなあ、あの2人。

 とかなんとか指をくわえて見ていると、ふと本来の目的を思い出した。

「あのう、ハナコさん?」

「ああ? なんだよ三股男」

「だから三股もかけてねー! つか三って誰までカウントしてんだよ!?」

「? 茨乃も引っ掛けてんじゃなかったの、お前。夜に学校で仲良さそーに歩いてたじゃん」

「へ?」

 ……仲良さそうに、歩いてた?

「ハナコさん、それいつの話?」

「はあ!? お前超サイテー男か、トイレに詰めるぞこの野郎!」

「ちがっ、そうじゃなくて!」


「――ところで、ハナコさんとやら」

 話がややこしくなりそうになったとき、セキが声を発した。

「僕によく似た妹をこの学校で見かけませんでしたか。あのタローとかいう男はどうやら知っているようだったのですが」

「!? あ、アイツッまさかこれくらいの幼女にまで声掛けてたのかッ!?」

 今度は怒りを通り越してショックを受けているのか、ハナコさんはその場で頭を抱えだした。

「……この様子じゃハナコさんはお前の妹さん知らないみたいだな」

「はあ、残念です」

 少ししゅんと肩を落とすセキ。すると瑞葉が首をもたげた。

「……妹を探してるのか? お前」

「ええ」

「お、なんだよ瑞葉。探すの手伝ってくれんのか?」

 思わずそんな淡い期待を抱いたが

「そういう面倒な作業はやらない」

「即答かよこのものくさ太郎!」

「誰に言ってんだよこの年中発情期」

 ひどっ!?

「……けどタローぐらいなら探してやるよ。どうせこの辺にいるだろうしな」

 そう言って立ち上がる瑞葉。

「これはこれは。頼もしい助っ人です。正直彼だけでは心許なかったので」

「おいこらそこのエセ幼女! さらっと本音言ってんじゃねえよ!!」

「久城も口悪いよなー、仮にも女に対してエセとか言うか?」

「お前に言われたくねーーーー!!」




 * * *

 瑞葉は迷うことなく歩を進めていく。

 向かうはプレハブとは反対側にあるプールだ。

「瑞葉にはタローさんの気配が分かるのか?」

 セキでさえタローさんの気配は追えなかったのに、やけにすんなりと方向を決めて歩いていくので思わずそう尋ねてしまった。

「タローとハナコは言ってみれば水の属を持ってるんだ」

「同じ属を持つ者は同調しやすいですからね。気配も辿りやすい」

 なるほど。だからハナコさんは瑞葉と仲が良さそう……なのか。

 瑞葉ってクラスじゃずっと1人でいるもんなあ。



 まだプール開きが行われていないせいか、プールに上がる入り口には錠がかかっている。

 瑞葉は俺に向き直って

「おい久城、お前ちょっと行ってタロー引きずり出してこい」

「へ?」

「男子トイレから気配がする」

「あ……おう」

 それなら仕方ない、とフェンスをよじ登る。


 そんなに高さもなかったので難なく侵入すると、更衣室に続いていそうな入り口が口を開けて待っていた。

 覗いてみると、トイレはそのすぐ近くにあった。


 まだ今期は使われていないはずなのに、トイレ独特のじめっとした空気を感じたので、俺は入り口付近から声を張り上げた。

「タローさん、タローさん。瑞葉が呼んでるよー」

 ……返事はない。

「仕方ねえなあ……」

 俺は本当に仕方なく、一歩踏み込んでトイレに入った。

 すると

「ギャアアアアアア!?」

 思わず悲鳴が先に出た。


 目の前に広がる光景の、あまりのおぞましさに足から力が抜けそうになる。


 蜘蛛!? 違う、たこ!?

 どちらにせよ気味の悪くてでかいものがトイレの空間いっぱいに足を広げて巣くっている。

 しかも

「タローさん!?」

 その得体の知れないものの脚に絡めとられて泡を吹きながら気絶しているのは間違いなくタローさんだった。


 その意味不明なモノの、ギョロリとした2つの眼が俺を見る。

 眼が2つということはやっぱり蜘蛛じゃなくて蛸なんだろう。

 いやでも足は8本どころじゃないから……ってかそんなことはどうでもよくて、この場は逃げないと俺もタローさんの二の舞に……

「ってギャア!?」

 足首にヌメリとした感触を覚えたと同時に引っ張りあげられて逆さ吊りにされる。

「ひゃあッちょ、まっ」

 間髪入れず違う脚が俺の身体に巻き付いてきて思わず変な声を上げてしまった。


 こんなプレイいりませんマジで勘弁これ夢にしてほんと無理これは無理いいいーー!!


「久城!!」

 瑞葉の声が聞こえたかと思うと、次の瞬間どさりと身体が地面に落ちた。多分瑞葉が蛸の脚を切ってくれたのだろう。

 ほっとするのもつかの間、すぐ横にボタリと蛸の脚が落ちてきて、しかも蠢いているものだから思わず四つん這いになって瑞葉の後ろに逃げ隠れた。


「あ、あああれ何!? キモすぎるんだけどッ!?」

「っ、お前どさくさに紛れてどこ触ってんだよ!」

「ごめん脚! 瑞葉の脚細くて綺麗だよな前から思ってた!!」

「!?」

「……恐怖のあまり自分が何を言っているのかわかっていないようですね。かなり情けない姿ですよ少年」

 セキの冷静な声でちょっとだけ我に返る。


 気が付けば俺の手は瑞葉のふともも付近を、しかも両手で鷲掴み状態だった。


 ……多分あとで殺される。


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