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E4:波乱のミッドナイト

「……散らかってんな」

 俺の家に上がっての、彼女の開口一番はそれだった。

「リビングは俺の部屋よりまだマシだ!」

 何せ俺の部屋は足の踏み場がないからな!

「威張るな」

「へい」


 ……とまあ瑞葉を俺の家――もといお袋が親戚筋から格安で借りている築15年の一軒家――に連れてきたわけだが。


「……」

 瑞葉がなんだかきょろきょろしている気がする。

「風呂ならあっちだぞ」

「それくらい水の気で分かる」

 さいですか。

「じゃあ何きょろきょろしてんだよ」

「……この家、なんかいるぞ」

「え?」

「風呂借りるぞ」

「っておい! 意味深な台詞残して行くなよ!?」

 瑞葉は俺の言葉を無視して脱衣所へと消えていった。


「…………」

 まあ、ずぶ濡れのまま待ってても仕方ないし俺も着替えるだけ着替えとこう。


 その辺に置いたままだった洗濯済みの着替えを引き寄せて、雨でべっとりと張り付いた上着とズボンをもそもそと脱ぐ。

 パンツ一丁になってから、身体を拭くタオルを用意していなかったことに気が付いた。

 置きっぱなしの洗濯物の中にタオルの姿はない。


「っれー、どっかなかったっけ」

 頭を掻きながらくるりと身体を回転させると。


「………………」

 なぜか、そこに瑞葉がいた。


「わあ!? なんでまだここにいるんだよ!?」

「……タオル。脱衣所になかったから……」

 彼女はどこか気まずげに視線を逸らした。


 ……なんか、瑞葉の奴赤くなってないか?

「…………」


――フ、そうかそうか。俺の肉体美に見惚れ……

「ぶフッ!?」

「早くなんか着ろこのタコ!!」


 リモコンが顔にぶち当たった。



 * * *

「まだ顔痛いんすけど」

「お前が馬鹿なこと言うからだろ。とっとと制服乾かせ」

「……」

 反論できず鼻をさすりながら彼女の制服にドライヤーをかける。

 しかし制服ってのは乾きにくいな。


 ちらりと壁の時計を見る。

 時刻は1時ちょっと前。

 普通の女子高生が出歩いていい時間ではないだろう。

「……なあ瑞葉」

「なんだよ」

「泊まってくか?」

「…………はぁ!?」

 跳ねるように立ち上がる瑞葉。

「いや、深い意味はないんだけど」

「あったら殺してる」

 ですよねー。


「じゃあ送ってやるよ。お前の家ってどの辺?」

「別にいい」

「せっかくこの神木町のオオカミ様が送ってやるって言ってるのに」

「だからなんなんだよそのダサい異名。つーかこの文脈で使う名前じゃねえだろそれ」

「?」

「……もういい。馬鹿は黙ってろ」

「ああ、送りオオカミって意味か」

「おせえよ」

「俺そんな男に見えるか?」

「見えねえな。馬鹿すぎて」

 そう言ってから、瑞葉ははたと口を押さえた。

 けどもう遅い。

「だったらいいだろ? 送ってやるよ」

 ようやく乾いた制服を、俺は彼女に手渡した。




 * * *

 深夜。

 にわか雨だったのかすっかり雨は止んでいて、空には星が瞬いていた。

 なんだかその空が、少しだけ懐かしい。

 昔は夜出歩くことが多かったから、よくこんな空を見ていた気がする。

 気がつけば、彼女も時折空を見上げていた。

 鬼を退治する彼女も、きっと夜中に出歩くことが多いのだろう。


「なあ、お前は鬼を退治していってどうするんだ?」

「……いきなり重い質問すんな」

「重かったか?」

「ん」


 苦笑する。

 どうも俺は空気が読めないらしい。


「……どうするも何も、終わりなんてないからな」

 瑞葉がぽつりとそうこぼした。

「久城。なんでこの地が神木町っていうか知ってるか?」

「えーと。でっかい神木があったからだろ? でも大分前に落雷で焼けちまったらしいってばあちゃんが言ってた」

 瑞葉は頷いた。

「よくある話だが、その神木が長いことこの町の結界になってたんだ。気高い数多の精霊を呼び寄せ、邪悪な鬼を寄せ付けない、そんな感じの」

「……へえ。じゃあ、木が折れたせいで鬼が現れるようになったのか?」

「神木があった頃も結界を破ってくる鬼はいたそうだが、木がなくなってからは数が増えた。だからうちの家は鬼退治に力を入れたんだ」

 瑞葉は一息つく。

「新しい神木でも出来ない限り、うちの家系はずっと鬼を相手にしていかないといけない。終わりはない。……笑えるだろ?」


 笑えるだろ? なんて言うわりに、顔が笑ってない。

 そもそも笑えないし。


「鬼退治が嫌ならやめたっていいんじゃないか? 木村先生みたいに進んで仕事にしてる人たちだっているんだろ?」

 俺が言うと、瑞葉は肩をすくめた。

「うちの馬鹿姉はやめて家を出てった」

「なら」

 瑞葉は笑った。

 寂しげに。

「私の場合は、無理なんだ」


 絶対に、無理なんだと。

 彼女の表情が、そう告げている。


 何か気の効いたことを言わないと。

 そう考えて口を開こうとしたその時、爆音が聞こえてきた。

 バイクの音だ。

 個人的には懐かしい音だが、今思うと迷惑な音だ。


「……最近家の近くで馬鹿な連中がたむろってんだよな。お陰で眠りにくいったら」

 瑞葉はさも迷惑ですといった顔で俺のほうを見た。

「なんで俺のほう見るんだよ! 俺が抜けたとこはもう潰れたって聞いたぞ!」

「どうせ知り合いだろ? なんかガツンと言って来いよ神木町のオオカミ」

「こういうときだけその異名で呼ぶな!」


 ――ブーン。

 しかし。

 ――ブルルル。

 なんか。

 ――ブルンブルンブルン!

 バイクの音、近づいてきてないか?


「……あーあ」

 瑞葉が諦観の境地のような声を上げた。


 路地の向こうから、複数のヘッドライトがやってくる。


 先頭には派手に改造されたオートバイ。

 その後ろについてきているのは……全部ピンクのスクーター。


「……レディースか?」

 ライトの眩しさに目を細めていると、そいつらは俺たちの前で一斉に止まった。


「こんな夜中にデートたぁ見せ付けてくれんじゃねーの」


 猫モチーフのなんとなく可愛らしいヘルメットを被ったヘッドらしき女がバイクから降りる。

 白の特攻服には、赤い文字で『羅武危機』と書かれている。


「アタイの前でイチャつくなんざ10年早いんだよォ!!」

 どすの利いた声を発し、女がそのメットを取った。


 金髪ショートが風に揺れる。

 特攻服スタイルこそあれだが、顔は美人だった。

 俺と目を合わせた途端、女はつり気味のその目を大きく見開く。


「……お前、神木町のオオカミ……!?」


 女がそうこぼした途端、周りの子分がざわつきだした。

「オオカミってあの……?」

「隣町の最強番長を負かしたっていうあの……」

「ひ、ひと晩で神木町の女100人を抱いたっていうあの……!?」


 抱いてねええええーーーー!! 

 誰だよそんな噂流したの!!


「……久城。めんどいからここでバイバイな」

 瑞葉はうんざりした顔をしてさっと離れていく。

「なッ!? おいちょ!」


「――――待ちな」

 俺が止める前に、瑞葉を止めたのは金髪ヘッドだった。


「お前か? 神木町のオオカミをたらし込んで骨抜きにしたってぇ女は」

「…………」

 瑞葉はげんなりと、死んだ魚のような目で金髪ヘッドを見た。

「なんだその目は? やる気か、アァ!?」

 命知らずにもすごいメンチを瑞葉に切る金髪ヘッド。

「ちょ、ちょっと待てよ! そいつ関係ないからマジで!」

 俺が止めに入ると、金髪は鬼気迫る勢いで睨んできた。

「おいコラてめえ! 天に昇る竜のごとくその名を町中に知らしめたくせに今じゃそんななっさけないツラ下げやがってよォ!! お前に憧れてた奴らがどれだけ落胆したか分かるか、アァ!?」

「……お前もそのひとりってか」

 瑞葉がはんと鼻で笑うと、金髪ヘッドは顔を真っ赤にした。

「なっ!? そ、そんなわけないだろッ! ここここのわたしがそんな」


 ……一人称改まるくらいには動揺してるな。

 俺って昔はモテてたのかなー。実は。


「と! とにかく!! お前は一発殴らないと気がすまねえ!! 覚悟しなッ!!」

 金髪ヘッドがそうまくし立てた勢いで瑞葉に殴りかかった。

 それをスイ、と軽くかわす瑞葉。

「っ、只者じゃねえな!? どうした、かかって来いよ!」

 挑発をかける金髪ヘッド。

「……」

 瑞葉は黙って拳を避け続ける。


 それに痺れを切らしたのか、金髪は大技に出た。

「……いい加減にしなッ!!」

 まるでラグビーみたいに、瑞葉の胴に掴みかかる。

「!」

 流石にそこからは逃れられなかったのか、瑞葉は押し倒されてしまった。

 が。

「うッ!?」

 次の瞬間には、金髪が宙で1回転して仰向けに倒れた。


「…………は!?」


 周りの子分たちは目を見張っている。

 速すぎて何が起こったのか見えなかったのだろう。


 かろうじて俺の目が捉えたのは瑞葉の足技。

 倒された時の勢いを利用してそのまま相手を蹴り上げたのだ。


「…………くぅ」

 金髪ヘッドは負けを認めたのか仰向けのまま動かない。

 一方瑞葉は地に片膝をついて、またしても汚れてしまった制服を残念そうに手で払っていた。

 すると。

「……よくも……よくも姐様をーーーー!!」

 子分のひとり(しかも大人しそうな子)が血走った眼で鉄パイプを手に瑞葉に襲い掛かった。

「マミ!? やめな!!」

 慌てて金髪は制止したが、その声すら彼女の耳には届いていないらしい。

「うわあああああああ!」


 ああもう昼ドラかよ!?


 とっさに身体が前に出る。

 次の瞬間――

 ガツン、と。

 肩に衝撃が走っていた。


更新速度遅くてすみません。

新エピソードに入りました。

いつも読んでくだださっている方々、ありがとうございます。

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