稲穂は微笑む 未来ある 日出る国に向けて 優しく 静かに
舞台は新潟県
募金ユーチューバーから
サラリーマンへと
華麗なる転職
リクルートエージェントもビックリの
令和募金浪漫譚
開幕
新潟県南魚沼市
南魚沼市は、新潟県中越地方に位置する市。平成の大合併により南魚沼郡の3町(六日町、大和町、塩沢町)が合併して誕生した。六日町市街は人口集中地区となっており
南魚沼市はお米の聖地とも呼ばれている
そんなサンクチュアリ感漂う
聖地のもと
私は稲の収穫作業に没頭していた
募金ユーチューバーから
稲作農家に
ダーマ神殿で転職したわけではなく
新潟県の募金活動の一環として
作業を手伝っていた
新潟県で有名な
米や食料品、燃料など暮らしを支える
地元企業で
募金活動に積極的に協力してくれる
見返りに
募金期間契約社員
として
新潟県で募金活動する間
この会社で契約社員として働くことに
なった
まぁ、1日警察署長の
下位互換ってところだ
期間は約6ヶ月
募金サラリーマンユーチューバーの爆誕の
瞬間だった
本社は新潟市に位置し
最初の出勤で
辞令交付を頂いた
また、辞令交付式の後に
募金協力式も行われ
この会社の代表取締役から
社員とその家族人数分×10円の
寄付と会社から別としての寄付金を
まとめて頂き
私からの決意表明を結びに
無事に式を終えた
式後は会議室で企業説明を受けた
講師は若手の育成も兼ねて
採用3年以内の
各事業所の若者から説明を受けた
若干、一人の講師は方言なまりがキツくて
何言ってるか、聞き取れなかったことは
置いといて
添付されてる資料もあり
大変分かりやすい研修だった
研修後、早速各事業部に挨拶と募金協力の感謝参りに勤しんだ
皆さん、忙しい中ではあるが
時間を作って丁寧に接してくれた
それだけでこの会社の社風を感じ
半年間の勤務に胸が膨らんだ
二日目からは
募金の協力願いと
営業まわり、お世話になってる農家や小売店、飲食店、燃料関係の業者のところに顔を出し
挨拶まわりに勤しんだ
この会社は手掛けている仕事の幅が
大変広く
子会社や関連会社なども含めたら
百件以上挨拶まわりをしただろう
1週間の挨拶まわりを終えて
最初の部署は営業、広報担当の部署に配属された
短期間での社員となるため
やることは必然的に雑用的な業務になった
朝のミーティングに始まり
事務所の清掃の手伝い
来客の準備
調査物の手伝い
チラシチェック
マーケティングリサーチの手伝い
広報の印刷や詰め込み作業
FAXの係ごとの仕訳や配布、そして送信
現場での手伝い作業など
多岐にわたり
新米でもできることはたくさんあった
(米会社だけに(笑))
ある日、米の営業の付き添いをした
販売先は、米穀店、飲食店、学校、病院など
玄米、精米、無洗米などで
販売や営業の仕方が代わり勉強になった
また、ちょうどお米の検査業務の時期ともあたり
等級を決める機会にも立ち会うことができた
お米の等級ということもあり、味見のほうかなとおもったが
内容は、米の割れや欠けがないか
米に含まれる水分量
病気や虫食い、変色
粒の有無など
じつは、味や香りは対象外で
あくまで外観の美しさや粒の揃い具合で決まるのだ
米の味の検査は別に
日本穀物検定協会のランキング試験などがあり
そこでAランク、Bランクと査定される
奥深し
米の道
お米の検査業務も無事終わり
次は、米の収穫時期ともあり
この会社の付き合いのある農家の
米の収穫作業を手伝った
現場に着くと
穂の全体が黄金色のきれいな一面が広がっていた
米の収穫を体験するのは
生まれて初めてだ
早速稲刈りを手伝いした
稲刈りにもコツがあり
すぱっと、一気に刈るのではなく、鎌をゆっくりギコギコと動かして慎重に刈らねばならない
刈った稲は均等の太さに並べてまとめて縛る
慣れない鎌を扱うにも苦労するが
慣れたと思ったら
今度は疲労で上手く扱えない
ままならないものだ
秋の田んぼには
カエルやモグラ、昆虫などの生き物もいっぱいだ
生き物達の応援歌が伝わる
後少し
後少し
がんばれと
秋の稲穂に
とんぼの大群
頑張り過ぎて、腰痛いワシにとっては
正にトンボにって
飛び去りたいナウ
みたいな状況
無事、稲刈りが終了し
無事、宿舎に帰宅
翌日には、筋肉痛で動けないという
ベタな幕引きで
初の稲刈体験は終えた
稲刈している時に
農家の人と話をする機会があり
米農家は儲かりますか
と尋ねた
答は
NOだった
Noかぁ(農家)と思いつつ
理由を伺った
苦労する割には儲けは少なく
自然商売なので
天候にも左右され
お世辞にも楽な仕事ではないと
さらに一歩踏み込み
それならなぜこの仕事を続けているのかと伺った
それは、ひとえに愛だと
農家は語った
私は江戸時代から先祖代々
米農家を営んでいた
祖父や父からも
米農家としての大変さややり甲斐を
受け継ぎ
今に至る
私は米に生かされており
米があったから
今まで生きてこれたのだと
また、新潟という土地や社会、文化
お米を買って頂いたお客様
貴社や関わっくれた全ての人に
対し
感謝を尽くしたい
自慢ではないが、わたしは米作りに関しては
40年以上関わる中で
一度も手抜きしたことはない
その、積み重ねが今の米の味に繋がり
美味しく食卓を囲んでくれる
笑顔を絶やさない繋がりに
貢献しているという思いが
わたしの誇りだと
稲作の体験イベントで
携わる際に
子どもたちも多く参加する
その子達の笑顔や
家に帰って
わたしが作った米を食べてくれることを思うと
お金に変えられないものが
そこにあるという
儲けはないかもしれないが
死ぬまで、この田んぼで
生涯を尽くすことが
私の夢であると
また、年々の
物価高や少子高齢化に伴い
後継者不足にも
頭を悩まされている
この稲作産業という
古来から受け継がれる
美しい仕事を
未来にも繋げていきたいと
涙ながらに語った
農家の言葉を
わたしは一生、忘れないだろう
その日に帰って
食べたお米の味は
正に、農家の苦労が滲み出るような深い味わいが口の中をつつみ込んだ
美味と言う言葉には
美しいという文字が入る
きっとこの文字の中には
携わった農家や食料関係者、料理した人の
想いも込められているのだと
改めて認識させられた
わたしが契約しているこの会社は
エネルギー部門も抱えている
そこの部署に配属され
灯油配送やクリーニング業務、集金業務
を経験することができた
イベント事業にも多く関わる
企業だったため
新潟祭り、新潟総おどり、新潟シティマラソン
コンサートや各種スポーツ関連など
多くのイベントに携わることが出来た
幸いにもいくつかのCMやラジオ、テレビにも出演させて抱いたおかげで
新潟県の募金活動も
無事に大成功を遂げることができた
新潟県の皆さまへ
県民の皆さまには、いっつも言葉にできねほどお世話になって、心から感謝してるてば。
めぐせぇすけ普段は言わねども、皆さまが側にいてくれっるっけ、いっつも元気がでるがて。
募金や仕事でなんぎぃがあっても「だんね」って笑って聞いてくれるまわりの優しさに、何度も救われました。
新潟は俺の、がっと大切な宝物だて。
これからの人生も、なじょなことがあってもどこにかても一緒に笑って過ごしていこう。
なじょもかんじょ、本当にありがとうね。
新潟県ばか最高




