第4話 本を拾っただけなのに
この本を返すか否か。これは間違いなくヤバい本だ。いや、それ以前に学校にこれを持ってくることがヤバい。いろいろと大丈夫なのかと心配になるほど。
ヒロインがすれ違いざまに物を落として主人公がそれを拾ってあげるなんて、まるでゲームみたいなイベントだ。でもそれでもいいんだ、定番というやつだ。それに実際ゲームだし。
遅刻しそうになりパンを咥えながら走って、曲がり角で美少女にぶつかるというシチュエーションにだって、俺はワクワクする自信がある。
というわけで普通に考えると落とし物だし、落とし主を見たし、届けないわけにはいかない。
ヒロインのほうを見ると、すでにこっちに近づいて来ていた。
ショートボブの髪型に平均より低いであろう身長。顔立ちは整っているが一年生なので、まだどこか幼さを感じさせる顔。
そして特徴的なのはその髪色。なんと銀髪だ。ここはゲーム世界。珍しい髪色を気にしていては、ここでは生きていけない。
まぁそれは言い過ぎだが、もし登場人物全員が黒髪なら、それはそれでなんだかゲームっぽくないから銀髪は大歓迎だ。
一年後輩の文月さんだ。文学少女でいつも本を持ち歩いており、後輩であることは制服を見れば分かる。
ゲームだと文学少女のイメージ通り(?)、控えめな女の子。主人公である江並がグイグイ引っ張っていくような選択肢を選び続けることで、次第に頼りがいと安心感を抱くようになるんだっけ。
俺の推しは朝陽奈さんだが、一番気が合いそうなのは文月さんなのかなと思う。
そして文月さんが目の前に到着。いつの間にか知らん振りをするという選択肢が潰されていた。
「その本、私のなんです」
やや小さめだが、耳にスッと入ってくる綺麗な声。
「そうなんだ、よかった。はい、これ」
俺がそう言って本を差し出すと、文月さんは「ありがとうございます」と受け取った。
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたので、すぐには気がつきませんでした。あの……、中を読みましたか?」
きたか……。どう答えよう。実はゲームでは江並との出会いのシーンなんだよなぁ。『見た』と答えるとそこから本の話になり、文月さんルートに向かうきっかけとなる。
逆に『見てない』と答えると、文月さんルートからは遠くなる。それでもまだ完全にフラグが折られたわけじゃないけど。
「中? 見てないよ」
嘘も方便。世の中には知らなくていい、言わなくていいこともあるはずだ。
「そう……ですよね。あんな短い時間で読めませんよね。それに人の本を勝手に読むなんて、そんなことする人なんているわけがありませんよね」
(ん……?)
なんとなく言葉にトゲがあるような気がするぞ?
「私、文月っていいます」
「あ、はい。文月さんね」
そしてしばしの沈黙。……気まずいなぁ。
(あ、そうか)
人に名前を聞く時はまず自分から名乗る。きっと文月さんは俺が名乗るのを待っているのだろう。だったらそう言ってくれればいいのに。なんだか無言の圧をかけられたような錯覚に陥った。
「階堂です」
「階堂さん、階堂さん……。よしっ、覚えました!」
そう言って少しだけ口角を上げた文月さん。控えめな女の子がふと見せる笑顔って、なんだか魅力が一段階あがって見える。
それに俺の名前をわざわざ口に出して覚えようとしてくれるなんて、可愛いことをするなぁ。
「それじゃ俺はこれで」
「あっ、待ってください」
そう言って通り過ぎようとすると、少し慌てた様子の声で引きとめられた。
「俺に何か用事?」
「いえ、そういうわけではないですけど、もし、もしもこの本の中を読んだのなら……」
「読んだのなら……?」
「本に書かれてることを試させてもらいますからね。一度してみたかったんですよねぇー……。いったいどんな気持ちのたかぶりを得られるのでしょう……?」
文月さんはそう言ってまたもや笑顔を見せてくれて——、いや、違う、違うぞ。これは不敵な笑みだ……! いったいあの本にはどんなことが書かれているんだ……。
だが大丈夫、俺がどこの誰だか分かるまい。今の時代、名札なんて無いのだから。……いや、違う、違うぞ、しっかり口に出して覚えられたじゃないか。
なんだか朝陽奈さんの癖がとても可愛く思えてきた。




