第27話 これでいいんだ
江並はいつも学食に行って昼休みが終わる頃に戻って来るのだが、今日は戻って来るのが早いようだ。
朝陽奈さんもそういう時があるし、むしろ今までよく鉢合わせなかったものだと考えるべきだろう。
「文月さんが今座ってる席の持ち主が戻って来たから」
「そうなんですか? それなら座らせてもらってるお礼の一言でもお伝えしないとですね」
「その心がけは立派だけど今はそこを離れようか」
こうしている間にも江並が来るかもしれない。入り口を見ると今まさに教室に入ろうとしている。
(こうなったら仕方ない……!)
「とにかく早く自分の教室に戻って!」
俺はそう言うと文月さんを残し大急ぎで江並の前へと立ち、視界を遮るようにして進路を塞いだ。これで文月さんからも見えないはずだ。
「よぉ江並。今日は学食にいなくていいのか?」
「いきなりなんだよ。昼メシならもう食い終わったぞ。それに今日はみんな昼休みに用事があるって言うから戻って来た。俺一人で居たって仕方ねえから」
「そうなのか。だったら俺に付き合ってくれよ。久しぶりに学食にでも行こうかと思ってな」
苦しい言い分だがこうでもしないと、もし文月さんと江並が顔を合わせたら大変なことに。
(いや、待てよ……?)
改めて考えてみると、江並と文月さんがデートをしたという確信は無いかもしれない。
俺が江並から聞いたのは、一年の女の子が落とした本を拾ったことがきっかけだったということだ。名前を聞いたわけじゃない。
文月さんに至っては相手が胸ばかり見てきたことしか聞いてない。
だから俺がそう予想してるだけで、もしかすると全くの別人ということも考えられる……?
でもわずかな可能性に賭けるより、やっぱり顔を合わせないようにするに越したことはない。
「なんだ階堂、学食くらい一人で行けよ」
「まあそう言わずに頼む。俺はあまり行かないからよく分からないんだ」
「なんだよ情けねえな、そんなことじゃ——」
江並の言葉が突如として止まった。その顔を少し横に動かしており、まるで何かを見つけたかのようだった。
そしてそのままサッと俺をかわすと、まるで突撃するかのように自分の席へと向かって行く。俺はすぐさま後に続いた。
江並の席を見ると文月さんがまだ座ったままだ。俺がいるからきっと江並の姿が見えなかったのだろう。
「おいお前、なんで俺の席に座ってんだ。一年のくせに。そうか、友達いねえだろお前」
江並は文月さんを見下ろして言葉をぶつけた。その言葉遣いは荒く、文月さんをお前呼ばわりしている。そんな言葉をいきなり浴びせられ、さすがの文月さんも驚いている様子だ。
この様子を見ると、やはり江並と文月さんは一度会っていることに間違いないだろう。
「えっ……と、勝手に座ってごめんなさい」
文月さんは立ち上がり頭を下げた。それは素とも猫かぶりとも受け取れる、いつもよりもずっと控えめな声だった。
確かに江並の席に勝手に座ってる文月さんが悪いと言われればそうだが、だからってあんな言葉を浴びせられるほど文月さんが悪いことをしただろうか?
文月さんはただ江並からのデートの誘いを断っただけなのに。そのくらいはごく普通のことじゃないか。
俺だって前世で同期の女の子から断られたことがあったけど、だからってその子を恨んだりはしなかった。
それどころかできる限り俺を傷付けないようにと、言葉を選んでくれたことが伝わってきた。フラれたはずなのに、なんだかそれが嬉しかったんだ。
よほど酷い断り方をした可能性も考えられるが、文月さんは基本的には良識があると思う。
朝陽奈さんに対して自分から立ち上がってあいさつしてたし。きっと辛辣なのは俺に対してだけだろう。……できればやめてほしいけど。地味にメンタル削られるんだよ。
「ちょっと待てよ江並。確かにここはお前の席だけどだからっていきなりそんな乱暴に言わなくてもいいじゃないか」
「階堂は黙ってろって」
「それがそうもいかないんだ。この子を呼んだのは俺だから」
「そうなのか?」
「ああ。たまたま知り合ったんだけど趣味が合うから話し相手になってもらってたんだよ。だからお前の席に座るよう言ったんだ。勝手なことをしてすまないと思ってる」
「まぁお前がそう言うなら今回だけは見逃してやるが、次見かけたらタダじゃおかねえ」
言葉ではそう言ってるが、その視線はまるで文月さんを突き刺しているかのようだった。
「それにしても階堂、陽香だけじゃねえのかよ」
「いや、俺は朝陽奈さんだけだ。そこは誤解しないでほしい」
「フン、怪しいもんだな」
どうやら俺は江並からの心証が悪くなったようだが、文月さんが罵声を浴びせられないのならこれでいいんだ。




