一小節 蒙昧
Dmin
なんでだ。
撃たれたはずだろ、俺は。
確かに感じた。
焼けるような衝撃と、体の奥に沈む鈍い痛み。
あれは夢じゃない。
なのに——
「なんで、生きてる」
答えは返ってこない。
喉が渇く。いや、違う。
これは渇きじゃない。
“現実が剥がれていく感じ”だ。
思考が追いつかない。
理解しようとするほど、足場が崩れる。
だから俺は、考えるのをやめた。
……そうでもしないと、壊れそうだった。
A
「はっ――」
息を吐くと同時に、目が覚めた。
ベッドの上。
見慣れない天井。
いや——違う。
天井が、近い。
視界をずらして気づく。
俺は、天井に立っていた。
重力が、反転している。
「は……?」
足元——いや、頭上には床がある。
ベッドも、家具も、全部“逆さ”だ。
なのに、俺だけが普通に立っている。
気持ちが悪い。
現実が、俺を拒絶しているみたいだ。
G
机の上に、朝食が置いてあった。
目玉焼き。コーヒー。マグカップ。
ただし——全部おかしい。
目玉焼きは虹色に光り、
コーヒーは白く濁り、
マグカップは、闇みたいに黒い。
「ネガ……?」
写真の反転みたいな世界。
いや、そんなレベルじゃない。
これは“作られている”。
誰かに。
B
「うふふふ」
頭の奥で、笑い声がした。
女の声だ。
ねっとりと、まとわりつくような。
「……誰だ」
言ったつもりだった。
でも、声が出ていない。
喉が動かない。
音が、存在しない。
Dmin
用意されていた服に着替える。
黒いフードを深く被ると、鏡が目に入った。
……俺がいる。
いや、違う。
白い。
肌が黒く沈み、
目だけが異様に白い。
反転しているのは、世界だけじゃない。
俺もだ。
「……ふざけんなよ」
ようやく声が出た。
遅すぎる。
G
扉を開ける。
そこに——俺がいた。
ベッドで、眠っている。
さっきの俺だ。
「……は?」
理解が追いつかない。
近づこうとした、その瞬間。
「うふふふ」
笑い声。
視界が歪む。
A
気づけば、また扉の前に立っていた。
リセット。
直感で理解した。
これは、繰り返している。
「……条件があるのか?」
思わず呟く。
今度は、ちゃんと声になった。
B
もう一度、扉を開ける。
今度は違う場所だった。
水の匂いがする。
静かな池のほとり。
その中央に——
ひとりの少女が立っていた。
ツインテール。
風もないのに、髪だけが揺れている。
こっちを見ている。
最初から、ずっと。
Dmin
「……ここは、どこだ」
ようやく言葉が出た。
少女は微笑む。
あの笑い声と、同じ気配。
「うふふふ」
やっぱり、お前か。
そう思った瞬間。
少女が、口を開いた。
G
「ここはね——」
一歩、近づく。
距離が、やけに遠い。
なのに、声はすぐそばで聞こえる。
A
「“蒙昧”だよ」
B
世界が、また歪んだ。
Dmin
俺は理解する。
ここから出るには、
何かを見つけなきゃいけない。
あの笑い声の正体か。
この世界のルールか。
それとも——俺自身か。




